213 女子高生も異世界人の優しさに触れる(3)
レティちゃんのお店を出て噴水広場に来た。朝早いおかげで人は誰も……あ、ベンチに座ってる人が居る。綺麗な桃色の髪のお姉さん。
「ミツェさん」
声をかけたら笑顔で手をひらひらしてくれる。誰もいないのを確認してから隣に座らせてもらった。
急に話すのは失礼かな。何から話そう。天気の話題……はさすがにベタ?
静かな時間が訪れるけどミツェさんは静かに待ってくれてた。それでハープを取り出して音色を奏でてくれる。心地よくて邪な感情が全部洗われる。
おかげで話す決心がついた。
「ミツェさん。私、もうすぐこの街から……この世界とお別れしないといけないかもしれないんです。私、この世界の人じゃなくて自分の世界があるんです。ずっと神様の力で来れてたんですけど、それももう長くなくて……。神様はどちらかを選べって言ったけど私はまだ選べなくて」
ちぐはぐで自分でもまとまりないなって笑っちゃう。でもミツェさんはハープを奏でながら相槌をうってくれた。
「皆と別れるのが辛いんです。ミツェさんとお別れするのも……。でもこっちに残ったら私の世界を取り残すことになるんです」
暗い気持ちで話してたらミツェさんはハープを置いて立ち上がった。それで前に歩いて私の方に向き直る。
「君の瞳は夢を追いかける心~光のない道でも共に歩こう~悲しみも喜びも温もりも君の為に歌おう~分かつ世界にも~星の光が瞬いて~君だけの花を咲かせて~道を違えたとしても~微笑みながら振り返らずに~君の夢を掴んで~」
ミツェさんは歌い終えたら顔を少し赤くして笑顔を見せてくれた。
私の背中を押す為に私だけの歌を披露してくれたんだ。
歌詞からも私がどっちを選んでも応援するって意味だと思う。
「ミツェさん……ありがとう。私の為に歌ってくれて」
「私に勇気という心をくれたのは紛れもなく、ノラでした」
ミツェさんと初めて会ったのは生誕祭の噴水広場だった。今、同じ場所に座ってる。
あの時は人の顔を見るのも恥ずかしくて、それで盲目の歌姫とも呼ばれてたんだっけ。
今だとそんなの全然なくなってる。
「暗い世界に色をくれて、新しい道をくれました。だからあなたもあなただけの道を進んでください。それがどこだとしても、私は歌い続けます。あなたの歌を忘れません」
それで笑顔を見せてくれた。やっぱりミツェさんは大人だ。
悩んでばかりいるのに、自分のことばかり考えているのに、こうして私の気持ちの理解してくれる。
「ミツェさん、ありがとう。私、行くね」
「はい。お気をつけて」
ミツェさんは私を引き止めずに手を振ってくれた。どこに行っても、どこに行こうとも私は私なんだと思う。それを教えてくれた。
噴水広場から西へ進んで住宅街のある所に来た。その先に木の形をしたパン屋さんがある。そこに訪れた。
「キタキタキツネなのです!」
「おーノラ君じゃないか。こんこんー」
シロちゃんとフブちゃんは朝からパン作りに励んでるみたいで生地をこねてた。
朝早くから頑張ってて感心だよー。
「パンはまだできてないんだよねー。パン屋で朝開いてないって中々だよね」
「フブキ。朝ごはん抜きですよ?」
「ごめーん」
そんな2人のやり取りはいつも通り。いつも通りだからこそ壊したくなかった。でもそれでも言わなくちゃいけない。
「2人に聞いて欲しい話があるの」
「ほほう。お宝の話ですかな?」
「フブキではないのです」
こんな調子で真面目な話をしていいのかな。なんて思ってたら2人が察して生地をこねる手が止まった。
「私、こっちの世界に来れなくなるかもしれないの」
それで2人に事情を説明した。神様や転移の話を。
そしたらびっくりして目を丸くしてた。でもフブちゃんは急に笑って私の方に寄ってくる。
「またまたー。ノラ君はからかい上手ですねー」
これが冗談だったらどれだけよかっただろう。
「え、本当?」
黙って頷いた。そしたらフブちゃんの顔が真っ青になってる。
「ノララがいなくなるです?」
「まだはっきり決まったわけじゃないけど。でも私の世界かこっちに残るか選べって言われてる」
「な、なんだー。じゃあこっちに残れば……」
「フブキ。そうしたらノララの世界の家族を残すことになるのです」
シロちゃんは意外と冷静だった。それともフブちゃんがパニックになってるから落ち着いてるのかもしれない。
「急な話でごめんね。私もさっき知ったばかりだから」
「ノララはどう考えてるです?」
「答えはまだ分からない。どっちも私にとって大切だから」
「そうなのです……」
2人が黙り込んじゃう。せっかくパン作りに励んでたのに邪魔しちゃう形になって悪い事したなぁ。
「私はノラ君が何を選んでも応援するよ。うん、応援する。おうえん……やっぱりムリムリキツネー!」
フブちゃんにシロちゃんの口癖が移ってる。
「ノララにも人生があるのです。無理を言ったらダメなのです」
「ていうかシロはなんでそんなに落ち着いてるわけ!? もしかしたらノラ君ともう会えなくなるんだよ!? いつもならサビシイキツネーとか言うじゃん! シロはそんなに薄情だったの!?」
そんなフブちゃんの問い詰めにシロちゃんはパン生地をこねながら答えた。
「私、ノララと出会えて本当に感謝してるのです。自信も何もないまま央都に来て、初めて会えたのがノララだったから今日まで頑張れたのです。それにフブキに会えたのも、村の皆と仲良くなれたのも全部ノララがいたからなのです」
シロちゃんが央都の街に来て頼りない地図を見ながらウロウロしてたのを思い出す。
頼れる人もいない状態で未知の世界に放り出されて本当に困ってる様子だった。
「それに、お母さんの足が治ったのですが、あれもきっとノララのおかげですよね?」
前に一緒に帰省した時にダイちゃんに頼んだのがバレちゃったかー。
「いつも周りばかり気にかけて、今も自分よりも私達を心配して教えてくれたのです。私、思うのです。この先の道はノララの道なのです。それがどんな道でもノララを応援してあげたいのです」
シロちゃんいつの間にこんなにたくましくなったんだろう。泣きそうになったけど、何でかその発言にフブちゃんが号泣してる。
「わーん! シロが知らない間に大人になってるんだけどー! 私の知ってるモコ・シロイロはどこー!」
実際私もちょっと驚いてる。シロちゃんなら甘えて引き止めてくるかなって思ったけど、全然そんなことなかった。シロちゃんもまた私が知らない間に成長してたんだね。
「例えどんなに離れても思い出は消えないのです。ノララが私を覚えてくれてるなら私はそれでいいのです」
「シロちゃーん!」
ここまで思ってくれて抱きしめちゃう。こんなに大きくなったんだね。
「……そうだよね。ノラ君にもノラ君の道があるんだもんね。勝手に村を出た私が引き止めるなんておこがましいにもほどがあったよ」
「フブちゃん……」
「でもこれだけは言わせて欲しい。私はノラ君と出会えてよかった。シロと会えて、何より諦めてた道をもう一度進もうって思えたから。どんな道でも諦めなければ可能性があるって教えてくれたのは君だろう? だったら行きなよ。ノラ君が行きたい道に。1人の友として君の道を応援するよ」
「ありがとう、フブちゃん」
「因みに君の為に別れの歌は歌わないから。私が超有名になって遠い星の君にも届くくらいになってみせるから!」
フブちゃんも自分の夢に熱が入ったみたい。遠い星、か。そうだよね、もしかしたら宇宙のどこかにこの星があるのかもしれない。希望はまだある。
「ありがとう。私も2人に会えてよかったよ」
人にはそれぞれの人生がある。きっと私がいなくてもこの子達も自分の道を進むんだろうね。
ミツェさんの歌は合唱曲『旅立ちの時』の歌詞を参考にしてあります。




