59 女子高生も異世界を案内する
新学期。夏休みも終わって後期が始まる。学校はいつもよりちょっと賑やかになってる。
長い休みだからその間に夏休みデビューを果たして見た目や雰囲気がガラリと変わる人もいる。私はいつも通りだけど。
今日は初日というのもあって授業も午前中までしかない。昼で終わったから教室は少し騒がしくなって、皆どこに行こうとかで盛り上がってる。
私もコルちゃんとリンリンを誘おうと思ったけど2人共予定があるみたいで無理だった。
だから今日は久し振りの1人での下校。最近は瑠璃も学校にまで着いて来ない。
家にはミー美や柴助もいて仲良くなったからだと思う。最初はやっぱり人見知りするよね。
いつもの通学の道を歩いてる。9月でもまだまだ夏の暑さは続いてる。偶には買い食いでもして帰ろうかな?
そうと決まったら少し寄り道する。道路のある歩道を逸れて住宅街のある方に入ると、少し狭い道になる。車が1台通れるかギリギリくらい。その道を真っ直ぐ進むとカーブミラーがあって左右に道が別れる。そこを左に曲がると急勾配の下り坂になって、その一番下の所に町にある小さな駄菓子屋さんがある。
昔からずっとあって幕や戸もボロボロになってる。表には変なキャラクターのガチャポンがある。偶に可愛いグッズに変わってたりするから侮れない。今回はクトゥルフ新話シリーズって書かれてる。変にデフォルメされてるせいでキモかわいい感じになってる。別にいいかな。
戸を開けて中に入ってみるとしわしわのおばあちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい。ノラちゃん、久し振りだね」
「うん。今日から新学期でお昼で終わったんだ」
「そうだったんだねぇ。今でいくつになるんだい?」
「今年で16になるよ」
「もうそんなになるのかい。子供の成長は早いねぇ」
おばあちゃんが感慨にふけってる。昔はリンリンと一緒によく来たけど中学になってから来る回数も少しずつ減ったんだよね。でもスーパーも遠いから時々甘いのが欲しくなるとここで駄菓子を買って帰ったりもする。
今日は暑いからクーラーボックスに入ってるアイスを見てみる。乱雑に並んでるから偶に底の方にレア物のアイスが発掘できたりするけど今回は数も減ってるからなさそう。
とりあえずピノとジャイアントコーンで迷う。うーん、どっちにしようかなー。
家に帰ったら瑠璃が欲しがるだろうし、分けて食べれるピノにしよう。
お金を払ってピノを鞄にしまっておく。家でゆっくり食べよう。
「また来てね」
「うん。また来るね」
おばあちゃんに手を振って戸を開けた。
その先はいつもの通りじゃなくて異世界の街並み。このパターン久し振りだなー。
こっちは相変わらず色んな種族の人が通りを歩いて賑やかにしてる。このタイミングでの転移は想定外だけど丁度暇する予定だったし異世界を堪能しよう。
「今日は何しよう?」
誰かに会いに行くのも楽しそうだし、知らない店を探索するのも楽しいだろうなぁ。
うーん、迷う。とりあえず歩いて見る。
「んー?」
街を見渡してると1人目立ってる人がいた。目立ってるというか困ってる?
他の人は皆足取りが軽いのに、その子は辺りをキョロキョロしててちょっと挙動不審。
背中には大きなバックパックみたいのを背負ってる。観光客?
頭には白い耳と腰の方に大きな白い尻尾が見える。多分、フランちゃんと同じ種族の狐の人だと思う。髪は長くて首辺りでリボンを結んである。服装も水色の肩を出したインナートレーナーに白いスカートで、白のハイソックスで殆ど真っ白な子。
絵本の世界から出て来たお姫様みたい。
「あっちがこっちで。いえ、こっちがあっち? そもそもここがここで……。あれれ?」
狐のお姫様は地図みたいのを片手に四苦八苦してる様子。やっぱり観光客かも。それに1人みたいだしちょっと心配。
「あの~、大丈夫?」
「ひゃい!?」
お姫様は耳と尻尾をピンと立って驚いた仕草をする。正面から声をかけたつもりだったんだけどなぁ。
「道に迷ってる? よかったら案内するよ?」
とは言っても私もこの街に詳しいわけじゃないけど。
「え、ええと。こういう時の対応方法はちゃんとメモしています」
狐のお姫様はバックパックのポケットから英単語帳みたいのを取り出してパラパラ捲ってる。知らない人との対応方法? とりあえず待ってるけど何か同じ所をずっと捲っててあわあわしてる。
「央都で知らない女性に案内を頼まれた時の対応は書いてないー! ムリムリキツネー!」
多分そこまで細かい作法はどの観光マニュアルにもないと思うけど。
「えっと、別に固くならなくて大丈夫だよ。私も初めてここに来た時は右も左も分からなかったから。もし私の知ってる場所なら案内できると思うし」
「い、いいんでしゅか?」
微妙に噛んでる気がするけど気にしないであげよう。
「うん。丁度私も今日どうやって過ごそうか迷ってたから。私は野々村野良だよ。好きに呼んでね」
「私はモコ・シロイロと言います。この度は本当にアリガトキツネです」
「いえいえきつねだよー。よろしくね、シロちゃん」
何かよく分からないけど真似してみる。
「それでシロちゃんはどこに行きたいのかな?」
「えっと、この場所……」
地図みたいなのを見せてくれたから覗いてみる。どれどれ。
上の方に大きく四角く描かれて『お城』ってなってる。確か一番北にはお城があるんだったね。一番下の方も四角く描かれて『門』ってなってる。私達の現在地だね。
それでお城と門に2本の線を繋いで真ん中辺りに丸があって『ここ』ってなってる。
うん。宝の地図かな?
「ご、ごめんなさいっ! 実は母も場所をよく覚えてないって言ってて。でも私も人と話すのが得意じゃなくて、あの、その」
「大丈夫だよ。街の人に聞いたりしたらいつかは着くと思うから。建物の特徴って分かる?」
「祖母が昔に使っていた家とだけ……。母も昔住んでたみたいだけどずっと昔だから今はもうボロボロかもって話してました」
それだけだとイマイチ分からないけど色んな人に聞いたら多分大丈夫だよね。
「じゃあ一緒に探してみよっか。そうだ、さっきアイス買ったから一緒に食べない?」
本当は家に帰ってから食べるつもりだったけど、いつ帰れるか分からないし放置してたら溶けるかもしれないし。ピノを鞄から出して蓋を開けてみる。あ、レアなハート型が入ってる。
「お気遣いなく。案内してもらえるだけで私は大感謝です」
「そう?」
ピノを棒で刺す。シロちゃんはさっきからこっちをチラチラ見てる。
んー、分かりやすい。
「シロちゃん、目を瞑ってもらっていい?」
「ふにゅ? いいですけど」
「それで口を開けてもらっていい?」
「こうですか?」
素直に聞いてくれたからピノを口の中に入れてみる。
「なにこれ! 甘い! 美味しい! ヒエヒエキツネ!」
耳をぴょこぴょこさせて嬉しそうにしてる。口に合ったみたいでよかった。
私も1つ食べる。うん、これこれ。ミントも好きだけどやっぱりバニラが一番。
「はっ! あの、私お金もあんまり持ってなくてお礼もできなくて、その」
「お礼なんていいよ。私がシロちゃんと一緒に食べたいって思っただけだから」
「ふわぁ。央都にはノララのような人がいるんだね。私、ここに来てよかった」
「うん。ここの人達は本当に良い人達ばかりだから大丈夫だよ」
私はここの人じゃないけど初対面だしあまり言わないでおこう。
ピノも食べて元気も出た所で早速調査開始。まずはリガーを売ってくれる鳥頭の店長さんの所に来てみた。
「おっ、嬢ちゃんじゃねーか。元気にしてたか?」
「元気だよー」
「ははっ。相変わらずのほほんとしてるな。新鮮なリガーが入ってるんだ。買っていかないか? サービスするぞ」
そういえばリガーのストックも減ってた気がする。買っておこう。
「じゃあ3つください」
「毎度! 420オンスだな」
異世界用の財布を出して銀貨4枚と銅貨2枚渡す。
「丁度だな。1個おまけだ」
鳥頭の店長さんが袋にリガー4つ入れてくれた。いつもサービスしてもらってる気がする。
「ありがとー。それと店長さんに聞きたいんですけど、この辺で今は使ってない建物ってあります?」
「使ってない建物?」
鳥頭の店長さんが首を傾げてたからシロちゃんの手を引いて寄せてみる。肩に耳が当たってモフモフするー。
「この子が今日からこの街に住むみたいなんだけど前に住んでたお母さんの家が分からないって言ってて」
「ふーむ。君、名前は?」
「えっと。モコ・シロイロ、でしゅ」
シロちゃん緊張してか最後に噛んでた。でも店長さんは「シロイロ?」って言って唸ってる。これは?
「もしかしてあんたの母君はパン屋をしてたか?」
「はっ、はい。央都の街角でパン屋を経営してたそうです」
「なるほどな。じゃあ場所を知ってるぜ。噴水広場を東に進んだ先の通りにあるはずだ。今はもう使われてないから見たら分かるんじゃないか?」
さすがは物知りな店長さん。何でも知ってるね。でも見た目は結構若そうなのにシロちゃんの親の代の店を知ってるって結構高齢だったり? 獣人って長寿なのかな。
「ありがとうございます!」
「いいってもんよ。ここに住むならリガーはうちで買ってくれよな」
そう言って鳥頭の店長さんと手を振って別れた。やっぱり街の事情はこの街に住む人が一番知ってるね。
「よかったね、これですぐ見つかりそうだね」
「ノララ、本当にアリガトキツネだよ~。本当は1人で心細くて最悪野宿しようとも考えてたから」
「困った時はお互い様だよ~」
「ノララー!」
そんな勢いよく抱きつかれると心の準備が~。でもモフモフしてて気持ちいいなぁ。
「そうそう。この街にはシロちゃんみたいに耳や尻尾のある人もいるんだよ。年も近いと思うから今度紹介してあげるね」
「そうにゃの!? すごく嬉しい! ノララー!」
何かもうスキンシップが激しい気がするけど、これがケモミミ族流の挨拶なのかな? でもシャムちゃんは違ったなー。
それで鳥頭の店長さんに言われた通りに噴水広場の所を東に歩いて行く。こっちに来るのは何気に初めてかも。南はレティちゃん達のお店のある通りで、北は天球塔があって、西が酒屋や鳥頭の店長さんの店があって、こっちは知らない。
周りを見てみたらこっちは住宅街って感じで木造で2階くらいの円錐の建物が多め。屋根は三角じゃなくて平らになってて窓もなくてどこも解放的。
なんとなく太い樹木を切り抜いて家にしたように見える。時々、家の壁に枝みたいのが垂れててそこに服を乾かしてるのが見えるし。
「あっ! 多分ここです」
周囲の建物に意識が向いてるとシロちゃんが横を指差してた。そこも他と同じ樹木を家にしたような所だったけど、他と違って黒く濁っててどこか禍々しい雰囲気がある。
お隣さんとは丸太が置かれて境界になってて、見事にこの敷地周りは雑草が伸び放題。入り口までは石道になってたから一応通れたけど、背の高さと同じくらいの雑草は切るのも大変そう。
「お邪魔しまーす」
シロちゃんの背中に続いて中に入らせてもらう。中も外観に負けじと埃っぽくて、机やテーブルもあるけど汚れてる。壁の方には棚が並んでて、奥には大きな窯炉が見える。確か前はパン屋をしてたっていうからそれが残ってるのかな?
「ノララ、本当にありがとう。今日からここで生活して頑張っていこうと思います」
シロちゃんがペコリとお辞儀をしてくれる。
「ううん、これくらいなら全然いいよ。でもこれは掃除するのも大変そうじゃない?」
「少しずつ綺麗に片付けていこうと思う。こればっかりはすぐには終わらないと思うし、それに色々と試したいこともあるから」
「そっか。また何かあったら遠慮なく言ってね。出来ることなら手伝うから」
「うっうっ。ノララは本当に良い人だよ。私この街に来て本当によかった。これからも仲良くしてくれる?」
何かすごく感激されてる。街を案内しただけなんだけどなぁ。
「勿論だよ。シロちゃんとはもう友達だから。またね」
「はい。バイバイキツネー」
「ばいばいきつねー」
また異世界で新しい友達が増えてとってもいい気分。これが私にとっての新学期デビューとなったかな?
今回登場したモコ・シロイロですが発音がちょっと特殊です。シロイロの『ロ』の所が高くなる感じです。いわゆる『白色』という発音ではありません。でもノラは普通に『白』の発音で呼んでます。
以上余談でした。




