176 女子高生も収穫祭に参加する
今日も異世界に行こう、なんだけどその前に財布の中身をチェックしておこう。欲しい物があるのに買えないってなったら悲しいからね。それで異世界用の財布を出して中身を見る。中には金貨1枚。うん、何かの見間違いかな。一度閉めてからもう1度見てみる。
やっぱり金貨1枚。底の方で詰まってるのかな。財布をひっくり返してみた。そしたらベッドの上に金貨1枚と銅貨1枚が落ちてきた。わーい、やっぱり詰まってたー。
「じゃないよ! お金がない!」
そんなにお金使ってたかなー、と思い返すと心当たりしかない。これは困った。
「よし決めた。今日は異世界でアルバイトしてお金を稼ごう」
手ぶらでも異世界は楽しめるけど何をするにしても結局お金が必要なんだよね。それに向こうの皆は優しいから私が無一文って知ったら色々と気を使ってくれそうだし、さすがにそれに甘えるわけにはいかない。
とりあえず動きやすい格好に着替えて今日1日バイトだー。
「ぴー!」
「瑠璃―。今日はお仕事だから来ても退屈だよー?」
「ぴー」
何か訴えるような目で私を見てくる。最近構う時間が少ないからジェラシー的な?
それはそれでかわいいね~。
「分かった。でも変な事したらダメだよ?」
「ぴ!」
久しぶりに瑠璃を連れて異世界へゴー。
早速街にやってきた。まずはバイト探しからだけど、どうしようかな。ノイエンさんの所に行けばどこか斡旋してくれそうだけど。
「んー。んん?」
悩んでたら街の門の近くに見覚えのある顔を発見。ピンク髪の大人な雰囲気のお姉さんはミツェさん?
「ミツェさんだ。こんにちは~」
私に気づいたみたいで手を振ってくれた。今日は珍しく髪を括ってて可愛い。それに服装もかなりラフな感じがする。
「お出かけですか?」
「故郷で~お祭りなのよ~」
ミツェさんの故郷って確か西都だったよね。つまり西都でお祭りかー。これは絶対行きたい奴。でもお金がないんだよね。
「それはとても楽しそう~だけどごめんね~私の貯金は~金貨1枚だけなんだよ~」
「それなら~一緒に来ませんか~収穫祭は~お金を稼げるお祭りなのよ~」
「本当!?」
思わず食い入って聞き返しちゃう。まさに渡りに舟!
「はい。この時期になると西都では果実が実る時期なんです。街の人達だけではとても取り切れる量ではなく、放っておいても実が落ちて腐るだけなので外の人を呼んでお祭りにしたんです」
ほほう、それは興味深いね。実際西都って森の中だしあれだけ広かったら実ができる木も沢山あっても不思議じゃない。
「決められた区画の果実は自由に取っていいんです。当日では多くの人が来ますから果実を買い取りに来る業者さんも多くてお金にもなるんですよ」
「ミツェさん! 私も行く!」
「ぴ!」
こんなグッドタイミングでしかもお祭りに参加できるなんてラッキーだね。瑠璃も来て正解だったね。自由に取っていいなら食べてもいいだろうし。
※西都※
ミツェさんと一緒に西都に来たら既に多くの人が集まってた。静かな森の街に賑やかな声があちこちでする。大きな荷馬車を止めた人がコンテナに沢山果実が入ったのを乗せてた。
来てる人の殆どが籠を持って楽しそうにしてる。
「これが収穫祭か~」
「ノラさんもこれを」
ミツェさんが籠を持って来てくれたから有難く受け取った。これで準備万端。
「これってどこの実を取っていいのかな?」
「基本的には森の奥の木です。周辺地域は人の手で栽培してる木が多く、警備の人がいるので分かると思います」
見たら確かに警備の人がいる。ていうかどう見ても治安維持の人達。ということはケルちゃんも来てるのかな。
とりあえず最初はミツェさんに付いて勝手を覚えておこう。そしたら西都の街を西に進んで森深くに進むとその先はなんともカラフルな景色が映ってる!
「わぁ! まるで虹みたい!」
彩り豊かな実があちこちで実ってて大勢の人が木に登ったりして実を収穫してる。
「この先から全部がそうよ~」
ミツェさんが指を差した。それってマジなの? 遠目で見てもめちゃくちゃ大きな木がいくつもあるし、人も大分深い方までいるし。これは確かに西都の人だけでは取り切れない量かもしれない。近くにある木だけでもかなりの量取れそうだし。
「おー。ノラ君も来てたんだね」
「ノリャお姉ちゃんだ!」
「フブちゃんにセリーちゃん! 2人も来てたんだね」
「私は来る気なかったんだけどシロにパンの材料って言われて無理矢理ねー」
「私もたいしょーに頼まれて来たんだよ!」
無料で木の実が取れるからお店を経営してる人からすれば材料費の削減にもなるから狙い目なんだね。
「ノラ君、この実美味しいから食べてみてよ」
フブちゃんが籠に入ってた青い実を投げてくれた。キャッチ!
大きさは掌に収まるくらいで小ぶり。一口食べてみる。そしたら口の中にじわーって酸味が。
「すっぱい! なにこれ!」
「いやー。ノラ君はいい反応するねー。ご馳走様」
嵌められた奴。もー、今度仕返しするから覚悟してよね。
「自生した実だから~味はそこそこ~」
ミツェさんに言われて納得。店で売ってるような果物も人の手で改良してあるから美味しくて、手入れもしてない実はこんな感じなんだろうね。それでも瑠璃は気にせず早速実を頬張って食べてたけど。
「じゃあ私も取ってくるね~」
「行ってらっしゃい~」
手を振って別れて近くの木に寄っていく。分かってたけどかなり高い……。
西都の木ってどれも高層マンションか何かと思うくらい上に伸びてるんだよね。そのせいで枝もかなり上の方で手の届かないようなところに実が付いてる。
周りを見たら慣れた手つきで木に登って取ってる人、大きな脚立に登って取ってる人、長い剪定鋏みたいので実を取ってる人、他にも魔法を使って枝を揺らして落としてる人もいる。どれも私にできそうにない。
「ぴ~」
困ってたら瑠璃が飛んで行ってくれて上で実を落としてくれた。籠に入れてキャッチ!
さすがは我が相棒、気が利くね。それで瑠璃が実を一杯落としてくれたからすぐに籠が一杯になった。
「瑠璃~もういいよ~」
「ぴー」
籠が一杯になったからこれを換金してくれるんだよね。多分あそこで馬車を止めてる人。他の人も籠の中身を渡してるからきっとそう。
「あの~、これ引き取ってもらえますか?」
「換金だな。もちろんだ」
籠を渡したらコンテナの中にどばどば入れて、それで色ごとに分けてた。やっぱり品種が違うんだね。
「よしこれが代金だ」
そう言って銀貨3枚もらった。つまり300オンス。籠一杯だったけど思ったより少ない、と思ったけど自生してる実だからこんなものなのかな。大きさもそこまでだし、味も酸っぱいし、用途にしてもジャムくらいじゃない? よく分からないけど。
1つ辺り大体10オンスくらいって考えたら数を回さないとお金を稼げないね。
「よし、瑠璃。がんばるよ!」
「ぴ!」
瑠璃が頑張ってくれるおかげで籠が一杯になるのはすぐ。ただ運んで行って往復するのがちょっと大変。
金貨10枚分くらい集まった頃にはさすがに疲れて来た。瑠璃も実を落とし続けで籠の中に入って休んでる。
「もう少し奥の方に行ってみようかな」
品種によって値が違うなら単価がいいのがあるかもしれない。
森の奥に歩いてたらまたまた顔馴染み発見。白い髪の猫耳さんと青髪の騎士さん。
「レティちゃんにムツキだー」
「ノラ様! 来てたのですね!」
レティちゃんとムツキが手を振ってくれたから近くに行く。2人は籠一杯になるまで取ってあった。ムツキに至っては籠が5つも持って全部一杯。
「2人もお金稼ぎ?」
「ううん。私は自分で食べる用だよ。これを売ってもそんなにお金にならないから」
ムツキが大食いだというのをすっかり忘れてたよ。
「私も食用と、調合の素材としてですね。変わった種類の実が多いので結構役立つんです」
確かにレティちゃんの籠には同じ実が全然入ってない。
「そうだったんだね。私は金欠で一攫千金狙いで来たんだよ。もう心が折れそうだけど」
今日の収穫の金貨10枚を見せたら2人が苦笑いしてた。やっぱりわりに合わないんだろうなぁ。
「それなら天然樹を探してみてはどうでしょうか?」
「天然樹?」
この辺にある木も全部天然な気がするけど。
「はい。本当に良質な実を作る木というのは人知れず、いいえ魔物知れずにひっそりと育っているものなんですよ」
「ほほう」
「それ私も隊長から聞いたことある。人や魔物がよく通る所の実は食べられやすいから実も美味しいのを作らない。でも誰も行かないような所で出来る実は来た人に必ず食べてもらうように美味しい実ができるって」
「へ~、そんな木があるんだね」
確かにこの辺は収穫祭というイベントのおかげで人が集まるから木も酸っぱい実を量産してるんだね。
「人知れずに成ってるものですから当然単価もかなり高いはずです」
まさに一攫千金の夢ってわけだね。これはやる気があがってきた。瑠璃も美味しい実と聞いては黙ってられなくなって籠から飛び出して来た。
「ありがとう。私、その天然樹を探してみるよ!」
手を振って別れて更に森の奥へと進んだ。聞いた限りだと誰も人が行かない所にあるそう。つまりこの辺には人が来てるからまだまだダメかもしれない。もっと進んでみよう。
※古都※
気付いたら遺跡みたいな所にやってきた。前にミコッちゃんとフランちゃんと来た古都だ。石の建造物が並んでてどれも崩れてる。砕けた石のタイルの道を歩いて行く。この辺もしっかりと木の実が自生してる。本当にどこに成るんだね。人の気配は減って来たけどそれでも0じゃない。多分私と同じ考えの人が奥に来てるのかな。
「ほう。お前さんはノノムラ・ノラか」
声がして振り返ったら石の柱の上に座って優雅に木の実を食べてる垂れた角が生えて黒髪の黒ワンピの子を見つける。
「キューちゃんもいたんだねー」
「無論。こんな食べ放題な祭事、我の為にあるものじゃ」
生誕祭でも似たようなこと言ってた気がするけど気にしないでおこう。
キューちゃんが柱から飛び降りて隣に立って来た。
「あれからあやつはどうじゃった?」
「ロゼちゃんのこと?」
「うむ」
「多分大丈夫だよ。自分で生きるってどこかに行っちゃったけど」
「そうか。あやつも口ではああ言っておるが素直になれぬ所があるのじゃ。人に危害は加えぬじゃろう」
「へ~。それは身に覚えがあるね」
「何故我の方を見るのじゃ!?」
キューちゃんも最初は素直じゃなかったよねって言うのはよそう。
「そうだ。キューちゃんはこの辺で天然樹を見かけなかった? なんか美味しい実が成るんだって」
「そんなうまい実があるなら既に食っておるわ。既にこの辺の実も網羅するじゃろう」
そう言って実を落としてまた食べてる。底なしの胃袋過ぎない?
「そっかー。キューちゃんでも見つけられないならこれは難しいかも」
「もしも見つけられたら我にも恵んでもらおうかのう。かっかっか!」
そう言って森の奥に行っちゃった。これは潮時かもしれない。かなり深くまで来たしそろそろ戻らないと収穫祭も終わっちゃうだろうしね。
「帰ろっか」
「ぴぃ」
瑠璃がしょんぼりしてるけど、こればっかりは仕方ない。誰も行ったことがない場所ってそもそも人が行けない所だろうし。人が行けない場所ってどんな所だろう。断崖絶壁? 頑張ったら行けそう。雑草が伸び放題の獣道? それは魔物が通るからダメかな。
西都の方まで戻って来ると近くの木は殆ど取り尽くしたみたいで綺麗に緑だけが残ってる。
籠に入った実を買い取ってもらって疲れもあるし今日はこれくらいにしよう。金貨10枚と銀貨3枚。そんなに悪くない成果だし、地道に稼いでいこう。
西都を出る神樹のトンネルに入ろうとしたら瑠璃が何か上をジッとみてる。それで急に飛んで行った。
「瑠璃―?」
ばさばさって上の方まで飛んで行って、姿が見えなくなった。少ししたら戻って来て手には雫みたいな半透明の実を沢山抱えてた。
「え……これどこで見つけたの?」
明らかに今までのとは違った色をしてる。きらきら光ってるように見えるし、水のように澄んでるように見える。
「ぴ!」
瑠璃が上を指さした。まさか神樹様の木に実ってた? でもこれって西都を繋ぐトンネルみたいだし、そもそも実ができる木じゃないんじゃないの? 実際下から見ても実があるようには見えない。けど、この木の大きさはそれこそスカイタワーと同じくらいだろうし、天辺の方にあってもおかしくはないのかな。
「とりあえず買い取りに出してみよう」
丁度近くに買い取りの人がいたから持って行ったら、その人は腰を抜かすくらい驚いてた。
「お、おい嬢ちゃん! これどこで見つけた!?」
「えーと。この子が見つけてくれて」
「そ、そうなのか。こりゃ驚いたよ。まさかセイレンの実がまだ残ってたとは」
「セイレンの実、ですか?」
「ああ。この実が成る木がちょっと特殊でな。セイレンの実を鳥の魔物が食し、種が樹皮の中に落ちた時、極稀に芽が出る珍しいものだ」
木の上に果樹ができるってこと? それは確かに不思議だ。
「ただ特殊な木だからな。年々セイレンの木は減ってると聞いた。人工栽培するにも些細なストレスですぐに枯れてしまうから育てるのは不可能とされていた。今では幻と言われてたがまだ残っていたとはな」
つまり神樹の天辺の方にセイレンの果樹が出来てたってこと? 確かに地上から離れてるからストレスもなく風通しもよさそうだし偶然育ったのかな。
「これって買い取ってもらえますか?」
「むしろこっちからお願いしたいくらいだよ。セイレンの実が5つある。1つ当たり金貨100枚でどうだ?」
金貨100枚! 破格すぎる数字に驚いちゃう。でもそれだけ珍しい実なんだろうね。
「ぜひお願いします」
「取り引き成立だな。ありがとう! 感謝しかないよ」
「こちらこそありがとうございます。やったね、瑠璃! 瑠璃のお手柄だよ!」
「ぴっ、ぴ!」
ちょっと食べたい気持ちもあったけど、ここはぐっと我慢。そしたら瑠璃がそそくさと雫色の実を取り出してきた。まさかこやつ隠し持っていたな? 食いしん坊だね、本当。
「瑠璃~、1口頂戴~」
って優しく言ったのに丸ごと1口で食べちゃったよ。あー、幻の果実がー。
でも瑠璃が急に止まって段々と目から涙が溢れてもだえ苦しんでた。うん、これはめちゃくちゃ不味かった奴。食べた人が少なすぎるから幻の実は美味しい物って勘違いされたのかー。食べなくてよかったー。




