201 女子高生も感謝される
「キタキタキツネなのです!」
「キタキタキツネ~」
「ノララ!」
「シロちゃん、こん~」
小腹が空いたから久しぶりにシロちゃんのパン屋にやってきた。今日もパンを焼いてるみたいでいい匂いがする。
「私もいるんじゃー」
「フブちゃんだ~」
厨房の奥で洗い物をしてるみたいで声だけが聞こえた。ここは何だか実家のような安心感があって落ち着く。
「今日も美味しいパンが食べたいな」
「なら出来立てがあるのです! マイコニドとグレンシシと輪切りのリガーを挟んだドッグです!」
これ絶対美味しい奴だ。早速お金を払って1つもらう。
「私も食べたいのだが!?」
「それを終えたらあげるのです」
「シロの悪魔―」
相変わらず2人は仲良しだなぁ。じゃあ私は先に食べよう。
んー、お肉のジューシーさと茸の香ばしさがパンのモチモチ感と合ってる! 何よりリガーがトマトみたいな感じで後味も悪くない。いうなれば異世界風ホットドッグだね。
でもなんでだろう? パンの後ろの方が少し焦げてるような?
それにお肉もちょっと黒い気がする。
それでフブちゃんが洗い物が終わったみたいで来たらパンを手に取ってた。
「シロー、今日も焦げてるよ」
今日も?
「あ、あれ? おかしいのです」
「しっかりしてよー。うちはシロのパンが稼ぎなんだから」
シロちゃんは次のパンを焼く準備をしてるけどそれもどこかぎこちない。
パン生地の形もいつもより歪な気がする。
「シロちゃん?」
「ふえっ!?」
大袈裟にびっくりして耳と尻尾が逆立ってる。
普通に声をかけただけなんだけどなぁ。
「最近シロの様子がおかしいんだよ。なんでだろうね?」
フブちゃんが耳打ちしてくる。これは何かあるのかも。
「シロちゃん、悩みでもあるの?」
「な、な、なんでもないのです!」
これはなんでもある反応。
「シロ、無理に話してとは言わないけどさ。でもこのままだと路頭に迷う羽目になるかもしれないんだよ」
フブちゃんに言われてシロちゃんの耳が垂れる。それで奥の方に行って棚の引き出しから一枚の紙を取り出して持ってきた。
「実は少し前に実家の方から使い魔が来て手紙が届いたのです。内容はお母さんが倒れたそうです」
「大変じゃん! 大丈夫なの?」
「分からないのです。でも手紙には心配しなくても大丈夫と書かれてるのです。お母さん、昔から足腰が弱かったので少し心配なのです」
だからそれが気になってパンの方を集中できなかったんだね。
「帰るにも村まで3日はかかるので、それにここを置いて行くのもできないのです」
「事情は分かったよ。行こうよ、シロちゃん」
「ノララ!?」
肉親が倒れて心配なら絶対に行った方がいい。
そしたらフブちゃんが親指をあげてくれた。
「こっちは私に任せて行ってきなよ。大丈夫、シロの作るパンはいつも見てたから私だって作れますとも」
それが見栄かは分からないけどフブちゃんもシロちゃんが心配な気持ちはきっと同じ。
シロちゃんは迷ってる様子だったけどその手を引いた。
「私に任せて。方法があるよ」
「え?」
「じゃあフブちゃん、行ってくるね」
「行ってら~」
というわけで店を後にして一緒に街を走った。
そこに辿り着くのは長く時間がかからなかった。天球塔の最上階、異世界の神様がいる所。
「ノラ子か。よく来たな」
「オオクニヌシ様!? なんでここにいるのです!?」
シロちゃんがびっくりしてる。そういえばこっちに来てるの知らなかったんだっけ。
「ダイちゃん、お願いがあります。シロちゃんを村に連れて欲しいんです。お母さんが倒れたみたいで」
「そうか。よかろう。目を瞑れ」
それで目をぎゅーって瞑ったら天球塔に吹く風が止んで音もなくなった。次第に耳にがやがやと人の声が聞こえだす。目を開けたらそこにはケモミミさんが住んでる村があった。
「え、え?」
シロちゃんは理解が追い付いてないみたいできょとんとしてる。
ダイちゃんは私に転移をしてくれてるからこっちでもできるって思ったけど、やっぱり使えたんだね。
「シロちゃん、今は家に急ごう」
「は、はい!」
それで仲良く家の方に走った。
竪穴式住居っぽい所に来て中にお邪魔する。外観に反して中はすごく綺麗で何なら床もちゃんとフローリングされてるという。
あちこちに大きな棚が並んでて、机も結構ある。確か実家もパン屋を経営してたんだっけ?
「お母さん!」
シロちゃんが声を出して奥の方に走ったから付いて行く。そしたら奥の部屋のベッドで横たわってる女性がいた。大きな耳と大きな尻尾というもふもふ性能が高そうなお母さん。白い髪も綺麗ですごく美人。
「シロ?」
「お母さん!」
「どうして、ここに?」
「体調を崩したって聞いて心配で来たのです!」
「そうだったの……。心配をかけたわね。そちらはお友達?」
「はい! 親友のノララです!」
「ノラです。シロちゃんとは仲良くさせてもらってます」
軽くお辞儀をしよう。そしたら笑ってくれる。
「お母さん、足は大丈夫なのです?」
「少し捻っただけだから大丈夫よ。少し安静にしてたら治るから」
持病なのかな。こういうのはレティちゃんの薬でも治らなそう。
「お母さん、何か食べるです?」
「そうねぇ。パンが食べたいわ」
親子揃っての生粋のパン好きだ。
「ならこれがあるのです!」
シロちゃんがさっき焼いたパンをシロちゃんママに渡してた。それを見たシロちゃんママが苦笑してる。
「シロは相変わらずね。いつも焦げ目を作っちゃうのは昔からね」
やはりシロちゃんママの目には誤魔化せない模様。シロちゃんが一気に恥ずかしそうに顔を赤くしてる。
「いつもは焦げ目なんてないですよ。今回はお母さんが心配で失敗気味だったんです。私もよく買いに行きますけど本当に美味しいんです」
そしたらシロちゃんが余計に顔を赤くしてる。
「そうだったのね。そういえば央都の方は大丈夫なの?」
「店はフブキに任せてるのです」
「帰郷祭にも顔を出してたからあの子も帰って来たのね」
「はい! そうです、お母さんここの厨房借りるのです! しばらく私がパン屋を経営するのです!」
シロちゃんがいつになく張り切ってる。成長した自分の姿を見せたいのかな。シロちゃんママは頬杖付いて心配してる様子。
「シロちゃんなら大丈夫ですよ。本当にしっかりしてますから」
「そう? じゃあお願いしようかしら」
みたいだからせっかくだし私も手伝おうかな?
厨房にはシロちゃんが早速パン生地をこねて準備してる。
「シロちゃん、私も手伝うよ」
「ありがとうです! この恩は必ず返すのです!」
「美味しいパンをくれたらいいよ~」
※1時間経過※
店にパンが並んで『営業中』を看板を立てたら香ばしい匂いに釣られてかお客さんが足を運んでくれる。来るのは全員ケモミミさんだからちょっと新鮮。
「お。今日は珍しくシロが店番か」
「そうなのです! お母さんが体調を崩したので助けに来たのです!」
「ははは! それは偉いな」
「ですです。パンも私が焼いたので食べて欲しいです」
「へぇ。これはうまそうだな」
「にしてもあのシロがこんなにハキハキするとは驚きだな」
常連のケモミミさん達がシロちゃんとの会話に花を咲かせてる。特にお客さんは今のシロちゃんを見て驚いてる感じだった。確かに思い返せば初めて会った時はもっとおどおどしてて自信がなかった気がする。
そんな感じでパンは順調に売れて空も暗くなってきた。
「シロ、それにノラちゃんもありがとう。助かったわ」
シロちゃんママが杖を突いて出て来た。
「お母さん、無理をしたらダメなのです!」
シロちゃんが無理に椅子に座らせてシロちゃんママも愛想笑いしてる。
「具合は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。可愛い娘の顔を見たら元気が出て来たの」
それはきっと本当だろうけど、でも無理してるように思える。
「シロ、本当に変わったのね」
「え?」
「ずっと声を聞いてたわ。お客さんと仲良く楽しそうに会話してたのも聞こえてた。小さい時は人が来たら物陰に隠れるばかりだったのにね」
くすくすって笑うからシロちゃんがまた顔を赤くしてる。
「フブキちゃんとも会えたみたいで本当によかったわ。最初は央都に行きたいって言って不安しかなかったけど、いい刺激になったのね」
「はい。でもお母さん、私は央都に行った時も不安しかなかったのです。でもそんな私を導いてくれたのがノララなのです。ノララは右も左も分からない私を親身に案内してくれて、色々手伝ってくれたのです。フブキと会えたのも、央都の皆と仲良くできたのも、全部ノララがいてくれたからなのです。今回も不安になってる私の背中を押してここまで連れてくれたのです」
そしたらシロちゃんママが私の方を見て優しく微笑んでくれた。
「そう。ありがとう。この子と仲良くしてくれて親としてお礼を言うわ。こんなに生き生きしたシロを見られてすごく嬉しいわ。これからも仲良くしてあげてね」
「はい。シロちゃんと一緒にいて楽しいからこれからもそのつもりです。あ、でもシロちゃんの昔話はもっと聞きたいです」
「ちょっとノララ!?」
「そうね、じゃあシロとフブキが会った話でもしましょうか。この子、フブキに向かってパンを顔面に投げつけて……」
「わーわー! それ以上はなしなのです!」
シロちゃん、思った以上にワイルドなんだけど。まぁそれだけ仲良しだったってことだよね。
そんなこんなで話が弾んでるのを見てこれ以上は心配はないかな。でも1つだけ気になることがある。
「あ。ちょっとだけ席を外していい?」
「ノララ?」
「用事があって。すぐ戻るから」
2人を残して家を出て行った。本当はもっと話していたい気持ちがあったんだけど、これだけはしないといけない。
ケモミミ村の奥へ歩いて白い鳥居を潜って森の中へと入る。階段を上がると滝の前でダイちゃんが岩に座って盃を片手に持ってた。
「ノラ子か」
「ダイちゃん。お願いがあるの」
「あの母親か」
「うん。ダイちゃんなら簡単に治せるでしょ?」
「治せる。が、それは神として不可能だ」
「どうして?」
「神として特定の人物を贔屓するのは駄目なんだ。その者に肩入れすれば他の者はいいのかと不平等になるだろう?」
「だったら私は?」
「ノラ子は妾に信仰しただろう。だから妾はその対価を支払った」
「じゃあシロちゃんのお母さんの足を治すのにどれだけの信仰が必要ですか?」
「其方、正気か?」
もちろん、本気。目の前であんなに仲良くしてたのに、もしもこの先万が一って考えたらシロちゃんは絶対に悲しむ。そんな姿は絶対に見たくない。あんなにやさしい家族は幸せになって欲しい。
「その目は本気か。いいや、其方はそういう人間だったな。そうだな、ではこうしよう。飛び切りうまい酒を日本から持って来るのだ。それで手打ちだ」
どれだけお酒が好きなのってツッコミたくなるけど我慢。
「でも私未成年ですからお酒買えませんよ?」
親が飲んでるのを勝手に持って行ったら怪しまれるだろうし。
「だから後払いでいい。其方は真面目だから妾との約束を忘れないだろう?」
にこって笑ってくれた。
「ダイちゃんありがとう!」
やっぱりダイちゃんはいい神様!
「だが妾が手を施したというのはくれぐれも内密に頼むぞ? 他の神に知られると少々面倒でな」
色々言いながらも人のことをよく考えてくれてる証拠だよね。




