44 女子高生も生誕祭を堪能する(昼)
生誕祭が始まって数時間が経って色んな料理を食べた。正直どこも美味しそうな物ばかりで胃袋が1つだと全然足りない。でもそれを話したら気の良い人達が袋に詰めて渡してくれる。おかげで両手一杯に出店の料理が詰まってる。これでもまだまだ全部を見て回れないくらいで本当にこのお祭はすごい。あの瑠璃も今は満腹で飛ぶのも面倒くさがって私の肩に乗りかかってる。
「本当に良いお祭だよね」
これなら遠くから沢山人が来るのも納得。
「んー?」
返事が来なかったから周囲を見渡す。あれ、皆がいない。もしかしてはぐれた?
「コルちゃーん。リンリンー。ヒカリさーん」
声を出しても人声に掻き消されちゃう。それにこの混雑だと近くにいても気付かないかも。
瑠璃が軽く頭上を飛んで見渡してくれるけど反応からしていなさそう。
「~♪」
どこからか歌声が聞こえてくる。博打だけど行ってみようかな。目立つ場所なら再会できるかもしれない。そう願ってそっちに向かう。
到着したのは出店の通りの先にある噴水広場の所だった。一際人が多く集まってて噴水の方がスペースあると思ったら、噴水の前のベンチに綺麗な女性が歌を歌ってる。
桃色の長い髪が一際目立ってて、ベージュ色の丈の長いコートを着崩していて、首には白いスカーフを巻いてる。紺色のスカートも相まってすごく上品。
小さいハープを弾きながら透き通る歌声を披露してる。なんというか、女優さんみたいなオーラがある。
「流石は盲目の歌姫だな。想像以上の美声だ」
「遠くから来た甲斐あったわ。これを聞かずに死ねないもの」
近くの人達がうっとりしながら話してる。ハープの静かな音色に重なって歌も静かだけどどこか胸の中に入ってくるような情熱を感じる。
「盲目の歌姫?」
さっきの人達の言葉が思わず口に出ちゃった。
「彼女、歌ってる時は絶対に目を瞑ってるそうよ。それでそんな2つ名が付いたんだって」
親切な人が教えてくれた。確かに今もずっと目を瞑ってる。でも2つ名ってちょっと格好いい。
「~♪~♪……」
歌姫さんの歌が終わって最後に静かなハープの余韻が残った。それが聞こえなくなると一斉に拍手が送られてる。私と瑠璃も一緒に手を叩いた。
演奏が終わると路上にはまたざわざわ騒がしくなる。歌姫さんはベンチに佇んだままで今も目を瞑ったまま。なんだかオロオロしてる気がするけど大丈夫かな?
ハープを横に置いて手探りで何かを探してる。足元の鞄? あれ、もしかして本当に目が見えないのかな。
「あの、これですか?」
近くに寄って足元の鞄を手渡す。歌姫さんは顔を少し赤くして頷きながら受け取ってくれた。うーん?
それから手探りで鞄の中に手を入れてるけど大丈夫かな。
「えっと、中身取りましょうか?」
すると歌姫さんが指先を光らせて空気中に文字を書いた。魔法線?
「ごめんなさい。私文字が読めなくて……」
これならリリの所でちゃんと勉強しておけばよかった。
「あ、ああ、の」
「はい」
「み、みず」
ミミズ?
そんな訳ないよね。多分水だと思うからそれなら私が持って来たペットボトルがあるからそれを渡そう。
蓋を外して渡すと歌姫さんが軽く一口飲んだ。するとちょっとだけ表情が変わった。
そういえば麦茶ってこっちだとどうなんだろう。
「こ、ここ」
「はい」
「お、しい」
惜しい?
美味しいって言ったのかな。それならよかった。
「えっと、食べ物も貰ったんですけど食べます?」
歌姫さんはコクコク頷いてくれたから袋から食べやすいサンドイッチみたいのを渡す。そうっと受け取ってくれて口に運ぶ。口元が緩んでるから美味しかったのかな。でも今もずっと目を瞑ってる。
「この後の行き先って決まってます? 私で良かったら案内しますけど」
目が見えないならこの人混みを歩いて行くのは大変だと思う。ここに来るまではどうしたんだろう。
歌姫さんは首を横に振ってる。大丈夫ってことなのかな。でもちょっと心配。
「私なら大丈夫ですよ?」
皆とはぐれたけど、その辺さまよってたら出会うと信じたい。
歌姫さんはサンドイッチを食べ終えると俯いた。また文字を書こうとするけど途中で止まる。それで突然ベンチから立ち上がった。
「私は~孤独の歌姫~どんなに思っても~言葉に出来なくて~あなたに伝えたい思いは~全部胸の奥に沈んでいくの~あなたの顔も分からないけど~きっと素敵な乙女だから~私を置いて明日へ進んで欲しい~」
急に歌姫さんが歌い始めてびっくりする。相変わらず目を瞑ったままだけど、でもこの歌詞って私に対して言ってる?
周りの人は歌が始まったせいでまた賑わって集まってくる。歌姫さんは立ち往生してオロオロしてる。
多分自分に構わず行ってって言ってくれたんだと思う。
でも自分を孤独と名乗る人がいて、目が見えなくて、こんな大勢の人に囲まれて。
もしもそんな人に何かできるとしたら。
「あなたの居ない明日が寂しくて~あなたの隣に立ちたいの~あなたの思いは~全部聞こえてるから~」
相手が歌で思いを伝えてくるなら私も歌で伝えるしかない。
「あなたは罪な人~その優しさが時に残酷で~それでも~どうして~こんなに胸に染みるのか~それが分からない~」
おぉ乗ってくれて返してくれた。これなら会話が出来るんじゃない?
「少しの勇気があれば~今日から友達~明日は親友~未来は恋人で~」
何かアドリブで言ってるせいか恋人っていう単語が出ちゃった。あ、歌姫さんが動揺して顔を赤くしてる。うん、これに関しては後で謝ろう。
「私の歌声は~只1人の為に~故郷を出たあの日から~父も母も~皆歌って踊って~それが私にとっての普通で~あなたはきっと~普通じゃなくて~だから~私には勇気がないの~」
「だったら私があなたにとっての普通になるよ」
あ、やば。思わず歌わず普通に返事しちゃった。
「ぴ~ぴ~ぴ~!」
おぉ、良いタイミングで瑠璃が飛びながら合いの手を入れてくれた。よし今なら切り返せる。
「この出会いは~きっと今日だけだから~あなたが普通を求めるなら~私が普通になるから~だから~この手を取って欲しい~」
歌姫さんの前に立って手を差し出す。目を瞑ってるから見えないだろうけど、思いは伝わってるはず。そう信じるよ。
すると歌姫さんが目を開けて真紅の瞳と目が合う。すごく綺麗で思わず見惚れて、手を取られてるのに気が付かなかった。歌姫さんは微笑んでた。
「あなたは~想像よりも~ずっと素敵だね~」
それでハグをし合って歌が終わった。それで何か周りから拍手がされてた。中にはハンカチを取り出して涙を拭いてる人もいる。あ、そういえば人の中で歌ってたんだ。
歌姫さんもそれに気付いて顔が紅潮してる。
それで荷物とハープを手に取るとそそくさにその場から立ち去って行っちゃった。
「ノラノラどこだ~!」
遠くからリンリンの声が聞こえた。
結局歌姫さんの名前を聞けなかったけど、きっとまた会えるって信じてる。それが運命だと思うから。




