154 女子高生も司令官の愚痴を聞く
深夜。あまり寝付けないから星でも見に行こうと思って散歩してたらまさかの転移。
こんな時間に異世界に来てもなぁ。皆寝てるだろうし、かといって外に出て魔物が出てきても困る。おまけにちょっと寒い。
うーん、どこか行けそうな所は……んー? 酒屋の明かりが点いてる?
そっか。酒屋は夜でも営業してる所が多いもんね。異世界でもそれが当てはまってて助かる、ラスカルー。
温かい飲み物でも一杯飲んでいこう。
カラン
恐る恐るドアを開けた。本当に営業してるか不安。
「いらっしゃい」
狼の大将さんの優しい声がした。よかった、やってるみたい。
それで中に入ったら狼の大将さんが厨房奥でコップを拭いてる。まるでバーテンダー。
室内はオレンジ色の光がぼうっと照らしてるだけでほんのり暗くも感じるけど、それがまた雰囲気がある。
さすがに客は誰も……いた。
軍服を着た藍色の髪の人がカウンター席で飲み物をごくごく飲んでる。あれってケルちゃん?
「大将、もう一杯頼む」
「それ以上飲んだら明日の仕事に影響出ますよ」
その言い方からして飲んでるのはお酒?
とりあえずお邪魔しないように離れた所のカウンター席に座る。
「これで潰れられたらどれ程楽か。今となっては自分の強靭な体が憎ましい」
お酒に頼りたくなるほど辛いことでもあったのかな……。
「愚痴なら聞こう」
大将さんが穏やかに言ってる。おお、これは酒屋っぽい。
「全部、あいつのせいなんだ。なぜ私があんな奴を気にかけなくてはならない? ただの小娘だぞ?」
「職業柄、変わった人とも出会うでしょう」
確かにケルちゃんは治安維持の人だから、色んな人を見てると思う。
「注文はお決まりですか?」
狼さんが私の方に来てくれた。こういう細かな気遣いしてくれるの地味に助かる。
「温かい飲み物をお願いします」
「少々お待ちを」
大将さんが棚に置いてあるボトルを1つ取って、それを木のコップに注いで炎の魔法で温めてる。何か、こういうのいいね。狼さんの寡黙さと相まって雰囲気ある。
それで出してくれたのは白っぽい飲み物。ほかほかの湯気が立ってて香りもいい。早速1口飲んでみる。ホットミルクみたいな優しい味がする。
「そうだ、変わった奴だ。急に人の部屋に入ってきたかと思うと馴れ馴れしくしてきた。無遠慮な奴、そう思った。二度と会いたくないともね。だがあろうことか生誕祭でまたしても会ってしまった。相変わらずの馴れ馴れしさだったよ。この私をケルちゃん呼びしてくるんだ。どう思う、大将?」
一瞬飲み物を喉に詰まらせそうになったよ。まさか私のこと言ってる?
「あなたほどの地位の方をそう呼ぶとは余程怖い物知らずのようで」
「ああ、そうだ。あいつは怖い物知らずらしい。だが……だからこそ、私が閉ざした領域にまで土足で踏み込んでくる。この私が……人間など……」
ケルちゃんはぼうっと手に持ってるジョッキを眺めてる。これは本人が近くにいると知ったら私どうなるんだろう?
カランカラン
こんな時間に扉が開いた。私も来てるからあんまり言えないけど。
それでちらっと見たら紫髪の黒ワンピの小さな子がずかずかと入ってきて大きなテーブル席にどんと座ってる。キューちゃんだ。
「小腹が空いて眠れないのじゃ。大将殿、我に大盛の料理を出すのじゃ」
「少々お待ちを」
寝る前に食べるなんて体に悪そう……。死神だからその辺も平気なの?
「む。お主は魔犬……いいや総司令官と呼ぶべきか。お主もおったのか」
ケルちゃんに気づいたけど私に気づいてない。隅っこの方だから?
「死神、か」
「お主がそれに頼るとは珍しいのう。あの頃はあの方の為なら食事すら惜しんだというのにな」
「昔の話はよせ」
「すまぬ」
珍しくキューちゃんが謝ってる。前のことを気にしてるのか、それとも古いお仲間さんだから?
「死神。お前はあの小娘と知り合いらしいな。どういう経緯でそうなった?」
「ノノムラ・ノラか? ふむ、もしやお主、あやつと何かあったのかのう。む、有難い、感謝するぞ」
キューちゃんが料理を運んで来てもらって早速食べてる。早食いレベルだけど。
「質問に答えろ」
「経緯も何も、あやつは我が守っていたあの門の前にやってきたのじゃ。いいや、違うな。あやつが夢で我を認識したのが始まりじゃのう。それで我を見るや否、怯えるでも逃げるでもなく、話しかけて来たのじゃ」
「まるでバカげた話だな。私と同じじゃないか」
ますます私がここにいるって言いだしにくくなったんだけど。
「あやつと何かあったのか?」
「別に何も。ただ変わった人間もいるものだと、そう思っただけだ」
「変わった人間か。のう、ヴァルハートよ。考えを間違えていたのは我らの方ではないか?」
「なんだと?」
「長い歴史で人という生物を見たせいで、我らの中で人の認識が固定化されてしまった。故にお主のように人に対して不信感を抱くのも頷けるのじゃ。じゃが、あやつのように奔放な者もいるのがまた人であるのではないか?」
こんな真面目に話してるキューちゃんは本当珍しい。この姿はまさに千年生きた貫禄に思える。
「……あいつなら信頼してもいい。そう、少しだけ思ってしまったんだ」
ケルちゃんが飲み物をおかわりして一気飲みしてる。まるで失言したみたいに。
「我も同じじゃった。故にここにいる」
なんかもうお金はカウンターに置いといてそうっと帰った方がいい気がしてきた。
カランカラン
財布を出そうとしたらまたドアが開いた。意外とこんな時間でもお客さんは来るものなんだね。見たらこんどは灰色の髪をお団子にした大きな三角帽子を被ってる女性が入って来る。ノイエンさんだ。
ノイエンさんは帽子を脱いで辺りを見てて、目が合った。
「これはまた豪華な面子じゃないか。死神に総司令官に異邦人とはね。大将、軽い料理を頼む。仕事が遅くなって何も食べてないんだ」
「少々お待ちを」
ノイエンさんも離れた所に座って皆が離れた所にいて、ちょっと異質な感じ。
「ふっ、賢星も疲労には勝てないようですね。この場には私とそこで飯を食ってる者しか……」
ケルちゃんが顔をあげて周囲を見回して、つい目が合って言葉が詰まってる。
とりあえず軽く会釈だけしておこう。ケルちゃんは何もなかったみたいに元の姿勢に戻した。あれー、無視―?
「私も相当疲れてるようだ。或いは考え過ぎで幻覚を見ているのか?」
なんか頭を押さえてるんだけど。
「ほう、ノノムラ・ノラもおったのか。気づかなかったのじゃ」
「やめろ、死神。幻相手に話しかけるな」
幻って私は幽霊か何か?
「無粋を承知で聞くがお前、いつから居た?」
「えーっと、ケルちゃんが潰れたい云々言ってたあたりから?」
「ほぼ最初からじゃないか……なぜもっと存在感を出さないんだ!」
何故か怒られる始末。
「総司令官様。飯の時くらい静かにしておくれ」
「同意じゃ。せっかくの飯が不味くなるのじゃ」
呑気に食事をしてる2人をよそにケルちゃんだけが頭を抱えだしてた。それで急に席から立ち上がったと思ったら私の方にずかずか歩いて来る。嫌な予感がしなくもない。
それで隣の席に座った。
「これを飲め。それで今日のことは全部忘れろ」
手に持ってる飲み物を勧めてくる。お酒はまだ飲めないよー。
「ヴァルハート、そんなことしたらあんた今の地位が落ちるじゃすまないよ」
やっぱり異世界でも未成年の飲酒は厳しいのかな?
「くそ……私としたことが……普段なら絶対に気づいていたというのに」
こんなに飲んでたら気づかなくても無理はない気がする。私、魔力なしだし。
「別に変なこと言ってなかったと思いますよ? 何も気にしてませんから」
「お前が気にしなくても、私が気にするんだ。もう終わりだよ」
やっぱりこっそり帰っておくべきだったかもしれない。
「お主ももう認めるといいのじゃ。1人くらい信じられる人間がおってもよかろう」
「最初くらいもっとまともな奴がいい」
私はまともじゃない?
「分かった。これ以上は何も言わない。だからお前も何も考えず忘れろ。いいな?」
「いいですけど1つだけいいですか?」
「なんだ?」
「ずっと前から気にしてたんですけど、私の名前はお前じゃなくてノラです。名前で呼んでくれると嬉しいんですけど」
今まで一度も名前で呼んでくれなくて寂しかった。この際だから親睦を深めよう。
「名前、だと? ふざけるな。誰がお前の名前なんか……」
「我ですら名前で呼んでおるのにお主にできぬとはのう」
キューちゃんの素面の煽り。それが効いたのかケルちゃんがムッとしてる。
「私も名前くらい余裕だ。ノ、ノラ……」
何でか視線を外されて恥ずかしそうにされるとこっちまで照れるんだけど。
「ああくそ! お前、肩書か何かないのか!? 何もなしなど気に障る!」
「えーっと、学生?」
肩書というか職業?
「もういい。ノラ殿と呼ぶ」
殿とは想定外。何か殿様っぽくて寧ろ恥ずかしい。お前呼びよりはずっといいけどね。
「全く……総司令官ともあろう方がそんなに取り乱してどうするんだよ。あたしはもういくよ」
ノイエンさんがいつの間にか食事を終えて席から立ち上がってた。
「ノイエンさん。1つ聞きたいことがあるんですけど」
「あん? なんだい?」
「あ~、その~。やっぱりいいです」
ノイエンさんって勘が鋭いから本当はケルちゃんが魔族なの気づいてたりしないのかなって思ったんだけど、本人が隠してるのに聞いちゃいけないよね。
「おい、何だ? 何を聞こうとした? また私を辱めようと企んでいるのだろう? そうだろう?」
ケルちゃん、完全に疑心暗鬼になってるんだけど。でもさすがに言えないよー。
そんな私達のやりとりを見てノイエンさんがやれやれって顔をしてる。
「ま、誰にだって言いたくないことや隠したいことくらいあるだろうよ」
含みのある言い方だ。ケルちゃんが少し驚いた顔をしてる。
「そういえばケルちゃんって治安維持の総司令官になって何年になるんですか?」
「急だな。もう30年にはなるだろう」
30年。思ったより長い。私はてっきりもっと最近だと思ってたよ。
これは……。
「かっかっか! お主も馬鹿じゃのう。そんなに年月が経っていれば勘のいい者はとっくに気付いておるぞ?」
キューちゃんがわざとらしく大声で叫んでる。
魔族の人は長生きだろうし30年くらいだと多分見た目もそんなに変わってないんじゃないかな。実際キューちゃんなんて千年生きて子供の姿だし。
「ふ、ふざけるな! 今まで誰もそんな話を私にしてないぞ!」
「やれやれ。隠してるとは思っていたが、隠せていると思っているとは想定外だよ。あたしがここまで老いてるのにあんたはそのままで気付くなって方に無理がないかい?」
「フェ、フェルラ賢星? あなたは私が魔族だと知っていたのですか?」
「まぁね」
「ならば何故すぐにあの地位を引きずり下ろさなかったのですか。私は人間にとっての敵、悪意でしかないのは歴史が証明しているはず。そんな者を上に置くなどありえない!」
ノイエンさんはそれを聞いて溜息を吐いてた。
「あんたの内心や人に対しての思いや感情なんてあたしからすれば些細な問題だよ。あたしが気にするのは人とどう接しているかだけだ。実害もなく、人を助けてる奴を糾弾しようとする輩がいるならあたしならそいつをぶっ飛ばすね」
ノイエンさんが支払いを済ませて颯爽と去って行っちゃった。
ケルちゃんはぽかんとしたみたいに放心してる。
「は……はは。なんだよ、それ。人に不信感を抱いてた私が馬鹿みたいじゃないか」
「ケルちゃん。私もノイエンさんと同じ気持ちだよ。ケルちゃんが悪い人じゃないって皆知ってると思う」
「あの方のいない世界など何もないって思ってたが、あるものなんだな。私の知らない何かが」
そう思えたのはきっとケルちゃんが少しでも人を信じようという気持ちがあったからだと思う。それに私からしたら角のある人もケモミミのある人も、人もそこに違いがあるなんて思えないんだよね。




