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67 女子高生も運び屋本社に行く

 学校の帰り道、今日も異世界にやってきた。いつ来ても賑やかな街で全然飽きない。きっと都会に住んでる人も毎日こんな感じなのかな?


「どこに行こうかな」


 レティちゃんのお店に行って飲み物を買うのもよさそうだし、フランちゃんのお店で洋服を見るのもいいし、セリーちゃんの接客を見に酒屋に行くのもいいし、シロちゃんのパン屋に行って買い食いしてもいいし、魔術学園か騎士学校に行ってリリやムツキに会いに行くのもよさそう。


 こうして考えると本当に色んな人と知り合えたんだなぁ。自分でもあんまり実感ないけど。いつもフラフラ立ち寄ってるだけだし、きっとこの街の人達が良い人達ばかりだからだよね。


 どこに行こうか悩むし、とりあえず歩こうかな。未知を求めてさまようのも乙だしね。

 そういえばまだお城付近には行ったことないんだった。一般人が立ち寄っていいかは分からないけど遠目だけでもいいから行ってみようかな?


 うん、そうしよう。そうと決まったら足取りは軽い。

 とりあえず噴水広場まで行ってそこを更に北だったよね。確か天球塔があって高い建物が沢山あるはず。そこもまだ先だから結構遠いかもしれないけど。


 この辺に来ると人通りもちょっと少なくなる。多分、お店は南側の方に集中してるからかな? 周りにはトカゲ頭の人とか、鳥頭の人とか、剣を下げてる人が歩いてる。身なりは皆普通だからまだ大丈夫。


 ポツポツと歩いてると遠目に小さな影が見えた。ちょっと暗いから分かり辛かったけど大きな尻尾と背中に背負ってるランドセルで誰かすぐに分かった。


「シャムちゃーん」


「あ、ノノムラ」


 シャムちゃんが振り返ってくれて気付いてくれた。でも何か元気がないような?

 いつもならパタパタ走り回ってるイメージがあったけど、今日はトボトボ歩いてた気もする。


「どうしたの? 元気ないね」


 いつもなら耳も尻尾もピンとしてるし、それにシャムちゃん今も俯いてる。


「何でもねーです。ノノムラには関係ねーです」


 いつもならもっと語気が強いのに今日はいつも以上にシンミリしてて覇気がない。


「話なら聞くよ」


「関係ねーって言ってるです。それに話した所でもうおせーです」


 そう言ってシャムちゃんが振り返って歩き出すから私もその隣を歩く。シャムちゃんは不機嫌そうに私を見てるけど気にしてられない。


「何で付いてきやがるです」


「落ち込んでる友達を見て放っておけないよ」


「それがお節介って言ってるです! それに話したらきっと余計に……」


 シャムちゃんは苦しそうに胸を押さえて、それで走り出そうとした。だから迷わずその手を掴んだ。


「離すです!」


 それでもできない。ここで手を離したら私の足だと絶対追いつけないだろうし。


「シャムちゃん、お願い。私だと何も力になれないかもしれないけど、でも元気のないシャムちゃんを見てると私まで悲しくなってくる。このまま見送ったら私はずっとシャムちゃんのことしか考えられなくなる」


「…どう」


「もう一回言ってもらっていい?」


「異動です! ボク、東の都に異動させられるんです!」


 異動、それって運び屋の仕事のことだよね。ってことは……。


「シャムちゃん、街から出て行くの?」


「そうです。向こうが人手不足で手が回ってないから応援に行って欲しいって店長に頼まれました。お金もタンマリ弾んでもらう予定です」


 急過ぎて頭が追いつかない。それってシャムちゃんとお別れになるってこと?


「応援ならまた戻って来るんだよね?」


 私の淡い期待とは裏腹にシャムちゃんが首を横に振ってる。

 そんな……嘘だって言ってよ。


「ボクとしてはせーせーするです。これでもうノノムラの顔を見ることもねーです。レティもフラウスもそこまで仲良かった覚えもねーです。ボクは1人でも生きていけるです」


「シャムちゃん」


「大体働いてたらこんなの当たり前です。いつまでも一緒なんてありえねーです。まー、ノノムラには美味しい物貰ったりしてたし感謝もしてたです。何も返せねーのは申し訳ねーと思ってますけど、そもそもノノムラが……」


「シャムちゃん、いいんだよ」


 ずっと声震えてる。何かを我慢してるってのはさすがに私でも分かる。だから抱きしめてあげるくらいなら私にもできる。


「や、やめろです。ボクは、ボクは」


「うん、分かってる。あそこに座ろう」


 シャムちゃんの手を引いて道の脇にあるベンチに腰を下ろした。周りには誰もいないから大丈夫。


 少し沈黙が続いてからシャムちゃんが諦めたように溜息を吐いた。


「本当はボクも皆と離れたくねーです」


「うん」


「でも仕方ねーです。これは決まったことです」


「店長さんには何も言えないの?」


 ここまで無理強いまでさせるような人がこの街にいるなんて私にはとても思えない。

 シャムちゃんは俯いたまま膝の上に拳を握ってギュッてしてた。


「他にも理由がある?」


 聞いたらコクッて頷いてくれた。


「ボクの実家は街から離れた所にあるです。でも親はもうどっちも高齢でまともに働けねーです。だからボクがずっと仕送りしてたです」


 そんな胸の内を話してくれる。私と年も離れてないと思うのに仕送りってシャムちゃん偉過ぎるよ。


「でもボクが稼ぐお金なんて精々しれてるです。だからもっと稼ぐ必要があったです。店長もボクの家庭の事情を知ってたです。だからきっとボクを思って言ってくれたです。ボクは正直迷ったです。皆と離れるのは嫌です。でも親が苦しい思いするのも嫌です。ずっと迷ってたらつい店長に言ってしまったです。行くって」


 それを聞いてようやく分かった。それにシャムちゃんはずっと健気に振舞ってたけどずっと辛い気持ちを隠してたんだ。そう思うと自然とシャムちゃんの肩を抱き寄せてた。


「ありがとう、話してくれて。ずっと、1人で悩んでたんだね」


「っ! ノノムラッ!」


 シャムちゃんが私の胸に飛び込んで顔を埋めてくる。そんな頭を撫でてあげるのが今の私にできる一番の慰めだと思う。


 シャムちゃんは静かに泣いてた。我慢しなくていいのに。でもシャムちゃんにとってそうしてきたのが当たり前だったから、自然とそうなったのかもしれない。


 そんな時間が少ししてシャムちゃんは我に返ってベンチに背を預けてる。ポケットにハンカチが入ってるから渡そうとしたけど「大丈夫です」って言われたから閉まった。


「ボク、どうすればよかったです」


 そればっかりは私にも分からない。私はシャムちゃんと別れたくない。でもそれは私の我侭だし、シャムちゃんの事情を考えたら何も言えない。


「シャムちゃんの気持ちはどうなの?」


「どうって。行くって言ったから行くしかねーです」


「そうじゃなくて、今の気持ち。それが大事だと思う」


「……正直、あんまり乗り気じゃねーです。せっかく上手く行き始めて、ノノムラとも知り合えたってのに、こんなのボクは嫌です。ボクはまだこの街にいてーです」


 それを聞いたら居ても立ってもいられない。ベンチを立ってシャムちゃんの手を引いた。


「その気持ち、店長さんに伝えに行こうよ。きっと分かってくれるよ」


「そんなの、無理です。明日には発つって店長が……」


「だったらまだ時間があるってことだよ。善は急げ、だよ」


「ったく、ノノムラは本当にお節介な奴です。ならボクも腹を括るです。何を言われてもこの気持ちが一番大事だって気付いたです」


 いつものシャムちゃんの顔になったから私も安心して笑顔を送れる。それで一緒に行こうと思ったけど、よく考えたら運び屋の本社ってどこにあるんだろう?

 それを見透かされてシャムちゃんは軽く溜息を吐いてたけど、すぐに私の手を引っ張って連れてくれた。


 それから街を10分くらい歩いて天球塔のある所を抜けて、そこより更に先の通りを曲がった所に広い敷地の場所があった。中には馬車みたいな乗り物がいくつも停まってて、外で多くの人が荷物の積み込みをしてる。どれも小さいからシャムちゃんの使ってる小さくなる魔法を使ってるのかな。


 馬車を通り過ぎた奥には大きな倉庫みたいな建物があって、中には木の箱がいくつも積み重ねられてる。中ではその箱の中身を仕分けしたり、小さくして圧縮したりして作業してるのが遠目でも見えた。


「おや、シャムじゃないか。今日は早いな」


 私が周りに目がいってると横から声がした。振り返ったらそこには馬頭の人が背広みたいのを着て立ってる。


「店長、お疲れです」


 シャムちゃんが頭を下げてるからこの人が店長さんみたい。


「そちらは?」


「ボクの友人です」


 友達と紹介されてちょっと嬉しい気持ちになる。


「野々村野良です。よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。それで何か用かな?」


 店長さんは至って穏やかな口調で聞いてる。目配りしたけどシャムちゃんは息が詰まったみたいに固まってたから、肩を掴んで前に出してあげた。


「ノノムラ、何を!」


「大丈夫。私はシャムちゃんを信じてるから」


 そう言ったらシャムちゃんも意を決してたみたいに店長さんの目を見据えてる。


「あの、店長! やっぱりボク、東の都には行けないです!」


「あーそっか。なら仕方ない。代わりの人を探すよ」


「ボクもこの街が気に入ってて、って、え?」


 シャムちゃんが面食らったみたいに目を丸くしてる。正直あまりにさり気なかったから私も一瞬だけ驚いた。


「別にいいよ、無理ならね。ただシャムならお金に困ってると思って先に声をかけたんだ」


「そう、だったですか」


 やっぱり店長さんなりの気遣いだったんだね。


「けど、君が断るというのは意外だったかな。君なら受けると思ったけど?」


「まー色々あるです」


 それで馬頭の店長さんが私の方を見てくる。あ、もしかして私が引きとめたって思われてる? 当たってるけど。でも店長さんは特に何も言わずに口元だけ緩めて笑ってくれた。


「そうか。ま、この街を気に入ってるならそれはそれで助かるよ。君には期待してるからね。いずれ君は店長に推薦したいと俺は思ってるから。じゃ」


 それだけ言って馬頭の店長さんは手をヒラヒラさせて去っていく。なんというか大人な人って感じだった。シャムちゃんも状況が分かってなくてずっと瞬きを繰り返してるだけだし。


「あ、あれ。これで、終わり? もっと引き止められると思ってたです。ていうか、ボクが店長? え、え?」


 シャムちゃん開いた口が塞がらなくなってる。


「でもよかったんじゃない? 店長になったら待遇もよくなるだろうし」


 そうしたらシャムちゃんの悩みも一気に解決すると思う。それでシャムちゃんもようやく現実を理解して大きく息を吐いてた。


「なんでやがるですか。ビビッて損したです」


「うん、本当によかったね」


 多分シャムちゃんの日頃の行いがよかったから店長さんも大目にみてくれたんだと思う。


「じゃあ私帰るね」


 結構遅くなったし、あんまり遅いとお母さんが心配する。

 去って行こうとしたらシャムちゃんが急に手を掴んできた。ぎゅって握られたからちょっと恥ずかしい。


「あの! ノノムラ。本当にありがとう、です。ボク、ノノムラと友人でよかったです」


「私もシャムちゃんの顔をこれからも見られて嬉しい」


「べ、別にボクはそこまで思ってねーですけど? まーでも、ノノムラがそこまで言うなら顔くらいいつでも見せてやってもいーです」


 うん。やっぱりシャムちゃんはこうでないと落ち着かない。自然と笑みがこぼれる。


「なっ、何笑ってやがるです! そんなにボクの顔がおかしいでやがるです!?」


「おかしくないよ。シャムちゃん、これからもよろしくね」


「~~~! 本当にノノムラはボクの心を惑わすのが上手ですっ!」


 その意味はちょっと分からないけど、でも私もシャムちゃんと離れ離れにならなくてよかったって思う。

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