162 女子高生も空都へ行く(3)
「というわけで今日も張り切っていくよー」
ベッドで眠って起きた早朝、転移も起きてなくて空都にいた。こんなの初めてだけど、手にされた腕輪が原因? 家に帰れないのはちょっと心配だけどまだ夏休みだから何とかなると信じたい。
「本気でするつもりなんだ」
「私はいつだって本気だよー」
「別にいいけど。朝食の準備済ませたよ」
フーカちゃんがいつの間にか机の上に料理を並べてた。緑や赤、黄色って彩り豊かな野菜のフルコース?
「ありがとー、いただきまーす」
赤いぷにぷにしたのを食べてみる。ゼリーみたいな食感で果汁も出てこない。ちょっと酸っぱい。黄色い葉っぱみたいのは野菜に見えるけどすごく甘い。青いドリンクを淹れてくれてあったから飲んでみる。これはめちゃ苦い。ハイポーション?
「んー、どれも個性的な味だねー。初めて味わうのばっかりだよー。おいしー」
「最初はそう思うかもね。でもその内段々と何も感じなくなっていくよ。毎朝ずーっと、これとまったく同じメニューなんだから」
フーカちゃんが淡々と食べながら言ってる。
「朝食べる物まで決められてるの?」
「うん。朝だけじゃなくて全部ね。都の全員が同じのを同じ量だけ食べてる。その量を収穫できるように畑もある。全部、そう計算されてる」
全部決められてるとは聞いてたけど、ここまでされてたらそれは窮屈って感じるのは当然かもしれない。私もフーカちゃんと同じ立場だったらきっと同じように動いてたと思う。
これはますます手助けしてあげないと。
「今日はフーカちゃんも一緒に声出ししようよ。信頼を得られたら女王様の耳にも入るかも?」
「えー?」
すごく嫌そうな顔をしてるけど、どの道謹慎中だから地上に出て行けないだろうしね。
朝食を食べ終わって洗い物を済ませたら家を出てレッツゴー。扉を開けて一歩前に出たら落ちそうになったよ。そうだった、高い所に家があるのをすっかり忘れてたよ。フーカちゃんが手を取ってくれたおかげだね。
「もー、あなたってお人好しで頼りになりそうって思う所もあるけど、なんか時々抜けてるよね」
それを言われるとお辛いのです。
フーカちゃんに地面に下ろしてもらって、朝から畑仕事をしてる老夫婦の所に近づいてみる。
「おはようございまーす」
挨拶は笑顔で元気よく。無視されるかもしれないけど地道に行こう。
「おはよう」
そしたらおばあちゃんの方が微笑んで挨拶を返してくれた。おぉ!
「お、おい。ばあさん、そいつは……」
「分かってるよ、地上から来たって言う子だろう? 羽がないから見て分かるよ」
「地上の連中は穢れてる。そいつと関わったら……」
「そうかもね。でもこの子、昨日ここの都の人全員に挨拶に回ってたそうじゃないか。皆に無視されても、諦めずずっと挨拶して。それで今日も来た。どこに穢れてる要素があるんだい?」
「そ、それは……」
おじいさんが口を詰まらせてる。それでおばあさんが奥にある果樹から実を2つ取ってこっちに向かって手渡してくれた。リガーだ!
「これからここで生きていくのは大変だろうけど、私は受け入れるよ。頑張りなよ」
そうおばあさんに言われた。そしたらおじいさんも少ししてから頭を下げてくれた。
やっぱり誠意を持って接したら分かってくれる人もいるよね。
振り返ってフーカちゃんに親指を出してみよう。本人は驚いて口が開いてるけど。
「嘘……。こんなのありえない」
「ここに住んでる人も知らないだけで悪い人じゃないと思うよ。きっと分かってくれる」
幸先のいい朝を迎えたね。この調子で頑張っていこー。
それから挨拶をするのを繰り返してたら、時々返事をしてくれる人がちらほらいた。
昼食を食べた後に出かけたら、私に興味を持って話しかけてくれる人もいた。
羽がないのはどういう気分とか、地上はどういう所なのって質問してくれた。
小さい子はまだ何も知らないみたいで私の手を触ってきたりもした。
そういう人が増えてくれたおかげか分からないけど、悪い人じゃないって噂が広まっていったみたいで、今だと挨拶をしたら笑顔で返してくれるようになったよ。
「本当に仲良くなるなんて……」
フーカちゃんが驚いてる。
「ね、言ったでしょ?」
私も1日足らずでここまで進むとは思ってなかったけど。
草原を歩いてたら急に空から2人の天使さんが降りてくる。
「地上人の君、女王陛下がお呼び出しである」
噂が広まってるなら当然女王様の耳にも入るよね。
「はい、行きます」
「私も行く!」
それで女王様のいるお城まで連れて行ってもらった。また来た石の砦。奥にはドレスを着たおばあさんが大きな椅子に座ってる。
「あなた、一体なんのつもりなの?」
開口一番に女王様に言われた。
「何、ってどういう意味ですか」
「とぼけないの。ここの民と親しくなろうとしているのでしょう? 地上に逃げる為の手引きでも考えているのですか」
手には青い水晶玉を持ってる。ということは嘘は言えない。
「逃げる気はないですよ。ただ、ここの人達も地上の人とも仲良くできたらなーって考えています」
「そんなの夢物語よ。地上は穢れの象徴。翼がなく、翼が見えないのがその証。罪を犯したから神からその翼を奪われたのよ」
「確かに地上の人には女王様の言うように変わった人もいます。でもそれ以上に良い人が沢山います」
「そんなの嘘に決まってるわ」
でも水晶玉は光ってない。だって嘘じゃないから。本当に良い人ばかりって知ってるから。
「私にはその羽が見えます。それが理由です」
なんで私に見えるかは分からないけど、納得してもらう為なら何でも使う。
おばあさんは深い溜息を吐いてた。まだ納得してくれてないみたい。こればっかりは簡単にはいかないかもしれない。
「お母様、お願いします! ノーちゃんは本当に悪い人じゃない! だから彼女だけは地上に帰してあげてよ!」
フーカちゃんが床に膝をついて頭を下げてる。私の為に。
「シエル。その者に何を吹き込まれたかは知りませんが、どんな理由があっても認められません」
「違う。地上に行きたいのは私も同じ。地上が悪い所じゃないってのは知ってる。これは私の意思なんだよ」
それでも女王様は納得してなさそうに黙って見てる。これは難しいなぁ。
そう思ってたら後ろの方がやけに騒がしかったから振り返ってみる。そこには都に住んでる人達が集まってきてた。
「女王様、もういいんじゃないのか。彼女くらい解放してあげてもさ」
「実は俺も時々地上に行ってたんだよな」
「私も。地上に美味しい料理屋さんがあるから行っちゃうし」
そしたら皆が俺も私もって口々に言ってる。窮屈だって思ってるのはフーカちゃんだけじゃなかったんだね。
「確かに地上の連中には翼がない。地面を歩く不便な生き物だ。でもさ、この子を見たらそんなこと些細な問題だって思わないか」
何か私の方を指さされてる。
「翼がないから罪人、翼がないから穢れてる。そうやってどっちが上か下って考える方の心こそが穢れてるのではないかのう」
色んな人が口々に言ってる。そんな人達の言葉を聞いて女王様のおばあさんは手が震えていた。皆が好き勝手に言ったからお怒り……あれ、泣いてる?
「だったらどうしろって言うのよ! 今更地上と交流を持てって言うの! こんな広い地上全てを飛び回って交友しろっていうの!?」
ああ、そっか。ようやく分かった。この女王様も皆が言いたいことにとっくに気づいてたんだ。でもこの世界はどこまでも広い。誰と関わって、どうやって外交すればいいのか何も分からなかったんだ。だから都を閉ざすという閉鎖的なやり方でここを守ってきたんだ。
「だったら私に任せてください。私、この国の役人と知り合いですから話をつけてみます」
ノイエンさんとケルちゃんだったら、きっとその辺に詳しいからうまく考えてくれると思う。
「ノーちゃんって一体何者?」
「ふっふー。こうみえて女子高生なんです」
やっと私が活躍できたね、ドヤー。
「水晶玉は光らない、か。これ壊れてるんじゃないの」
女王様が呟いてる。嘘は苦手だから仕方ない。
「本当にあなたに任せていいの?」
心底不安そうな声で言われる。その気持ちは分からなくもないけど。
「任せてください。悪いようには絶対しません」
そう言ったら女王様が急に椅子から立ち上がって近くの部下の人に目配せしてる。
「この者を地上に帰してあげなさい。これから、忙しくなるわ」
「ははぁっ!」
そしたら場内に歓声に似た声があがった。結局、どれだけ見た目に違いがあってもその心は同じだったね。
部下の人が私に近づいて腕にしてた銀の腕輪を外してくれた。意味があったのかは今でも分からない。
それでお城を連れていかれて来た道の草原の所まで戻ってきた。白い霧が目の前を覆ってる。
そういえばフーカちゃんの姿がない。最後に挨拶しておきたかったけど、また会えるよね。
「ノーちゃん!」
空から声が聞こえた。息を切らして全速力で飛んで来たっていうのがわかる。
手には大きなキャンバスの用紙を持ってた。
「ノーちゃん、ありがとう。私、全部諦めてた。どうにもならないって思ってた」
「きっとこれからが大変だろうけどね。地上の人が来てバタバタするだろうし」
「それでも、心を縛り付ける鎖はもうない。だから、これ」
フーカちゃんが差し出してきたのは一枚の風景画。青く広大な空に、そこには沢山の天使が飛び回ってる姿がある。自由を望んだフーカちゃんの姿かな。
「ありがとう、大切にするね」
画に描いた未来はそう遠くなく実現すると思うよ。きっとね。




