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34 女子高生も運び屋と出会う

 勉強会が終わって夕方になる。遅めの柴助の散歩に今からでかける。瑠璃も相変わらず付いてくるみたい。

 陽は沈みかけてるけど、まだまだ気温は暖かい。朝よりもこの時間の方が人も少なくて静か。農作業をしてた人は軽トラに荷物を積んで帰っていくし、散歩に来てる人も殆どいない。時々部活帰りの生徒とすれ違うくらい。


 川の上の橋を渡ると下から小魚が跳ねる音がする。カエルの合唱も聞こえる。

 田畑の方からはコオロギが静かに鳴く声もする。時々吹く風が気持ちいい。

 瑠璃も柴助も山に隠れそうなお日様を眺めてる。朱色に染まる畑や草木が綺麗。


 そんな風景に見惚れていると目の前の視界が灰色の石の建造物に塗りつぶされていく。

 水の流れる音がしたから視線を向けると噴水があった。出店通りの先の広場に来たみたい。

 異世界の時間が遅いのか周りに人がいなくて、店の中や看板のハイライトが綺麗に輝いている。


「ワンワンッ!」


 急に柴助が吠えた。何事かと思って目で追うと、噴水の塀に隠れて人が倒れてた。

 ベージュ色のランドセルを背負っててうつ伏せになってる。茶色の髪はショートヘア。

 ぶかぶかな長袖のTシャツにショートパンツ、綺麗な素足が見えてる。

 何よりお尻の方に黒と茶色の縞々の大きな尻尾と頭には小さな耳が付いてる。リス?


 その子は倒れたまま足だけバタバタしてる。うーん、動けないのかな。


「大丈夫?」


「た、助けてっ! か、鞄がっ!」


 その子は辛うじて首だけ動かしてこっちを見る。涙目ですごく苦しそうにしてる。

 すぐに鞄を引っ張って外そうとしたけど、すごく重たい。両手で強く引っ張ってもビクともしないよ。私の筋肉がないってのもあると思うけど。


「軽量化の魔法! それで大丈夫!」


「ごめん、私魔法使えないの」


「そ、そんなっ! だったらポーション! 魔力回復する薬を分けてくれですっ!」


 それも持ってないけど、でも薬ならレティちゃんのお店で手に入ると思う。ここからもそう遠くない。急いで買ったら間に合うかな。


「すぐ持ってくるから待ってて」


「至急頼むですっ! このままだと死ぬですっ!」


 そう言われたら尚更急がないとね。その場を後にして出店のある通りへと走っていく。

 それでビーカーの看板のある所が見えた。丁度レティちゃんが外にあるプランターに水やりしてる所だった。


「レティちゃーん」


「おや、ノラ様。そんなに慌ててどうしましたか?」


「魔力が回復するポーションってまだある?」


「勿論ですっ!」


「それ1つ頂戴。袋に包めなくていいからそのまま。ちょっと急いでるの」


「事情がおありのようですね。すぐ持ってきます」


 レティちゃんがジョウロを置いて店の中に入って行く。その間に巾着から銀貨2枚用意しておく。レティちゃんは緑色の瓶を片手にすぐ戻ってきてくれた。


「これで宜しいですか?」


「ありがとう。お金はこれで大丈夫?」


「そんなそんな、お金なんていいですよ。何かあったのでしょう?」


「だーめ。これはレティちゃんの商品なんだから」


 好意になれちゃうとそれが当たり前になっちゃうからね。私は銀貨2枚を渡してポーションを受け取った。レティちゃんが丁寧にお辞儀をしてお礼を言ってくれる。

 私は手を振って別れたけど、もう全力疾走したから体力残ってないよー。


「そうだ。柴助、これ届けて」


「わふっ!」


 柴助にポーションを咥えさせると勢いよく走って行った。直線だから道に迷わないと思うし、匂いも覚えているよね。


 歩いて噴水広場まで戻るとそこにはさっきの子が柴助と一緒にいた。埃を払って立ち上がって黒い帽子を被ってる。思ったより背が小さい。その子は私に気付くとこっちに走って来て深く頭を下げてきた。


「この度は助けてくれやがってありがとうです! てめぇ様には感謝しても足りねーです」


 可愛い見た目に反して微妙に口が悪いのは気のせいかな。


「うん、何事もなくて良かった」


「わふっ!」


「ぴー!」


 瑠璃と柴助も嬉しそうに鳴く。実際本当に苦しそうにしてたし、あのまま放っていたら大変だったと思う。


「うぅ、本当に感謝するです。まさかこのタイミングで軽量化の魔法が切れるとは思ってもなかったです」


「その鞄、すごく重たいよね。重い物でも入れてるの?」


 只のランドセルにしか見えないし、入る量てきに密度のある鉱石とかかな。


「中に沢山商品を入れてるのでそのせいです。圧縮魔法で押し込んであるです」


 軽量化に圧縮。魔法って本当に何でもできるんだなぁ。ちょっと真剣に学びたい気になってくる。


「商品って言ったけど、配達屋さん?」


「勘がいいです。ボクは運び屋をしてるシャム・フローセスと言うです」


「私は野々村野良だよ。こっちは家族の瑠璃と柴助」


「わんっ!」


「ぴ!」


 仲良く手を振って挨拶すると、腕を組んでそっぽを向かれる。んー、ちょっと癖のある子かな。


「それでシャム君、シャムちゃん?」


「ボクは女ですっ! 男扱いは許さないでやがるです!」


 だったらどうして一人称を変えないんだろう。見た目も微妙に男の子っぽいけど。

 あまり言わない方がいいのかな。


「シャムちゃんはこれからも仕事?」


「そうでやがるです。ノルマが達成できてねーです」


「じゃあ私も見学していい?」


「好きにしろです」


 そう言いながらシャムちゃんはゆっくりと歩き出す。私のペースに合わせてくれてるのかな。棘はあるけど悪い子じゃなさそう。


「いつもこんな遅くまで仕事をしてるの?」


「あたりめーです。働かないとお金が稼げねーです」


 こっちの子は皆たくましいなぁ。私だったらそこまで体力が持たないよ。

 無意識にシャムちゃんの頭を撫でちゃう。でも、シャムちゃんは顔を赤くして手を払ってきた。


「や、やめろですっ! ちょっと背が高いからって調子に乗るなです!」


 これでも平均なんだけどなぁ。そういえばレティちゃんも小さいし、尻尾や耳に栄養がとられるのかな。


 それから歩いてると市場の方に来た。この辺は買い物客でそこそこ人通りがある。

 シャムちゃんはリガーの売ってる鳥頭の店長さんの店で足を止めた。


「今日の配達持ってきたです」


「いつも悪いな。おかげで楽させてもらってるよ」


「仕事だから気にしなくていいです」


 鳥頭の店長さんが私に気付いて手を振ってくれる。


「嬢ちゃんも一緒だったか。運び屋で働いてるのか?」


「いえ、ちょっとした見学です」


「ははは、そうだったか。スライム牧場も見学してたんだろ? 嬢ちゃんは見かけに反して熱心だな」


 トカゲ頭のおじさんのことを言ってるのかな。どっちも偶然だからあまり熱心とは言えないけど、何も言わないでおこう。


 シャムちゃんはランドセルを置いてカバーを外して中に手を入れる。掌にミニチュアサイズの木箱をいくつか取り出してそれを地面に置いた。少し離れてから手を向けると、変な魔法陣が手から出て木箱が大きくなった。すごい。

 鳥頭の店長さんが木箱の蓋をあけて中身を確認する。リガーが一杯詰まってた。


「確認した。こいつが料金だ」


「毎度ありがとうです」


 シャムちゃんが金貨1枚貰うとランドセルを閉めて背負った。軽く一礼すると早々にその場を去ってしまう。私もお辞儀してからシャムちゃんの横へ並んだ。


「そんな風に仕事してるんだね。いつもありがとう」


「うん? なんでてめぇ様がお礼を言うです?」


「だってシャムちゃんが色々運んでくれてるからお店で買い物が出来るし、飲食店で美味しいご飯も食べられるし、可愛い服も買える。何気ない生活ができるのは、シャムちゃんみたいな人が頑張ってくれてるからって思うんだ」


 配送業者さんって深夜にトラックを走らせて県を跨ぐって聞いたことある。スーパーに常に新鮮な食材が並んでるのもそうした人が陰で努力してるおかげなんだよね。


「……さっきも言ったけど只の仕事です。別に褒めなくていいです」


 シャムちゃんが帽子のツバを深くして視線を下げてる。意外と照れ屋なのかな。


 空を見上げると大分暗くなってる。そろそろ家に帰らないと親に心配かけるかも。本当はシャムちゃんの仕事をもっと見たいけど。


「そろそろ行くね」


 手を振って別れようとするとシャムちゃんが腕を引っ張ってくる。それで私の手の中にさっき鳥頭の店長さんから貰った金貨を置いて押し返してきた。


「今日はありがとう、です。今度きちんとお礼するから覚えてやがれですっ!」


 それだけ言い残してシャムちゃんは凄い速さで行っちゃった。やっぱり私のペースに合わせてたんだね。無理しないように頑張ってね。また会えるの楽しみにしてるよ。

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