32 女子高生もお姫様抱っこされる
放課後。校門を出てすぐの道を下りてたら、山の茂みの方に可愛いアナウサギを見つけた。
茶色模様が特徴でぴょんぴょん飛びながら餌を探してる。瑠璃も鞄から顔を出して興味津々で見てる。
暫くジッと見てたけどこっちに警戒してない。そうっと近付いてみるけど、後少しの所で茂みの方へ行っちゃう。モフモフは無理かー。
「ピー」
すると瑠璃が鞄から出て行って兎さんを追いかけちゃう。
「瑠璃ー、そっちは森だよー」
私の忠告も聞いてくれなくて、ふわふわ飛んで中に入っちゃう。仕方ない、追いかけよう。
なるべく雑草が短い所を選んで踏みつけていく。兎さんは未だに餌を求めてぴょんぴょんしてて瑠璃もそっちに気を取られてる。
「瑠璃ー。これあげるから戻ってきてー」
ここぞとばかりにリガーを取り出してみた。
「ピー!」
よしよし、素直だね。利口に戻って来てくれたから両手で捕まえた。リガーをあげたら何事もなくモグモグ食べてる。
早く茂みから出ようと思ったけど、振り返ったらその先に道はなかった。変わりに色とりどりの草木が出迎えてくれる。
「うーん。異世界かぁ」
相変わらず前触れもなしだなぁ。見渡すと前に瑠璃を見つけた山と違って周囲は背丈くらいの雑草や木々に囲まれてる。私の立ってる所の半径5mくらいだけが砂地になってた。
「困ったなぁ」
これだと身動きできない。雑草を掻き分けて進んでもいいけど、ここって多分森の中だよね。しかも結構奥深く。そうなるとちょっと危ない気もする。
森の中には魔物がいるってリリやムツキが言ってたし、もしも遭遇したら私だとどうにか出来る気がしない。
空を見上げても枝や葉っぱが邪魔して見えない。連絡鳥を使うのも難しそう。
となると、残された選択肢は……。
「火を起こそう」
落ちてる枝を集めて固める。鞄からノートを取り出して一枚切り取る。
「瑠璃。これ燃やしてー」
「ぴー?」
「茸さん焼いた時のあれー」
「ピー」
瑠璃が急に熱線を吐いてびっくりしたけど、何とか紙切れに火を通してそれを枝の上に落とす。何か燃え移ってない気がする。普通に消えた。
「瑠璃ー。火力アップできない?」
「ピ!」
さっきよりも倍くらいある炎で枝を燃やした。おぉ、一瞬で焚き火になったね。紙一枚無駄にしたけど、結果オーライ。
後は火が消えないように適当に枝を投げ続けよう。
パチパチと焚き火が燃えるのを眺め続けて10分弱。座る所もないから立ったまま。
このまま元の世界に帰るのが理想だけど上手くいかないなぁ。
そんな時、茂みの奥がガサガサ揺れた。
「誰かいる!?」
「その声はムツキー?」
雑草を掻き分けてムツキが出て来た。白い長袖の制服を着て、青い髪は1つに結んである。
右手に剣を構えて、背中には弓を下げてる。
「ノラ? どうしてこんな所に?」
「迷子になったの。お願い助けてー」
ムツキは周囲を確認してから私を見続ける。何か考え込んでは首を傾げてる。
「転移魔法的な?」
一応説明しておこう。
「転移魔法」
納得してくれたのかな……? ムツキは急に表情を変えて周囲に視線を送った。
それですぐに焚き火の枝を剣で払って消した。
「1…2…5匹はいる。ごめん、ノラ。急いで来たから魔物も連れて来たみたい」
気配とかそんなのに気付けるなんてムツキすごい。でもどうしよう、魔物って危険な生物だよね。
「身を潜める?」
「ううん、逃げる。ちょっと持つから我慢して」
「ふぇ?」
ムツキは剣をしまうと私をお姫様抱っこして雑草を踏み倒して走り出した。瑠璃も慌てて飛んできて私の足に掴まる。なんかすごく恥ずかしいけどムツキの真剣な顔を見たら何も言えない。
それからムツキは時々足を止めて様子を伺っては、進むべき道を選んでた。おかげですぐに道のある所に出れた。それでも安全と分かるまでムツキは暫く走り続けた。
それで森を出てから私を下ろしてくれる。
「ここまで来たら安全」
「うん。ありがとう。おかげで助かったよ」
「ピー!」
瑠璃も感謝を示して手をあげる。ムツキはちょっと照れくさそうにして首を横に振った。
「戦ってもよかったけど少しでも不利な戦いはしないのが鉄則だから」
確かに5匹も同時に相手するのはすごく厳しいと思う。騎士の人ってすごく危険な仕事をしてるんだなぁ。
「ムツキは今日も見回り?」
「今日は合同訓練で山の探索。緊急連絡の狼煙が見えたから急いで駆けつけたけど、ノラとは思わなかった」
「それはごめんね」
「本当に無事でよかった」
ムツキが私を抱きしめてくる。おぉ、何だか前と逆パターンだ。これじゃあ本当にお姫様だよ。
ムツキは少ししてから我に返って頬を赤くして離れる。んー、遅れて発汗作用?
「こんな危険な訓練をいつもしてるの?」
「いつも……って訳じゃないけど騎士団に入隊するには森の知識は必須だから」
「ムツキは怖くないの?」
「え?」
「魔物って色んなのいるでしょ? 前の木の魔物もそうだし、今回だって。何かあったら怪我ですまないよ……」
こっちの魔物がどれだけ危険かは分からない。でも少なくとも人を殺すだけの力があるのは分かる。現実でも野生の熊や蜂、海なら鮫とか危険がある。毎年、多くの人が亡くなってるってニュースになってる。きっとこっちでも魔物に犠牲になってる人がいると思う。
私はムツキがいなくなったら、一生心に傷を背負う。
するとムツキは今までにないくらい穏やかな表情で私の肩を優しく叩いてくれた。
「怖くないって言ったら嘘になる。でも、さっきノラがありがとうって言ってくれたよね。私も小さい頃に騎士団の人に助けられたから、そうなりたいって思った。だから今回は何が何でもノラを守ろうって思ってたよ」
そう言われると泣きそうになるよ。日本の自衛隊や救急隊員の人達もこんな気持ちなのかな。
「本当にありがとう、ムツキ」
「騎士学校に入って一番嬉しい日になった」
「そんなに?」
「うん」
「ありがとう。ムツキ大好きー」
ぎゅーって抱きしめてあげると顔が真っ赤になって目がグルグルになってる。
感謝の気持ちを込めたつもりだったんだけど、愛情表現が強過ぎたのかな?




