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216 女子高生も異世界人の優しさに触れる(6)

 旧市街から戻って来て、魔術学園の近くに来たから学内に入らせてもらった。それで学長室の前まで来てノックした。返事が来たから入らせてもらう。


「失礼します」


「ノラか。最近よく来るね。また何かあったのかい?」


「はい。聞いてもらっていいですか?」


 そしたらソファに座れって示唆されたから座らせてもらう。

 それで落ち着いてから事情を全部話した。ノイエンさんは途中から事務作業の手を止めてこっちを見てくれた。


「なるほどね。長年あんたの転移が疑問だったけど神の類の力だったとはね。おかげであたしはまだ学園長でいられそうだね」


 もしかして無名の女子高生が転移してたの根に持ってました? なんて聞けないけど。


「どちらか1つ、か。あんたの性格を考えたら難しい選択だろうねぇ」


「はい……」


 この選択は今後の人生や関わる人全部に影響する。生半可な気持ちで選んだら絶対に後悔する。


「老いぼれのババァからの忠告だ。もしそれを決めるなら他者に答えを委ねるんじゃないよ」


 ノイエンさんが厳しい口調で言ってきた。


「あたしもあんたを思って助言はいくらでもできる。でもそれらなんて結局はあんたを動かす材料に過ぎない。自分で納得してその理由に自信が持てないなら、いずれ後悔する日が来るだろう」


 黙ってその言葉を頭の中で反芻する。


「逆に考えな。どちらかを捨てるんじゃない。どちらかにしか自分の道がなかったんだとね。もしもこんなババァに気を遣ってこの世界に残るなら今すぐあんたをぶっ飛ばすよ。もう長生きもしないババァに若い連中が気を遣う必要なんてない。あんたは、あんたにしかない道を選びな」


 厳しい言い方だけどそれは今の私の心境を見抜いた的確な指摘だった。

 ノイエンさんは椅子から立ち上がって三角帽子を手に取ると私の頭にそれをかぶせた。


「あたしからの贈り物だ。どこに行こうともあんたの心は誰にも縛れない。だから好きにしな。あたしは好きにした」


「ありがとうございます、ノイエンさん。私、ノイエンさんに会えてよかったです」


「そうかい。ま、体には気を付けなよ」


 私は学長室を出た。年長者の言葉は本当に為になる。私の迷いを断ち切るように言葉を並べてくれた。おかげで少しずつ自分の中の答えが見つかりそうになってる。


 魔術学園を後にして街を歩いてたら、目の前に影が出た。


「ノーちゃん~」


 見上げたらフーカちゃんが飛び降りてきた。そして開幕のハグ~。


「今日は最高の始まりだね。朝からノーちゃんと会えたし!」


 嬉しそうに飛び回ってる。なんというか本当に毎日が楽しそう。


「フーカちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」


「なになに~?」


 事情を包み隠さずに話した。そしたらフーカちゃんは飛んだままポカンと止まっちゃった。

 状況が理解できてなさそう。顔に手を振ってみたら動いてくれた。


「はっ! 脳が情報の処理を拒否してたよ」


「ごめんね。でも本当の話なの」


「そっか。そっかぁ。ノーちゃんがぁ。そっかぁ」


 何か壊れた人形みたいに同じ言葉をずっと反芻してる。


「あ。でもこっちの世界に残るかもしれないんでしょ?」


「うん。まだ決まってないからね」


「じゃあ希望はあるね。いや、でも、ノーちゃんの気持ちを考えたら」


 何かぶつぶつ言ってる。


「もしもフーカちゃんが同じ立場だったらどうする?」


「私? そうだねぇ。より自由な方かな」


 いつも決まって言う言葉。それがフーカちゃんの口癖だった。

 会った時からも、今でもずっとそれを口にしてる。


 絵を描くのも、物語を書いたのも全部それに憧れてって話してくれた。

 私はその言葉を空都の生活だけに当てはめてたけど、もしかしたら違ったのかもしれない。

 この状況になって自由ってなんだろう?


「今、ノーちゃんに言われて気付いたよ。私の言ってるのはお母様と同じだって。あれだけ自由を望んでおきながら、私はノーちゃんの自由を奪おうとしてた」


 そんな風に思ってなかったけど。


「ノーちゃんはいつも私に知らないを教えてくれる。でもそれ以上にこの世界の広さと、自由の意味を教えてくれた。自由に大きな翼は必要なかったんだって」


 地面に降りて空を見上げてる。


「翼のない人を見たら不便じゃないのかなって思うけど、誰もそんな風に見えない。なにより皆が自由に生きてる。それはきっとノーちゃんもそう」


 そんな風に考えもしなかったけど、でも気ままに過ごすって自由なのかもしれない。


「私に自由を教えてくれたから。だからこの世界が離れたとしてもきっとその心は変わらない。この空が私達を導いてくれるよ」


 フーカちゃんはそれだけ言うと鞄から帽子を被って何も言わずに飛び去っちゃった。本当は別れを惜しみたかったのかもしれないけど、でも私の自由の為に言ってくれたんだ。


 なら私もその言葉を信じて進むしかない。


 街を歩くと青髪の騎士の人が目に入った。向こうも気付いたみたいで手をあげてくれた。


「ムツキ!」


「ノラ。こんにちは」


 見た感じ朝の練習帰りなのかな。一緒に街を歩いた。


「よかった、ムツキと会えた」


「何かあった?」


「うん。実は……」


 それで説明した。その話を聞いてムツキは驚いてたけど、でもどこか落ち着いてもいた。


「そう。それは大変になってるね」


「そうなんだよ~。どうにかならないかな?」


「さすがに私には無理かも」


 だよねー。こんなのそれこそ別の神様にでもお願いしないといけないだろうし。


「寂しくなる」


「私もムツキと別れるのは辛いよ」


 同年代で学生の友達だから親近感あったし。これからも友達でいられるって思ってた。


「もうこっちで残ろうかな」


「私は嬉しいけどリンやコルが悲しむよ?」


 そうなんだよね。


「いっそ全員を連れて異世界で住むしかないね」


「ノラはそれでいいの?」


 冗談のつもりでも真剣に問い返されるから何も言い返せない。私の本音じゃないって筒抜けだったね。

 それで沈黙した時間が流れてムツキが空を見上げた。


「私、騎士としてまだまだ未熟だけど、でも1つだけ大切なのを覚えた」


 ムツキが未熟とは思わないけど本人がそういうなら黙って聞く。


「騎士は誰かを守るのが責務。隊長や講師は口をそろえてそう言った。私はその意味を漠然と受け取って、央都の人や国の為って思って鍛錬してた。でもね、ノラと出会えてその意味を初めて知ったんだよ」


「私と?」


「うん。昔にノラとリリルと森にでかけてトレントに襲われたでしょ?」


 あったあった。倒したと思ってもトレントがまだ生きてて2人が襲われそうになって、本当に生きててよかったって感じたもん。あれ以来魔物と戦うのは敬遠するようになったし。


「私、あの時ほど自分の不甲斐なさを思わなかったよ。それと同時に自分の失敗でノラやリリルを犠牲にしてたかもって思うと恐ろしくなった。それで隊長の言葉の意味を理解したの。大切な人を守るための力こそが騎士には必要、って」


 淡々としながらもそこにはムツキの熱意が感じられた。

 もしかして鍛錬を続けてるのってそういう自分を追い込む意味でもあったのかな。


「強くなりたい。そう思った。平和な世界に騎士の力が必要なのかなって疑問に思う時もあったけど、今はもうそんな感情はない。だって大切な人ができたから」


 私の方をまっすぐ見つめてくるから、ちょっとだけドキッとしちゃう。


「この気持ちはこの先変わらない。ノラ、もしこの国を心配してくれるなら不要だよ。この国は私が守るから。だから振り返らないで」


 同年代とは思えないくらい身も心も強いなぁ。私も騎士になったらこれくらいになれたのかな。違う。きっとムツキが言いたいのは、私の帰りを待ってくれてるんだ。

 だったらその精神を見習おう。何もない自分なら、何か持ってる人を見ればいい。


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