25 女子高生も騎士学校に行き着く
「よし、旧校舎に行くぞ」
放課後になってリンリンが教室に来たと思ったら開口一番に言った。
「旧校舎って今は使ってないあの古い校舎だよね?」
私が入学する前からずっと残ってるって聞いた。お祖父ちゃんの代からの建造物だから、もう70年近く経ってる。
「校長先生の意思で残されてるそうですね。一部では単に取り壊すお金がないからとも聞きますが」
「偶にあそこで幽霊出るとかも聞くよ?」
「そうそう。それで今から確かめに行こうって話」
リンリンが目を輝かせて言ってくる。
「でも旧校舎って先生以外立ち入り禁止なんじゃない?」
「ふっふー。私を舐めちゃいけないよー」
するとリンリンが紙を突き出してくる。なんか許可状みたいな奴。
「今でも用務員さんの努力によって手入れもされてるし、言ったら入れてくれるんだよね。古い学び舎がどんなものなのかっていう勉強にもなるのさ」
いつになく本格的だ。ここまでされたら断るのも野暮だね。
「だってー。コルちゃんも行く?」
「そうですね。滅多にない経験ですし見に行きましょう」
「よっしゃー決まり! さぁ行こう」
靴箱の所に来て靴に履き替える。北と南に出る所があるけど、今回は校門のある反対側の北側から出る。
そっちは中庭になっていて緑の芝生が広がってる。休憩する為のベンチも多いから天気の良い日はここでお昼を食べる時もある。
中庭の東側には体育館があって、そっちは校舎と繋がってる。中からボールの弾む音とかけ声がよく響く。
西側は図書館が建ってる。こっちは校舎と繋がってなくて独立してる。あんまり大きくないけど、自習スペースは結構広い。
中庭をずっと北に歩いてると背丈と同じくらいのフェンスが東西に続いてる。丁度真ん中だけ鉄の扉になってる。鍵はかかってないから普通に開く。
その奥は山の中に入って行くけど丁度車一台通れるくらいの砂利道がある。
道以外の所は密林みたいになっていて竹や木、雑草が伸び散らかってる。
そこを50mも歩いたら旧校舎に到着する。
「想像以上にボロボロですね」
「そりゃあなぁ」
目の前に木造建築の平屋が建ってる。屋根は瓦で窓もガラス張りじゃなくて木の板で閉められてる。
「ぴー?」
見知らぬ所に来て鞄の中で大人しくしてた瑠璃が顔を覗かせて見てる。
それから特に躊躇もなく玄関もない旧校舎の中に足を踏み入れた。
「んー?」
中に入ったはずなんだけど、芝生の上に立ってる。中庭に戻った?
本当に幽霊さんがいたのかな。
周囲を見渡すと目の前にすごく大きな神殿みたいな石造りの建物があった。柱がいくつもあって、その奥で白い服を着た人が何人か通り過ぎていく。
知らない制服だから、多分きっと転移してる。
それに多分ここは魔術学園じゃない。とりあえず出口を探そうと思って後ろを見た。
するとそこには白いコートに黒いラインの入った制服に黒いズボンを着た女子が立ってこっちを見てる。
青い髪がサラサラに伸びて瞼が眠そうに閉じかかってる。手には木刀を持ってた。
「こんにちは?」
とりあえず挨拶をしてみる。返事は来なかった。
そんな微妙な間が流れてると瑠璃がキョロキョロと首を回して周囲を見てる。
瑠璃を見てその子は一歩下がって木刀を構えた。
「大丈夫、大丈夫だよー。落ち着いて?」
なんとか説得してみる。1分くらいずっとこの状態が続いたけど瑠璃が何もしないと分かって木刀を下げてくれる。
それからその子は無言で木刀を振り始めた。剣道部の練習みたいに淡々と振り続けてる。
なんかこのまま去るのも気まずいなぁ。とりあえず芝生に座る。あ、思った以上にふわふわしてて気持ちいい。瑠璃も鞄から出て来て寝転がってる。
その子は時々こっちをチラチラ見てる。うーん、もしかして邪魔してるのかなぁ。
ぼーっと見てたらその子がキョトンと自分の手を見てる。
あれ、木刀が消えた?
その子がキョロキョロしてると慌ててこっちに走ってくる。
「んー?」
空を見上げると私の頭上に木刀が降りかかってる。うーん、私の運動神経だと手遅れかなー。そんなこと考えてるとその子が華麗にジャンプして木刀をキャッチした。なんて身軽。
でも着地場所に丁度私がいたせいか、無理して避けようとして地に足を着けてからバランスを崩した。それで見事に押し倒されちゃった。
その子は私に触れないように芝生に手を置いてる。それに顔もすごく近いんだけど。
少ししてからその子は顔を真っ赤にして目もなんだかグルグル回ってるような?
結局私の胸の上に倒れこんじゃった。
それからその子を芝生の上に寝かせて介抱してた。地面に頭を置くのは悪いし一応膝枕しておこうかな。その間、瑠璃が飛びまわって遊んでたけど誰かに見つかることもなく時間が過ぎていく。
「う……ん?」
10分くらいしてその子の目が覚める。
「大丈夫?」
目が合うとその子はまたしても顔を赤くしてすぐに離れた。うん、身体に問題はなさそう。
立ち上がって足に付いた草を払ってる。
それからすぐに私に向かって頭を下げた。
「……お手数かけました。すみません」
「気にしてないから大丈夫。それに庇ってくれてありがとう」
「あれは……私の不注意で」
視線を逸らしながら小声で喋ってる。真面目な子だね。
「野々村野良だよ」
「え?」
「名前」
「あ。えっと……ムツキ・レインティ」
「こっちは瑠璃だよ。宜しくね、ムツキ」
私が微笑みかけるとムツキがまた顔を赤くしてる。んー、さっきからずっと赤いけど風邪じゃないよね。
「ここってどこかな?」
「騎士学校」
ほえー、魔術学園以外にも騎士の学校もあるんだ。さっきのムツキの行動力を見ても育成指導が凄いんだろうなぁ。
「ムツキはここで自主練習?」
「はい、いえ……」
どっち?
私が首を傾げてるとムツキの視線が揺らぐ。
「本当は合同練習だったけど、振ってたら時間を忘れて……」
「分かるよー。私もお昼寝してると時間を忘れるから」
「そう」
それで会話が終わっちゃう。でもこういう誰かと過ごす静かな時間は嫌いじゃない。
ムツキも木刀を振るのをやめて私の隣に座った。
「不思議な人。気配もなく現れて敵意もない。その制服、魔術学園でもないし」
「うん。よく変わってるって言われるよー」
もう何回も聞いたから慣れたけど。
「ううん、ノラは変わってない」
「ありがと。ムツキは優しいね」
そう言うとまたしても顔を赤くする。もしかして褒められ慣れてないのかな。
ちょっと試してみようかな。
「ムツキって可愛いよね」
「え?」
「髪もサラサラだしスタイルいいし」
「ちょっと……」
やっぱり頬が赤く染まっていく。可愛い。
「友達になれて嬉しい」
遂にムツキは両手で顔を隠しちゃう。やり過ぎちゃったかな。
「ぴー!」
おまけに瑠璃が怒って私の腕を引っ張ってくる。相手してあげるから妬かないのー。
瑠璃を両手で抱えて立ち上がり鞄を片手で持った。
ムツキも立って私を見る。
「門まで案内する」
「ありがとう。また会いに来てもいい?」
「う、うん」
ムツキに案内されて芝生の向こうまで歩いて行く。門を抜けて手を振って別れて振り返ると中庭のフェンスの前に立ってた。
陽も暮れて遠くからコルちゃんとリンリンの声がした。旧校舎の中を見れなかったのは残念だけど、新しい友人も増えたし結果的にプラスだね。




