184 女子高生も帰郷祭に参加する(3)
祭祀の人に案内されて屋敷の中に入ったけど、めちゃくちゃ豪華! まるで豪邸に来た気分。リリの家が洋風の豪邸なら、ミコッちゃんの家は和風の豪邸。床はつるつるだし、埃なんて探す方が難しいくらい綺麗だし、何もかもが新品同様。
庭の方に池があって、その上にスライムが浮かんでたのがちょっと癒し。
「瑠璃。絶対に物を壊さないでね」
「ぴ、ぴぃ」
こんな高価な家で傷でもいれたら損害がとんでもなさそう。瑠璃もさすがに委縮して私の肩に掴まってる。
「こちらがお部屋となります」
祭祀の人が戸を開けてくれて、大きなベッドがまず目に入った。次いで奥の窓の外に見える緑と黄金の自然。水が流れてるみたいで心地よい水の音が響いてる。
床もフローリングで木材の匂いがする。
「何かあればお申しつけください。それではごゆっくりどうぞ」
そう言って祭祀の人はどこかに行っちゃった。とりあえず荷物を置こう。
「わ。なにこれ」
洗面所の所に薄い水槽が壁にかけられてあって、中には水が入ってる。その水はすごく透き通ってて自分の顔がくっきりと映ってた。これが鏡代わりかぁ。
ベッドにダイブ! ふかふかだ!
「瑠璃―。これからどうするー?」
「ぴー」
家族の団欒を邪魔したくないし、屋敷の中をうろうろするのもなぁ。また村の方に行ってみようかな。
部屋を出て廊下に来たけど誰も人はいない。一言伝えたかったけど仕方ないかな。
「あっちから出られるかな?」
来た道と逆方向の先に白い鳥居があって外に繋がってるみたい。そっちに歩いて行こう。
白い鳥居を潜ったんだけど、なんか森の中に続いてるみたい。もしかして間違えた?
引き返そうと思ったけど、奥からザーって激しい水の音がする。気になる。気になったから奥に進んでみよう。それで見たらすぐに引き返そう。
石の階段があって、それを上ると目の前に大きな滝が水を打ち付けてた。でもよく見たら水は上流へと行ってる。つまり逆流してる滝。前に渓流で見たのと同じだ。
「あ」
滝の前に人がいる。黒くて長い髪を後ろで結んでる。透明な羽衣を羽織って、袴のような恰好をしてる。あと、浮いてる?
その人は私に気づいたみたいで振り返った。片目が隠れるくらい長い前髪と肩までありそうな長いもみあげが印象的。でもどこか神秘的な人だ。何よりケモミミ村なのに耳と尻尾が見当たらない。普通の人?
その人は私を見ると急にぱぁって笑顔になって走って来ては抱き付いて来た。
「ノラ子! ノラ子ぞ! やっと来てくれおったな!」
頬をすりすりされて状況が理解できないー。
ほっぺすりすりが解放されたのは少ししてから。その人もようやく落ち着いたみたい。
「ノラ子、妾に会いたくて来てくれたのだな?」
にこにこと話してくれるのは嬉しいんだけど全く身に覚えがないというか、普通に初対面だよね?
「えーっと。どちら様?」
そしたらその人は露骨にがっくりうなだれちゃった。
「無理もない、か。ノラ子が妾を覚えておるはずがない」
「私達、どこかで会ったことあります? 申し訳ないんですけど、私覚えてなくて」
「妾の声、覚えておらぬか?」
「声、ですか?」
小さい時に会ったとか? ていうかそもそもここは異世界だから幼少期なんてないし。まるで分からないんだけど。
「いいよー」
その人が高い声で言った。それを聞いてピンと来た!
「あ! いいよーの人!」
「大正解!」
私が中学の時ずっとお参りして最後に願いを叶えてくれた時に聞こえた声。あの人だ!
「ていうことは、あなたは神様?」
「こほん。改めまして。妾はオオクニヌシと呼ばれておるぞ」
「オオクニヌシ? オオクニヌシってあの大国主?」
「その大国主で間違いない」
我ながらの語彙力だけど、それで伝わったんだ。
「あれ? でもここは異世界ですし、あっちとは違う世界ですよね?」
「妾は神ぞ? そんな人間の常識は通用せぬ」
どうにも目の前にいるのは本当に神様みたい。私が異世界人なのも知ってるみたいだからこれは確信だね。
「どうしてこっちだと姿が見えるんですか?」
「信仰が一番影響しておる。この地は妾を信仰する者が多いゆえに実態を保てるのだ。日本では信仰も減って妾の力も弱まっていたが、雨の日も暴風の日も豪雪の日も毎日参拝しにくる変わった者がいてな。そいつの願いを叶えてやりたくなってな」
それは一体誰の事かな?
「本当はノラ子がこちらに来た時点ですぐにでも会いに行きたかったが、妾もこの地を離れることが出来なくてな。それで来てもらうしかできなかったのだ」
つまり今日私が来てなかったら一生会うことがなかったんだ。これは運命を感じる。
「そうだったんですね。それで大国主様は……」
「様なんて畏まるではない。妾と其方の仲ではないか」
神様だから敬うべきと思ったんだけど想像以上にフレンドリーだ。しかも一言言葉を交わしただけで仲良し判定という。
「大国主って呼び捨ても変じゃないですか?」
「ならば愛称で呼ぶがよい。好きに呼んでよいぞ?」
愛称かー。どんなのがいいだろう。そうだ。
「大国主の大からダイちゃんなんてどうですか?」
「気に入った!」
そしたらダイちゃんが盛大に笑った。
「そうだ。私の家族を紹介するよ。瑠璃だよ」
「ぴ~」
瑠璃が降りて来てダイちゃんの前で止まった。ダイちゃんは優しい手で瑠璃を撫でてた。
「知っておる。其方がどんな風にここで過ごし生きてきたか、全部見ていた」
見られてた。つまり私の失敗も全部筒抜け? それは恥ずかしい。
「向こうではもう力は使えぬが、最後に願いを叶えたのが其方でよかったと心から思っておる。其方は本当に良き心の持ち主だ」
神様から褒められるってなんか変な気分。でも悪い気は全然しない。
「もしかして転移のタイミングも全部図ってくれてました?」
「全部が全部ではないが大体はそうなる」
「えーじゃあ通学中や学校の休憩時間に転移したのもダイちゃんの計らい?」
「完璧だったろう?」
一切の悪意のない笑みを見せられると最早何も言えない。それに願いを叶えてくれたんだから、文句なんて何もない。
「ダイちゃん、ありがとう。私、ずっとお礼を言いたかった。憧れてた異世界に行けるようになって、今は毎日が本当に楽しい」
「そうか」
「うん。今日ここに来てよかった。もう運使い果たしたかも」
「神をも味方にする其方のは運ではなく運命力であろう。これからもそのままの其方であって欲しいと願うのはわがままか」
ダイちゃんが私の頭を撫でてくれる。お父さんともお母さんとも言えない、その温かさはどこか懐かしくて涙腺が緩みそう。
「今日は存分に楽しむといい。もうすぐ宴が始まるからな」
「はい。ダイちゃんも一緒ですよね?」
「無論。ノラ子が来ておるのにこんな所でおるわけなかろう」
「もしかして私が来なくても会いに来てくれました?」
「そうだ。壁をすり抜けて驚かせてやろうと思ったが」
それはそれで面白そうだから実践して欲しかった。




