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51 女子高生も異世界果樹園で働く

 金貨1枚、2枚、3枚……、銀貨1枚、2枚……、銅貨1枚、2枚、3枚、4枚……。


 財布から出てくる異世界硬貨はこれで全部みたい。狼頭の大将さんから沢山もらったのに結構減ってる。これは死活問題かもしれない。このままだと瑠璃のリガーすら買えなくなっちゃう。


「ぴー?」


 瑠璃は暢気に机の上でリガーを食べてて現状の深刻さを理解してなさそう。


「バイトだね」


 当面の資金確保の為にも働くしかない。よし、そうと決まったら早速準備して異世界にレッツゴー!


 服は働きやすい格好にしてなるべく荷物を減らして、靴は運動靴がいいかな。準備が整ったし外を散歩しながらって思ったけど玄関出たらもうその先は異世界だった。


 でも働くってどこで働こう。セリーちゃんのいる酒場やフランちゃんの所なら気軽に歓迎してくれそうだけど、せっかくだし知らない所に行ってみたいよね。


 そうなると色々調べないといけないけど、こっちに職業斡旋所みたいなのはあるのかな。

 あっちは役所仕事だけどこっちだと行政ってどうなってるんだろう。


 うーん。


「あ、そうだ。困ったら来いってノイエンさんが言ってた。相談してみよう」


「ぴー?」


 早速魔術学園に向かって生徒に紛れてみる。制服じゃないし瑠璃も相まって結構目立ってたけど注意はされなさそう。


 前にレティちゃんと一緒に来たから学長室の場所も覚えてる。確かあの扉だったよね。

 確か3回ノックしてから入るのが礼儀だったよね。何か1人だと緊張するかも。


 コンコンコン。


「入りな」


 よかった。ノイエンさんはいるみたい。


「失礼します」


 頭を下げながら中に入るとノイエンさんは目を丸くしてこっちを見てきた。


「ノラかい。なんだ、今日も突発転移かい?」


 ノイエンさんはもう私の現象に慣れてる。これが年の功って奴?


「いえ。実はお金がなくて困ってるんです。どこかいい働き場所がないか教えて欲しいんです」


「働き場所ねぇ。あんたなら顔馴染みの店も多いんじゃないのかい?」


 ノイエンさんは相変わらず書類整理をしながら話してくる。それでも追い返さないのはきっと優しいからだと思う。


「そうしてもいいんですけど、せっかくこっちに来てるので色んな所を見てみたいんです」


 それに同い年くらいの子からお金を受け取るのって結構気が引けるし。


「んー。だったら南の果樹園に行ってみたらどうだい。この時期なら果樹仕事で忙しくなってるだろうしね」


 おぉ、こっちの果物畑は気になるかも。


「どこにありますか?」


「街を南に出て街道を真っ直ぐ行ったらすぐだよ」


「ありがとうございます。でも急に行って大丈夫です?」


「なんでさ?」


「えっと、働く日や向こうの都合もあると思いますから」


「あんたの言いたい意味が分からないね。働くのに日時や時間の決まりがあるのかい?」


 こっちだとそういう所は結構緩いんだ。それは私にとっても有難いかな?


「私の世界だと事前に連絡して面談してからいつから何時から何時まで働くって感じで働く環境が決まってるんです」


「へぇ。随分と規律がしっかりしてるんだね。皆それを守ってるのかい?」


「はい。破ると酷い場合は捕まって罰せられますから」


「何だかあんたの世界も面白そうだね。今度機会があったら教えてくれないかい?」


「勿論です。じゃあ行ってきます。色々とありがとうございました」


 私が頭を下げると宙に飛んでる瑠璃も軽く頭を下げてる。ノイエンさんは手を軽く挙げて別れを告げてくれた。


 今まで当たり前だと思ってた日常もこっちだと当たり前じゃない。やっぱりここは異世界なんだって実感する。


 よし、時間を無駄にしない為に急いで行こう。でも走ると疲れるからし早歩きで。


 南の方から街の外に出ると街道を沿った外れに森のような木々が生い茂った場所がある。

 え、もしかしてあそこが果樹園なの? 普通に樹海に見えるけど。


 前にリリとムツキで森の方には何回か行ったけど見た目は全然変わらないし、何なら高過ぎる樹木だってある。あんなのに実が付いてたら収穫が大変そう。


 それに段々とここがそこって不安にもなってくる。魔物が出てきたら私だけだとどうしようもないし。でもノイエンさんはここって言ってたしなぁ。


 困ってたら森の外側の方に人影が見えた。山羊頭の人が作業着を着て木の椅子に乗って作業してる。やっぱりここで間違いないみたい。


 慎重に歩いて近付いていくと山羊頭の人が私に気が付いた。顔には皺も多くて四角い眼鏡をしてる。毛もしわしわしてるし、おじいちゃんかな?


「あの~、すみません」


「何かな、お嬢さん?」


「えっと、この時期になると果樹園の仕事が忙しくなると伺って、ここで働きたいのですが大丈夫です?」


「おぉ、それは助かります。見ての通りこの果樹園はかなり広くて人手も少なく助かります」


「あ、でもその、毎日は来れなくて、もしかしたら今日だけになるかもしれないんですけど本当に大丈夫ですか?」


「全然助かりますよ。いつでも手助け来て頂けたら歓迎します」


 本当に就労義務とかそういうのないんだ。でもよかった。1日限りだと気まずいと思ったけどこれならここで働いても大丈夫そう。


「ばあさん。また新しい子が来てくれたよ」


 おじいちゃん山羊が声をあげると奥からこれまた眼鏡をかけた山羊頭の人が出迎えてくれた。


「あらあら可愛い子ね。それにそちらの子はドラゴンかしら?」


「ぴ!」


「私は野々村野良と言います。こちらは瑠璃です。今日は宜しくお願いします」


「ふふふ。礼儀正しいわね。でも気楽で大丈夫よ」


 おばあちゃんが頬杖をつきながら微笑んでくれる。優しそうな老夫婦ですごく安心感あるかも。自然とこっちも笑っちゃう。


「それで何を手伝ったらいいです?」


「そうだねぇ。この(つぼみ)を落とすのを手伝って欲しいんだ」


 おじいちゃん山羊が近くの枝を引っ張って私に見せてくれる。そこにはまだ実ではない緑色のダイヤの形をした蕾がいくつもなってた。


「もしかして摘蕾(てきらい)ですか?」


「おや、経験者かな? その年で知ってるのはすごいねぇ」


「私の地元でも多くて時々手伝いに行くんです」


 異世界の果樹も私の方とは仕組みは同じみたい。これなら私でも出来るね。


「それは有難い。手が汚れるから手袋を貸すよ。それと高台用の椅子も自由に使っていいよ」


「ありがとうございます」


「そうそう。蕾はなるべく上向きについてるのを残して欲しい」


「そうなんですか?」


 確か上向きの蕾を残すと実がなるとお日様に熱で実がこんがり焼けるからなるべく葉っぱで隠すようにって言われた気がする。


「上向きの方が魔元素の吸収効率がよくなるからね。それにリガーは皮が厚いから多少陽に当たっても大丈夫なんだよ」


 これリガーの樹だったんだ。言われて見ればダイヤの形をしてるから似てるかも。


「分かりました。一枝に1つ残すで大丈夫です?」


「ああ。数も多いからのんびりやってくれていいよ」


 そういって老夫婦は作業を始めた。私はなるべく高めの木を選んでやっておこう。年を取って来たら手を伸ばすのも大変だろうし。


 ガサガサ。


「んー?」


 何か奥の方から音がしたような。でもここには私と瑠璃と山羊さんの夫婦しかいないよね。

 そういえば、最初におじいちゃん山羊がまた新しい子がって言ってたような?


 木になってそっちの方へ歩いて行くと木に隠れるようにしてピンク髪の上品なお姉さんがいた。作業着でも分かる美しさ。


「ミツェさんだー。こんにちはー」


「こ、ここここ」


 ミツェさんは私の登場に驚いて目をぐるぐるにしてすごく動揺してる。ちょっと心臓に悪かったかなー。


「こけっこっこー」


 何となく場を和ませようと鶏の物まねをしてみる。冷たい風だけが吹いて静まり返る。

 うーん、受けなかったかー。せめて瑠璃は笑ってよー、欠伸してないでー。


「今日は私も働くんだー。近くで一緒に作業してもいい?」


「は、はは」


「うん」


「はず、い」


 上品なお姉さんからめっちゃ若者の言葉が出て来たよ。多分恥ずかしいって言いたかったんだろうけど。


「あなたの傍で~一緒に~居たいの~」


「あなたは~私の心を惑わす~聖女なの~」


「だったら歌おう~夜明けまで~」


「その頃には~きっと~私の心は~あなたのもの~」


 おぉ、やっぱり歌で話すと歌い返してくれる。段々とミツェさんとの話し方のコツも掴めてきたかも。


 ~1時間経過~


「歌姫さんは~どうしてここにいるの~」


「生きる為の~キラキラが~ないの~」


「私も~キラキラがないの~」


「あなたと私は~同じ雛鳥~」


 どうにもミツェさんはここで働いてお金を稼いでるみたい。歌声で稼げそうだけど恥ずかしがり屋というか、歌って話すから歌で稼ごうって気がないのかな。


「おーい。休憩にしましょうー」


「はーい」


 おじいちゃん山羊が遠くから呼んでくれたから手を振って返事をした。瑠璃は待ってましたと言わんばかりにぴょんぴょん飛んでる。君、何もしてないよね。


「ミツェさん、行こう」


 ミツェさんは顔を赤くしながらコクコク頷いてくれる。うーん、やっぱり可愛いなぁ。本人に言ったら大変になりそうだけど。


「ノラさんにシーシーさん。飲み物はこれでいい?」


 おばあちゃん山羊がオレンジ色のジュースの入ったボトルを手渡してくれる。


「ありがとうございます」


「ありが、とう」


 山羊の老夫婦は微笑んで日陰に腰を下ろしたから私は木の椅子に座ろう。ミツェさんも私の隣に並んで椅子に座ってる。


「しかしまぁ、こんな若い子がこんな農園に来てくれるなんてワシは夢でも見ておるのかのう」


「綺麗な歌まで聞かせてくれてありがとうね」


 あれは歌ではなく会話だったんだけど、知らない人が聞いたら多分歌だと思うよね。

 ジュースを一口飲むと仄かに甘くて後から微妙に酸っぱい何かが迫ってくる。普通に美味しい。


 瑠璃はおばあちゃん山羊から丸くて黄色い果物を貰って喜んで食べてる。


「そういえばミツェさんは街に残ったんだね」


「はい」


 あ、間違えて普通に聞いちゃった。でも普通に返事してくれたような?


「あなたと、会えた、から」


「ミツェさん?」


 するとミツェさんは急に恥ずかしくなったのか顔を両手で隠して俯いちゃう。


「私もミツェさんと会えて嬉しい」


 思わず本心が口に出たらミツェさんは耳たぶまで真っ赤になってた。

 でも言葉にしないと分からないこともあるし、ちゃんと気持ちは伝えないとね。


 それからミツェさんが私を見る度に赤くなってた気がするけど、多分気のせい。

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