215 女子高生も異世界人の優しさに触れる(5)
路地裏を抜けたら旧市街に繋がる石橋へ出た。丁度いいからそっちを目指そう。そこの奥に寂れた住宅街のアパートが並んでる所がある。そのアパートの一階にあるドアを叩いた。少ししてからドアが開く。赤髪の白衣の博士さん。
「ノラか?」
アンセスさんは眠そうに瞼をこすってる。寝ぐせもすごい。徹夜でもしてたのかな。
「アンセスさん、少しだけ時間いいですか?」
「構わない。散らかってるがあがってくれ」
それで入らせてもらう。アパートの中は既にアンセスさんの魔道具や部品や機械がそこら中に転がってて、机の上もそういうので一杯だった。座れるところがなかったから、アンセスさんが自分の作業スペースの椅子を貸してくれる。
「アンセスさん、急で申し訳ないんですけど今日はお別れの挨拶に来ました」
「え?」
アンセスさんがお茶を入れようとしてくれてたけど、カップから飲み物をこぼしてる。
それからは落ち着いて事情を説明した。アンセスさんは静かに話を聞いてくれた。
「そうか。以前にこの星の人ではないと言ってたがそういうことか」
落ち着いて納得してくれた。こういう所で取り乱さずに聞いてくれるのが大人だ。
「それでどちらかの星に残るか選べって神様に言われてるんです」
「ふむ。一方を選べば一方が消える、か。難しい問題だな」
「はい。それで悩んでるんです」
アンセスさんは腕を組んで思案した様子だった。でも申し訳なさそうな目でこっちを見た。
「すまないがこればかりは私の力ではどうしようもない」
私から言い出したのに謝る必要なんてないのに。
「私もこうなるって知らなかったので仕方ないです」
「だが今の話を聞いて少し疑問にも思った」
「そうなんです?」
「ああ。ノラは別世界から来ている。原理は不明だがそれでもどこかの世界だ。それは言いかえればこの星、或いは空の彼方に存在していないとは言い切れない」
それは私も思った。この世界の原理や構造は私の住んでる地球、ううんなんなら日本にかなり近い。
「もしも何らかの方法が確立されれば行き来できるかもしれない」
「本当ですか!?」
「しかし神の力で行っていたものを人が行うとなれば途方もない努力が必要だろう。それこそ100年単位の時間が必要になる」
そんなに時間がかかったら私はとっくに死んでるし、仮に完成しても皆がおばあちゃんになって再会かぁ。あまり現実的じゃないかもしれない。
「すまないな。私にもっと力があれば」
「いえ。今の話を聞いて希望に繋がりました」
「そうか。せっかくだから選別にこれを持っていってくれ」
アンセスさんが作業台の上からラビラビの形をしたブリキのおもちゃを渡してくれた。ネジを動かしたら「きゅいきゅい」騒ぎながら走り回ってまた私の手に戻ってきた。
「夢は諦めなければいつか叶うだろう。私はこれからも追い続けるつもりだ。だからノラの道がなんであれ応援しているよ」
「ありがとうございます、アンセスさん!」
ラビラビの人形を譲ってもらって家を後にした。初めて会った時は無気力な博士さんなイメージだったけど、誰よりも情熱を持って魔道具に接していたって思う。
それで困った私に可能性の道を提示してくれた。また一歩前進できたと思う。
その足取りで孤児院の方にも顔を出してみよう。広場の方には子供達が魔法の特訓をしてて、ロゼちゃんが逐一に指導してた。
「ロゼねぇー! ここ教えてー」
「魔女様と呼ぶならいいですわ」
「魔女様ー!」
「よろしい。ここはですね」
すっかり子供達から人気者になってるみたい。あんなに人嫌いを公言してたのに変われるものなんだね。それでロゼちゃんがこっちに気づいて満面の笑顔を見せてくれた。
「のらぴ! よーし、君達。今からは自習よ」
「えー! 教えてくれるって言ったじゃーん」
「また後で。文句ある奴は氷漬けにしますわよ?」
一瞬だけ本気の顔を覗かせてる。
「ぎゃー、ロゼねぇ切れたー」
「逃げろー」
もちろん、ロゼちゃんも本気じゃないみたいですぐに構えを解いてる。
「随分人気者になってるね。聖女さんみたいだったよ」
「魔族にその言葉は皮肉なのかしら?」
本当にそう思ったから口に出ただけなんだよね。
「それで私に用事?」
「うん。大事な話」
話そうか正直迷う。でもロゼちゃんも私の大事な友達だから隠したままお別れはしたくない。だから目を見て正直に話した。それを聞いたロゼちゃんは本当に凍り付いたみたいに固まってた。
「は? いなくなるですって?」
「神様の決まり事だったみたい。私も知らなくて……ごめんね」
そしたらロゼちゃんが頭を抑えて体を震わせてる。
「なによ、それ。何よそれ! あなたまで魔王様みたいなこと言うの!? どうして、どうしてよ! なんで皆私の目の前からいなくなろうとするのよ!」
ロゼちゃんは今にも泣きそうな顔をしてた。魔王様がいなくなったショックで眠りについたって知ってたから本当は言いたくなかった。でももし教えないままお別れしたら、別の人から聞いてもっとショックになると思う。だから向き合わないといけない。
「のらぴ、言いましたよね!? 私の前からいなくならないって。あれは嘘だったですの!?」
「ごめん」
「なんでですのよ。嫌よ、嫌ですわ!」
子供みたいにわんわん泣き出してる。普段は嫌味を言ったりするけどこうして泣いてくれるってそれだけ思ってくれてた証拠なんだと思う。
「そうですわ! 私ものらぴと一緒に行きます! それなら問題ありませんわ!」
「ロゼちゃん……」
「のらぴ、どうしてそんな悲しそうな顔をするですの? どうしてですのよ……。そんな顔しないでよ。まるであの時の魔王様と同じじゃない」
きっと魔王様がいなくなろうとした時も今と同じだったんだ。それで喧嘩してロゼちゃんは眠りについた。でも私はそうはさせない。
「ロゼちゃん。私もどっちの星を選ぶか分からない。でも誰も悲しませたくないっていう気持ちは嘘じゃない。だからロゼちゃんがそうやって泣いてくれるなら、どんなに離れたとしても約束は守る」
「本当……?」
「うん。私はいなくならない。可能性はまだあるから」
そしたらロゼちゃんは涙を拭いて私を抱きしめてきた。その体は冷たくて、でもどこか温かった。とっくに凍てついた心の氷は解けてたんだ。1000年眠っても、前に進めるのなら私にもできることはある。




