173 女子高生も氷都へ行く(2)
お城に中に入るとそこは神殿みたいだった。太い柱が何本も並んでて、どこまでも上へと続いてた。ここからだと天井がどこか分からないくらい高い。魔王のお城だから?
でも恐ろしさや怖さみたいな感じはなくて、どちらかというと居住区っぽくも見える。
上の階に部屋が沢山あるから高級ホテルみたいな。
階段が近くにあったからそこから上って行けそう。そっちに歩いて行ったら後ろからケルちゃんに肩を掴まれた。
「ノラ殿。そっちは違う。こっちだ」
指さされた先にはキューちゃんが向かっていて、それで床に手を置いたらこの辺一面が六芒星に光った。そしたら床に大穴が開いて地下へ続く階段ができた。隠し扉!
地下の階段には赤い絨毯が敷かれていて、壁には青い炎が勝手について明かりになる。
これはいかにもっぽい。
階段を降りた先には赤い鉄の扉があってケルちゃんが奥へ押してあけた。中は暗かったけど今度は赤い炎が灯って一帯を照らしてくれた。
漫画とかで見る謁見の間みたいで奥に玉座だと思う大きな椅子が1つぽつりと置かれてる。
その玉座に女の子が座ってた。それも氷漬けになって。
水色の髪は足元までありそう。紺と黒のゴスロリ服を身に纏ってる。一番気になったのは背中から蝙蝠みたいな羽が見えたこと。吸血鬼?
「こいつが我らが同胞の魔女だ」
眠ってるとは聞いたけど、物理的に眠ってるとは思ってもなかった。
ケルちゃんがコツコツと靴を鳴らして近づいて行く。
「この氷を解かせばこいつは目覚めるだろう。ノラ殿、覚悟はいいか?」
ここまで来て今更引き返せないよね。黙って頷く。
そしたらケルちゃんが目の前に巨大な火の玉を作り出して問答無用でぶつけてる。同胞とは一体。キューちゃんは腕を組んで黙って見てるだけだし。
灰色の煙が上がって火の粉がそこら中に飛び散ってる。煙が晴れてくると氷は解けてた。それに玉座に座ってた女の子もいなくなってる。
「ふわ。ワタクシを起こす無礼者は誰ですこと?」
その声は柱の上から聞こえてこっちを見下ろしてた。
「久しぶりだな、魔女」
「ごきげんよう、じゃのう」
「あらあら。その声は魔犬と死神かしら? 随分と久しぶりね」
旧友の再会みたいで喜んでる。思ったより話が通じそう?
「ヴァル、ワタクシが眠って何年になります?」
「千年は過ぎてるだろう」
「あら、通りで体が重いわけね。それでワタクシを起こしたということは、やはり人間共が悪さしてるのね?」
「いいや違うぞ。今日は久しぶりにお前と話がしたくてな」
「へぇ? それは素敵な提案ですわ」
魔女さんが周囲を見渡して私と目が合った。ここは友人らしく笑顔を送ってお辞儀するのが礼儀かな。挨拶しようとしたら姿がない。そしたら目の前まで迫ってて見えない壁に阻まれたおかげで止まってくれた。隣にキューちゃんが立ってくれてる。
「ヘイム、何をなさってるの? この神聖な地に人間が土足で侵入するなどあってはならぬことでしょう?」
魔女さんは目を赤く染めて今にも壁を破壊する勢い。これ本当にやばくない?
「時代が変わったんじゃよ。あれから時が過ぎ、愚かな人間も減ったのじゃ」
「今日はお前を説得しに来た。魔王様の言葉は覚えているだろう?」
「あなた達何を言ってますの? 目の前に人間がいるのにどうして普通でいられるの?」
魔女さんは一度離れて2人を交互に見つめてる。
「お前さんを説得する為に人間から代表を連れて来たのじゃ。お前さんが憎んでいた人間とはまるで違うと思わせる為にじゃ」
「この者はかつての人間のように我らを裏切ったり騙したりはしない。信頼に値する者だと宣言しよう」
2人からそう言われるとちょっと照れる。けどそんな場合じゃない。
魔女さんは少し黙ってたけど、次第に天を仰いで笑い出した。
「ああ、なんてことかしら! 私が眠ってる間にかつての旧友の頭がおかしくなっちゃったわ。きっと、また悪い人間に騙されてるのね。安心して、ヘイム、ヴァル。あなた達の目を私が覚ましてあげるわ。千年の眠りから覚ましてくれたお礼よ。悪い虫はワタクシが駆除します」
駄目だ、まるで話を聞いてくれない。この様子だと今私が何か言っても火に油を注ぐだけだと思うから何も言えない。
「話を聞け! 争いはもう終わったんだよ! 今はもう魔族を憎む人間などどこにもいない!」
「人間なんて狡猾で嘘つきな連中じゃない! そんな保証どこにあるっていうの!」
「馬鹿とは思っていたがここまで馬鹿とは思わなかったよ。魔女、一応言うが私は彼女の味方だ。お前が害を成すというなら、本気でお前を殺す」
ケルちゃんが構える。離れても分かるくらい殺気を放ってる。それには魔女さんが一瞬怯んでた。
「はぁ。いいわ、やってみなさいよ。ワタクシ、前からあなたが大嫌いだったんですの。お情けで魔王様から幹部にしてもらっていい気になって、本当癪に障りますわ」
「私もお前が嫌いだったよ。昔から人の話を全く聞かずに思い込みと持論で勝手な行動ばかり起こしてな。この際どちらが上かはっきりさせようじゃないか」
「上等ですわ! 失せなさい!」
そしたら両者が派手に魔法を撃ち合い始めて壁や周りがばこばこ破壊されていってる。こっちにまで魔法が飛んで来てキューちゃんが防いでくれた。わー、混沌としてきた。
「やはりこうなるかのう。仕方あるまい。ノノムラ・ノラよ、一度我らは避難するぞ」
「う、うん」
2人を放って上の階へと戻って来た。地下の方では相変わらず地響きに似た戦闘が続いてる。大丈夫かなぁ、って呑気に考えてたら地面を突き破って魔女さんとケルちゃんが出て来た。
魔女さんは天高くまで飛んで行って魔法を無尽蔵に打ち込んでくる。ケルちゃんは身軽に攻撃を避けてジャンプして上の階に上がって距離を詰めてた。次元が違い過ぎてもう何が起こってるかさえ分からない。1つ分かるのはお城がどんどん崩れてることくらい。
「キューちゃん、お城壊れてるけど大丈夫?」
せっかく皆の故郷でもあるのだからなるべく被害は抑えたいだろうけど。
「構わぬよ。寧ろ壊れた方がいいのかもしれぬ。古きに囚われ脱却する時が来たのじゃろう」
遠い目をしてるせいで半分諦めにも感じるのは気のせい?
※1時間経過※
魔女さんとケルちゃんが戦い始めて1時間は過ぎたと思う。既に周りは瓦礫の山状態で元のお城の原型が殆ど残ってない。あんなに派手な魔法をドンパチしてたら当然だと思う。
「ヴァル、しぶといわよ。諦めも肝心よ?」
「生憎、こう見えて執念深くてね。一度決めたら最後までやり遂げる覚悟がある」
「犬らしくて素敵ね! だったらこちらにも考えがあるわ!」
急に魔女さんが空から急降下してこっちに向かって来る。標的にされたー、お助けー。
「彼女に手出しは無用じゃ」
キューちゃんの魔法でバリアを張ってくれて魔女さんは接近できなくなった。また守られちゃった。
「どいつもこいつも何なのよ! ワタクシの邪魔ばかりして! なんで誰も私の気持ちを分かってくれないのよ! 魔王様もどうしてこんな人間なんかに期待をしたのよ。ワタクシは認めない。絶対に認めないんだからっ!」
魔女さんが必死に叫んでる姿を見て、これと似た感覚を思い出す。
あぁ、思い出した。おじいちゃんがたぬ坊とこん子を捕まえて家に初めて来た時だ。
震えて、怯えて、それでいて何もかもを恨めしそうに憎んでる目をしてた。
檻の中から出した時に指を何度も噛まれたのを思い出す。その度にお母さんとお父さんに心配ばかりかけた。
魔女さんも同じだ。何も信じられなくて、信じれるものがなくて。
こんな時、私はどうしただろう。私に何ができるだろう。
答えなんて考えなくていい。私は、私がしたいようにする。
「キューちゃん、少しだけ離れるから」
「いかぬ! ノノムラ・ノラやめるのじゃ!」
魔女さんに近付いて手を伸ばした。そしたら急に振り返って手を掴まれた。とても冷たい。
今にも凍り付きそうなくらいに。
「あは。自分から来るなんて余程おバカさんみたい。でもありがとう。これで殺す手間がはぶけますわ」
手がどんどん冷たくなって感覚がなくなっていく。怖い、死ぬかも。離れたらキューちゃんが助けてくれるかもしれない。でもダメだ。この手を引っ込めたらダメ、払っちゃいけない。
どんな理由があっても、相手を否定してたら何も始まらない。
「大丈夫。何も怖くないよ」
もう片方の手で頬に触れる。やっぱり冷たかった。
「人間の癖に触るな!」
その手も掴まれた。両手の感覚が消えていく。
「ずっと1人で寂しかったんだよね。大丈夫、もう1人じゃないよ」
魔女さんが驚いた顔をしてたけどすぐに表情を歪ませてくる。
「お前に何が分かる! 知ったような口を聞いて、そうやって人の心につけ入り騙す! お前達はいつもそうやってワタクシ達を欺いてきたわ!」
「私はあなたを見捨てない。絶対に騙したり裏切るような真似はしない!」
「口だけの約束に何の意味がある!」
「だったらあなたが納得してくれるまでこの手を離さない!」
感覚もなにもない手だけど辛うじて動いてくれる。だから魔女さんの手を握った。
「ノラ殿、やめろ!」
「やめるんじゃ!」
「2人は何もしないで!」
ここで助けを借りたらきっと魔女さんは何も納得してくれなくなる。
「ふ、ふふ。そう、自分から死にたいって言うなら勝手にすれば?」
「私は何も怖くないよ。怖がってるのはあなたの方。山の中で1人残された手負いの獣だもん。だから見る物全てが怖くて仕方がない」
「ワタクシが人間に怯えてるですって? 人間なんか怖くもない! お前達は脆弱ですぐに壊れる! ワタクシは怖くない!」
「そうやって無理して否定してる所が本音を隠してる証拠なんだよ。あなたは人間を嫌いだって言うけど、本当に嫌いならどうしてこんな雪山でずっと眠ってたの? そんなに強いなら眠る必要なんてない」
「やめて」
「あなたは自分が眠ることで人に危害を加えないようにしてたんだよ。あなたは本当は優しい子なんだよ」
「やめて!」
手を放して突き飛ばされたけどケルちゃんが支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。
魔女さんの顔を見た。微かに泣いてる気がした。
「あなたに何が分かるって言うのよ! たった1人残されて! ずっと慕ってた方が一生離れ離れになる気持ちが分かるって言うの!? それならワタクシは一生眠ったままでいい!」
やっと分かった。この子が眠った本当の理由は自分を大切にしてくれた魔王様がいなくなったからが原因なんだ。1人孤独に生きて、頼れる相手もいなくて、だから眠った。
「ワタクシだってできるならそうしてるわよ! でも、でも! あの方がいない世界で何の希望があるって言うのよ! これならいっそ死んだ方がマシだった! もう、ワタクシを殺してよ……」
魔女さんの瞳から大粒の涙が流れ落ちた。だから何も言わず黙って抱きしめる。冷たい心が少しでも溶けるように願って。
「私はあなたをもっと知りたい。死ぬくらいなら、その人生少しだけ私に預けてくれないかな。ダメ?」
「どうせ何も変わりませんわ。今と絶対同じになります」
「その時は私の命もあげるよ。あなたが死ぬって言うなら、一緒に死んであげる」
「はぁ? 本気で言ってるの?」
「今あなたが本気を出したら私を殺せるでしょ? だから私は今死んだも同然だからね」
「何その理屈。意味分かりませんわ」
最初はそれでいい。少しずつ前に進めたらいいんだから。
「本気、なの?」
「本気だよ。あなたが全部嫌になったらいつでも殺しに来ていいから」
魔女さんは沈黙した。黙って私の目を見てくる。
「じゃあすぐにでも殺しに行ってあげますわ。どうせ人間の期待なんて紙切れ以下でしょうけど」
それはつまり私に時間をくれるってことだよね。やった。
「ありがとう。私、野々村野良だよ」
「別に名前とかどうでもいいんですけど」
「教えて欲しいな」
「はぁ。ロゼ。ロゼ・グレシア」
「素敵な名前。ロゼちゃんって呼んでいい?」
「勝手にすれば?」
ロゼちゃんは私から離れて立ち上がった。後ろからすごい安堵の息が聞こえた。
「ノノムラ・ノラ、無茶するのじゃ。今回は本当に肝が冷えたぞ。いや、死神に肝はないがの」
キューちゃんがあたふたしてるのは珍しくていいの見れたね。
「ノラ殿、体は無事か?」
「あーちょっと手に感覚ないかも」
手だけじゃなくて割と全体的に。何も考えてなかったからあと少し遅れてたら永眠してたかもしれない。ケルちゃんが火の玉作って体をあっためてくれる。生き返る~。
空を見上げたら、吹雪が止んでお日様が照らしてる。ロゼちゃんの心の雪も少しは溶けていたら嬉しいなって、そう思う。




