38 女子高生もケモミミ少女に囲まれる
夏休みに入って1日目の朝。学校はないけど最近癖になって早起きができるようになった。
せっかくだから柴助の散歩に行くことにする。瑠璃は眠そうに私の肩に乗ってウトウトしてる。
リードを繋いで早速出発。相変わらず農家さんの軽トラが走ってる。いつもと変わらない風景だけど、遠くからラジオ体操の音が聞こえて来た。小学生は朝からスタンプ貰ってするんだったね。今の私なら皆勤賞をもらえる?
何となく音のする方に向きを変えて歩いてたけど、その時には異世界の街に来てた。私の皆勤賞は初日で潰えたよ。
「こっちは休みっていう概念がないのかな?」
いつ来ても人通りの多さや賑やかさに変化は感じられない。お店も時々閉まったりしてるけど、何となく店員さんの気分で決めてる気もするし。
でもよくよく考えたら地元の定食屋さんも高校野球で応援してる所が負けて休業してたし、あんまり関係ないかも。
「あっ、ノリャお姉ちゃん!」
声がして視線を向けると給仕服で三角巾をしたセリーちゃんが木箱みたいのを紐でぶら下げて歩いてた。
「セリーちゃん、おはよー。何してるの?」
「出張販売です!」
木箱の蓋を開けると中には小さな可愛いバーガーがいくつも入ってた。以前の新作の商品だね。バーガーの香ばしい匂いがして朝ごはんを食べたのにお腹が空いてくる。
「忙しいの人の為にこうして街中で売るようにしてるんだよ! 店の宣伝にもなるし、お手軽サイズなので売り上げも好調だよ!」
確かに私も今買いそうになってる。うん、1つくらいなら。そう思って巾着を取り出そうとすると、横からひょこっと誰かが立ち止まった。
「良い匂いがしやがるです。って、てめぇ様はノノムラとあの時の孤児でやがるですっ!」
「シャムちゃんだー、はよー」
今日もランドセルを背負って配達業に励んでるみたい。
「この子はセリーちゃんだよ。酒屋で働いてるんだよ」
セリーちゃんが軽く頭を下げる。
「そうでやがったですか。通りで美味い料理を作れるわけです。でもこんなにバーガー残って売れてねーです。可哀想だからボクが買ってやるです」
多分ついさっき出てきたばかりだから残ってるだけだと思うけど黙っておこう。
シャムちゃんは金貨1枚をセリーちゃんに渡す。
「それで買えるだけくれです」
「ありがとうございます!」
セリーちゃんが腰に下げてるポーチから小包と袋を取り出してバーガーを1つずつ丁寧に包装して袋に入れていく。合計で10個はあったと思う。安い。
上の段にあったバーガーがなくなって仕切りの板を外すと下にもバーガーが沢山入ってる。
シャムちゃんはその場で1つ食べるとペロッと平らげちゃう。
「うめーでやがるです。お前良い料理人になれるです。頑張れです!」
「は、はいっ!」
セリーちゃんがペコリとお辞儀する。
「私も1つ貰っていいかな?」
そう言ったけど、何か瑠璃と柴助がじーってこっち見てる。君達も食べたいの?
「えっと、やっぱり3つください」
「ありがとうございます!」
セリーちゃんが袋を用意して包装してくれる。その間にお金を用意しようとしたけど、その前にシャムちゃんがお金を出しちゃう。
「シャムちゃん?」
「勘違いするなです。この前のお礼がまだだっただからそのお礼でやがるです!」
そっぽを向いて言った。お礼なんてよかったけど、お金を出して引っ込めなさそうだし、ここはお言葉に甘えようかな。
「シャムちゃん、ありがとう」
「感謝しやがるです。そこのイヌッコロも」
「わふっ!」
柴助が尻尾を振ってシャムちゃんの足に擦り寄った。
「ひゃあ! 過度なスキンシップは禁止でやがるですっ!」
一目散に離れて指を差して言ってる。柴助は舌を出したまま「へっへっ」って言うだけで多分分かってない。
「セリーちゃん、ありがとう。頑張ってね」
「はい! 沢山売って沢山稼いでくるね」
セリーちゃんと別れてシャムちゃんの隣を歩きながらバーガーを食べる。うん、ほかほかで美味しい。パンはふわふわで野菜サンドだから絶妙に甘くていい感じ。
瑠璃も柴助も満足そうに一口で平らげてる。
「なんでノノムラが付いてやがるですか。このバーガーは渡さねーです」
バーガーを黙々と食べるシャムちゃんが言った。
「んー、何となくかな。1人だったら退屈だし」
「仕方ねーです。ノノムラのわがままに付き合ってやるです」
何とか同行を認めてもらえて一緒に歩く。さっきからリスの尻尾が上下に動いてるのは気のせいかな。勝手に触るのも困らせるし、そう思ってたら瑠璃がもふもふ尻尾の中にダイブした。
「ふゃぁ!」
またまた可愛い声をあげては立ち止まった。
「な、なななにしやがるですか! ボクの偉大なる尻尾に触るなです!」
シャムちゃんが自分の尻尾を追ってクルクル回って瑠璃を離そうとしてる。
柴助が偶にしてる奴だ。
近くによって瑠璃を離してあげるとシャムちゃんが荒い呼吸をして詰め寄ってくる。
「ノノムラの従魔は躾がなってねーです! 主人に似て自分勝手でやがるです!」
「ごめん。次はないように言い聞かせるね。それと離れて歩くようにするから」
「そ、そこまでは言ってねーです。言い聞かせるだけで十分でやがるです」
「じゃあ寄ってもいい?」
耳を近くで眺めたかったから寄ってみる。シャムちゃんは頬を赤くして自分の顔をぺちぺち叩いてる。
「顔が熱いでやがるです。新手の魔法でやがるですか」
魔法なんて使えないけど可愛いから黙っておこう。
それから出店のある通りまで来て、その中にある洋服店に近付いていった。
シャムちゃんは憂鬱そうに溜息を吐いて扉を開けた。
「配達にきてやったですー」
凄くやる気のない声だ。丁度店の方も落ち着いててカウンターにはフランちゃんと、それにレティちゃんもいた。2人はこっちに気付いて手を挙げようとしたけど、シャムちゃんが勢いよく扉を閉めた。
「ノノムラ、お願いがあるです。品を持っていって欲しいです」
「んー、どうして?」
シャムちゃんが喋ろうとした時、背後の扉がバーンと開けられてシャムちゃんの毛が逆立ってた。
「シャムー! お久し振りですー!」
レティちゃんが飛び出してくるとシャムちゃんに抱き付いた。シャムちゃんは「ぐえっ」って変な声を出してる。
「最近全然会いに来てくれなくて寂しかったんですよー!」
「こっちは会いたくもねーです! 早く離れろですー」
「いやですー。シャム成分を補給するまでは離せません!」
仲良さそうにしてるから私は先に店内に足を運んだ。フランちゃんがぴょこぴょこと歩いてくる。
「ノノムラさん。いらっしゃいませ!」
「うん、お邪魔するね。今日はシャムちゃんも一緒なんだよ」
「えっ。ノノムラさんはシャムとも知り合いなの?」
「ちょっと色々あってね。レティちゃんとフランちゃんはシャムちゃんの友達?」
未だにハグハグしてる2人を眺めてフランちゃんが頷いた。
「うん。私達は同じ村出身の仲間なんだよ。都に憧れて村を飛び出して、それでここで生きていこうって誓ったんだよ。最初はあんまり上手くいかなくて、一時はバラバラになったけど今はこうして会ったりしてるんだ」
お金を稼ぐって大変だからね。でもそれで絶縁しなかったのは凄く良かったと思う。
「でもシャムはあんまり乗り気じゃないんだ。忙しいってのもあると思うけど、やっぱり一度は離れたから思う所があるんだと思う」
「そっか。でもシャムちゃんは良い子だと思うよ。さっきもね、食べ物をおごってくれたの」
「分かる! ここに配達に来るときもよく美味しい食べ物持って来てくれるの。『お前はもっと美味しいもの食べろです』って言ってね」
その姿が容易に想像できちゃうのがまた何とも。
「こらー! 勝手な事言ってるじゃねーです! さっさと糸受け取って金寄越すです! それとこいつはくれてやるです! お腹一杯でもう食べれねーです。いいですか、ボクがお腹一杯だから残飯をくれてやるだけですっ!」
シャムちゃんがカウンターにバーガーの入った袋を置いて腕を組んでそっぽを向く。
そんな様子に気にも留めずにフランちゃんとレティちゃんがバーガーに目を輝かせてる。
「これ前に食べた試作品の奴だ」
「すごく美味しかったですよね!」
「「シャムありがとう!」」
2人から感謝されるとシャムちゃんは気まずそうに扉の方に歩いて行く。色々あったから素直になれないのかな。
「精々潰れねーように気をつけるです」
指を差して扉を開けようとしてる。
「シャムちゃん、お金受け取ってないよ?」
言ってあげると顔を両手で隠して戻ってきた。フランちゃんから配達料を受け取るとチラッとこっちを見てから出て行っちゃう。
「良い子だね」
つい口に出して言った。
「でしょう!? シャムは昔から本当に良い子だったんですよ。何かと理由を付けてご飯を恵んでくれたり、商品買ってくれたりしたんです」
「そうそう。バラバラになった後も連絡や一緒に会う段取りしてくれたのもシャムのおかげ」
レティちゃんとフランちゃんが笑顔で話してると扉がバーンと開けられた。
「ボクのいねー所で勝手な話するなです!」
シャムちゃんが顔を真っ赤にして叫んでる。全部聞いてたんだね。
一番2人を思って寂しかったのはきっと……。
私も友達は大切にしよう。これからもずっと。




