68 女子高生も料理採点を頼まれる②
学校帰りの異世界。今日はちょっと小腹が空いたからどこか寄って行きたい所。夕飯もあるし軽い物ってなるとやっぱりシロちゃんのパンかな? うん、そうしよう。
そうと決まったら足取りは軽い。今日の気分はパン!
噴水広場まで来て東の道に曲がろうと思ったら何か角の方で黒いローブを纏って黒い帽子を被って手には分厚い本を持った小さな人がコソコソしてる。不審者?
と思ったけど帽子の隙間から見える緑色の髪のサイドテールに見覚えがある。
「セリーちゃん?」
「うひゃあ! ノリャおねえちゃん!?」
やっぱりセリーちゃんだったみたい。セリーちゃんは驚いた拍子で手に持ってた本を落としたからそれを拾って渡してあげる。
「こんな所で何してるの?」
いつもの給仕服と格好も違うし明らかに目立ってる。するとセリーちゃんはモジモジして戸惑ってる。
「え、えっと。この近くに新しい店ができたって聞いたから、たいしょーにてきじょーしさつしろって任されたの」
セリーちゃんはあまり意味を理解してなさそうで首を傾げてる。確かに飲食店はライバルも多そうだしそういうこともするのかなぁ。でもその店って多分シロちゃんの店だよね。
「だったら一緒に行く? 私も丁度行く所だったから」
「ノリャお姉ちゃんも通ってるの!?」
そういえば酒屋の方にはあんまり顔を出せてなかったかも。
「このままだとノリャお姉ちゃんを取られちゃう! 絶対にししゅしないと!」
セリーちゃん別の意味で燃え上がってるよ。でも一緒に来てくれるなら歓迎しないとね。
そんな感じでシロちゃんのパン工房にまで到着。今もパンを焼いてるのか、外からでも良い匂いがしてくる。
セリーちゃんは隠れながら覗いてたけど手を引いて一緒に中に入った。
「キタキタキツネ~。ノララ!」
「キタキタキツネだよ~。美味しいパンを買いに来たよ~」
「それはアリガトキツネです。丁度パンが焼けた所です」
テーブルには鉄のプレートに彩りのあるパンが並んでる。数は少ないから多分シロちゃんが自分で食べる用だったのかな。
「それと今日はお友達も連れてきたよ~」
セリーちゃんの背中を押してあげて前に出す。
「セリーです。今日はわたしの店のライバルになりそうだから来ました!」
スパイなのに堂々と宣言してるけど大丈夫? それとお辞儀した時に頭の帽子が落ちてセリーちゃん顔が赤くなってる。かわいい。
「え、えぇっと? あ、モコ・シロイロです。ヨロシクキツネです」
シロちゃんも慌ててお辞儀をしてる。
それでセリーちゃんはシロちゃんが焼いたパンをジッと見てる。
「確かに美味しそう。こんなにふわふわで良い匂いをパンで出せるんだ」
早速敵情視察をしてる。流石は狼頭の大将さんに鍛えられてるだけある。
「あ、あの。私そんなにすごくないですから。パンも日持ちしないから普通の客は来ないし、それも夕飯用だから」
「えっ、そうなの?」
「普段は学校の購買でしか売らないからライバルにはならないと思う」
シロちゃんの率直な感想にセリーちゃんはポケットからメモ用紙を取り出して何か書いてる。相変わらずマメな性格だね~。
「そっか。だったら大丈夫……。じゃない! ノリャお姉ちゃん独り占めしてる!」
「えぇ!?」
「モコ! わたしと勝負して! どっちがノリャお姉ちゃんの胃袋を掴めるか!」
何かセリーちゃんがいつも以上にやる気をみせてるような。シロちゃんはどうしていいか困ってる。でもこういうのをきっかけで仲良くなれたりもするし、案外悪くないのかもしれない。
「いいんじゃない? 私は料理の知識はそこまでだけど、お互いのことを知ったらいい刺激になるんじゃないかな」
よく分からないけどそれっぽいことを言っておこう。
「そっか。そうだよね。よし、タタカウキツネ!」
「そうこなくちゃ!」
2人共ヒートアップしてる。それからセリーちゃんが材料を取りに一旦酒屋に帰ってから戻ってきた。そうして2人の熱い勝負が始まった。
私は何もできないから椅子に座って2人の料理を見守っておこう。
「審査員様! ご要望はありますか?」
セリーちゃんが言った。審査員って私のこと?
「んー、なるべく重い料理は避けて欲しいかなぁ。あと量も控えめにしてくれると嬉しいなぁ」
消化に悪いのとか量があると帰ってからの夕飯が食べられなくなるし。
それを聞いてシロちゃんもセリーちゃんも少し思案してから調理に取りかかってる。
「がんばれー」
とりあえず応援しておこう。
「ガンバルキツネ!」
「ノリャお姉ちゃん見ててね!」
調理に真剣と思ったらしっかりと答えてくれた。見た感じどっちもパンを作ってるように見える。セリーちゃんもちゃんと相手の土俵で戦う度胸がすごい。
それで2人がパン生地をクルクルしてる時にセリーちゃんが何かしてて風が吹いてる。
「セリーちゃん、それは魔法?」
「うん。ちょっとずつだけどたいしょーに教わってるの。火は危ないからまだダメって言われてるけど」
なるほど。そういえば持ってた分厚い本も魔法の本にも見えるし勉強してるのかな。シロちゃんはそれを見てちょっと焦ってる。確かにこれは分が悪そう。
でも見た感じだと手慣れてるのはシロちゃんの方かなーって思う。やっぱり子供の時からずっとしてきたんだろうね。ちょっとしたことでもサッとしてる。
それで最後に窯炉にお互いのパンを入れて焼いてる。
「ちょっと火が強いかも……」
「風送ってみるね」
「あーそうそう。アリガトキツネ」
さっきまでバチバチしてたのに共同作業になってるけど気のせい?
「もうそろそろだよね?」
「もう少し焼いた方がいいと思う。焦げ目のタイミングが大事って母が言ってたから」
「むむむ。そうなんだ」
なんか普通に楽しそうにしてる。
そんな感じで焼けたみたいで窯炉からホカホカのパンが取り出されてる。シロちゃんのスコップさばきで鉄のプレートが垂直に運ばれて、それを見たセリーちゃんが感心してる。
2人が最後の盛り付け作業をせっせとしてる。
「出来上がりました!」
先に持ってきたのはセリーちゃんだった。焼けたパンを冷ますのに風魔法が使えるからその差が出たかー。
目の前に出されたのはスティックみたいな棒状のパンで先までこんがりと焼けてる。長さもそこまで長くなくてちゃんと量も考慮されてる。それにお皿には上から青、黄色、白って3つのソースが並んでて多分これをつけて食べるんだと思う。
「じゃあ頂くね」
まずはそのままで一口。ふわふわしててちょっと甘い。普通にこのままでも美味しいし、時間のない朝食によさそう。まずは一番の上の青のソースをつけてみよう。多分スラース?
うん、甘味が増したね。スラースだ。これならデザート感覚でいけそう。
次に黄色のソース。こっちは何か口の中がスッキリする味だ。パンって口の中の水分が取られやすいけど、これは何かそういうのがなくて喉までスルッて入っていく。これもいいね。
最後の白色のソース。こっちはさっきまでと違って濃い目の味付けだ。オニオンソースみたいな食欲がそそるような味。これはいい味の変化。
「ご馳走様。すごく美味しかったよ」
「やったー!」
セリーちゃんがぴょんぴょん跳ねてる。寧ろこっちが嬉しい演出。
「お待たせしました! ホカホカキツネ!」
「ありがと~」
続いてシロちゃんも運んでくれた。出されたのは小さな団子みたいな丸いパン。ちゃんと全体がこんがり焼けてるのを見ると窯炉の中でちゃんと転がして均等に焼いてたのが分かる。
頭の方には緑色のゴマみたいのを振られててシンプルながらいいと思う。大きさも掌の半分もなくて一口サイズ。これも嬉しい考慮。
「頂きます」
小さいからパクッと一口で食べるとそしたらすごい。何か噛む度に味が変わってるような? 口の中に色んなソースが混ざり込んでる気がするから多分それかも。あ、この風味はモイモイの実だ。こっちはリガー?
それで噛んでたら一番奥の方にパンとは違うシャキッとした何かが入ってた。噛んだら果汁が溢れてそれが口の中を潤わしてくれる。少しだけすっぱいけど他のソースと絡み合ってそんなに気にならないし、寧ろいい調和になってる。
「美味しい。これは何か果物が入ってた?」
「はい。ヤチルの実と言いまして高温でも溶けにくい実です。酸味が独特ですけどその代わりに色々とソースを混ぜてみました」
あの小さな団子パンにそこまで手を込んで作るってすごいなぁ。
「これはどっちも商品化まったなしだね」
それを聞いて2人がハイタッチして喜んでる。けどすぐに我に返ってセリーちゃんが詰め寄ってきた。
「じゃなくて! ノリャお姉ちゃん的にはどっちがよかった?」
あちゃー。やっぱり有耶無耶には出来ないかなー。正直どっちが上ってするのは躊躇うんだよね。そうしたら片方が落ち込むだろうし。
「私も正直に言ってくれたほうが嬉しい、かな。勉強になるし。覚悟はデキテルキツネ」
そう言われたら決めるしかないかー。ちょっと考えて思案する。
「シロちゃんかなー」
「やった!」
「うそー」
「本当に僅差だよ? それに偶々私の好みが合ったていうのもあるし」
どっちも甲乙はつけにくいし、セリーちゃんのパンも美味しかった。
「むーそれでも悔しいよー。これはノリャお姉ちゃんを取られても仕方ないかもー」
まぁ、シロちゃんは子供の時からパンを作ってたから得意分野って意味でもセリーちゃんは不利だったとは思うけど。
「よし決めた! モコさん。いえ、モコ先生! わたしにパンの作り方を教えてください!」
「えぇ!?」
「料理はけんぶんが命だってたいしょーが言ってた。それに隣で作ってるの見てて思ったもん。すごく丁寧で素材の声を聞いてるようだったもん」
「いやそこまでは……」
シロちゃんは遠慮して手を振ってる。確かに素材の声が聞こえたら凄そうだけど。
「かわりにわたしもたいしょーから教わったレシピ教えるから!」
「それはちょっと気になるかも」
そういえばシロちゃんはパン以外はそんなに知らないのかも。
「いいんじゃない? お互いの料理を知ったら刺激にもなると思うよ」
「そ、そうだよね。じゃあヨロシクキツネ、です」
背中を添えてあげたらシロちゃんが照れくさそうに手を出してセリーちゃんと握手してる。
「じゃあこれからはモコお姉ちゃんって呼ぶね。毎日は来れないと思うけど空いた時間は来るから! それじゃあノリャお姉ちゃんもバイバイ! 今日はありがとー!」
セリーちゃんはそう言って荷物を纏めて帰って行った。そういえば忘れてたけど仕事中だったのかも。でもこうして考えるとセリーちゃんもすごく勉強熱心だって思える。
きっと将来は大物になりそう。
「私がお姉ちゃん……。いえ、その前にきちんと教えるられるか不安かも。私、そういうの分からないから」
「大丈夫だよ。傍で見てたけど一緒に料理してる時、2人共すごく楽しそうだったから。多分そういうので大丈夫だよ」
「うぅ。私にとってはノララの方がよっぽど姉です」
シロちゃんが私の胸に飛び込んでくる。だから何となく頭を撫でてあげる。
私は食べるくらいしか出来ないから、また今度2人が一緒の時に来れたらいいな。




