19 女子高生も魔導球技を観戦する
今日の体育は男子がサッカーで女子はバレー。体育館の中でボールを弾き合う音が騒がしく響いている。私は運動が苦手だから審判役を立候補して得点係をしてる。
相手のチームがスパイクを決めたのをポニテ姿のコルちゃんが華麗に拾って打ち上げた。
「ナイス、空井さん!」
上手くトスを上げてリーダーの女子がスパイクで点を入れる。コルちゃんのファインプレーにハイタッチをしていた。コルちゃんって見た目は小さいけど結構運動神経いいんだよね。勝手に仲間意識持ってたけど体力もリンリンと同じくらいある。
んー、私もこれから毎朝ジョギングしようかなぁ。
ぼんやり考えているとボールが激しく落ちる音がした。いけないいけない今は審判を真面目にしないと。
「んー?」
落ちたボールを注視したけど何か地面にめり込んでる。というかバレーの玉って色が黒だったっけ?
「やるなっ! けどこっちも負けてないぜ!」
ローブ姿の男子が埋まったボールに手を触れるとふわっと浮き上がって宙に漂う。それを前方に激しく投げた。その先には黒いローブを着た金髪の女子……リリだね。
リリも私に気付いて目を丸くしてる。それでボールには目もくれずに四角いコートから飛び出してこっちに走ってきた。
「おい! 試合中だぞ!」
「私の負け! ほら、次の男子相手して!」
周囲を見たら生徒と思われる人が沢山集まってる。場所は運動場みたいな敷地だけど外には水色の靄の膜みたいのが一面に張られてる。
「じゃあ俺!」
別の男子が意気揚々とコートへと入って行った。そこら中でコートを使ったボール投げ合戦みたいな試合をしてる。
「ノノ! こんなにも早く来てくれるなんて嬉しい!」
リリが早速も渾身のハグをしてくれる。異世界人の挨拶はフランクだねー。
リリの頭を軽く撫でてから離れる。
「うん、約束したから」
「はぁぁ。ノノって本当に良い子……。でも急に現れたよね。新手の魔法?」
「自分でもよく分からないけど転移みたいな?」
「転移魔法ってそれ最上位魔法! どうなってるの!?」
リリはどうも私の行いを全部魔法だと思ってる節がある。それがこの世界では普通なのかな。
「狙って使えなくて、いつ発動するかも分からないんだよね」
「そうだったの。もしかしてノノって遠い所から来てる?」
「うん。日本っていう所。リリが想像するより何倍も遠いと思う」
「ニホン……。確かに聞いたことないわ。ノノって本当に不思議ね」
リリの反応からしてやっぱりここは別世界なんだなって思う。
でも言葉も通じるし、住んでる人も良い人ばかりだから問題ないよね。
「これって何してるの?」
「魔導球技よ。相手の陣地にボールを入れるの。魔法使いとしての戦い方の勉強ね」
「そうなの?」
「そうよ。ほらアレを見て」
目の前で試合をしてる2人の男子を指差す。一方がボールをキャッチして相手コートに勢いよく投げる。目で追うのがやっとくらいで地面にぶつかりそうだった。でもぶつかる寸前でボールが急に軌道が逸れてコート外へと飛んでいってる。
「あのボールは特殊な魔導具なの。しっかりと魔力を込めて投げないと魔力不足で地面と反発して今みたいにコート外に飛んでしまう」
「そうなんだ。向こうの人が何かしたのかなって思った」
「勿論妨害もありよ。でも魔導具以外を狙うのは反則。それと周囲に被害が及ぶ魔法も禁止。だから受けて側も繊細な魔力操作を求められる」
ボールの投げる側が変わって投げられる。でもまたしてもボールが地面から離れて相手の人の背中を越えて飛んでいった。でも投げた人はすぐに指を動かしてボールの軌道を変えて地面に落とした。コートの内側だから得点になってる。
「あんな風に色々作戦があるの。魔力を込めた直球勝負。変化球を絡めての勝負。常にボールの行方が四方八方に動くから集中力や反射神経も求められる。実戦だと一瞬の判断が命取りになるし、魔法使いは基本動かないから常に目を動かす意識が大事なの」
「ほえー」
魔法使いってぶつぶつ呪文唱えてドカンと攻撃するイメージがあったからちょっと意外かも。
「でもボールも速いし当たったら危なくない?」
「それなら大丈夫。玉は一定の速度以上出てると人を感知して離れるようになってるから」
すごく細かな配慮までされてる。魔法の文明もすごいなぁ。
これは若い人が皆憧れるのも納得だね。
「ノノもしていく?」
「んー、私魔力ないよ?」
「そういえば言ってたね。でも本当に魔力ないの? ちょっと手を見せてもらっていい?」
「いいよ?」
掌を見せるとリリがマジマジと手相を眺めて線を追ってる。
「はぁぁ、ノノの手綺麗……」
見てくれてるんだよね?
リリはすぐに我に返って手の甲までしっかりと見てる。
「確かに魔力線がない。本当に珍しい体質ね。でもそうなると色々と不思議なのよ。従魔とか転移魔法とか」
「仏様に愛されてるのかも」
「ホトケ? 神様じゃなくて?」
そっか、仏教は日本やインドの宗派だからこっちの人は知らないんだね。
「うん。仏様は温厚だから悪いことしても2回までなら許してくれるんだよ」
「スライムプリンを勝手に食べても?」
「怒って全力で追いかけてくるよ」
「短気じゃん!」
リリの反応は面白いなぁ。でも話が脱線してる気もする。
そんな間に目の前の試合が終わって2人の男子が礼をすると別の人がコートに入ろうと順番を決めてる。
「リリは試合に出ないの?」
「ただの授業だしね。それよりもノノとお喋りしたい」
すごく嬉しい発言だけど、いつまで手を握ってるんだろう。リリの眩しい笑顔を見てると何も言えない。
「でもこんな授業をするってことは街の外はやっぱり危険?」
「山奥や未開拓の地は危ないけど、周辺は騎士団や魔術師団が危険な魔物を死滅させてあるから殆ど安全だよ。まぁ、それでも1人で出歩くのは危ないからって言われるけど」
リリがちょっと視線を逸らして話す。そういえばこの前のマイコニドをやっつけてる時1人だった。回収班の人もリリを見てはやんわりと注意してたような気がする。
「それなら誰かと一緒の方がいいんじゃない?」
実際魔力がなくなって追いかけ回されてたし、単独行動は危ないと思う。するとリリは俯いてボソッと何か言った。小さくて聞こえない。
「うん? もう一回言って?」
「ノノしか友達がいないの」
「そうなの? リリってしっかりしてるし誰にでも気兼ねなく話せそうだけど」
私が授業に入った時も気にかけて話してくれたし。だからリリに友達がいないというのは信じられない。
「うぅ。恥ずかしい話なんだけど、学園の授業を攻撃魔法ばかり履修したせいか、女子が殆どいなくて。女子は調合術や錬金術、医療魔法や生活魔法に多いみたい。一応お昼とかに会えるけどやっぱり同じ科目じゃないから話も合わなくて……」
それは辛い。男子の中に女子がぽつんって孤独感あるよ。
「リリ。今度からはなるべく会うようにする」
「ノノー! 私の癒しはあなただけ!」
人前で堂々とハグできるのはリリくらいだよ。余程友情に飢えてたんだね。よしよし。
「そうだ。だったらこれを上げる」
リリがポケットに手を入れると中から小さな笛を取り出した。
ホイッスルみたいな形で木で作られていている。
「これを吹いたら私の専属の連絡鳥が来るよ。街中でしか使えないけど」
「でもこれないとリリも困るんじゃない?」
「大丈夫大丈夫。これくらいなら爺に頼んだらすぐに作ってくれるし」
「爺?」
首を傾げてるとリリが慌てて両手を振る。
「え、えっと。おじいちゃんのこと! すごく工芸上手なの!」
「そうなんだ。私のお祖父ちゃんも物を造るの上手だよ」
「へ、へぇ。奇遇だね」
なんだか目が泳いでる気がするけど。深く聞くのはよそう。
「じゃあ有り難く使わせてもらうね」
「う、うん。それとハンカチなんだけど」
「ハンカチ?」
「ほら紙とペンのお礼にって」
最初の授業の時にリリにあげたの思い出した。濡れたままだったんだよね。
「んー? あれはリリに上げたから気にしなくていいよ? あ、もしかしてデザインが好みじゃなかったとか?」
「ううん、違う! そ、そっか。それなら嬉しい。家宝にするね」
それはそれで困るけど。どこにでも売ってる安物だったと思うし。
そんな感じで授業が終わるまでリリとお喋りばかりしてた。向こうに戻った時は授業が終わってて皆を心配させたけど、コルちゃんが上手く言ってくれてたみたい。
持つべきは気の利く友人だね。




