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69 女子高生も学園長に相談される

 放課後、教室に残って窓の外から見える景色をボーッと眺めてる。生徒は皆帰って残ってるのは私と鞄から顔を出してる瑠璃だけ。今日は珍しく瑠璃も来たがったから連れて来たけど、相変わらず周りを驚かそうとするのが好きで誤魔化すのが大変。


 先生に見つかったら怒られるのは私なんだからもう少し自覚して欲しいけど、当の瑠璃はグラウンドの方を見て野球部のボールを目で追ってる。暢気だなー。あんまり言えないけど。


「帰ろっか」


「ぴ!」


 あんまり遅くなったら先生に見つかるし、早々に退散しよう。鞄を持ち上げて教室を出ようと戸を開けたら廊下に出た。それも見慣れない廊下。


「うーん」


 多分ここ魔術学園の廊下だ。丁度すれ違った生徒がマント羽織ってたから分かった。


 瑠璃も異世界って直感して鞄から出て私の肩に掴まる。結局自分で飛ばないかー。


「おっと。あんたノラかい」


 ぼーっとしてたら声をかけたれた。威厳のある声で振り返ったら廊下にノイエンさんが立ってる。相変わらずスーツみたいな格好だけど今日は珍しくとんがり帽子を被ってない。


「ノイエンさん、こんにちは」


「その格好だとまた転移に巻き込まれたって感じだね」


 私の持ち物と格好で当てるなんて流石は学園長。


「はい。私の学校で転移すると大体魔術学園に来ます」


「そうか。けどここであんたに会えたのはラッキーだね。相談したいことがあるから、ちょっと面を貸しな」


「いいですけど?」


 そう言ってノイエンさんが廊下を歩いていくからその後ろに付いていく。階段を降りて一階の廊下に付いてそこを歩いてたら急にノイエンさんが立ち止まった。周囲をキョロキョロ警戒してる。誰もいないからか、何もない壁に手を当てた。


 そしたら壁にアラビア文字が浮かんで青色に光ると横にスライドするみたいに移動した。壁の向こうは更に下に続いてる階段になってる。わおー、隠し扉だ。


「さ、来な」


 ノイエンさんに言われて一緒に階段を降りていく。途中にノイエンさんが指を鳴らすと後ろで扉が閉まる音がしてた。


 階段は人がぎりぎり2人並べるくらいのスペースで、壁にある球体が白くぼんやり輝いてるくらい。すごく明るいってわけじゃないから先の方までは見えなくて階段もずっと続いてる。


「これはどこに繋がっているんですか?」


 コツコツッて靴の音だけが響く。なんだか魔術学園の秘密に迫ってそうで楽しい。


「期待を裏切って悪いけどただの非常口だよ」


 顔に出てたみたいでノイエンさんに釘を差された。封印された亡霊さんはいないのかー。


 それで階段を下りたらトンネルみたいに長い通路のある所に出た。ここはさっきよりも明るくて、それに他の所からも降りて来れるみたいで階段が沢山ある。


 ノイエンさんがトンネルを歩いて行くから私も続く。


「そういえばあの見えない壁って誰でも通れるんですか?」


「そうだね。魔力を感知して開くようになってる。この学園に入学したら全員に教えられるから皆知ってるよ」


 じゃあ秘密の部屋でもなんでもないんだね。でもそんな簡単に入れるなら生徒の遊び場か溜まり場にされそうだけど周りには誰もいない。治安がいいからなのかな。


 それでずっと歩いてたら大きな壁に阻まれて行き止まりになってた。


「こいつが問題なんだよ」


「こいつ?」


「ゴロンゴロっていう魔物が道を塞いでるのさ」


 言われてよく観察するとトンネルの幅にぴったりと何かがくっついてるように見えなくもない。壁の模様と思ったのは灰色甲殻みたいで、楕円形の形をしてる。地面との隙間から微妙に黒い足みたいのが見えたから、もしかしてアルマジロ?

 仮にそうだとしたら這い蹲ってる状態だとしても普通に高さが20m近くあるんだけど。


「こいつがここから動かなくて困ってるんだよ。これだと有事の際にこの通路が使えなくなっちまう」


 確かにこんなに大きな魔物が道を塞いでたら進めない。一応天井との間に少しだけ隙間があるから頑張ったら通れないこともないけど、登るのも大変そう。


「それで相談というのは何ですか?」


「あんただったらコイツをうまく退かせられると思ってね」


 まさかの無理難題を急に言われたよ。こういうのって分かってたら事前に断ってたんだけどなぁ。


「えっと。これはさすがに私には無理だと思いますけど」


「そうかい? あんたは魔物と仲良くなってるからこいつも上手く説得してくれると思ったんだけどねぇ」


 ノイエンさんが瑠璃の方を見て言う。瑠璃は何も分かってなさそうで首を傾げてる。


「餌付けしたら懐いただけで特別なことは何もしてませんよ?」


「だったらそれでいいから何とかしてくれないかい? このままだと邪魔で仕方なくてね」


 ノイエンさんが指を鳴らしたら急にリガーが降ってきた。手品?


「ゴロンゴロは果実を中心に食べるからこいつで出来ないかい?」


 ノイエンさんに渡されたから受け取る。瑠璃が食べたそうに目を輝かせてるから死守しないと。


 それでゴロゴロさんに近付いてみる。でもよく考えたらこんな大きな魔物さんが急に顔を出してきたらちょっと怖いかも。ノイエンさんに聞こうと振り返ったら先に言われる。


「安心しな。そいつは肉食じゃないからあんたを食べたりしないよ。それに何かあったらあたしが守るさ」


 みたいだから安心して近付こう。どこが顔か分からないけど多分端の壁とくっ付いてるよね。リガーをちらちらさせて見る。向こうから見えてるか分からないけど。


 そしたらゴロゴロさんが甲殻をあげて顔を見せてくれた。思ったより綺麗な目をしてて可愛い。それでリガーを持っていったけど食べる気配はなさそう。

 うーん、これは何かありそう。


「そうだ。瑠璃、ちょっとゴロゴロさんに聞いてくれない?」


「ぴ!」


 瑠璃が肩から降りて独特の会話が始まった。「ぴ」と「ぎゃお」だけの世界だけど何かが通じ合えてると信じたい。


 少しして会話が終わると瑠璃が私の方を見て「ぴーぴー!」って鳴いてくれるけど私にそっちの言語が分からない。そしたら瑠璃がジェスチャーでお腹をさすったり、地面でゴロゴロしたり、疲れた表情をした。


「もしかして病気?」


「ぴ!」


 当たってたみたいで瑠璃が大きな声を出してくれた。身体の調子が悪いから人気のない場所に隠れてたのかも。でもそうなると薬が必要になるよね。薬と言ったら……。


「ノイエンさん、今からレティちゃんの所に言って薬をもらってきます。多分それで大丈夫だと思います」


「そうかい。じゃああたしも行こうかね」


 そうなって魔術学園を出て街角にある道具屋さんを目指した。


 カランカラン。


「おめでとうござ、ざざざ、ざぁ!?」


 レティちゃんが壊れたロボットみたいな声を出して驚いて固まってる。確かにノイエンさんが来るのは多分想定してないだろうね。


「レティちゃん、こんにちはー」


「ノ、ノラララ様!」


 レティちゃん緊張し過ぎておかしくなってるよ。とりあえず近寄って頭を撫でてあげると落ち着いて耳と尻尾をふにゃふにゃにしてくれた。


「相変わらずうるさい接客をしてるみたいだね」


「お師匠様。一体何の御用ですか? はっ、まさか急に道具屋経営をしたくなったから私は要らない子に!? お願いします! それだけはご勘弁してください!」


「こんな陰気な道具屋なんかいるかい。それより薬を買いに来た。頭痛腹痛食欲不振なんでもいいから全部出しな。全部買う」


 一応ここ元はノイエンさんの道具屋だったよねっていうのは言わない方がいいのかな。


「き、急にどうされたのですか? ま、まさか私があまりに貧乏で頼りないからお情けで?」


「そんなわけあるかい。色々事情があるんだよ。さ、急いでるから早くしな」


 そしたらレティちゃんが棚を駆け回ってパタパタしてる。いつもは元気だけどやっぱりノイエンさんの前だと緊張しちゃうのかな?


 少ししてからレティちゃんは青緑色の液体の入った瓶を持ってきてくれた。


「あん? それだけかい?」


 ノイエンさんが眉を潜めてる。薬全部って言ってたもんね。レティちゃんはちょっとビクッとしてたけど顔をあげて言った。


「えっと。薬が必要ってことは誰かが苦しんでるんですよね? でも症状までは分からない、と。そうなると色んな薬を併用したら余計に苦しむ場合もありますから、ここは私が特製で作った秘蔵の秘薬をお渡しします。これなら多くの症状を緩和できると思います」


 レティちゃんはこっちの事情を察してくれて渡してくれた。


「ありがとう。前から思ってたけどレティちゃんって頭いいよね」


「そ、そんなことありませんよ。私なんてまだまだですし」


「そうかな? 機転も利くし調合も上手って思ったから」


 そう言ったらレティちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くして耳と尻尾をぴょこぴょこ動かしてる。かわいい。

 ノイエンさんも黙ってカウンターに金貨をばら撒いててレティちゃんも気付いてない。


「じゃ、ありがたくもらっていくよ。レティ。ノラも言ったがあんたはあんたが思ってるよりできる子だ。もっと自信を持っていい。だから胸を張りな」


 それだけ言ってノイエンさんが先に出ていった。レティちゃんはポカンと口を開けてる。


「あのお師匠様が褒めるなんておかしくなったのでしょうか?」


「違うよ。きっと今のも本音だよ。私も同じだから。だからお店頑張ってね。また来るから」


「は、はい! いつでもお待ちしていますっ!」


 レティちゃんにペコリとお辞儀されながらお店を出た。ノイエンさんは道具屋の方を見てて感慨にふけってる。


「ノイエンさん?」


「あたしも年を取ったのかねぇ」


「やっぱりレティちゃんのこと気になりますか?」


「あれでも一応はあたしの弟子だったからね。あの子は今でもあたしを師匠だの呼んでるけど、いい加減離れられないものかねぇ」


 そう話してるノイエンさんは全然嫌そうな顔をしてないからちょっと笑っちゃった。


 それから魔術学園の地下に戻ってゴロゴロさんの所に来る。早速レティちゃんから買った秘薬を開封した。瑠璃の説得もあってゴロゴロさんは口を開けてくれたから秘薬を注いだ。秘薬が空になって、少ししたらゴロゴロさんがゆっくりと起き上がってトンネルの奥へと歩いていくから私とノイエンさんも付いて行く。


 トンネルをまっすぐ進んだら出口が見えてそこは街道のある草原の中だった。こんな所に魔術学園に繋がる道があったなんて驚き。これはゴロゴロさんが入って来ても無理ないよね。


「ぎゃおぎゃお!」


 ゴロゴロさんが大きな声を出して森の方に転がっていく。ありがとうって言ってくれたのかな。そうだったら嬉しい。


「やっぱりあんたに相談して正解だったね」


「私は何もしてないですよ。瑠璃とレティちゃんのおかげですから。それにノイエンさんだけでも何とかできたと思いますけど」


「まぁね。でも最善策が分かってても色んなしがらみに囚われて動けなくなるのが大人ってもんさ。それに」


「それに?」


「あんた、ゴロンゴロを駆除するって選択肢がなかっただろ?」


 言われて気付いたけどそれは考えもしなかったかも。


「あたしはあんたのそういう所を気に入ってるのさ。だから相談した。あたし1人で動くとどうしても力任せになっちまうからね」


 ノイエンさんは優しく笑いながら言った。何かすごいことをしたつもりはないけれど、どうしてかすごく嬉しい気持ちになってる。


 きっと私は誰かの笑顔を見るのが好きなんだって、そう思う。

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