172 女子高生も氷都へ行く(1)
北都からさらに北東に大分進んだ先も長い荒野になってる。けど段々と変化が訪れる。
雪だ。雪が降ってる。しかも遠目に見ると結構積もってて、その先は更に山になってる。
異世界だと雪が降るのがユキガエルの魔法くらいってリリが教えてくれた。ユキガエルも体内の魔法を放出する為だから雪が積もることがないとも。じゃあこの大量に積もってる雪は何でだろう?
普通の靴で来たから歩くのも大変。そう思ってたらケルちゃんが手から火炎放射みたいに噴出させて目の前の雪を溶かして歩きやすくしてくれる。
「あいつは眠ったままだが、おそらく無意識に魔法を発動しているのだろう」
つまりこの雪は全部1人の魔法使いによって生み出されてる? それはそれでとんでもないけど、眠ってる状態だから誰も近付けたくないっていう防衛本能?
雪の道を歩いて1時間もしたら、目の前に大きな山が見える。うん、見えるっていうのは語弊があるね。見えてるのは5mくらい先の木と斜面だけ。吹雪が凄すぎて何にも見えない。
「この先を歩いて行くの?」
「無論じゃ。お主もふらふらと我の傍を離れるでないぞ? こんな極寒地は人間ならば半時間もせずに凍死するじゃろう」
そういえばここに来てから寒いって感じなかったけど、ずっとキューちゃんが何かしてくれてたんだ。何かしてる素振りが全然ないから分からなかったよ。
豪雪の山道はとにかく雪がすごく積もってる。人が立ったまま埋まりそうなくらい。降ってる雪の量も尋常じゃないけど、風もかなり荒れてる。ずっとビュービュー吹いてる。
「前に魔術学園の地下でここに似た絵画を見たんだけど、この先にあるお城ってもしかして……」
「うむ。お主の予想の通り我らが故郷、魔王城じゃ」
やっぱりそうなるんだ。魔術学園は昔、軍事施設でもあった。つまり戦う相手がいた。
この世界で昔、戦う相手っていったらそれくらいしか思いつかない。
ノイエンさんが隠そうとしてたのは、魔王城があるって世間に見つかって下手をされるのを嫌ったから?
「ただでさえ人間の侵攻を防ぐ為に通りにくい道だと言うのに、おまけにこの豪雪のせいで余計だな。最早魔王城でもなく、さしずめ氷都とでも言おうか」
「魔犬にしては洒落てるのう。実際あの城には魔女しかおらぬ故、その表現は間違ってないのじゃ」
前が見えないし地面は斜面だしって言うのに2人は呑気。こっちはどうやってその魔女さんを説得しようか必死に考えてるのにー。
「実際、本当に説得なんてできると思う?」
「無理だろうな」
ケルちゃんの即答。
「えぇ!? せっかく来たのにそれを言われたらお終いだよ」
「魔女の性格、魔族の特性、人間からの説得。どこを取ってもうまく行く要素は1つもないからな」
「大丈夫なの?」
だんだん心配になってきた。2人があんまり呑気だからこっちも気楽に構えてたけど、これって本当に大変なことになるんじゃない?
「あの時は魔王様の言葉など理解にも及ばなかったが、今なら少し分かる。人が変わったように、私達も変わらなくてはならない。あの魔女にも心はあるはずだ。必ず変わるきっかけを作れるはずだ」
「いいように言ってますけど結局全部私に責任投げてません?」
ケルちゃんが満面の笑みで親指立てて来る。自分が分からないからってこの人はー。
だったらどうなっても知らないよ。当たって砕けろって奴だね。
「あやつは自尊心が高いのじゃ。どうにかしてそれを砕いてやることが出来れば説得の余地もあると思うののじゃ。例えば、人間に負けるとかのう」
「私に魔族の魔女さんを倒せって言うの?」
キューちゃんも笑顔で親指立てて来る。魔族の皆さんは責任逃れが上手ですねー。
これ以上喋ったら私に対する要求値が増えるだけだし黙ってよう。
吹雪の山道を歩いて半時間くらい。先を歩いてたケルちゃんの足が止まる。
横に立ったら目の前が谷になってて、下は吹雪で真っ暗。向かい側を繋いてるのは1つの吊り橋。何百年も前のだったみたいで見た感じでボロボロ。風が強いせいで右に左にって強く揺れてて外れて落ちてないのが不思議。
「これ、渡るの?」
底抜けて落ちる未来しか見えないんだけど。
それは2人も同じみたいで黙ってる。
「魔犬よ、お前が先に行って落ちないか確かめて来るのじゃ」
「なんだと? ここは公平に勝負で決めようじゃないか」
「我はノノムラ・ノラを守るという役目があってのう。無理じゃ」
都合のいい言い訳を思い付いた子供みたいになってにやにやしてる。
ケルちゃんは拳を握って悔しそうにしてたけど渋々足を踏み入れてた。
板に右足を乗せたらぎぃーって軋み音が響いてる。左足を次の板に乗せてる。また軋んだ。
「いける、か?」
それでケルちゃんが手摺のロープを掴んだ瞬間にバキッて音とぶちぶちって音がしたんだけど。反応する間もなくケルちゃんが視界から消えて谷底に落ちちゃった!
「ケルちゃん!」
吹雪のせいで声がかき消される。隣にいたキューちゃんは腹を抑えて笑ってたんだけど。
「キューちゃん、笑ってる場合じゃないよ! ケルちゃん落ちたよ!」
「安心するのじゃ。この程度で死ぬなら魔犬とは呼ばれんのじゃ」
それで少ししたら崖に手を掴んでケルちゃんが這い登ってきてくれた。あんな深く落ちたのに本当に戻ってきた。雪を全身に浴びて真っ白になってて、それにはちょっと笑いそうになる。キューちゃんはまた爆笑してるし。
「一応言うがこの橋が古いのが悪かったんだ。決して私が重いというわけではないぞ?」
聞いてもないのに何か言ってる。ケルちゃんは雪を払ってたけど、頭に被ってた軍帽が谷底に落ちたみたいで溜息吐いてる。
「迂回するしかない?」
「我に任せるがよい」
キューちゃんが指を鳴らしたらふわっと地面から足が離れた。まさかの空中浮遊?
そのおかげで谷底の上をあっさり越えて向かい側まで来れた。
「おい、死神。そんな便利な物があるなら最初から使え」
「お前さんの間抜けっぷりがみたくてのう」
「後で殺す」
「死神は死なんのじゃ」
やっぱりこの2人仲良いよね。
お城目指して進軍開始、だけどまた山道になってて斜面になった。視界が悪いからどこにお城があるのか、どれくらいか全然分からない。
「死神、城までどれくらいだったか?」
「このペースならば3日はかかるのじゃ」
それってまだまだ入口を歩いてるようなもの? ケルちゃんが溜息を吐いて私を抱きかかえて来る。ちょっと何事?
「面倒だ。一気に走り抜ける」
「魔犬よ、お主は平気でも人間は無理ぞ?」
「問題ない。5分もあれば十分だ。ノラ殿、しっかり掴まっていろ」
返事をする前にケルちゃんが駆けだした。キューちゃんの傍を離れたから寒さが一気に全身に巡って来る。想像以上に寒い! これは半時間所か、10分も持たないよ~。
ケルちゃんが気付いてくれたみたいで火の玉みたいのを懐に出してくれた。おかげで少しあったかい。
「飛ばすぞ」
超特急とでも言うのかな、景色も何もかもが絵具で塗りつぶしたみたいで何も見えない。
風が凄くて髪も服も跳ねまくり。今は振り落とされないようにしっかり腕にしがみついてよう。
「着いたぞ」
「え、もう?」
急に足が止まったから顔を上げたら神殿みたいな中に立ってた。5分もかかってなかったと思う。ゆっくりと地面に足を下ろしてくれて、なんだか王子様みたい。
とりあえず雪を払わないと。パタパタしてたらケルちゃんが風魔法で全部落としてくれた。
気が利くー。
「遅かったのう」
神殿の入り口前の階段で死神さんが短い足を組んでこっちを見てる。いつのまに。
「くそ、負けた」
「かっかっか! 我の勝ちじゃ!」
知らない間に勝負してるし。人間よりも長生きしてるらしいけど、これだけ見たらどっちも子供にしか見えない。
でも問題はこれから。このお城に囚われたお姫様を助け出さないといけない。




