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167 女子高生も司令官と孤児院へ行く

 買い出しで電車の旅の帰り道、異世界の転移に巻き込まれちゃった。そしたら城壁っぽい所に飛ばされる。前にも来た治安維持組織って所。そこの執務室の机で軍服を着た藍髪の人が作業の手を止めてこっちを見てくる。


「ケルちゃんだ~、こんにちは~」


 挨拶したのに露骨に溜息吐かれた。なんで?


「ノラ殿。前置きもなく勝手に来るのは本当にやめてくれ。反射的に攻撃しそうになる」


 それは私としても困る。


「自分の意思で使えないんです。本当です」


「そうなんだろうが……これ以上言っても仕方ないか」


 やれやれって感じで肩をすくめてる。前のケルちゃんだったら絶対にありえなかった態度でちょっと嬉しい。


 そしたら部屋の外でノックされる。ケルちゃんが返事をしたらガチャって開けられた。


「失礼するよ。って、ノラもいたのかい」


「ノイエンさんだ。こんにちは」


 ぺこりってお辞儀をする。そしたら2人もお辞儀し合ってた。


「フェルラ賢星。あなたからここに来るとは珍しいですね」


「ああ。少しヴァルハート総司令官に頼みがあってね」


「私に?」


「もしかしてお邪魔です? 出て行きますね」


「いやいい。別に聞かれて困るような内容じゃない」


 ならお言葉に甘えて居させてもらおう。


「実はこれから他国に出張の用事があってね。しばらくこっちに戻って来れないんだ」


「また面倒ですか」


「そんな所さ。で、だ。あたしがいない間に孤児院のガキ共の面倒を見てもらいたい」


「は? 孤児院?」


 孤児院には大人の人が常駐してないからかー。


「だったら今日は私も行きますよ」


「それは助かるよ。じゃ、頼んだ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 私に子供の面倒を見ろと仰るのですか!」


「そう言ってるんだが?」


「明らかに人選がおかしいでしょう! それにノラ殿が行くなら私が行かなくても……」


「悪いがもう手続きを済ませてあってね。拒否権なしだ。あたしも早く行かなくてね、じゃあね」


 それだけ言い残してノイエンさんが去って行った。頼みがあると言ってからの拒否権なしとはこれ如何に。ノイエンさんらしいといえばらしいけど。

 残されたケルちゃんがぽかんとしてて放心してる。


「ありえない。これは何かの間違いだ。私が子供の面倒だと?」


 何かぶつぶつ言ってるけどノイエンさんが出たなら早く行った方がいいかも。


「ケルちゃん総司令官。行くよー」


「嫌だ! 行きたくない!」


 急に子供じみて来たんだけど。


「私は子供が嫌いなんだ。あいつらは何考えてるかさっぱり分からない。ノラ殿、代わりに行ってくれ! 金ならいくらでも払う!」


 どれだけ行きたくないんだろう?


「ダメですー。ノイエンさんはケルちゃんにお願いしたんですから、ケルちゃんが行かないとダメー」


「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」


 なんかこういう態度を見てるとどことなくキューちゃんに似てる気がしなくもない。

 そしたら急に扉がバーンって開かれた。


「ヴァルハート総司令官! 何かあったのですか!」


 ケルちゃんが駄々こねてたのが外にも聞こえてたみたいで部下の人が心配して入って来たみたい。ケルちゃんはすぐに姿勢を正して手を後ろに組んでる。


「何もない。少し小さな魔物が部屋に入っただけだ。それより私は少しここを離れる。後の事務作業を頼みたい」


「はっ! お任せください!」


 部下の前だとキリッとするみたい。部下の人が頭を下げて出て行ったらケルちゃんが大きく溜息を吐いた。


「仕方ない。行くぞ」


 目がこの上なく死んでるけど見なかったことにしよう。



 ※央都、孤児院前※



「はぁ。本当に来てしまった」


 ケルちゃんはまだ憂鬱そうにしてる。孤児院の広場には子供達が楽しそうにボール遊びをしてた。


「あっ! ノリャお姉ちゃんだ!」


 パタパタって近くに駆け寄って出迎えてくれたのは酒屋の看板娘ことセリーちゃん。緑色の髪をサイドテールにしてて今日もかわいいね。


「セリーちゃん、今日はこっちなんだね」


 まだ時間的に昼過ぎくらいだから酒屋かと思ったよ。


「うん! ノイばあちゃんが留守にするって言ってたから、留守番頼まれたの! たいしょーからも休みもらった!」


 ノイエンさんにも頼られるくらいになってたくましくなったなぁ。


「それで……ノリャお姉ちゃん、そっちの人は……」


 セリーちゃんがそうっと喋ってるのは、ケルちゃんから物凄い威圧感を感じたからだと思う。実際、ゴゴゴゴってオーラが出てる気がする。セリーちゃんが怖くなって私の後ろに隠れちゃった。


「ケルちゃん、落ち着いて!」


「むっ。私としたことが」


「えっとね、セリーちゃん。今日からノイエンさんの代わりに来てくれたケルちゃんさんだよ」


「よろしく頼む」


 ケルちゃんがぎこちない笑顔を作って手を差し出してたけど、セリーちゃんが怖くなって逃げだしてた。これは前途多難だなぁ。


「ケルちゃん、そんなんだと子供と仲良くできないよ?」


「興味ない」


 腕を組んでツーンってしてる。


「フェルラ賢星もこうなるくらい予測できてたはずだ」


「多分、違うと思います。ノイエンさんはきっとケルちゃんが人と仲良くなって欲しいって思って頼んだんだと思います」


「なっ!」


 都合が悪くて頼んだのはそうだろうけど、わざわざケルちゃんに頼んだんだからきっとそう。ノイエンさんならそれこそ知り合いなんて山ほどいるだろうから、適材した人もいたと思う。


「だから少しだけ仲良くなってみませんか?」


「……少しだけ、だぞ」


 そう言ったら乗り気になってくれた。やっと本気になってくれたね。


「それじゃあまずは子供達の輪に入る所から始めてみよう」


 それで一緒にボール遊びしてる子供達の近くへと歩いて行ったら、皆が遊ぶ手が止まり出した。その視線はケルちゃんに向いてる。


「やぁ。楽しそうにしてるじゃないか。私も混ぜてくれないか?」


「なんだこのババァ!?」


「大きくて怖いー。おばさんあっち行ってよー」


「そうだそうだ! ここは俺達のテリトリーだぞ! ババァは出て行け!」


 子供達から見事なまでに野次を飛ばされてる。ケルちゃん、毛が逆立って電流みたいのが走ってる。


「おい。ババァとおばさんって言ったのは誰だ? 今なら骨の数本で許してやる」


「やばいぞ! このババァ、ノイババァよりヤバい!」


「逃げろ逃げろ!」


 ケルちゃんから得体もしれない恐怖を感じてまた逃げられてる。子供って口悪いからなー。

 それでケルちゃんがこっちに歩いて来た。


「やめだやめ。こんな奴らと付き合っても時間の無駄だ」


「えー帰るんですか?」


「仕事は全うする。だがあいつらと仲良くなるなど無理だ」


 ケルちゃん見た目全然老けてないのにババァ呼びは確かにひどいね。あの子達からしたら大きい人は皆ばばぁなのかもしれないけど。


「前に北都で魔物が暴れてた時はちゃんと接してたじゃないですか」


「指導と世話を同じにするな。私にできるのは間違った道に進んだ奴を更生させる。それだけだ」


「だったらさ、それでやってみない?」


「何?」


「私、皆を呼んで集めてくる!」


「おい、ノラ殿! お前はいつも説明不足だ!」


 思い立ったら即行動は基本だよー。



 ※孤児院・教室内※



 孤児院の中にある一室に子供達を集めた。教壇にはケルちゃんさんが立ってて、皆は床に座ってる状態。私も指導される側だから座ろう。

 でも皆はケルちゃんに怖がってるみたいで端っこや隅っこに隠れてる子もちらほら。


「ノラ殿。私に何を求めてる?」


「指導をお願いします」


「意味が分からない」


 私もよく分かってないから仕方ない。

 子供達はずっと怯えたまま。やっぱり第一印象って大事だね。

 それを見てケルちゃんが溜息を吐いてる。


「逃げたければ好きにしろ。別に取って食いはしない」


 多分適当に言った言葉だとでも急に教室が静まり返った。


「逃げるってどこにだよ」


「なんだと?」


「逃げる所なんてどこにもないだろ!」


 1人の子供が半分泣きながら叫んだ。それは訴えに近い。


「ババァには分からねーよ。親もいなくて頼れる相手もいなくてどうしようもない俺達の気持ちなんてよ」


 その言葉に同意するみたいに他の子も口々に言ってた。ここは文字通り孤児の集まり。身寄りがなくて、そんな子に手を差し伸べたのがノイエンさんだった。

 ケルちゃんは腕を組んで黙って聞いてる。


「俺達に未来なんてないんだ。こうしてここで遊んでる間も、他の奴らは魔術学園に通ったり、騎士学校に行ってるんだろ? なんの特技も能力もない俺らはどこにも行く当てがないんだ」


 その言葉で室内が静まり返って俯いた。この子達に寄りそうのは簡単。でもその心にこびりついたトラウマは今もずっと残ってるんだと思う。


 ケルちゃんが教卓に軍帽を置いてドリルみたいな耳を露わにして息を吐いた。


「1つ昔話をしよう。私は幼い頃に両親を亡くしてな。それ以来、弱肉強食ともいえる世界でずっと孤独に生きて来た。群れを作って生きる奴らもいたが、私は生来持っていた暴走する魔力のせいで誰も近寄ろうとしなかったよ」


 急にケルちゃんが自分の生い立ちを語り出す。


「そんな私だったがある時、あの方に拾われてな。とはいえ、疑心暗鬼になっていたあの頃は最初はあの方も信用できずに殺そうとしたんだがな」


 苦笑いして話すその過去は今のケルちゃんからは想像もできない。あの方っていうのは多分魔王様?


「私はあの方の組織に無理矢理入れられた。けど群れで生きる意味を知らなかった私はとにかく周りに迷惑をかけてな。食料を全部灰にしては、住んでる城を破壊もしてと中々に問題児だっただろうな」


 まるでやんちゃだったとでも言いたげに物思いにふけってる。


「それでもあの方はそんな私を責めずに丁寧に寄り添って力の使い方を教えてくれた。それから私も徐々に心が変わってな。あの方の為に生きようと思った。そうした日々を繰り返していたら、あの方は私を幹部にまでしてな。本当、訳が分からなかったよ」


 でも子供達は皆そんな話を笑わずに黙って聞いてる。


「何の力もなかった私だが、今では総司令官という立場にまで上がった。確かに生まれや才能があれば名のある者になれるだろう。だが私からすればそんなもの些細だ。私の周りにはもっとすごい奴なんて五万といたからな。私が言いたいのは、お前たちが何になりたいか、だ」


 子供達1人1人の目を見て力強く言ってる。


「私はあの方の力になりたいと願ってここにいる。境遇は違えど、お前達も似たようなものだろう。何せ、お前達は世界で指折りの大魔法使い、フェルラ賢星に目をかけられたんだ。こんな幸運、滅多じゃないぞ? あの方と知り合いになれる奴などこの世でもかなり限られてるだろうな」


 私の方をチラッと見てくる。知り合い代表?


「己の境遇に嘆くのは簡単だ。だがそんな状況も逆手にとって這い上がってみせろ。それでも夢も希望もないというなら、治安維持組織に来い。治安維持組織に大事なのは人と寄り添える心があるかどうかだ。お前達は皆、親が居ないという孤独を背負った。だからこそ人の痛みを誰よりも理解できる。そんな人材はいつでも歓迎だ。安心しろ、私は人を区別はするが差別はしない。そう、教えられたんだ」


 また私の方を見てくる。私、何かしたっけ?

 沈黙を守ってた子供達だったけど、ケルちゃんの言葉を聞いてわんわん泣き出した。それにケルちゃんが困惑してる。


「お、おい。何故泣く? あーもう! ノラ殿! こういう時はどうすればいい!」


「きっと大丈夫ですよ」


 何もないって思ってた子にも意味があるって言われて嬉しかったんだと思うよ。それで気持ちが溢れて泣いてるだけだと思う。


 すると教室の扉ががらがらって開いた。


「みんなー、ごはんー。って何があったの!?」


 料理の準備で離れてたセリーちゃんが入ってきて困惑してる。


「ケルちゃんの話を聞いて、ちょっとね」


「びりびりのお姉ちゃん、皆を泣かせたらダメだよ!」


「誰がびりびりだ。おい、お前達! 飯にするぞ! そのだらしない顔を洗ってこい!」


 そう言ってるけど誰も聞いてくれてない。見かねたセリーちゃんが皆に言ったら聞いてる。

 こっちの指導はまだまだダメそうみたい。だけど、今になったらノイエンさんがケルちゃんを認めてる理由がよく分かったよ。魔族でありながらここまで親身になってくれるのは間違いなくケルちゃんの心だろうから。

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