60 女子高生も異世界でパンを焼く
休日。今日は特に予定もないから我が家のモフモフ達と戯れて遊ぼう。とは言ってもまだまだ暑いから庭の日向に出てくるのは柴助とミー美くらいで他は皆廊下に佇んでインドアになってる。
縁側で座ってると猫丸が私の膝上を占拠してきた。なーんって鳴いてくるけど今は何も持ってないよー。少ししたらその場に丸くなって眠ろうとする。
「ぴー!」
何か瑠璃が飛んで来て私の胸に飛び込んでくる。意外と焼きもちさんなんだよね。
撫でてあげたら満足して隣にペタンって座る。それで知らない間にこん子とたぬ坊も近くに寄って来て丸くなってる。四方を囲まれてしまった。これじゃあ動けない。
仕方ないからモフモフして遊んでよう。もふもふ。
「ミー!」
「わふっ!」
庭で遊んでた柴助とミー美も近寄ってくる。皆甘えん坊だねー。
そんな感じでだらだら過ごしてたけど郵便配達の人が来てバイクの音にびっくりして柴助とミー美以外が一目散に逃げちゃった。もふもふタイムは終了。
郵便を受け取って伸びをする。今日はいい天気だけどすることもなくて暇だなー。
「そうだ。シロちゃんは元気にしてるかな?」
家も広そうだったし掃除で苦労してるかもしれない。そうと決まったら早速行こうかな。
「ミー」
「わふ!」
「んー? 柴助もミー美も来る?」
言ったら元気よく鳴いたから異世界に行きたいみたい。ミー美はともかく、柴助も結構異世界気に入ってるよね。
「瑠璃ー! 来ないと行っちゃうよー」
「ぴ~」
呼んだら屋根の方から降りて私の肩に乗ってくる。じゃあ散歩ついでに異世界に行こうかな。
~異世界~
こっちに来るのも何度目になるかな? 結構来たつもりだけどまだまだ知らない所は沢山ある。とりあえずシロちゃんのいる住宅街を向かって歩いて行く。
柴助と瑠璃が仲良くかけっこしてるけど他の人の迷惑にならないようにねー。ミー美は私の傍を離れなくてゆっくり歩いてる。いい子だねー。
シロちゃんの家に着いた。この前来た時と同じで相変わらず外観はどんよりしてて雑草も伸びたまま。でも、生活感はあって洗濯物はちゃんと干してある。
石道を歩いてそうっと玄関に近づいて行く。
「クタクタキツネー」
中から可愛い声がした。顔を覗かせて見ると床の上にシロちゃんがひっくり返って死んでる。手には雑巾を持ってるから掃除をしてたのかも。でも最初に来たよりも大分綺麗になっててテーブルや棚、窯炉もぴかぴかに磨いてある。
「シロちゃん、おはおはきつねー」
「ひゃっ!? ノララ、来てたの!」
「様子見に来たよー」
シロちゃんはすぐに起き上がって服をぱたぱた叩いて埃を落としてる。耳と尻尾は入念に叩いてた。やっぱりその辺はたまりやすいのかな。
「今日は私の家族も連れてきたよ。この子が瑠璃で、こっちが柴助で、その子がミー美だよ」
「ぴ!」
「わふっ!」
「ミー!」
皆一斉に鳴いたからシロちゃんもペコリとお辞儀してた。
「これはこれは、素敵なお客様。私はモコ・シロイロと言います。ヨロシクキツネです」
動物相手にここまで丁寧に自己紹介する人は初めてかもしれない。皆も気に入ったみたいで嬉しそうにしてる。
「今日は私も手伝いに来たよ。まだしてる途中だったよね?」
「はいぃ。とりあえず工房内は綺麗にしようと思ってフキフキしてたけど全然終わらなくて、外も綺麗にしないとダメだし、雑草抜かないとダメだし、もうムリムリキツネー!」
シロちゃんがまた床に転がって絶望してる。確かにこの広さを1人でするのは大変かもしれない。ここは一肌脱がないとね。袖を捲ってやる気を出して見せる。
「シロちゃん、一緒に頑張ろう。2人でしたら半分の時間で終わると思うよ」
「ノララぁ。ノララぁ!」
またまた床から飛び上がって今度は抱き付いてくる。うーん、やっぱり可愛い。
「どこを手伝ったらいいかな?」
「で、では壁を拭いてもらっていい? 結構汚れも多くて大変!」
確かに棚の横とか後ろ側に黒いシミみたいのが結構ある。これは頑張らないとね。
「皆は外でゆっくりしててね」
「ぴー」
「みー」
「わん」
何か皆が訴えた目をしてくる。もしかして手伝うって言ってるのかな。それは嬉しい。
「じゃあミー美は外の雑草食べてもらっていい?」
「ミー!」
草食だったと思うから多分全部食べてくれるよね。
「瑠璃は外の外観を綺麗にして欲しいなぁ。柴助は瑠璃に雑巾運んであげて」
「ぴ!」
「へっへっ」
うーん、柴助は分かってなさそうな顔して尻尾振ってる。瑠璃が地面に下りて説明してようやく理解したみたい。
~2時間経過~
内装は大分綺麗になってすっきりした。外もミー美が雑草を全部食べてくれて、瑠璃と柴助が外装を頑張ってくれたから見映えも大分よくなったと思う。
「ノララ! 本当にアリガトキツネ! 私だけだったら後数日はかかってたと思う」
「うん。綺麗になってよかったね」
掃除って基本片付けから始まるけど殆ど何も置いてなかったから綺麗にしやすかったってのはあると思う。
でも結構動いたからお腹が空いたかも。シロちゃんも同じでぐ~って小さい音がなって顔を赤くしてる。
「お腹ペコペコキツネー。パンを焼こう!」
「いいね。私も手伝ってもいい?」
「もちろん! 一緒にこねこねしよう」
シロちゃんは2階に行って材料を取って戻って来た。頭には耳が出る三角巾をしてて可愛い。テーブルに材料を広げて瑠璃達も興味津々で横で見てる。
「何パンを作るの?」
「んー。私が好きなのはモイモイの実をまるごと使った奴かな。あーでもマイコニドとファイバーのパンも捨てがたい」
何の素材かは分からないけど、きっと食べたらどれも美味しいっていうのは分かる。
「じゃあどっちも作ろー。実は私この街のパンってそんなに食べたことないの」
「もしかしてパン嫌いだったり……?」
「寧ろ大好きだよー。ただ食べる機会もあんまりなかったから。だからシロちゃんの作るパン楽しみだなー」
「なら任せてくだしゃい! これでも母から仕込まれてましゅ!」
シロちゃんは早速鞄から色々と材料を机の上に並べて行く。そういえばこっちだとパンはどんな手順で作るんだろう? 牛乳や卵、酵母菌ってあるのかな?
それで早速木のボウルを使ってシロちゃんが手際よく下地を作り始める。色んな材料を入れて色が真っ黒になってるけど大丈夫?
「ここに魔法の粉を入れます」
シロちゃんが茶色い袋を出して白い粉をボウルに注いでる。
「魔法の粉?」
「魔法花って呼ばれる花が発する匂いの元を使ってるからそう呼んでるって聞いたよ」
なるほど、本当に魔法のような粉って意味じゃないんだね。粉を混ぜ合わせると黒っぽい色がみるみる白に戻っていく。すごい。
それで下地になったみたいだから、ここから生地にする為にこねこね開始。手も洗ったしこねこね~。
生地を分けてもらったから伸ばしたりしてたけど、シロちゃんは伸ばした生地をクルクル回してる。ピザ?
「それは何してるの?」
「空気中の魔元素を取り込んだ方が美味しくできるって母が言ってたから。私もこんなやり方であってるか分からないんだけど」
そうなんだ。じゃあ真似してクルクルしてみる。意外と楽しいけど飛んでいったら大変だから集中してやらないと。
「うん。いい感じ。これで焼いたら多分大丈夫」
「寝かせないの?」
「寝かせる?」
こっちだとパン生地を寝かせるって概念がないのかな。調理工程も微妙に違う気もするし、魔法の粉の成分が何とかしてくれるのかな。
「あ、もしかして風魔法で乾燥させることを言ってる? 私はそういうのしないかなー」
「そうなんだ」
とりあえず余計なことは言わないでこっちのやり方を見学させてもらおう。変に言って失敗したら悪いし。
シロちゃんがパン生地をこねたりして中に具材を仕込んだりしてる。手際もよくてまるで職人さんみたい。横でジーッと見てたらシロちゃんが気付いて顔を赤くしてる。
「な、なにかな?」
「ううん。慣れてるなーって思って」
「これだけ、だから」
ちょっと寂しそうな顔をしてたけどすぐにまた生地を千切ってこねてる。それで完成したのは鉄板に乗せて行って窯炉に向かった。鞄から何か石みたいのを出してそれを必死に叩いてる。ああいうの何て言うんだっけ。そうそう、火打石だ。
シロちゃんは頑張ってカチカチ鳴らしてるけど木の枝に燃え移らない。でも私も火打石の使い方は知らないし。そうだ。
「瑠璃ー。火吹いて」
「ぴ!」
瑠璃が軽く枝を炙ると小さな煙が上がった。これで多分大丈夫だよね。
「わ、わ。その子、火吹けるんだ、すごいなぁ」
シロちゃんに褒められて瑠璃もご機嫌になって飛びまわってる。枝は他の木材に燃えて窯炉は燃え上がってるけど、シロちゃんは鉄の棒を使って上手く火を消してる。
火も落ち着いて来た所でさっきの鉄板を中に入れてる。後は焼けるまで待つだけかな?
私は座って待ってたけどシロちゃんはずっと窯炉の前に立ったままで中のパンの焼け具合を小まめにチェックしてる。やっぱり職人さんだ。
「ホカホカキツネだよ~」
その言い方だと狐さんが焼けたみたいに聞こえるけど黙っておこう。
シロちゃんはスコップみたいなのを使って鉄板を引き出してテーブルに置いた。
香ばしくていい匂いが漂ってる。パン屋さんに入った時と同じあの感覚。やっぱり異世界でもパンはパンだね。コゲ目もいい感じですごく美味しそう。
「お待たせ。それじゃあ食べようって言いたいんだけどまだ熱いから少しだけ冷まさしてね。……本当なら風魔法で簡単にできるんだけど」
「シロちゃん?」
「あっ、ごめん。なんでもないから」
シロちゃんは愛想笑いをしてくれるけどやっぱり何か寂しい顔をしてる。
それで5分くらい冷ましてようやく手で持てるくらいになったみたいで出来立てのパンを渡してくれた。
「甘い香りがする。これがモイモイのパン?」
「そうだよー。本当に美味しいからぜひぜひ」
そう言われたから早速一口。パンはふんわりしてて中の実も……あれ、実がない。変わりに何か甘い紫色のソースみたいのになってる。でも何かジャムみたいですごく美味しい。
私が首を傾げてたからシロちゃんが隣でクスッと笑ってる。
「モイモイの実は体内の温度が高くなると実が溶けるんだ。それでソースみたいになるんだよ。元々、魔物の少ない所で出来る果物だから地力で種を増やす為に進化したんだって」
「ほえー。全然知らなかったよ。これなら毎朝食べれるよ。本当に美味しい」
瑠璃やミー美、柴助も食べたいと言わんばかりに寄って来たから小さく千切って皆にあげたら喜んで食いついてる。我がモフモフ達にも大絶賛だね。
「本来は氷魔法でモイモイの実の温度を固定して焼いて木の実と一緒に食べるのが普通らしいんだけど私にはできない、から。あっ、ごめん。また私。せっかくのパンが台無しだよね。ノララ、沢山食べてね」
シロちゃんは私の為にパンを渡してくれるけど自分は食べようとしてない。それにさっきから無理して笑ってる気もする。だからパンを半分に千切って渡してあげたら口に運んでくれた。
「私ね、魔力ないんだ」
一口飲み込んだらシロちゃんがポツリと呟いた。
「おかしいよね。料理人なのに魔力ないなんて。でも私にはこれしかなかったから……」
そういえば昔、狼頭の大将さんが料理人を目指すなら色んな魔法を使えるのが必須だって言ってた気がする。
「パン1つ焼くのだって、火の魔法が使えないと火も起こせないし、風魔法があったら温度調整も簡単だし、氷魔法があったら色んな応用も効くし……」
「それでもなりたかったんだよね?」
「他の道も考えたけど魔力がないから皆同情して気を使って、やりたいこと分からなくなって。それでずっと母の手伝いをしてたの」
だからパンを焼くしかないって言ったんだ。シロちゃんの足元に小さな涙が落ちたから、黙って肩を寄せて頭を撫でてあげる。私にはこれくらいしかできないから。
「大丈夫だよ。シロちゃんのパンはとっても美味しいから。それに実は私も魔力がないんだよ。私達お揃いだね。ナイナイキツネ」
「えっ、ノララもそうなの?」
「うん。私の国だと皆魔力ないんだよ。でも美味しい料理を作れる人もいるし、すごい発明をする人もいるし、周りを楽しませてくれる人もいるよ。だから大丈夫。私はこのパン、大好きになったから」
こっちでの常識はよく分からないけど、少なくとも魔力のあるなしだけで全部が決まるって思わない。何も取り得のない私でもこうして過ごせるんだから、パンを作れるって取り得のあるシロちゃんは絶対に大丈夫。
シロちゃんは自分が泣いてるのに気付いて袖で涙を拭うと笑ってくれた。今度は無理してない優しい笑顔。
「ありがとう、ノララ。実はここに来て一番の不安が魔力なしの私がパンだけで生活できるかって思ってたけど今の一言で気持ちが変わったよ。私、頑張る」
「その調子だよ。人生イケイケキツネだよ」
「うん。イケイケキツネ!」
シロちゃんの顔に迷いはなさそう。よかった、きっと1人っていうのもあって心細かったんだろうね。こっちに来た時はなるべく顔を見せるようにしよう。
このパンにはきっと誰も知らない魔法が詰まってると思うから。




