174 女子高生も魔女を案内する
雪山での騒動が終わって央都の街道にまで戻ってきた。隣には水色髪が地面に付きそうなくらい長いゴスロリ服を着たロゼちゃんが立ってる。
ここまで送ってくれたケルちゃんは仕事があるからって北都へ帰った。
キューちゃんも久しぶりの戦いで腹がへったのじゃって言って先に街へ帰った。
「薄情な奴らですわ。勝手に起こして派手に争っておきながら後は放置するだけなんて少し無責任すぎではありません?」
ロゼちゃんが溜息を吐いてる。その気持ちは分からなくもないけど、多分2人はもう大丈夫だと思っていつもの日常に戻ったんだと思う。
「あなたも消えたらどうです?」
「あれだけ言ったのにそんな勝手できないよ」
そしたらまた溜息を吐かれた。
「どうでもいいですけど。で、ワタクシをこれからどこへ連れていくつもり?」
「央都だよ。人が沢山住んでる街」
目の前に外壁が見えるし大体察してくれてると思うけど。またまた溜息吐かれた。あれ?
「あのね。ワタクシは人間が嫌いだって何度言えば分かってくださるの?」
「聞いたけど街の皆は優しくていい人ばかりだよ」
「あなたは本当に何も分かってませんわ。あなただって魔族が住んでる街に連れられたら入りたくないでしょう?」
「そんな街があるの!? ロゼちゃん案内してよ!」
「たとえよ! たとえ! そんな食いつきます、普通?」
例えかー。あるなら是非とも行きたかったなぁ。
「はぁ、ワタクシの感覚がおかしくなったのかしら。訳が分からなくなってきましたわ」
「まぁまぁ。本当に何も起こらないから安心していいよ。キューちゃんだって普通にここで住んでるし」
「ヘイムが? はー、あいつは本当に落ちましたのね。それでもワタクシは行きませんわ。人間臭い場所になんて行くものですか!」
草原の上に座り込んでプイッてされちゃった。
「本当に何もないからー。信じてー」
ロゼちゃんの手を引っ張ったけど銅像みたいに身動きしない。
「行きませんー。行きませんわー」
駄々をこねてる姿が見た目もあって子供にしか見えない。魔族の人って時々精神が幼くなる時あるよね。
「1回だけでいいからー。お願いー」
ずるずると街道の所まで引っ張って来れたけど返事がない。それで街の門まで来れたけど警備の人にすごく不審な目で見られた。傍から見たら私が女の子を引きずってる図にしか見えないからだと思う。
「何を見ていますの? 殺しますわよ?」
ロゼちゃんがドスの聞いた声で警備の人にガンを飛ばしたから慌てて口を塞いだよ。
「ちょっと反抗期なお年頃なんですー。ごめんなさい」
そしたら納得してくれたみたいで笑い返してくれた。ほっ。
それでロゼちゃんも観念したみたいで自分の足で歩いてくれるようになった。
それで央都の街を興味深そうに眺めてる。人が多いしはぐれないように手をつないだ方がいいかな。そうっと手を握ってみる。
「なっ! 勝手に触らないで頂戴!」
すごい勢いで払われちゃった。まだスキンシップには早いかー。
「はぐれたら大変だと思って。ごめんね」
とりあえず頭を下げておこう。
「はぁ。服の上からなら構いませんわ」
らしいから服の上から腕を組んでみる。何かこっちの方が恥ずかしい気もするけど本人は気にしてなさそう。
それで歩いてたらリガーを売ってる鳥の店長さんの所までやってきた。
「店長さん、こんにちは~」
「おう、嬢ちゃんじゃねーか。今日もとれたてだぜ。見て行ってくれよな」
それでロゼちゃんが私の腕をほどいてリガーをまじまじと眺めてる。すごく顔を近づけてるし。
「もしかしてリガー見るの初めて?」
「は? リガー? これが?」
ロゼちゃんが指さして言ってきた。
「リガーってもっと小さいでしょ。こんなに大きくありませんわ」
「はっはっは! 内が仕入れてるリガーはどこも特別栽培をしてるから栄養豊富なんだぜ。手入れをしっかりしてるから野生のリガーと違って大きいのさ」
店長さんがこことばかりにドヤ顔してる。確かに肥料をあげてなかったり、蕾を落としてない木って本当に小さい実しかできないからね。ロゼちゃんは野生のしか知らなかったのかな。
ロゼちゃんは何も言わずに黙ってリガーを見つめてる。
「あの。リガー2つください」
「毎度!」
お金を払ったから木箱に山積みになってるリガーを取って渡してあげた。
「別に食べたいなんて言ってませんけど?」
「私があげたいって思っただけだから気にしなくていいよ。ここのリガー本当に美味しいよ?」
それでロゼちゃんがリガーをそのままかぶりついた。あーそれをしたら!
案の定、リガーの汁が飛び散って顔中が汚れてる。
「甘い……。こんなリガーを食べたのは初めて」
本人は気にしてなさそうに感想を言ってる。
「食用に美味しく改良されてるからな。リガーなら今後とも内で買ってくれよな」
店長さんがタオルを貸してくれたからロゼちゃんの顔を拭いてあげよう。全く身動きせずにリガーを淡々と食べてる。美味しかったのかな?
店長さんのお店を後にして街をぶらぶら。人がすれ違う度に時々ロゼちゃんを見て振り返ってる人がいる。背中に生えてる蝙蝠の羽が珍しいからだろうね。何かを咎めたり言ってくる人はいない。
「本当に誰も私を覚えてないの?」
キューちゃんやケルちゃんが人の社会に溶け込んでいるくらいだから、この時代で気にしてる人は殆どいないと思う。
ロゼちゃんは石橋の手すりにもたれかかって空を見上げてる。
「本当に時代が変わったのね」
千年も眠ってたのだから自分が知ってる社会と何もかも違って当然だと思う。
現実で考えたら平安時代の人が現代に来たようなものだし。
「少しは人を信じられそう?」
「ワタクシが人間を信じるわけないじゃない。とはいえ無害そうなのは認めてあげます。殺すのは保留にしてあげますわ」
それを聞けただけでもよかった。
「ロゼちゃんはこれからどうするの?」
「どうって?」
「言ってなかったんだけど、私この世界の人間じゃないの。転移みたいな力で時々こっちに来ちゃってね。だから悪いんだけどずっとロゼちゃんの傍に居られないの」
私の秘密は正直に話しておこう。そうでないとまた勝手にいなくなって疑心暗鬼になるかもしれないし。でもそれを聞いたロゼちゃんは特に驚いてなかった。
「通りで。あなたは他の人間と纏ってる空気が違うなって思いましたの。それを聞いて納得しましたわ」
やば、涙が……。
「は? 何泣いてんのよ?」
「だってこのこと話してもこっちだとすぐ信じてくれる人いなかったから、すごく嬉しくて感動しちゃった」
「こんなので泣くなんて意味が分かりません。痛がり屋の人間の癖に氷漬けにしようとした時は泣かないし」
ちょっと不機嫌になってる。自分の魔法には自信があったんだろうね。
「別にあなたがどこに行こうがどうでもいいですわ。何かもう色々どうでもよくなってきてますから」
「そうもいかないよ。この世界で生きるってなったらお金が必要なんだよ。さっきのリガーを食べるのにもお金が必要なんだよ」
「ああ。なんか金貨渡してましたわね」
「そうそう。だからロゼちゃんも生活する為にはお金が必要になるだろうし。そうだ、ケルちゃんに頼んだら治安維持に入れてくれるんじゃない?」
魔族仲間だし即戦力の実力者だし適正が高いのは間違いない。
「ぜったい嫌! ヴァルに頭を下げるなんて死んでもごめんだわ! そんなことしたら死ぬまで一生笑い者にされるもの!」
これは雪山で戦ったのを根に持ってる奴。元々そういう仲だったのかもしれないけど。
そうなると困ったなぁ。
「キューちゃんみたいにどこかの家に住まわせてもらう?」
「それはもっとごめんだわ! 誰が人間の元で生活するものですか! ていうかあいつそこまで堕落しきってるの!?」
もっと言うなら美味しいご飯を日夜追い求めてるんだけど、それは黙っておこう。
「じゃあ私の家に来る?」
「だから人間の家に行かないって言ってるでしょ!」
そう言ったらロゼちゃんが蝙蝠の羽を羽ばたかせて空へと飛んだ。
「どこ行くの?」
「ワタクシの生き方をあなたに指図される理由がありません。ワタクシは自分の力で生きます」
私の返事を待たずにどこかに飛んで行っちゃった。正直不安しかないけど、私から色々言うより考える時間も必要なのかな。とりあえず今はこれでいい、のかな?




