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161 女子高生も空都へ行く(2)

 謹慎処分を出されてお城を連れ出されて、今は普通の民家の部屋の一室にリッケさんと一緒にいる。ふかふかのベッドもあるから本当に悪い扱いをするつもりはないみたい。


「あなたも災難だったね。ただの迷い子でこんな仕打ちを受けてね」


 リッケさんが温かい飲み物を淹れてくれたから飲ませてもらう。香ばしい果実の匂いがする。甘酸っぱくて美味しい。


「でもこんな所にまで何をしに来たの?」


 首を傾げると背中の羽もゆらゆら動いてる。


「リッケさんに会いに来たかったの」


「私に?」


「帰るとき、少し悲しそうな顔をしてたから心配になって」


「えー、本気―? それで来れるかも分からない空都まで来たって?」


「うん」


 そう言ったら少し黙っちゃった。


「地上には随分とお人好しがいるんだね。私が残した透明階段を上ってくるくらいだし、余程だよ」


 やっぱりあれはリッケさんの魔法か何かだったんだね。


「リッケさんは……」


「フーカでいいよ。これから長い付き合いになるだろうしね。ただシエルとは呼ばないで欲しい」


 シエルってこの都での名前だよね。嫌って言うなら呼ばないけど。


「分かった。それでフーカちゃんは地上で何をしてたの?」


 女王様のおばあさんは「また」って言った。だから私がこの前にフーカちゃんと会った日以外にも降りてたってことだよね。絵を描くため? それとも本を書くため?


 その問いには話すか話さないか迷ってる様子だった。何度もカップを口にして誤魔化してる。


「話したくなかったら全然いいよ。いきなり失礼だったよね、ごめんね」


「ううん。地上に住むあなたになら話してもいいかもって考えてた。私、本当はこの都にいたくないの。ここと縁を切って地上に逃げたい。ずっとそう思ってる」


 そう話してるフーカちゃんは淡々とした顔をしてる。


「ずっと閉鎖された箱庭に閉じ込められる毎日。空の上に住んでるのに外の景色は白い霧に覆われて何も見えない。外で何が起こってるか何も分からない。娯楽の1つもありはしない。皆、お母様に与えられた仕事を日々こなすだけ。もううんざりしてる」


 すごく鬱憤が溜まってそうなのに感情1つ露わにしないのが逆にその意思を感じさせるよ。


「空を飛べるのにどこへも飛んでいけない。こんな大きな羽があるのにどこにも行けない。ああ、なんて不自由な毎日なんだろうってずっと思ってる」


「だから地上に行きたい?」


「うん。でもね、それは叶わない。だって私はお母様の娘だから。私は次期女王様としてこの都を治めるって決まりなの。代々受け継がれてきた血筋が女王となる。くだらない。同じ毎日を繰り返すだけなのに」


 逃げたくても逃げられない。フーカちゃんはずっとそれに縛られてたんだ。だからあの時悲しそうな顔をしてたんだ。


「どうしてこんなに閉鎖してるの? 地上だと他の都市はどこも交流してるよ?」


 西都も元は閉鎖社会だったらしいけどトンネルが開通して交流ができたって聞くし。

 何かきっかけがあればいいんだろうけど。


「ここだとそうもいかない。だって私達は天使。そして地上の人は穢れた人って教えられる。地上の人には私達の翼が見えないらしいんだよね」


 らしいって言うのは私が見えるから? でもそうなると本当に窮屈そう。


「地上の人が悪い人じゃないなんて明白なのにお母様は……ううん、ここの皆は頭が固すぎる」


 長い歴史でずっと前からそう教えられてきたなら、それが普通と思うんだろうね。


「私と一緒に夜逃げしちゃう?」


 腕輪されてるけど転移しちゃうかもだし。


「ノーちゃんは優しいんだね。私もずっとそう考えてきた。でもどうしてか、その決心が最後までできなかった。本当に地上で生きていけるのか、それが不安で不安で仕方なかった」


 地上に悪い人があんまりいないって教えるのは簡単。でもきっとフーカちゃんが心配してるのはもっと根本的な、自分の中にある精神的なものだと思う。


 部屋の周りを見たら壁には色んな水彩画の景色が飾ってあるのに気付いた。街や森、海、空、どれも美しく広大な世界を見せようとしてる。


「絵を描くのも物語を書いたのも、自由な世界を夢見たから」


 その声に半分諦めのようにも聞こえる。今にも泣きだしたいくらいな悲痛な叫び。

 そんな声を聞いて黙ってられるわけない。


「フーカちゃん、私が協力するよ。任せて」


 なんて自信満々に言ってみた。フーカちゃんは何も分かってなさそうに私の方を見てたから、これ以上苦しめないように私が頑張る。



 ※



 それから部屋を出て村の方に来た。といっても私は空を飛べないからフーカちゃんに手を持ってもらわないと地面にも降りられない。

 それに謹慎処分って言ってたけど案外出歩いてもいいみたい。一応見張りみたいな人がずっと付いてるけど。


「ノーちゃん、何する気? お母様に抗議するなら絶対にやめた方がいいよ」


「大丈夫、そういうのはしないから。こんにちは~」


 地面で畑仕事をしてる人に声をかけてみる。その人は私に気づいたけど、羽がないって分かるとそそくさに向こうにいっちゃった。あちゃー、でもこれくらいで諦めない。


「おはようございまーす」


 上を飛んで行く人にも声をかけてみたけど、やっぱり返事はこない。悲しいね。


「さっきから何してるの?」


「まずはここの人達と仲良くなろうと思って。私に害がないって分かったら、フーカちゃんが地上に行くのも認めてくれるかもしれないでしょ?」


 多分だけど地上の人を嫌ってるのは偏見か何かだと思う。見た目が違うからとかそういう理由。でも私が極普通の人間って知ってくれたら態度も変わるかもしれない。


「ノーちゃん……」


「というわけだからフーカちゃんも手伝ってもらってもいい? 私一人だと飛べないんだよね」


「う、うん」


 というわけで空都の皆と親睦作戦始まり~。



 ※



 かなり時間がたったと思う。空を見上げても白い霧に覆われてるから今が夜かどうかも分からない。でも仕事をしてた人が切り上げてるから多分夕暮れ時くらいだとは思う。


 結局、声出しをし続けたけどまともに返事をしてくれたのは数えるくらいだった。やっぱり私が地上人っていうのがダメなんだろうなぁ。まぁでも初日だし、こんなものだと思う。

 こういうのは地道に信頼を勝ち取らないとね。


「明日、また皆に挨拶するよ。きっとその内分かってくれると思うから」


「ノーちゃん、もういいよ。きっと無理だよ、こんなの」


 フーカちゃんが俯いてうなだれてる。


「私のことはもういいから。私も諦めてるから。時々地上の景色を見に行けるだけで充分だよ。お母様もそれを分かってると思う」


「でも分かってくれるかもしれないでしょ? だったらやった方がお得だよ。それに私も帰る理由になるし」


「どうしてそこまでするの? 私はあなたと何の接点もなかったんだよ?」


「んー、それは私も何とも言えないんだけどね。勝手に体が動いたというか。それに」


「それに?」


「決まり事やルールって皆が快適に過ごす為にあるものでしょ? そこに不自由を感じたならきっと、うーん。何て言うんだろうね?」


 変えるべきとは言えないし、ちょっと締まりが悪いから愛想笑いで誤魔化す。


「地上の人も皆ノーちゃんみたいなの?」


「さすがに私みたいだと大変だと思うけど、皆優しい人ばかりだよ」


 私が異世界で快適に暮らせてるのも優しい人達のおかげ。それにここの人達もきっと悪い人じゃない。もし悪い人だったら私をこんな風に好きに出歩かせたりしないと思うし。

 少しだけ、ほんの少しだけ誤解してるんだと思う。だからそれを分かってもらうためにも頑張るしかない!


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