187 女子高生も白湖へ行く
年が明けて新しい年が始まる。それでも私の日常は変わらない。
央都の街に来るのも数日振りって言うのに懐かしく感じる。
今日は瑠璃も一緒で街を探索しよう。
と思ったんだけど街の外で馬車が停まってて、その近くに赤髪の白衣の女性がいた。
「アンセスさん!」
「ノラ。久しぶりだね」
「お出かけですか?」
馬車の前なら東都にでも行くのかな? それにしてはすごく大きな鞄や工具を手に持ってる気もするけど。
「深都に行こうと思って」
「深都ですか?」
確かな大きな穴のあるアリの巣みたいな街だったよね。
「そう。実は最近、深都の深層が開通して地下洞窟が開放されたみたいなんだ」
「そうなんですか?」
私もちょっと聞いたくらいしか知らないけど何十年もずっと穴を掘り続けてたみたい。
「うん。それで今日は開放記念で招待を受けたんだ。ノラもどう?」
なるほどアンセスさんの大荷物は未知の洞窟で素材採取って感じかな。これは乗らざるを得ないね。
「行きたいです。でも部外者の私が行っても大丈夫です?」
「私から口添えするよ」
「ありがとうございます。瑠璃もいいよね?」
「ぴ~」
瑠璃はあんまり乗り気じゃなさそう。洞窟ってなったら食べれるのはなさそうだからかな。
有無は言わせないけど。
それで馬車に乗って深都を目指した。
半時間くらい経って到着すると、既に結構な人が集まってた。それだけ深都の底に何があるのか皆気になってたんだね。
鉄の穴を潜って街の方に歩いて行く。螺旋の道を進んで少しずつ降りて行く。
それで陽の光が当たらなくなって魔法の光で照らしてくれるようになって深い闇の底へと続いていく。どこまで下りないといけないんだろう?
そう思ってたら螺旋の道が行き止まりになった。
「深層行きの方ですか?」
行き止まりの道の前で立ってた人が声をかけてくる。
「はい。招待を受けたアンセス・ローリエルです。彼女は私の助手ですが同行して構いませんか?」
「いいでしょう」
アンセスさんが招待状を渡して口添えしてくれた。
「瑠璃も連れて大丈夫ですか?」
「大目に見ましょう。中にお入りください」
アンセスさんと一緒に足を運ぶと扉が閉まって、床が下へと進んで行った。エレベーターだ。
「これも魔道具です?」
「そうだな。これだけの技術者が集まるとは私もまだまだだな」
床や壁の細かな部品を見てるから大まかな構造は理解してるのかな。
それからエレベーターは半時間以上降り続けてた。
「アンセスさんってその道だと有名なんですね」
こうやって招待を受けるってことは優遇されてる証拠だし、ノイエンさんも認めてるくらいの技術者だし。
「そう、なのだろうか。私よりもここの人の方がすごいと思うよ」
謙遜してるけどそもそも娯楽の魔道具を作ってるのもアンセスさんくらいだし、その発想力が他の人にはない天性のものなんだと思う。
それでエレベーターに乗ってから1時間くらいしてやっと止まった。
真っ暗な洞窟に足を踏み込んだ。その先は魔法の光が照らしていて見えるけど、少し心もとない気もする。
「お待ちしておりました。アンセス・ローリエルさんですね?」
「はい」
白衣を着た人が出て来て挨拶を交わしてる。
「そちらは?」
「私の助手です」
「野々村野良です」
「そうか。一先ずこちらに来て欲しい」
白衣の人に案内されて洞窟の奥へと進んで行く。するとさっきまで真っ暗だったのに光が差し込んでる気がした。
それから……足が止まった。
止めざるを得なかった。
「綺麗……」
目の前に大空洞が広がってて、真っ白な湖が広がってる。全体を見渡せるくらいの光があって、天井はどこか分からないくらい高い。それに天井から水が流れ落ちて今も湖を満たしてる。でも不思議なことに砂浜みたいな砂利が積もってて湖の先へ歩けるようになってる。
「驚いた。これは一体」
「皆、最初これを見たとき同じ反応をしました。我々の常識を覆した場所です」
本当にそう思う。そもそも洞窟の中でこれだけはっきり見えるのが不思議。
「そうか。鉱石だ」
アンセスさんが呟いた。見たら近くの壁を工具で削って中の石を手に取ってた。それは蒼白く輝いてる。
「この鉱石が光となって洞窟を照らしているのだろう」
つまりこの洞窟一帯にその鉱石が埋まってる?
「なるほど……。しかしこれだけの空洞が今まで崩れずによく持っていたと思います」
天井が見えないくらいだから地面の下に大きな穴があるようなもの。もし地震でも起きたら一瞬で地盤沈下すると思う。
「或いは神が作った自然産物でしょうか」
「そうだろうか?」
アンセスさんが呟く。
「これだけの空洞、空間。ただの自然現象にしては不可解だ。まるで何かがここに住み着いていたように思う」
「住んでた?」
「そう。これは仮説だけど、例えば竜」
アンセスさんが瑠璃を見て全員の注目を浴びてる。
「竜、ですか。しかし竜が地下に生きてるなど聞いたこともありません」
「それは私もそう思う。けれど人知れずに生きる巨大な存在となれば、それこそ竜くらいだと思う」
これだけの空間があるのだから竜がここで住んで飛んでも余裕はありそう。でもどうして?
そういえば……。
「瑠璃。瑠璃はあの時山で倒れてたけどどうして?」
「ぴー……」
瑠璃は小さく項垂れて首を振る。何も覚えてないみたい。魔物に襲われて瀕死になってたのは傷口から見ても分かった。でもだったらどうして山の中に伝説のドラゴンがあそこにいたんだろう。
思い返したらあの山は深都に近い所だった気がする。
「リンドヴルム。ここってリンドヴルムが住んでたんじゃないですか?」
鳥の店長さんはリンドヴルムは湖のある所で住んでるって言ってた気がする。もし、ここでリンドヴルムが住んでて瑠璃がその子供だったら? ずっと地下に住んでて地上に憧れて勝手に飛んで行ったなら?
すると瑠璃が急に耳をピンとしたと思ったら奥の方へと飛んで行っちゃった。
「瑠璃!」
声が反響するけど我先へと消えていっちゃう。大変!
「あの! 奥に行ってもいいですか? 瑠璃が」
「そうだな。何があるか分からないが、あの様子は何かに反応したに違いない。私は万一に備えて救援を呼んでくる」
少し心配そうにこっちを見て来る。確かに私1人で行くのは危ないかもしれない。
でも……。
「彼女は私が見ます。ですからご心配なく」
アンセスさんが言ってくれた。それを聞いて白衣の人が急いで来た道を戻って行った。
「アンセスさん、ありがとうございます」
「構わない。私も奥へ行く口実ができた」
にこって笑ってくれる。悪い大人に見えるけど、今となっては大助かり。
湖を挟む砂浜を歩いて行く。最初足を踏んだら沈むと思ったけどそんなことはなかった。
白い湖に顔を覗き込んでみる。綺麗だけど透き通ってないから底が見えない。それだけに少し怖さもある。もし足を踏み外してここに落ちたら助からないかもしれない。
「リンドヴルム、か。伝説上の生物が実在してるとすれば驚きを隠せないな」
「アンセスさんはどう思いますか?」
「リンドヴルムかどうかは分からないが何か生物がいたというのは間違いないだろう」
アンセスさんが指をさして視線を向ける。天井まで伸びた大きな柱。所々に傷があって今にも崩れ落ちそう。
「自然崩壊したにしては不自然に削れている。私が想像するに自分が住みやすくする為に改築していた可能性がある」
「食べ物も何もないのに?」
「生物の中には魔力さえあれば生きられる者もいる」
「スライム?」
「そう。それでこの洞窟には異常なまでの魔力が充満している」
アンセスさんが小型の機器を取り出してそのメーターを見せて来る。確かに数値がほぼ最大値を差してる。
「この水だったり?」
「或いは鉱石か。本当に面白い所に来た」
いつになくはきはきしてる気がする。
「アンセスさん、楽しそうですね」
「恥ずかしいな。研究者として未知の遭遇は心躍るものだ」
アンセスさんが研究者として成功してる理由が何となくわかったかもしれない。
それでずっと砂浜の道を歩いたけど先がどこまでも続いてる。振り返ったら入口が見えないくらいには奥に来てるけど、瑠璃はどこにもいない。
「瑠璃~。リガーあげるから帰って来て~」
私の呼びかけにも戻って来ないくらい自分を見失ってるんだとしたら大変な状況かもしれない。万が一変な物でも食べたら……多分瑠璃なら大丈夫だろうけど。
それから長い間歩いてた。異変に気付いたのはアンセスさんで足が止まった。
私もそれに気づいて止まった。
目の前に白く輝く樹が生えてた。それもとてつもなく大きい。
まるで月の光のような輝きを見せて、何となく何かがあるような気がした。
アンセスさんの目を見たら同じみたいで頷く。先へ急いだ。
樹の近くに来ると瑠璃が地面に降りて樹を見上げてた。
「瑠璃!」
それでもピクリとも動かなくてまるで石像みたいに固まってる。
近くに行って瑠璃の顔を見たら、その瞳から涙が零れてた。
「瑠璃……?」
何も言わずにただ樹を見てる。どうしたらいいんだろう。
アンセスさんに助けを求めたくて振り返る。
アンセスさんは屈んで地面の砂を摘まんでた。
「木が育つには水以外に栄養も必要だ。だがこんな地に魔力以外の栄養はないだろう。つまり……」
アンセスさんがその先を濁した。つまりここに住んでたドラゴンさんが死んでその栄養を吸収して木が育った? だから瑠璃が泣いてる?
黙って瑠璃を抱きしめた。私にはこれくらいしかできないから。
「ぴぃぃぃぃ……」
瑠璃が泣いてる。親に会えない悲しみはきっと想像以上に深い。
そんな時、光る木が少し揺れて何かが砂浜に落ちた。真珠みたいな小さくて丸くて光ったもの。それを手に取ると何だか温かい気がした。
「もしかしたらリンドヴルムの生まれ変わりかもしれないね」
そうかもしれない。私はそれを瑠璃の手に持たせた。
「瑠璃。これは瑠璃の親の形見だから。大事にするんだよ」
「ぴぃ……」
心の整理がつかないかもしれない。だって瑠璃はまだ子供だろうし。
この痛みを少しでも柔らかくしてあげるのが、この子を拾った私の責任だと思う。




