41 女子高生も騎士と出かける
夏休みが始まって1週間は過ぎた。今日はこの前のムツキのお礼にドーナツを買って持って瑠璃と一緒に異世界に来た。でも何だかいつもと雰囲気が違う。街のあちこちで大きな旗を立ててたり、ポールを並べたり、草花のアーチを作ったりしてる。多くの人が家や建物の装飾に蔦を吊るしたりしてる。クリスマス?
市場の方はいつもなら野菜を売って賑わってるのに今日は閑散としてる。木箱も全部蓋がされてた。時々、大人の動物さん達が市場の方を何やら楽しげに会話しながら歩いて行くのが見える。なんだろう?
出店のある通りに向かうとこっちも例に漏れず静かだった。酒屋やフランちゃんのお店の扉の前には立て札があったから、もしかして閉まってる?
「んー、お祭の準備かな」
「あ、ノラ」
「ムツキだー。おはよー」
「ん。ノラも生誕祭の準備してるの?」
「生誕祭?」
やっぱりお祭だったみたい。私の疑問にムツキが首を傾げる。
「あれ、ノラは地元民じゃないの?」
「うん。遠い所から来てるから」
「そう。じゃあ生誕祭も初めて?」
「うん。お祭?」
聞くとムツキが小さく頷く。
「年に一度だけの大行事。遠くからも沢山の人が来る」
「へ~。有名なんだね。生誕ってことは誰かのお祝いかな?」
「ある意味そうかもね。全ての人を祝福するお祭だから」
おぉ、何だかすごそう。
「この日だけは俗世を捨てて、皆に幸あれって楽しむんだよ。だから一般家庭も含めて殆どの所が屋台みたいな料理を無料で提供してくれる」
「無料って、本気?」
一瞬耳を疑ったよ。こっちのお祭でもしっかりとお金は取られるよ。
「うん。生きるというのは食べること。だから皆がお腹一杯になるようにってするのが祭の目的」
ほえー、だから皆が集まって何やら楽しそうに話してるんだね。どんな料理を作るかで迷ってるんだ。それは遠くから一杯人が来るよ。
「でも無料だったら出費とか大変そう」
「そうかも。聞いた話だと国が援助してるとも聞くし多分そこまで深刻じゃないと思う」
「へー。だから皆準備で忙しくてお店とか閉まってるんだ」
「うん。せっかく大勢来てくれるから派手にしたいんだろうね」
その辺はこっちとあまり変わらないね。皆が楽しむっていうのはお祭の根幹なのかな。
「それでムツキも準備中?」
「私は食べる方だから……」
ということはムツキもこのお祭が楽しみなんだね。
「でもそうなると邪魔したら悪いなぁ。どこか落ち着ける所ないかな」
私は余所者だしウロウロしてたら悪いし、それに当日まで雰囲気を知らない方が楽しめると思う。
「それなら良い所知ってる」
それでムツキに連れられたのは街の外にある森の中だった。森って魔物が出るからちょっと心配したけどムツキは「大丈夫」って言うだけ。
5分も歩いてたら木々に囲まれる中でも一際太い樹木が生えてるのが見えた。大樹って呼ぶには相応しいくらい高くて分厚い。口みたいな樹洞が根元と繋がってる。
「ここが目的地?」
「うん。ちょっと持つね」
「え?」
ムツキが私をお姫様抱っこする。えっとー、ムツキさん? 何か前にもあったような気がするけど。
そのまま大樹の枝を蹴ってあっさりと上の方の枝まで来た。枝と呼ぶにはあまりに太くて、これが既に普通の木の太さくらいはあると思う。普通に寝転がれるくらいのスペースはある。
ムツキが私を下ろしてくれる。何か手の持ち方とかも丁寧。紳士な感じがする。ムツキは女の子だけど。
「ムツキって男装したら格好よくなりそう」
「き、急だね」
言ったら頬を赤くする。こういう所は乙女だね。男装は難しいかな。
瑠璃が周辺の枝や木に興味を持って飛んで行く。
高い場所だけど周りが木ばかりだから見晴らしも緑ばっかり。
でも時々吹く風が枝葉を揺らして、ザーッて音が心地良い。鳥や動物の鳴き声は聞こえないけど、この自然の匂いも嫌いじゃない。
「ムツキはよくここに来るの?」
「うん。静かで落ち着くから」
「こういう所いいよね」
私の地元もこんな感じだし。立ち上がると頭の上に枝が伸びてる。丁度木の実があったから手にとってみる。U字型のピンク色の実。モモかなって思うけど案外固い。
「ロロの実だね。甘くて美味しい」
ムツキが教えてくれる。そういえばセリーちゃんが孤児院で出してくれた紅茶もロロの実からだった気がする。
「誰かが作ってるの?」
「ううん、勝手に自生してる。野生の方は水気が多くて喉を潤すのに使える」
なんかサバイバルの熟練者みたいな台詞だよ。
「ということは食べてもいいのかな」
「うん。私も時々食べる」
それを聞いて実を枝から引っ張る。思ったより固くて取れない。するとムツキが立って腰からナイフを取り出して実と枝のくっ付いてる所を切ってくれた。
「収穫前の実は枝が固くなるから手では切れない」
そうだったんだ。豆知識。
ムツキが実を取ってくれたから1つを瑠璃にあげると喜んで食べてる。
「時期外れでも食べれるの?」
「うん。時期になると枝が脆くなって実が自然と地面に落ちる。それで腐りかけの実は甘くなる。でも今の時期だと歯ごたえもあるから美味しい」
なんという自然の神秘。それで動物が食べて種を運んでくれるんだね。それに言われてみたらこんな高い木に登ってまで実を食べに来るのも珍しいからその説明にも納得。
ロロの実を頬張るとリンゴみたいにシャキッと音がして果肉を噛むと果汁が口の中に広がった。噛む度に広がり続けて確かにこれは水分補給に向いてる。それに甘過ぎないのも個人的にいいかも。
芯の部分に白い種が見えた。
「美味しい」
「うん」
枝の所に腰を下ろして座りながら仲良く食べる。瑠璃は満足できなかったみたいで枝に付いてる実をそのまま頬張ってる。野生の実だから放っても大丈夫かな。
「ふあ」
ロロの実を食べたら眠気がくる。ポカポカするのも相まってるかも。
「ノラ、眠い?」
「暖かいとねー」
「だったらこの前のお返ししてあげる」
ムツキが自分の太腿を軽く叩く。
「お返し?」
「え、えっと。稽古中にノラが介抱してくれたから」
あー、あの時の膝枕かぁ。
「んー、眠いしお言葉に甘えようかなぁ。瑠璃も宜しくね」
「うん。お休み」
ムツキの太腿に頭を預ける。ほあぁ、柔らかい。木の上で足を伸ばせるってのも不思議。
ムツキが優しい手で頭を撫でてくれる。あったかいなぁ。
こうしてると、何だか……。駄目、もう意識が……。




