49 女子高生も怪談話をする
夏の夜。勉強会という名のお泊り会で私の家にリンリンとコルちゃんが集まって部屋で勉強をしてる。
「夏と言えばやっぱ怪談だな」
「リンさん。勉強が嫌になったのならそう言えばいいじゃないですか」
コルちゃんの鋭いツッコミ。
「勉強飽きた!」
あまりに正直過ぎるリンリンを見て思わず笑っちゃう。
「宿題なんて最終日にコルコの写したら終わりじゃん」
「リンさん。わたし1年生ですよ? 課題内容違うと思うのですが」
「えっ、嘘!?」
「寧ろ何故同じと思ったのですか……」
リンリンが絶望に暮れてホラー映画に出てくるゾンビみたいな顔になってる。
「でもリンリンとずっと一緒だし何だか年上って気がしないよね」
名前もずっと渾名で呼んでるし。
「そうだぞ。私は2人の先輩なんだぞ。もっと敬え~」
「如月先輩?」
「うぉっ。何かめっちゃ新鮮だ」
「うーん。でもリンリンはリンリンじゃないと落ち着かないな~」
小学校の時から呼んでるから癖になってるし。
「これは私の威厳に関わるんだよ。今日から先輩呼びしたまえ」
「後輩から勉強教えてもらう先輩って悲しくなりません?」
「よし。私の先輩ライフは終了した」
早過ぎない? まだ一回しか呼んでないんだけど。
「それでリンリン先輩、怪談話って?」
「よくぞ聞いてくれたノラノラ君。最近は夜だというのに暑くて死にそうになる。こんな時こそ心身冷える何かが必要だと思わないか?」
「暑かったらクーラーつけるよ?」
部屋の中は扇風機が頑張って風を送ってくれてるけどそれでも結構暑い。いつもは元気な瑠璃もベッドの上から身動きしてない。
「ノラー! 必要なのは物理的な寒さじゃないんだよ!」
「面倒くさい先輩ですね」
「コルコ。さっきから私にきつくない?」
怪談話をするなら雰囲気が欲しいよね。とりあえず机の上を片付けて蝋燭を置いたらそれっぽい?
「瑠璃~。火をお願い~」
「ぴー」
やる気のない返事からして面倒くさいって言いたそう。うん、火を吹くって疲れそうだもんね。代わりにマッチを使おう。
「これで扇風機と電気を消したら雰囲気出るんじゃないかな?」
「いいねいいね。怪談しよう!」
パチッと音を鳴らして扇風機と照明を消したら辺り一面は暗くなる。窓の外から差し込む微妙な月明かりと蝋燭の火だけが照らしてる。
「じゃあ言いだしっぺの私から行かせてもらう。これは私の中でも飛びきり怖い話だ。覚悟して聞けよ?」
リンリンが蝋燭に向かって話し出す。妙に影が濃くなってるから顔が変になってて寧ろ笑いそう。コルちゃんも隣で笑い堪えてるし。
「そんな暢気でいられるのは今の内だぞ。これは光さんから聞いた話なんだけど」
結構新しい目の話?
「前に皆で海に行ったじゃん? でさ、あの海って昼間はいいけど夜、特に真夜中になると色々噂があるらしいんだ。深夜に1人で浜辺に行きでもすれば、後ろからそうっと暗い影が伸びてきてガシッと腕を掴んで海に引きずりこんでいくんだ。その名も、河童」
リンリンのドヤ顔とは裏腹に場は静まってる気がする。リンリンが慌てて私とコルちゃんを見てくるけど、首を傾げてるのに気付いて低い声で「おわり……」って足してた。
終わるんだ。
「え、それで終わりですか?」
コルちゃんも同じ感想みたい。
「仕方ないじゃん。光さんも詳しく話してくれなかったし」
「でも河童って川に生息してるものじゃないの?」
「そうですね。海なら海坊主の方が主流だと思いますが」
それを聞いたリンリンがやってしまったと言わんばかりに顔を赤くした。こういう時に知識人がいると自分のにわかが露呈しちゃうよねー。
「ええい! じゃあ次々! 私はもう話したからノラノラに託す!」
何か蝋燭押し付けられたから次は私の番みたい。
「何話そうかなー」
「怖い奴で頼むぞー」
怖いの怖いの。あ、それならアレがいいかな。
「じゃあ話すね。これは私のおじいちゃんから聞いた話だよ。この街で起きたすごく怖い話」
リンリンみたいに低い声を出せないから雰囲気を出せないけどいっか。
2人も真剣に聞いてくれてるし。
「確かおじいちゃんが20歳くらいに起こった話だと思う。今からもう60年以上も昔の話。当時はまだ経済が発展してる途中だったから、この街も本当に田舎って感じだったみたい。車とか農作業の機械もないから全部人力だったんだって。すごいよね」
今でこそスマホとか当たり前に使ってるけどそれが一切使えない暮らしって私には想像できない。冷蔵庫とかはあったらしいけど、お風呂とかは全部火を起こして沸かしてたって言ってたし。
「でね、移動手段が大抵徒歩になるんだけど、おじいちゃんが偶々隣町に用事が出来たからそっちまで歩いて行ったんだって。往復で4時間くらいかかったって話してたと思う。その日は今日みたいな真夏の日だった。おじいちゃんは山道を越えて隣町まで行こうとしたんだけど、そこであれと出くわした」
「な、なんだ?」
「緊張しますね……」
怪談だし敢えてもったいぶって話してみる。
「それは人の背丈よりも一回りも大きくて、手には鋭い爪、口には何でも砕いてしまいそうな牙を持った。全身の茶色い毛は逆立って、唸る声は獰猛そのもの。おじいちゃんもあれを見た時は腰を抜かしそうになったって言ってたよ。でも丁度手に持ってた猟銃を駆使して撃退して……あれ? どうしたの?」
なんかリンリンとコルちゃんが遠い目をしてるような?
「なぁ、ノラノラ。それって熊だろ?」
「うん。熊」
「熊ですか」
「熊だよ」
熊、怖いよね。時々ニュースにもなってるし、あんなのと山奥で遭遇したら心臓止まると思う。というか止められると思う。
「ノラノラ。確かに怖い話って言ったけど、そういう怖い話じゃないっていうかさ」
「えー、でも熊怖いよ。それにその熊が町に現れてすごい激闘が繰り広げられるんだよ」
「確かにそれは怖そうだけども!? でも今は怪談じゃん? ちょっと趣旨が違うというかさ」
うーん、そうなのかなぁ。絶対いけると思ったんだけどなぁ。おじいちゃんも滅茶苦茶怖かったって言ってたし。怖い話って難しいね。仕方ない、コルちゃんに託そう。
「コルちゃん、私の分も頑張って」
「任せてください。実はわたし、もう話すものを決めてあるんです」
「そうなの?」
「はい。わたしが中学の頃にあった噂話です。とはいえ、実際に被害もあったのであれを知ってる人はただの噂とは思っていませんでしたが。赤い下駄箱という噂があったんですけど……」
コルちゃんが話し出そうとすると急にリンリンが立ち上がったからその音の方がびっくり。
「待て、コルコ。それガチで怖い奴じゃない?」
「ガチで怖い奴ですよ。今でも被害にあった生徒が……」
「わーわーわー! やめやめ! 怪談はこれで終わり!」
リンリンが騒いで部屋の明かりを点けた。言いだしっぺなのに自分で終わらせる。これが先輩特権なのかな。
「でもそれちょっと気になるかも」
オカルトとか怖い噂ってこの辺だと殆どなかったから憧れる。やっぱり都会の方だとそういうのも多いのかな?
コルちゃんが続きを話そうとするとリンリンが両手を使って口を塞いじゃった。
「怪談はもう終わり! そうだ、私ゲーム持って来たからそれ皆でしよう!」
リンリンが話題を変えようと必死になっててちょっと面白い。ていうかそんなに怖いの苦手だったっけ? 今のコルちゃんの話は本当に怖そうだったけど。
「みたいだからコルちゃんもいい?」
「はい。これを話してリンさんの体調を崩されては困りますからまた別の機会にしますね」
「別の機会もいいから!」
怪談話はこれでお終い。結局赤い下駄箱って何だったんだろう?
赤い下駄箱
炎天下の夏。とある美術部の女子がバケツの水を捨てに行った時、転んでしまい下駄箱に水をぶちまけた。赤色だったその水は木製の下駄箱に染み付き、それはまるで血のようだった。
運悪くその下駄箱を使っていた沢田が転校してしまった。以来、その下駄箱は呪いの下駄箱として語り継がれ、噂に尾ヒレがついていく。
「沢田の奴、死んだってよ」
何故か故人にされた沢田が今も下駄箱の周りを徘徊する亡霊扱いにされている。
真相を知る美術部の女子だったが真実を話しても誰も信じてくれなかった。
「沢田君、ごめん」
彼女は思った。怪談ってこんな風に出来上がるんだな、と。




