211 女子高生も異世界人の優しさに触れる(1)
ダイちゃんと別れて天球塔を出た。足取りが重い。これからどうしたらいいんだろう?
どちらかに残るって結局どちらかを見捨てないといけない。
「そんなの……できないよ」
どっちも大切だからどっちも一緒がいいって願うのはわがままなのかな。
ふらふらと歩いてる。このままだと道で倒れるかも。どこかで休まないと。
カランカラン
「いらっしゃいませー! ノリャお姉ちゃん!」
無意識に酒屋に来てたみたい。セリーちゃんは今日も給仕服を着て元気に挨拶してくれる。ちょっと元気でたかも。
席を案内されたからカウンター席に座る。すぐに水を用意してくれた。
「ありがとう」
何か食べようかな。でも何も食べる気がしないんだよね。
「ノリャお姉ちゃん、大丈夫?」
セリーちゃんが私の傍で顔をのぞかせてくる。子供ってどうしてこんなに敏感なんだろう。それとも顔に出てたのかもしれない。
「大丈夫だよ」
「ううん。ノリャお姉ちゃんすごく不安そうな顔してる。そんな顔見たことないもん」
全部当たってる。でも話していいのかな。こんなの言われて戸惑うし迷惑かもしれない。
「ノリャお姉ちゃん、何かあったら相談に乗るよ!」
「セリーなんかろくなアドバイスできないカァ! 聞いてるだけカァ!」
「むぅ。そうかもしれないけど!」
それで厨房奥の狼の大将さんが鴉さんを睨んだから縮こまってる。そんないつもの酒屋を見て落ち着いてきた。水を一杯飲んだら頭も冷えてくる。
話すか迷ったけど、このまま隠すのはもうやめよう。きっとその方がいい。
「セリーちゃん。私、もうすぐここに来れなくなるかもしれないの」
「えぇ!? どういうこと!?」
「私、元はこの星の人じゃないの。それで神様の力を借りてこの世界に来てたの。それで神様の力がもうすぐ使えなくなるからこっちに来れなくなるんだ」
自分で言ってて少し笑っちゃう。こんなの普通の人なら誰も信じないよ。
「そう、なんだ。ノリャお姉ちゃんとお別れしないとダメ?」
セリーちゃんはあっさり信じてくれた。この子はどこまでも純粋だって忘れてたよ。
「ううん。もし私がこの星に残ったら皆と一緒にいられるって言われた。でもそうしたら今度は私の故郷を捨てないといけないの。だから、それで今悩んでるの」
話してると少しずつ気持ちが楽になっていく。やっぱりこういうのって吐き出さないとダメだね。セリーちゃんは俯いたままで今にも泣きそうだった。やっぱりこんな小さい子に言うには酷だったよ。けどセリーちゃんは袖で顔を拭いて私を見た。
「私、私! ノリャお姉ちゃんにとっても感謝してるの! 今までは何の取柄もなくて毎日がぼろぼろで、でもそんな毎日を変えたくて、でもやり方も分からなくて。でも! ノリャお姉ちゃんがあの時私を見つけてくれて一緒に考えてくれたから、私頑張れてる! もし、あの時ノリャお姉ちゃんがいなかったら私はきっと今も料理をできてなかった! だから! ノリャお姉ちゃんには本当に感謝してるの!」
必死に自分の言葉で話してくれるその姿が健気で私は黙って聞いた。
「私が困ったりした時も助けてくれて、知らない料理を教えてくれたり! 私、そんなノリャお姉ちゃんが大好き! お別れ……するのは嫌、だけど。だけど! ノリャお姉ちゃんのことは絶対に忘れないから! 何があっても、大人になっても! 絶対忘れない!」
セリーちゃん、本当にたくましくなったなぁ。私なんかよりも立派に大人になってるよ。なんだかもらい泣きしちゃってる。
「セリー。厨房を好きに使え」
「たいしょー!?」
「俺達料理人にできるのは料理を振る舞うだけだ。それを実践しろ」
「はい、たいしょー!」
それでセリーちゃんが厨房に立って狼の大将さんがまさかの補佐係になってる。
私の為に料理を作ってくれてるんだ。ここの酒屋は本当に実家のようで優しい所だよ。
それから少ししてセリーちゃんがトレーで料理を運んできてくれた。
「お待たせしました! グレンシシのスープとオオクサドリの卵のサラダとサラマンダーテールの串焼きです!」
見事な定食を出されてびっくりしちゃう。スープには余計な具材が入ってなくて、スープの上にリガーの葉が添えられてる。サラダは緑の卵を輪切りにして、底に千切りにされたカラフルな木の実の皮が添えられてる。ドレッシングはスラース。そしてサラマンダーの尻尾と言われた串焼き。四角く切られた肉の塊が4つ串にさされて、それが2本並んでる。程よい赤い焦げ目があって、赤と黒のタレはマンダースを使ってそう。
まずはスープを一口飲んでみよう。
思わずお椀を置いた。同時にその温かさに心がどうしようもなく行き場をなくしてる。
「セリーちゃん、大きくなったんだね」
思えばセリーちゃんと出会ってもう2年になるんだ。その間に料理の腕もあげてたんだね。
サラダも串焼きもどっちもこんな小さい子が作ったとは思えないくらい美味しい。
「ありがとう、セリーちゃん。私、セリーちゃんと会えてよかった」
「私もだよ、ノリャお姉ちゃん!」
「お二人もありがとうございました」
「いつでも待っている」
「頑張れカァ」
ここは異世界の酒場。私にとって初めての外食先。確か最初はうどん屋に入ろうと転移したんだっけ。それがきっかけで今では常連さんみたいになって。ここの店員さんは皆優しくていい人。美味しくて温かい料理をいつでも出してくれる。
うん、ここに来て正解だった。不安で悲しい気持ちがすごく落ち着いてきてる。
だからこの気持ちが冷める前に行動しないと。




