193 女子高生もセンチメンタルになる
春休み。課題も何もなくて今日は全然やる気がでない。縁側で猫丸みたいにごろごろ。異世界に行ってもいいんだけど動く気もしないー。
「ノラー。暇なら柴助とミーちゃんの散歩に行ってきなさいー」
だらだらしてる所をお母さんに見つかっちゃった。
「猫丸がお腹に乗って動けないのー」
お腹に乗って丸くなってる。おまけに近くにこん子とたぬ坊もいるから身動きできない。体のいい言い訳だけど。
そしたらお母さんが近づいてきて猫丸を取り上げられちゃった。
「これでいいわね?」
至福のだらだらタイム終了。起き上がって庭に出て柴助とミー美にリードを繋ぐ。
せっかくだから杖代わりに魔法の杖も持って来よう。
「ぴー」
瑠璃も来たがってるみたいだし連れていこう。瑠璃の首には白の湖で取って来た真珠をネックレスみたいにして首から下げてる。おじいちゃんに頼んだらうまくしてくれて、今では瑠璃も気に入ってるみたい。
「それじゃあ行こっか」
「わふっ!」
「ミー!」
「ぴ!」
春だから温かい陽気に包まれて散歩にでかけてるお年寄りが結構いる。果樹仕事に精を出してる農家さんもたくさん。いつものような街並みなのにどこか寂しさがあるのは何でだろう?
ミー美の見て車を運転してる人を驚かせたら大変だからなるべく歩道からも離れて歩く。
森の方を見たら風で木が揺れてる。あーマスクしてくればよかった。これから花粉という嫌な時期になる。
ぼうっと歩いてたらいつの間にかリンリンの家の近くに来てた。来るつもりはなかったけど無意識に足が動いたみたい。
「せっかくだからリンリンも誘おうかな」
インターホンに手が伸びたけど、指が止まった。
そうだ。リンリンは大学に受かって向こうに下宿したんだ。
もう、ここにはいない。ずっと一緒でこれからも一緒だって勝手に思ってた。
「リンリンに先を越されちゃったな」
幼馴染はもうこの田舎にはいないんだね。SNSでは繋がれるけど、今までの生活にはもう戻れない。分かってたけど、心の整理が追い付かないな。
「ぴー!」
「わふっ!」
「みー!」
暗い顔をしてたのかな。皆が励ましてくれる。そうだね、私は1人じゃない。こんなにも優しい家族がいるんだもん。がんばれ、私。
「歩こう、歩こう、私は元気~」
こうなったらどこまでも歩き続ける。暗い気持ちは運動したら晴れるって前にスマホで見たもん。
別れ道に当たったから魔法の杖を倒して行先を決めてもらおう。
それでずーっと前に進んでたら、気付けば知らない山の中にまで来てた。道は舗装されてるから変な所じゃないと思うけど。丁度ベンチがあったから少しだけ休もう。
「きっと異世界にいる皆もそうなるんだろうね」
人には皆、人生がある。当たり前のような毎日もいつかは当たり前じゃなくなるのかな。
駄目だー、今日は何かセンチな気分になりすぎる。
こんな時は。
「ダイちゃーん! 聞こえてるなら私を異世界に連れてー!」
魔法の杖を掲げて叫んでみる。そしたら視界が暗くなってきた。
それで目の前に光が戻って視界が現れたら、目の前に小さな村があった。
そこにはケモミミの人達が穏やかに過ごしてる。ケモミミ村だ!
センチになってる私にはぴったりな場所だね。村を散歩しても誰もミー美や瑠璃に驚いてる様子はなさそう。こういう村だから慣れてるのかな?
でも柴助には時々振り返る人がちらほら。
ふらふら歩いてたらベンチがあって、そこに黒髪の和服恰好で羽衣を羽織ったお姉さんがいる。
「ダイちゃん」
「ノラ子~。よくぞ来た」
ダイちゃんが連れて来たんだよね? それでダイちゃんが隣に手を叩くから底に座らせてもらった。それで顔を見たら何だか顔が赤いような。照れてる? と思ったけど手に盃を持ってる。酔っ払い?
「暗い顔をしてるぞ。辛い事でもあったか?」
「うん。リンリンと離れ離れになってちょっと憂鬱になってたかも」
「そうか。飲むか?」
「私、未成年ですけど」
「冗談だ。こっちをやろう」
それで木のコップを渡してくれる。中身は半透明な白い飲み物が入ってる。一口飲むと少し温かくて甘かった。
「別れを惜しむというのは良い関係の証拠だ。そういう関係を築けていたなら、遠からず縁は戻ってくるだろう」
盃にお酒を注いでまた飲んでる。
「私、今の日常がずっと続くって思ってました。でも時間って私が思ってるよりも前に進んでるんですね」
「そうだな。そして気づけば親しくなっていた者は老いて死んでゆく」
ダイちゃんが遠くを見つめている。
「ダイちゃんは私が死んだら悲しいですか?」
「それはもう悲しむぞ。数年は晩酌を止められぬだろう」
今も飲んでるけどまだ飲むの? でもダイちゃんは神様だから私よりも多くの人と関わってるんだと思う。その度に仲良くなった人はどれだけいるんだろう?
その人達が死んでいくのを見てどう思ってるんだろう?
もしかしてお酒を飲んでるのは気を紛らわす為?
「それでも立ち止まってる暇などない。妾を慕い信じた者の為にも振り返る時間なぞないのだ」
神様故の威厳なのかな。そんなダイちゃんが眩しくて直視できなかった。
「ダイちゃんはすごいです。私は友達が少し遠くに行っただけでこんななのに」
「それが其方の長所だ。1人1人接し蔑ろにしない。だからこそ、皆が其方を慕うのだ。その悲しみも憂いも忘れてはいけない。それもまた、大事な感情であろう」
こんな気持ちのまま新学期を迎えられるのかなって思ったけど、そっか。これでもいいんだね。暗くなっても、憂鬱でも、それでもいいんだ。
「ありがとう、ダイちゃん。少し元気でてきました」
「礼には及ばないぞ。妾は其方に感謝しているのだ」
「そうなんです?」
何かした覚えはないけど。
「日本において、妾の神力は限りなく弱まっていた。そんな時、年端も行かぬ少女が毎日参拝に来たのだ。それも3年もだ。おかげで神力が少し回復し、この子の願いは必ず叶えてあげようと思ったのだ」
そんなにピンチな状況だったんだ。
「私もダイちゃんにありがとうって言いたいです。ずっと夢見たこの世界に来れたのですから」
「そうか。因みに異世界候補はもっといくつかあったのだが、ノラ子が所望するなら連れてやろうぞ?」
「例えばどんな所です?」
「魑魅魍魎が渦巻く世界や日夜争いが絶えぬ世界や人と生物の立場が逆転した世界もあるぞ」
「あ、今のままがいいです」
そしたらダイちゃんが爆笑してる。しがない女子高生がそんな世界に行ったら一瞬で死んじゃうよ。
「ノラ子。辛くなった時は妾の所に来るがよい。人を導くのもまた神の役目だ」
「ありがとうございます。ダイちゃんはいい神様ですね」
もし宗教の勧誘が来たら、ダイちゃんを信仰してるって言って断ろうかな。
よし、元気も出たし帰ろうかなって思ったけどいつの間にか柴助達がいなくなってる。
そしたら村の子供達と戯れてるんだけど。
「神はこう導いてる。今日くらいはここで休め、と」
それってダイちゃんが私と一緒にいたいだけだよね。でも、私が遠くに行ったら私がリンリンに感じる気持ちをダイちゃんも感じてるなら……。今日はここで過ごそうかな。




