36 女子高生もお嬢様と呼ばれる
いつもの帰り道。学校が終わって瑠璃も鞄から出て私から離れないように飛びまわってる。
学校に続く傾斜道を降りると道沿いに移動販売車が停まってた。野菜やお肉を売ってくれる有難い存在。一応少し先にスーパーはあるけど、皆が皆車を出して簡単に買出しに行ける訳じゃない。だから定期的に移動販売車が来て食料品を売ってくれる。
周りにはおじいちゃんおばあちゃんが集まって買出ししたり雑談してる。
私も横を通るついでに商品を見てみる。レタスや人参、牛肉や豚肉と並んでる。殆ど売れて残り少ない。端の方に小さなカップがちょこんと置かれてるのを発見。移動販売車でしか買えない激レアプリンだ。牛乳と卵にこだわりがあって凄くトロトロで美味しい。
私は迷わず手に取った。
「これ下さい」
「毎度~。100円だよ」
三角巾をしてるおばちゃんに100円玉を渡す。
「ありがとー」
「また来てね」
また? もしかして顔覚えられてる? うーん。私の記憶が正しかったら最後に買ったのは1月近く前だったと思うけど。営業さんの記憶力はすごい。
手を振って別れる。このプリンは食後のデザートにする。それまで我慢。見てたらお腹すくから鞄に入れておこう。激レアプリンをしまって顔を上げたら何か景色が変わってる。
異世界の街だね。
目の前の通りは野菜や出店の多い市場。右手の通りに進んだらレティちゃんやフランちゃんが経営する店に行ける。どっちに行こう?
「市場に行ったら買い食いしちゃいそうだし、誰かに会いに行こうかな」
食べ過ぎたらお母さんの作ってくれる夕飯が食べれなくなるし、何より激レアプリンを美味しく食べたい。回れ右して歩こうと思ったら、遠くから手を振ってる姿が見える。
あれは、リリ?
リリはこっちに向かって走って来てる。
「やっぱりノノだ! 会えて嬉しい!」
リリが人目を気にせずハグしてくる。うーん、今来たばかりなのにリリの察知能力がすごい。魔法でも使ってるのかな?
「リリはどこかへ向かう途中?」
「ううん。授業が終わったから帰る所。本当は食べ歩きしたいけど、最近ちょっと食べ過ぎてね……」
リリが自分のお腹に視線を落として言う。その気持ちはすごく分かる。
「あ、そうだ。せっかくだしノノ私の家に来る?」
「いいの?」
「うん。正直恥ずかしいけど、ノノとお喋りしたいし」
「分かった。じゃあお邪魔するね。瑠璃も」
「ぴ!」
瑠璃が元気よく手を挙げてリリも微笑んでくれる。それから私と瑠璃はリリに付いて街を歩いて行った。
北の方角を進んでいって、前に来た天球塔も通り過ぎて行く。お城に近付いていく度に周囲の風景も変わっていく。
建物は市場の通りと同じ石造建築だけど、庭やベランダ辺りに観葉植物みたいのが一杯置いてあってお洒落。家の壁にもカラフルな蔦を垂らしてあって、白い建物に味を出してる。
庭に目を向けてもガーデニングが手入れされてあったり、色んな形のトピアリーが並んでて綺麗。多分、この辺はお金持ちが住んでる所だと思う。
「もしかしてリリは王女様?」
お城の方に歩いてるし、リリは綺麗だし何となく口にしてみる。リリは大袈裟に手を振ってた。
「ないないない! 第一、王女様が生徒に紛れて魔術学園通ってる方が問題だから! 聞いた話だと専属の教師が何人もいるらしいよ」
言われてみれば確かに。でもそれはそれでちょっと可哀想。お付ばかりだと友達も作れないだろうし。
そんな感じで通りを歩いてると下りの傾斜がある。頭上には橋が架かってて、可愛い草花が垂れてる。橋の下に行くと陰の所に上へ行く階段があったからそれをリリが先にあがる。
橋の上に来ると東西の通りに出て、リリは西へと進んだ。暫く住宅街の通りだったけど、その一番奥には大きな塀と銀の門がある。門には花の飾りもあってお洒落。
甲冑を着込んだ門番が2人立っている。その人達はリリを見ると軽くお辞儀する。
「お帰りなさいませ、リリアンナお嬢様」
「ん、ただいま」
リリが返事をすると甲冑の人が門を開けてくれる。その先には大きな湖があって、その中に3階建ての洋風なお屋敷がドーンと建ってた。屋敷に続く石橋があって、周りは全部湖。
すごく幻想的。写真撮りたいけど不躾だろうなぁ。
「ノノ、行こ」
リリに手招きされたから門を抜けようとする。甲冑の人に頭を下げられたから、お辞儀を返しておく。
リリと並んで石橋を歩いてるけど、湖には植物も生えてて中にはトピアリーもある。手入れが大変そう。スライムもちらほら浮かんでて流されてる。水も透き通ってて地面の石造が見えるくらい。
「リリはお嬢様なんだね~」
「うっ。本当は隠したかったんだけどね。高貴な身分って結構萎縮されるし」
「そっか」
お金持ちの所で育つのも色々と大変なんだなぁ。
「口調ってこのままでも大丈夫? 失礼じゃない?」
「絶対そのままでお願い! 変に気を使われるのはもう嫌!」
「何かあったの?」
「実は子供の頃に誕生日でドラゴンテールを食べたって周りに話したら、それ以来誰も寄って来なくなって」
竜の尻尾かぁ。美味しいのかな?
「リリがそう言うなら今まで通りにするね。あ、でもお屋敷の人にはどうしよう?」
私敬語とか得意じゃないんだけどなぁ。もしもリリの両親と会ったら失礼のないように出来るかなぁ。瑠璃なんて湖のスライムに気がいって目の前でジッと見てるよ。
「大丈夫大丈夫。大事なのは気持ちだから相手を思いやれるノノなら絶対に大丈夫!」
何回大丈夫って言うんだろう? でもリリがそこまで背中を押してくれるんだから、私も腹を括らないとね。リリが両扉になってる玄関をそうっと開ける。まるで物音を立てるのを嫌ってるみたい。
左右に廊下があって目の前には上階に続く絨毯が乗せられた階段がある。リリは周囲を警戒して中に入る。
「「「お帰りなさいませ、リリアンナお嬢様!」」」
どこからともなくメイドさんが一杯出て来て頭を下げてる。リリはビクッとして飛び跳ねてたけど、すぐに冷静になってた。
「え、ええっと。今日は友達を招くからお父様には宜しく言っておいて」
「畏まりました」
1人のメイドさんが去って、残ったメイドさんがリリの持ち物を預かってる。その内の1人が私の方に来た。
「お嬢様、荷物をお持ち致します」
お嬢様なんて生まれて初めて呼ばれたよ。
「大丈夫です。重たくないので」
「これは失礼致しました」
執事さんは頭を下げて後ろに引く。何だかこっちが気を使って頭を下げちゃう。
それからはメイドさんが来る事もなく、リリと仲良く廊下を歩いてた。四六時中付きっ切りじゃないんだね。
2階にあがって廊下を歩いて行く。廊下も窓もどれも新品同様に綺麗で、所々に観葉植物が置かれてる。水色や緑色が多い。
突き当たりの所に行くとリリが扉を開けてくれる。
「じゃ入って」
「お邪魔します」
中に入るとまず目に入ったのがカーテンの付いてるベッド。実物を見るのは初めて。真っ白で布団もふかふかしてそう。他にもソファや机が並べられてるのに全然窮屈じゃない。というか部屋の広さだけなら私の部屋の10倍はある。すごい。
瑠璃が楽しそうに飛びまわってベッドの上に転がってる。
「瑠璃ー。人の家だからもう少し遠慮してー」
「ぴー?」
分かってなさそうに首を傾げてる。困ったさんだねー。
「平気よ。あれくらい何てないし」
「ありがとう」
「ささ、ノノも寛いで。ソファがいい? クッションはいる?」
リリが色々持ってきてくれて気遣ってくれる。これだと誰がお嬢様か分からないよ。
とりあえず持ってきてくれたものは有り難く貸してもらおう。
少ししてから部屋がノックされて、リリが返事をすると中に初老のスーツ姿の執事さんが頭を下げて入ってくる。丸い眼鏡をかけてて白い髪を後ろで縛ってる。
執事さんがテーブルにカップや菓子を並べてくれる。その量だけでもすごく多かった。
「後は私がするからもう行って」
「大丈夫ですか、リリアンナお嬢様?」
「へーきよ! 紅茶もお菓子もレディの嗜みだもの! 爺は隠居生活だけ考えてなさい!」
「これは恐れ入りました。ではごゆっくりどうぞ」
執事さんが静かにドアを閉めて出て行く。なるほど、あの人がリリの話してた爺かぁ。
「そうだ。せっかくだし外で食べましょ」
リリがバルコニーの方を指差す。そこにも白いお洒落な机と椅子があって、リリはトレーを持って戸を開ける。心地よい風が入って来て、綺麗な湖や街並みを眺められた。
リリはポットを片手に紅茶を持ちながら滝のように華麗に注いで、一杯になると器用に止めた。自分の同じように淹れてて凄く上品。
「リリって、綺麗だね」
そう言ったらリリが急に真っ赤になって紅茶を零した。
丁度ハンカチを持ってたから机を拭く。
「ご、ごめん。びっくりして」
「私もごめんね。作業中に声かけられたらびっくりするよね」
「ううん! ノノは悪くないから! お菓子でも食べて気を取り直そう!」
リリはオレンジ色のマフィンのようなのを渡してくれる。カラフルな粒も入ってる。
早速手で掴んで食べるとふわふわしてて甘い。後口の中がパチパチ弾けてる。粒粒?
「前にノノがさ、遠い所から来てるって話してたでしょ?」
リリが透明のゼリー状のお菓子をスプーンで食べながら話す。スライムプリン?
「うん」
「こっちでは住まないの?」
「うーん。ちょっと難しいかなぁ」
「も、もしノノが望むならここで住んでもいい、けど。空き室なら一杯あるし、何ならここで寝泊りしてもいいから」
リリが髪をクルクルしながら話す。可愛い。
「ありがとう。でも、私も帰る家があるから」
「そ、そっか。それなら仕方ないよね」
「もしも何かあったら宜しくね。お金もあんまり持ってないし、文字も読めないから」
「え、そうだったの!?」
リリが面食らったみたいに驚いてる。そういえば初めて話したかも。
私が鞄からノートとペンを取り出して、文字を書いてみる。
『野々村野良』って書いて見せる。
「これ、読める?」
リリが目を細めるけど、首を振った。
「私の名前だよー。あっちだとこう書くんだよ」
「へー。ちょっと貸してもらってもいい? あ、このペン可愛い」
リリにノートとシャーペンを渡すと、私の名前の下に文字を書く。相変わらずのアラビア文字の乱立で私に見せてくれる。
「なんて書いたと思う?」
「リリアンナ・リリル?」
「読めるじゃん!」
「リリの思考を読んだだけだよー」
流れ的に名前書くと思った。でも何故かリリは嬉しそうに「えへへ」って笑ってる。そんなに嬉しかったのかな。
それでリリがほかに文字を書いて聞かれたけど、どれも読めなかった。
「本当にノノは別世界の人なのね。もしよかったら文字教えるよ?」
「いいの?」
それは普通に有難い提案。人と会話ができるけど、文字が読めなくて不便することが多い。
「うん。その変わり私にもノノの世界の文字を教えて欲しいなー」
「全然いいよー。教え合いだねー」
「ふふ、これでノノと会う口実が出来る!」
リリがガッツポーズしてる。そんなに私に会いたがってくれるって嬉しいなぁ。
ここまでしてくれたんだし、これからもお世話になるからお礼が必要だよね。
鞄の中にある激レアプリンを取り出す。
「ささやかな気持ちだけど、受け取って欲しいな。私の所のプリンだよ」
「へー。色が黄色なんだね。美味しそう。ありがとう! 3日かけて食べるね!」
「空けたら早めに食べてね。賞味期限結構早いから」
「そ、そうなんだ。せっかくのノノの贈り物なのに……」
リリってなんか子犬みたいだなぁ。喜んだり落ち込んだり起伏が激しい。それでお菓子を食べようとしたら何かなくなってる。他のも全部。隣で瑠璃が満足そうに口を舐めてる姿がある。大人しいと思ったらこの食いしん坊さんめー。
「瑠璃ー。今日の夕飯は抜きだよ。食べ過ぎ」
「ぴ!?」
瑠璃が慌てて懇願してくるけど、駄目なのは駄目。おデブさんな竜になっちゃうよ。
鞄を背負って立ち上がるとリリも立った。
「もう行くの?」
「うん。あんまり遅くなると親が心配するから」
こっちだと連絡もできないし。リリは少し悲しそうにしてたけど、すぐに笑顔を見せてくれる。
「分かった。じゃあ見送るね。また連絡鳥で教えてくれたら飛んでいくわ」
「んー、でも文字書けないから場所教えられないんだよね」
「大丈夫。ノノの心は私には分かるから!」
やっぱり魔法かな。それで帰りも大勢のメイドさんとリリに見送られて異世界の帰路に着いた。またこっちに来る楽しみが増えてすごく嬉しい。
28話『モフモフに翻弄される』の回にてノラがペットの『頭を撫でる』が『頭を投げる』という表現になっていた件にてお詫び申し上げます。
気付いた時は恥ずかしさのあまり自分の頭を投げようとしましたが無理でした。




