20 女子高生も孤児院に行く
「んー、疲れたー」
今日も学校が終わって両手を挙げて伸びをしてみる。元々身体が固いから筋肉がほぐれてる気がしない。
「今日も大変でしたね」
コルちゃんが教科書を鞄に入れながら話しかけてくれる。
「そうでもないよ。リリとも会えたし楽しかった」
「わたしとしてはノラさんと一緒にバレーがしたかったです」
コルちゃんが落ち込んでる様子だったから鞄の中の瑠璃に合図を送って膝の上まで送った。
優しい手付きで翼に付いてるほこりを払う。
コルちゃんは仕草が丁寧だなぁ。慣れてる感がすごい。
「瑠璃も寂しかったでしょう?」
「ぴー」
およよ、なんか意気投合してるけど何で?
コルちゃんは瑠璃を両手で抱えたまま私の席に返してくれる。瑠璃ー、飛べるんだから面倒くさがらないの。
「それではまた明日ですね」
「うん。またね」
手を振り合って別れると教室には私と瑠璃だけになる。リンリンは家の手伝いがあるって言って先に帰ったし、私もぼちぼち帰ろう。
教室を出て靴に履き替えて外に出ると丁度バスが出た所だった。私も後に続いて校門を出る。部活に精を出してる生徒の声が遠のく。
「今日は裏道から帰ろっか」
「ぴー?」
瑠璃は何も分かってなさそうに飛んだまま首を傾げてる。
学校に続く下り坂の先に道路から逸れて畑の間に土道があるからそこに曲がった。
遠回りになるけど気分転換も大事だよね。瑠璃もそう思うでしょ? って聞いてない。
真っ直ぐ進むと竹林があって左右に道が分かれる。左手は山の方へ行くから右に曲がる。その先は一面緑に囲まれた畑尽くし。田んぼになってる所やキャベツ畑、玉葱畑、ほかにも色々。道の端に軽トラが止まってる。
土道はタイヤの跡が沢山残って真ん中だけ異様に盛り上がってる。細い道は好きだからなんとなく真ん中を上って歩く。
このまま長い道を進んだら道路に抜けられる。でも、今日に限って長く感じる。
「うん。いつものお約束」
なんか寂れた街中に立ってた。道は舗装されてなくて土の道。足跡も沢山残ってる。
周りには木造の建物が並んでるけど、お世辞にも立派とはいえない。
中には今にも崩れそうな家もある。
「もしかして鳥さんの言ってた所かな?」
街から外れると廃れてるって話してくれた。ここがそう?
「歩いてたら帰れると思うし行こっか」
「ぴー」
それから10分近くは歩いたけど人とはすれ違わなかった。家の周辺を見ても明かりもないから住んでるのか分からない。ちょっと不安になってくる。
「んー?」
周りを見てると丁度真横に木の柵で覆われた所があった。十字の格子になってたから奥が見える。運動場みたいな広い立地の中に木造の平屋が一軒建ってる。
何となく入れる所を探すと目の前に門になってる場所があった。開放もされてて不思議と奥を覗き込んじゃう。
平屋の建物は結構広くて奥まで続いてる。日本の屋敷みたい。
それにこの建物だけ他よりも新しく感じる。
「流石に中に入るのは駄目だよね」
不法侵入できる勇気もないから引き返そうと思って振り返る。
目の前におばあさんが立っていた。顔には出なかったけど心臓止まるかと思ったよ。
「こんな所で何してるんだい」
黒いとんがり帽子にベージュの服に茶色のコルセットを巻いて、黒いズボンを履いてる。髪は灰色で後ろで縛ってお団子にしてる。皺は多いけど肌は綺麗。
でも目付きは悪いし、少し怖い。
「えっと、道に迷いました」
「嘘を吐くんじゃないよ。竜の従魔を連れてるのに道に迷う道義があるかい?」
なんだか凄く疑われてる。すると瑠璃が私の前に移動して牽制するみたいに軽く火を吹いた。
「ああん? 随分と躾のなってない従魔だねぇ。あたしはあんたみたいな良い所の小娘は嫌いなんだよ。ちょっと教育してあげようか?」
おばあさんが手を赤く光らせて何かしようとしてる。瑠璃も興奮して鼻息を荒くしてる。
こんな街中で駄目だよー。瑠璃の尻尾を掴んでこっちに引っ張って頭を抑える。うん、これで火は吹けないよね。
「ごめんなさい。瑠璃もまだ人に慣れてないので粗相を許してくれませんか?」
するとおばあさんは手の輝きを収めてくれた。
「こっちも悪かった。あんたは話の通じる相手みたいだね」
話の通じない人が来るの? でも悪い人ではなさそう。
「それであたしの孤児院に何かようかい?」
「孤児院?」
「あん? まさか本当に迷子なのかい?」
「うん」
するとおばあさんが髪をくしゃくしゃと掻き毟ってから苦い表情をしてる。
また粗相したのかな……。
「仕方ないねぇ。無礼の詫びに茶の一杯くらいはご馳走してやる。ただし、茶を飲んだらさっさと帰りな。ここは小娘の来る場所じゃない」
「はい。私は野々村野良って言います。こっちは瑠璃って言います」
「ノノムラ? まぁいいか。あたしはノイエン・フェルラ。しがない院長さ」
「宜しくお願いします」
「ぴー!」
ノイエンさんの後に続いて敷地内へと足を踏み入れる。門を潜る時、静電気みたいなピリッとした感触が走る。私、そんなに乾燥してる?
思わず足を止めて振り返ったけど変わった感じはないし何も見えない。
「おっと。魔力結界に気付くとは」
「結界ですか?」
「ま、用心するに越したことはないって話さ」
うーん? 防犯装置みたいなものなのかな。
ノイエンさんが先を歩いて平屋の戸を開けた。中はまっすぐ廊下になってて左右に扉がある感じ。床も壁も木製だけど学校の廊下に似てる。
ノイエンさんは先先と中へ入るけど、靴のまま上がっていいのかな。
「ん、どうしたんだい?」
「土足ですけど大丈夫です?」
「なんで靴を脱ぐ必要がある?」
「そう、ですよね。失礼します」
世界が違えばルールも違う。当たり前だけどやっぱり違和感を感じる。
ノイエンさんが少し怪訝な顔してるけど怪しまれてないかなぁ。
コツコツと靴を鳴らして歩いてると奥からパタパタと走ってくる音がした。
沢山の子供が騒いで遊び回ってる。見た目は普通の子供と全然変わらないけど、服はちょっと汚れてる。
「おい、くそ餓鬼共! 院の中で騒ぐなと言ってるだろうが!」
「げ! ばばぁ帰ってきてる!」
「逃げろー!」
わぁわぁ騒いで子供達が走り去っていく。そんな様子を見てノイエンさんが小さく溜息を吐いてる。
「悪い。人に躾と言っておきながら自分も躾が出来てない所を見せたね」
「あの子達はここで暮らしているのです?」
「まぁね。身寄りがいなかったり行く当てがない子が中心だね。全く、さっさと大きくなって出て行けってもんだよ」
「ノイエンさんが面倒を見てるんですか?」
「四六時中は無理だけど空いた時間はここに寄って見るようにはしてる。こっちも暇じゃなくてね」
やっぱり仕事とかの絡みなのかなぁ。でも言葉に棘はあるけど、結構優しいのかも。
廊下を歩いていると今度は右手の扉がガラガラと開いて、小さな薄緑髪の女の子が顔を見上げてる。その子は私を見ると勢いよく飛び出して抱き付いてきた。
「ノリャお姉ちゃん!」
「セリーちゃん、こんにちは」
酒屋以外で出会うとはと思ってなかったけど、そういえば孤児だったなぁ。
「あぁ、やっぱり。あんたが例のノリャって奴かい」
「知ってました?」
「セリーが最近になってやたらと話すからね。ノリャお姉ちゃんに会いたいーって毎日言ってうるさいんだよ」
ノイエンさんがにやにやしながら言うとセリーちゃんがポコポコと背中を叩いてた。
「ノイばあちゃん、それ言わないでよぉ!」
ノイエンさんが煩わしそうに引き離すと私に押し付けてくる。
「わ、ノリャお姉ちゃん、この子は!?」
「瑠璃だよ。ほら宜しくしてあげて」
「ぴー?」
駄目だ、分かってない。でもセリーちゃんが問答無用で抱きしめて一緒に歩いてる。
小さい子に小さい竜は絵になるなぁ。
「ノリャお姉ちゃんは今日は泊まり?」
「偶々立ち寄っただけだから陽が落ちたら帰らないと駄目なの。ごめんね」
「えー、一緒がいいー!」
「セリー。相手を困らせるんじゃないよ。誰にだって事情はある。今を大切にするんだ」
セリーちゃんは不服そうにしてたけど「はーい」と返事をした。やっぱりノイエンさんの言うことは聞くみたい。
ノイエンさんが足を止めて左手の部屋を無造作に開けたままにする。入ると中は木の丸椅子と胸くらいまでの高さの机と本棚、後は学習机みたいな簡素な物が置かれてるだけで他はなにもない。
「何もない所だけどゆっくりしてくれ。セリー、茶を用意してくれるか?」
「はーい」
セリーちゃんは瑠璃を抱いたまま部屋を出て行く。椅子を勧められたのでそこに座った。
「でもまぁ、あんたがそうとは思わなかったよ。なんというか、もっとしっかりしてる子だと思ってたね」
ノイエンさんは向かいの椅子に座って帽子を脱ぎながら言う。うーん、セリーちゃんはどんな風に話してるんだろう。
「とはいえ、あの子を導いてくれたのは感謝しないとね。ありがとね。セリーはあのままだと碌でもない奴に捕まると思ってたから心配だったんだよ」
セリーちゃんは何でも屋みたいな仕事をしていてお金を稼ごうとしていたのは私も見た。
女の子という立場もあったし私も心配だったよ。
「困ってる子がいたら放っておけないですから」
「ふーん? じゃあここの院長を代わりにやってくれるかい?」
「え、えっと?」
「悪い悪い冗談さ。普通なら自分の手に負える範囲内で動くのが妥当さ」
「ノイエンさんはどうして院長になろうとしたんです?」
孤児院の院長になるっていうのは私が想像するよりもずっと大変だと思う。仕事を掛け持ちしながら子供の面倒もみる。それも沢山。
「ただの気まぐれさ。あの頃はあたしも若かった。国に逆らうのが格好いいとでも思ってたのかねぇ」
「院長になって長いんですか?」
「年月だけで数えたらね。けど実際関わってる時間だけなら見てないも同然さ。さっきの餓鬼共みたいにろくに教育も出来やしない。何の為の院長だって話さ」
正直私にはノイエンさんの苦労が分からないから何て答えたらいいか分からない。
困ってると丁度セリーちゃんがトレーを持って戻って来てくれる。頭には瑠璃を乗せてる。
上品な手付きで机の上にピンク色の飲み物を出してくれる。
「ロロの実の紅茶かい。あたしは甘いのが苦手なんだけどねぇ」
ノイエンさんがぶつくさ言いながら紅茶を飲んでる。私もカップを受け取ると、凄く甘い香りがした。
「ありがとう。早速頂くね」
一口飲むと口の中に甘く優しい味が広がる。果物みたいな甘酸っぱさはなくて、すうっと喉の奥に甘味だけが逃げていく。なにこれ美味しい。
「味も香りも素敵だね。私は好きだよ」
するとセリーちゃんがホッと胸を撫で下ろしてた。確かにお客に出す飲み物って緊張するかも。
「セリーちゃんも隣においでよ」
「うんっ! ノリャお姉ちゃん大好き!」
椅子をぴったりくっつけて腕にしがみ付いてくる。接客時とフリーの落差が激しい。
「おいおい、あたしの方が付き合い長いのにそれはなんだい?」
「ノイばあちゃんは怒ると怖いもん。ノリャお姉ちゃんは優しいし親身になってくれるもん!」
「あーん? あたしだって親身にしてるだろう?」
セリーちゃんがベーっと舌を出してからかってる。ノイエンさんは一瞬手を光らせたけど、すぐに我に返って紅茶を口にして落ち着いてくれた。
でも本当の家族みたいだなぁ。ほかの子供達もすごくフランクに接してたし。孤児院ってもっと暗い場所だって勘違いしてたかも。
「セリーちゃん、お仕事の方は大丈夫?」
「うん! 大将さんがいつも夕方前に帰してくれるの。クーロも色々気を使ってくれるし毎日楽しい!」
それを聞いただけで良い職場にめぐり合えたんだね。セリーちゃんが喜んでると私も嬉しくなる。
それで雑談を続けていたら時間はあっという間だね。さすがに帰らないと親も心配するだろうし席を立ち上がった。
「行くのかい?」
「はい。楽しい一時でした」
「えー、ノリャお姉ちゃんともっといたいー!」
セリーちゃんの頭を撫でてあげる。少し残念そうにしてたけど、分かってたから納得してくれた。瑠璃も私の肩に乗って一緒にお辞儀をする。
「それでは失礼します。また遊びに来てもいいです?」
「好きにしな。餓鬼の面倒見る手間が減るしね」
「夜は大体こっちだよー。昼間は酒屋に来てね!」
「うん、分かった。また来るね」
ノイエンさんとセリーちゃんに別れを告げて部屋を出た。その先は自宅の部屋。
嬉しい瞬間移動だけど靴のままだったのが不幸だよ。外はもう真っ暗だし。
2階から下りて来たらお母さんびっくりするだろうなぁ。




