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155 女子高生も魔道具が欲しくなる

 夏休みが始まって結構日も過ぎた。でも私がするのはいつもみたいに異世界に来るだけ。

 というか現実が暑すぎて流石に避難してる。ニュースでも40度近くまでいってる県もあるそう。私なんて暑さによわよわだから異世界に行かざるを得ない。これは仕方ない。


「暑いときはレティちゃんの所でポーションを飲もう」


 早速街の通りにある蔦やらが絡まってる店かどうか分かりにくい所に入る。


「いらっしゃいませ! ノラ様です!」


「こんー。ノラだよ~」


 白い猫耳がぴんと立って今日も元気な笑顔ご馳走様。


「私の世界が暑くて地獄なんだよ~。ポーションもらってもいい~?」


「もちろんです! 今ならこちらのハイポーションもサービスしちゃいますよ!」


「気になるお値段は?」


「なんとなんと! 2つ合わせてたったの100オンスでございます!」


「買っちゃう!」


 なんかテレビショッピングにありそうな会話だけど気にしてはいけない。

 それで早速もらって一杯飲む。緑のポーションを一口。

 ん~、この苦味が癖になるー。


「あれ、アンセスさん?」


 棚の隅っこの方で直立で固まってる赤髪の白衣の人を発見。ピクリとも動かないから置物かと思ってたよ。


 アンセスさんはこっちに気づいて申し訳なさそうにしてる。なんで?


「すまない。2人の楽しい会話を邪魔したくなくて」


 繊細というか何というか。まぁでも楽しそうに会話してる人の間に割って入るのは少し勇気いるという気持ちは分からなくもない。


「邪魔なんて思ってませんよ。アンセスさんも買い物ですか?」


 こくりと頷いてくれた。両手に大きめの袋を2つ持ってる。中には緑色の液体の瓶が沢山。

 多分、ポーション。ポーション好きって言ってたもんね。


「博士さんはポーションの常連客なんです! こんな貧乏な店に常連さんができるなんて思ってませんでした!」


 人目を気にするアンセスさんだからこそ、こういう落ち着いたお店は来やすいのもあるんだろうね。店員さんはちょっと騒がしいけど。


「アンセスさん。あれから魔道具作りは順調ですか?」


「いつも通り、かな。あれこれ考えても私がするのはいつもと変わらない」


 そう話してるけど前よりは気持ちが明るそうだから多分心に引っかかってた何かは少しは取れたんだと思いたい。


 それでアンセスさんがレティちゃんの方をジッと見たかと思うと視線を逸らして首を振ってる。それでそのまま扉の方に歩いて行ったかと思ったら足が止まって唸ってる。

 新手の儀式? なわけないと思うけど。


「アンセスさん、もしかしてレティちゃんに用事がありました? お邪魔なら出て行きますよ?」


 声を掛けたらびくっと肩を震わせてる。人目にはまだまだ慣れないみたい。


「あ、や。邪魔、じゃない。寧ろ君に居てくれた方が助かる」


 やっぱり何か用事だったのかな。それでアンセスが決心したみたいでレティちゃんの前に戻って来た。当の本人は何も分かってなさそうで首を傾げてる。


「こほん。レウィシアさん、と言った、よね。少し相談があるんです」


「私に、ですか?」


「はい。私、最近になってこの街で住み始めて、それで……。あー違う。まずは私の身の上の話からか」


 アンセスさんが混乱したみたいで目が回ってる。人と話慣れてないせいか、説明が苦手なんだろうね。


「もしかして魔道具に関係してます?」


 なんとなく聞いてみる。


「そう、魔道具。私が作った魔道具をここで売りたいんです」


「えぇー!?」


 レティちゃんが心底驚いた顔をしてる。


「元々東都で魔道具を売ってたんだけど、央都に販売のツテがなくてそれで色々困ってるんです」


「アンセスさん、ごめんなさい。私があの魔法棒で暴発したせいで……」


「ノラは謝らなくていい。あれは私のミスだ。君に落ち度はない」


 そこだけははっきりと断言してくる。研究者として、自分の作った物には責任とプライドがあるのかな。


「そんなわけ……でして、是非こちらで私の魔道具を売らせて頂けたら、と思った次第です」


 そんなアンセスさんの提案とは裏腹にレティちゃんは両手を突き出して首をぶんぶん横に振ってる。


「そんなそんなそんなそんな!」


 何回そんなって言うの?


「こんな貧乏道具屋に高価な魔道具を取り扱うなんてきっと売れ残りますよ! もっと他にいいお店が沢山あると思います!」


 これは多分謙遜じゃなくて本心。元々人もそんなに来ないから急に魔道具を売り出しても売れないって思ったのかな。


「その点はあまり気にしていないから大丈夫。私も元々人に気づかれないような所でひっそりと店を構えてたから」


 確かにアンセスさんのお店は普通の人は絶対気づかない所にある。今更ながらあれでよく経営が成り立ってたんだなって思うよ。


「影に生きる同盟ですね! じゃなくて!」


 レティちゃんが一瞬感銘を受けてたけどすぐに取り直してる。


「本当に私のお店に魔道具を置いても売れないと思います。私のお店、ご覧の通り毎日セールばかりで店の商品の大半は1000オンスもしない物ばかりです。そこに高価な魔道具を取り扱っても客層から考えても売れ残ると思います」


「別に焦って売る必要はないよ。魔道具なんて長い期間で数個でも売れたらいい方だから」


「ですが……」


 レティちゃんがいつになく悩んでる様子。優しいから本気でアンセスさんを気にして言ってるんだと思う。


「じゃあお試し期間で何個か取り扱うていうのはどう?」


「ノラ、それはよい提案。売れなかったらまた別の方法を考える」


 ちょこっといつもと違う商品があるだけで店のイメージも全然違うよね。


「それならば……構いませんが。でも本当に売れないと思います」


「それは試してからでなければ分からない。商品はまた後日シャムに頼んでここに運んでもらうよ」


 シャムちゃん、完全にアンセスさんの助手と化してて笑うんだけど。


「あと、もし売れたなら売り上げの利益率は折半で構わない」


「折半!? そんなに受け取れませんよ!」


 またしても首をぶんぶん振ってる。その辺の事情に疎いから多いのか少ないのか全然分からない。


「普通は売上のほんの少しくらいですよ!? 魔道具を作って部品を仕入れる費用を考えたら明らかにおかしいです!」


 そっか、物を作るってなったら仕入れの費用も必要だから折半なのはおかしいんだね。

 それでもアンセスさんは落ち着いた表情でレティちゃんを見つめてる。


「無理を頼んでるからこれくらいはさせて欲しい。それに売れるかどうかも分からないというのは私も同じ気持ちだから。売れなければ結局還元はできないから」


「で、ですが万が一売れたら……。私、本当に大丈夫です! 全部博士さんが持ってください!」


「そういうわけにはいかない。ここで店を構えて客と対峙して物を売るという行為は私には到底真似できない。私にできないことを君はしてくれるんだ。だからその対価は必ず払いたい」


 それでもレティちゃんは首を振り続けてる。振りすぎて髪があちこちに跳ねてる。

 アンセスさんもそれには困った様子をしてる。どっちも人がいいから余計かな。


「それじゃあこういうのはどうかな。レウィシアさんが望む欲しい魔道具を特注で作って贈るというのは」


「魔道具、ですか。私は特に……。あ」


 レティちゃんが断ろうと口を開けたまま何かを思い出した顔をしてる。


「えっと何でもいいんですか?」


「私の技術の範囲内なら」


「じゃあ1つ、いえ2つお願いしてもいいですか?」


「もちろん。交渉成立、でいい?」


「はい! よろしくお願いします!」


 2人が頭を下げ合って握手してる。ちゃんと纏まったみたいでよかった。


「気になったんですけどアンセスさんが売ろうとしてる魔道具って娯楽のですか?」


 東都の店だとそういうのをメインに取り扱って自分の所で構えてたよね。


「今回売るのは普通の魔道具だよ。火を起こしたり、冷凍したり」


 その答えが意外過ぎるんだけど。前に話した時の感じからも娯楽魔道具の制作に熱を入れるんだと思ってた。

 顔に出てたみたいでアンセスさんが穏やかな表情でくすっと笑ってる。


「そっちを諦めたわけじゃないから安心して。ただ、好きだけを貫いた道よりも、色んな経験を得て作った方がきっとより良い魔道具をいつか作れると思っただけだから」


 その言葉に迷いも躊躇もなさそう。それを聞けただけでよかった。


「それに……」


「それに?」


「お金がいるの」


 一気に現実に戻された感。夢を見続けていた研究者さんは何処に。


「分かります! 私なんてお金がない時はその辺の雑草を煮込んで食べてましたから!」


「分かる。段々と食べるのが面倒になって水しか飲んでなかった時があった」


「本当ですか!? 私も水生活したことありますよ!」


「そうだったんだ。レウィシアさんとは気が合いそう」


 なんかさっきよりも意気投合して握手してるんだけど、これは注意しておいた方がいいのかな。うーん、まぁいっか。


 それでアンセスさんがぺこりとお辞儀して店を出て行った。すごい場に居合わせたからポーション飲むのも忘れてて瓶の中にまだ半分以上も残ってる。


「ほわぁ。魔道具ですかぁ。まさかそんな高級品を売る日が来るなんて思ってもなかったです」


「そういえばさっき魔道具が欲しいって言ってたけど何を頼むつもり?」


「あー、あれは私の為じゃないんです」


「ほう?」


「フランとモコに送ろうと思ったんです。フランはいつも私を気にかけて色々しにきてくれるんです。それにモコには今まで何もできなかった分、何かしてあげたいって思いました。魔道具なんて私の稼ぎだと一生買えませんから」


 本当にこの子はどこまでも……。

 ううん、こういう性格だからこそ今の経営スタイルだったんだよね。

 気付いたら一杯頭をなでなでしてたよ。

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