181 女子高生も魔女を説得する
今日も異世界の街に来た。でもなんだか街がいつもより喧騒に包まれてる気がする。
状況が分からないから聞き耳を立てたけど、災害が来たとか央都も大変になるって言ってて原因が見えない。
そんな時、街の人の騒ぎが強くなって道を開けてた。その先を見たら三角帽子を被ったおばあさんがゆっくりと歩いてる。ノイエンさんだ。
「ノイエンさん!」
「ノラか」
「何かあったんですか?」
「ああ。どうも西都がありえないほどの大雪に見舞われてるそうだ」
つまりノイエンさん自ら調査に出かける所だったんだね。
「ユキガエルの仕業?」
異世界で雪が降るって言ったらそれくらいだろうし。
「どうも違うらしい。ユキガエルは体内の魔力を雪に変えて降らす。魔力がなくなれば雪は降らない。だが今の西都は一日中大雪らしい。こんなのは今までになかったのにねぇ」
一日中大雪……。うーん、なんかすごく既視感のある状況。
「ノイエンさん。私も付いて行っていいですか? もしかしたらあの子が関係してるかもしれません」
「心当たりありってわけかい。なら丁度いい。しっかり掴まってな」
ノイエンさんが指を鳴らして空から箒が降ってくると、私を抱えて箒に立った。と同時に箒が加速して飛んで行く。わー空の旅だー。なんてのんきな感想を言ってる余裕がないー。
ちょっとでもバランスを崩したら落ちちゃうー。ケルちゃんといい最近私の扱いが雑な気がするんだけど気のせい?
10分もしたら西都の森が見えて来たけど見事なまでに真っ白になってた。今も大粒の雪がしんしんと降り続けてる。
ノイエンさんが街に下降してくれてやっと地面に足が着きそう。でも雪が積もってるから今の靴だと濡れそう。そう思ってたらノイエンさんが魔法で雪を吹き飛ばしてくれた。
街に着いたら街中の人が雪かきで大変そうにしてる。木に積もった雪を払わないと下にいる人が危ないからね。特に神樹は太くて大きいから多くの人が登って雪を落としてる。
「これは思った以上に被害が出てるね」
ノイエンさんが呟く。枝が垂れて雪塊が落ちて来た。これは危ない。
「フェルラ賢星。お待ちしておりました」
街の奥から軍服を着た藍髪の人が歩いて来る。
「ケルちゃんだ~。久しぶり~」
「ノラ殿も来てたのか」
「うん。この原因って多分ロゼちゃんだよね?」
魔王のお城で眠って無意識に雪を降らせてたくらいだし、こんな芸当をできる人はそれくらいしか思いつかない。そしたらケルちゃんが大袈裟に溜息を吐いてた。
「全くあのバカは一体何をしているんだ」
「私の想像だとどこかで倒れてるかも」
前に会った時空腹で倒れてたから今回も似たような状況かもしれない。
「あたしにも分かるように話して欲しいねぇ」
「実は……」
ケルちゃんがロゼちゃんについて大まかにかいつまんで説明してた。ノイエンさんは顎に手を置いて考えてる。
「……それで我らが同胞が1人を目覚めさせたのです。あの様子ならもう害はないと思ったのです」
「なるほどねぇ。にしてもあたしとしては、あんたが人知れずに偉業を成してる方に驚きを隠せないよ」
ノイエンさんが私を見て来る。
「そうですか?」
「人に敵意のあった魔族を懐柔させるなんて余程覚悟がなければ不可能さ。あんた死にかけたんじゃないかい?」
「ケルちゃんとキューちゃんが助けてくれましたから」
実際死にかけたから否定はできない。
「魔族に助けられ、魔族を助ける人間、か。あんたには一度きちんと礼をしないといけないね」
「私がしたくてしただけですからいいですよ。それよりも今はロゼちゃんを探さないとダメだと思います」
「その点なら問題ない。既に目星はついてる」
ケルちゃんからのまさかの発言。流石は指揮官様は仕事が早い。
「魔族の魔力は独特だ。尚且つ、あいつの魔力量を考えればその糸を辿るだけでいい」
サラッと言ってるけどそんなの出来るってやっぱりケルちゃんすごい。
「ケルちゃんさんは本当に頼りになるね。前に魔女さんに説得に行った時も一杯助けてくれたし」
「ノラ殿、お世辞は結構だ。早く行くぞ」
お世辞じゃないんだけどなぁ。でも軍帽を深く被って目を逸らしてるし照れ隠しかも。
それから西都の森深くに足を運んでる。ノイエンさんとケルちゃんが炎の魔法を展開して雪を溶かしてくれてるおかげで足が止まることはない。木に燃え移ったら大変そうに思うけどそんな気配は全くない。魔法のスペシャリストすごい。
そうして辿り着いたのは西都にある遺跡、古都だ。石造りの建造物が並んでる。ここは他よりも積雪が多い。
「あの中に魔力を感じる」
ケルちゃんが指さした先の崩れた石の家に足を運ぶ。家の中で水色の髪のゴスロリ服で蝙蝠の羽がある子が倒れてる。案の定の展開で寧ろ焦りそう。
「ロゼちゃん、大丈夫?」
近付いて肩を揺すってみる。反応がない。
「おい、魔女。いい加減起きろ」
ケルちゃんから辛辣に頬をビンタされてる。そしたらパチッと目が開いてケルちゃんの腕を掴んだ。
「ワタクシの眠りを邪魔する愚か者は誰かしら?」
「よし、生きてる」
全然ヨシじゃないんだけど。ロゼちゃんがさっきよりも雪を強くさせてるし、殺気立ってるよ。
「ロゼちゃん、おはよう」
「のらぴ? なんであなたが?」
「心配だったから来たんだよ。ノイエンさんも」
そしたらロゼちゃんが驚いて飛び引いて壁際に張り付いた。
「人間!?」
今にも魔法を使いそうな勢いでノイエンさんも無言で構えてる。
慌てて間に入ったよ。
「大丈夫大丈夫。ノイエンさんは悪い人じゃないよ」
「人間じゃない!」
「人間は人間でも、なんといい人間なんです!」
「む、むぅ。でも釈然としないですわ」
そんな時、ロゼちゃんのお腹がぐーって鳴った。それで本人の顔が真っ赤になってる。
「ロゼちゃん、何も食べてないの?」
「だって食べる物がないんですもの!」
「うん? 西都には確か食べれる木の実があったような」
前にフブちゃんが西都が暮らしてた時に木の実を食べて飢えを凌いでたって言ってたし。
「の、のらぴが悪いんですのよ! あんな美味しいリガーをワタクシに食べさせたのですから責任取りなさい!」
あー。つまり西都の自生してる木の実が美味しくなくて餓えてた感じ? 確かにリガーを食べた後だときついかもしれない。
「ヴァルハート総司令官。確かにこいつは無害だね」
「でしょう?」
ノイエンさんが魔法の構えを解いて自然体になってた。
「は、はぁ? 人間の癖に何言ってますの。ワタクシを油断させてますのね!?」
「あんたの是非は知らないが、少なくともノラと親しくしてる奴に悪い奴はいないってのがあたしの認識でね」
「同感です」
私は神様か何か?
「ふ、ふーん。別にいいですけど。そんなことよりヴァル、何か食べ物持ってませんの?」
「持ってるわけないだろう」
「魔犬の癖に使えませんわね」
「ここで死ぬか?」
「お前が死ね」
魔族の皆さんは本当に口が悪い。あ、ノイエンさんもそうだった。
「やれやれ。これで我慢しな」
ノイエンさんが指を鳴らすとリガーが1つ降って来て、それをロゼちゃんに投げてた。ロゼちゃんは餌を与えられた犬みたいに目を輝かせて頬張ってる。口は悪いのに可愛く見えてきた不思議。
「美味しくないわ! あのリガーが欲しいですわ!」
「わがままお嬢様かい」
実際、鳥店長さんのリガーは美味しいから仕方ない。
「それよりも魔女。お前いつまでそうしてるつもりだ?」
「ふん、魔犬には関係ありませんわ」
またぴりぴりした空気になってる。現実問題としてロゼちゃんが倒れる度に大雪が発生するのは中々に人災だと思う。そうならない為には本人が素直になって欲しいけどそれは難しそう。
「ノイエンさん、ロゼちゃんにもできる仕事ってありません?」
「そりゃ山ほどあるよ。これだけの魔力を所持してるならいくらでも活躍できる場がある。南都の漁港で魚を冷凍する仕事でもすればそれこそ革命が起きるくらいにはね」
「それだ。ロゼちゃん、どう?」
央都だと魚が貴重品なのはこっちまで届ける技術がまだないから。冷凍する魔道具があるけどそれは高価だろうし、ロゼちゃんの魔法で凍らせたら全部解決するんだね。
でも本人は不服そうに腕を組んでそっぽを向いてる。
「嫌よ。誰が人間の為に働くものですか」
駄目だったー。
「魔女、いい加減にしろ。今回の一件では死者はでなかったものの、西都に大きな被害があったのだぞ。お前の勝手が多くの人を不幸にしているんだ。また、あの方を失望させるのか?」
「うるさいうるさい! ワタクシは絶対に人の為に動きません!」
ケルちゃんが深く溜息を吐いてる。これはどうしたらいいんだろう? ロゼちゃんの心境を考えたらあんまり無理も言えないし。するとノイエンさんが帽子を脱いでロゼちゃんに近付いた。
「だったらうちの孤児院に来ないかい?」
「は?」
「あんたの事情は知らないがどうも人とはあまり接したくないみたいだね。過去になんらかのしがらみがあったのだろう」
ロゼちゃんがその言葉に沈黙する。
「安心しな。あそこにはあんたを縛るような大人はいない。うるさいガキならいるがね。落ち着くまであそこで暮らしな」
「人のいる所に住めって? そんなの同意するわけないですわ」
「あんた、今度同じことになったら死ぬよ?」
ノイエンさんが厳しい口調で言った。それは餓死という意味じゃなくて、退治されるって意味だと思う。西都にこれだけの被害を出たなら、次の時は国が何らかの処置をしてもおかしくない。
「ロゼちゃん、見るだけでも行かない? 私、ロゼちゃんが死ぬなんて嫌だよ」
そもそもロゼちゃんが死ぬなら一緒に死ぬって約束しちゃってるし。
「一度だけ。一度だけですわ」
ぽつりと呟いてくれた。それを聞き逃した人はこの場にいない。
「決まりだね。早速行こうじゃないかい」
「ならば私は西都の方の事後処理をしましょう」
「ああ、頼む」
それでケルちゃんと別れて私はノイエンさんに連れられて、ロゼちゃんは空を飛んで央都の孤児院まで来た。空を飛んでるせいで本当に往復が一瞬でこの前徒歩で古都まで来たのを思い出して泣きそう。
孤児院の前の広場ではいつもみたいに子供達が遊んでた。遊んでる? なんか訓練してる? 何か木刀みたいのを素振りしてる子が多い。もしかしてこの前にケルちゃんに言われて治安維持を目指す子が出て来たのかな。それとも騎士学校に行くため? どちらにしてもこれは嬉しい変化。
そんな私の感動を他所にロゼちゃんが外の柵に張り付いたまま動かない。
「ロゼちゃん?」
「やっぱり私帰りますわ」
「どこに?」
「うぐ」
怯んだ隙を見て腕を引っ張って広場に連れて来た。それで子供達がこっちに気づいてノイエンさんを見てびっくりしてる。
「のいばぁ!?」
「ふん。自主練なんて感心するじゃないか」
「してねーし! ちょっとそういう気分だっただけだし!」
「なー!」
親の前で頑張ってる所を見られたくない奴だね。それで奥で素振りしてる子は気付いてないみたいで無心に続けてた。それでノイエンさんが横を通り過ぎた時に気づいて驚いて木刀が手が抜けた。その木刀はロゼちゃんの方に飛んでる!
危ないって叫びそうになったけど、ロゼちゃんはそんな木刀を素手で掴んだ。え、すご。
それで子供の方に近付いていった。
「ご、ごめんなさっ!」
「いいのよ。誰だって失敗はしますから。はい」
ロゼちゃんが普通に木刀を返してる。あれ、思ったより素直なような?
「おっと。もうこんな時間かい。悪いノラ、ここは任せていいかい?」
「いいですよ」
「助かる。あんたもここに居たいなら好きにするといい。じゃあね」
ノイエンさんが箒を呼んで颯爽と消えた。ロゼちゃんはノイエンさんを一瞥もせずに孤児院の中に入って行く。私も中に入った。
教室の中には勉強してる子も多かった。他にも魔法の練習してる子もいる。ケルちゃんの言葉で皆の中にあった何かが動かされたんだね。
ロゼちゃんが教室に入ると子供達は驚いてたけど、本人は気にしてなさそう。
それで勉強してる子の前で足を止めた。
「あなた、ここの術式間違ってますわ。ここはこうしなさい」
そう指摘してる。他にも魔法の練習してる子にはアドバイスを送ってる。何だか意外。あんなに人を嫌ってたのに心境が変わったのかな。
「のらぴ?」
「もしかして子供は平気だったりする?」
「……子供は私に石を投げなかったから。あの村で唯一私を理解してくれた。だから別に嫌いじゃないわ」
そっか。だからこうして優しく接することができるんだね。これはもう決まりだね。
「ロゼちゃん、ここで暮らしてみない? ノイエンさんは見ての通り多忙だからロゼちゃんがいてくれたらきっと喜んでくれるよ」
「あの老婆なんてどうでもいいですわ。でも……」
「でも?」
「あなたに会えなくなるのは少し寂しい」
その言葉を聞いて思わず抱きしめちゃった。
「のらぴ!?」
「会いに来るよ。忘れないから」
「約束しなさい。反故にしたら氷漬けにしますから」
「もちろん!」




