150 女子高生も生誕祭を楽しむ(6)
リリのお屋敷を離れて街をぶらぶら。瑠璃は完全に疲れちゃったみたいでおねむの時間。おかげで私が抱っこしてあげてる。結構重いけど食べ過ぎてるから運動と思って頑張る。
そしたら前の方で紫色の髪をした黒ワンピに垂れた角のある小さな子を見つける。
「キューちゃんだ~」
「む、お前さんか」
声をかけたら気付いてくれて振り返ってくれた。両手には串団子みたいなのを持ってて今も頬張ってる。
「生誕祭満喫してるねー」
「当然じゃ。せっかくじゃから人間共がどれだけ我を満足させられるか調べてやってるのじゃ」
これは私の知らない所でかなり食べてそう。それだけその小さな胃袋に入ってるのが永遠の謎だけど。
「酒屋の大食いにも参加してたもんね」
「ふん。あの大将は何も分かっておらん。あんな葉っぱ如きで我に勝ったつもりでいるからのう」
ぷんぷん怒ってる辺り優勝できなかったのが気に障ってるみたい。これだけ食べれるなら普通にやってたら勝ってたかもしれないね。
「キューちゃんも人のことが好きになってくれたみたいで嬉しいよ」
「好き、などという感情なぞありはせん。だが人には人にしかできぬこともある。それを認めなくてはならんのじゃ」
団子を見つめて言ってる。つまり美味しい料理に完敗。食欲には死神様でも勝てないみたい。
それで仲良く央都を歩いてたら先の方で人が誰かを避けるみたいに歩いてる。その人の周りには誰も寄り付いてない。気になってみたら軍服の女性が威風堂々と歩いてる。あの藍色の髪とケモミミ帽子は……。
「ケルちゃんだー。こんにちは~」
挨拶をしただけなのにめちゃくちゃ睨まれたんだけど。
「ケルちゃんも生誕祭に来てたんですね」
「公務故に仕方ないだろう」
そっかー。こんなに規模が大きいお祭りなら警察の人がいるのは当たり前だもんね。
それで見回りをしてた感じかな?
「それと何度も言うがその呼び方はいい加減にやめろ。腹の底からぞわぞわしてくる」
えー前はいいって言ったのにー。
「ケルさん?」
「普通だな」
「ケル様」
「まぁ悪くない」
「ケル総司令官」
「分かってるじゃないか。それでいい」
「ちゃん」
「お前、私をからかっているのか?」
ケルちゃんがやれやれって感じで肩をすくめてる。結構怖くてきついイメージあるけど案外ノリがいいというか、相手してくれるのかなり嬉しい。
「ケルちゃんもせっかくですから一緒に見ていきません?」
「お前の目に私が暇だと映っているのは心外だよ」
分かってたけど駄目元でも言わないとケルちゃんは乗ってくれなさそうだからね。
それでキューちゃんが団子もぐもぐしながらずっとケルちゃんを見てて首を傾げてる。
「うん? もしやお主、魔犬か?」
団子を飲み込んでそう言った。まけん?
ケルちゃんはキューちゃんを一瞥して睨んでる。
「なんの話かさっぱりだな」
「その声間違うはずなかろう。そんな恰好じゃったから分からなかったのじゃ。お主も人の世にいたとはのう。あれだけ人を信じてなかったお主も変わったのじゃな」
「子供の戯言に付き合うつもりはない。私はもう行くぞ」
ケルちゃんが早々に去ろうとしたからキューちゃんがすごく驚いた顔をしてる。
「もしや魔犬。素性を隠しているのか?」
ケルちゃんの足が止まった。
「黙れ。それ以上喋ると子供とはいえ容赦しない」
「あれだけ魔族としてのプライドの高かったお主が人の世に隠れ、何故己の角まで隠すのじゃ?」
魔族……角。じゃあケルちゃんの頭のドリルみたいなのは角? キューちゃんの話からして同僚っぽいよね。魔王の部下の幹部の人?
ケルちゃんは無言で右手を構えて今にも魔法を放ちそうな勢い。
「やはり変われなかったのか?」
「それ以上喋ると撃つ」
離れてても分かるくらいの威圧感。周囲の人がびっくりして逃げてる辺り魔力か何かがあふれてるのかもしれない。私は魔力なしだから凄んでるようにしか見えないけど。
「何がお主をそうさせている? 今更争う理由なぞなかろう。お主はあの魔女とは違うと思ったのじゃがな」
「ふざけるな! 私をあんな奴と同じにするな!」
「魔王様の言葉を忘れたわけではあるまいな? 人に危害を加えるな、と。ここでお主が魔法を放てばどれだけの被害が出ると思うのじゃ?」
キューちゃんも時々危なそうな魔法使ってるのに言うのって感じだけど、この状況では黙っておこう。
ケルちゃんは構えてた右手を下ろして何も言わずにその場を去っていった。嵐が去ったみたいだけどこの場に微妙な静寂が流れてる。
「すまぬな、せっかくの祭りに水を差してしまったのう」
キューちゃんが私の心配をしてくれて寧ろそれにびっくりなんだけど。
「ううん、気にしてないよ。それよりケルちゃんだけど……」
「……あやつは我と同じ魔王直属の幹部じゃ。しかし何故か、それを隠しているようじゃのう」
「えっと大昔に魔王と勇者が和解してこの世界が平和になったんだよね?」
「そうじゃ。そして我ら幹部は人の世に残り魔王様の言葉通り人に歩み寄る道を選んだ。のじゃが、あやつはどうもおかしい道に進んでる気がするのう」
それぞれの道に進んだからお互いのこともずっと知らなかったのかな。
「キューちゃんもずっとあの扉の前に居たんでしょ?」
「そ、それはそうなのじゃが……。わ、我はいいではないか」
まー今のキューちゃんが無害極まりないのは知ってるからね。
「私、ケルちゃんの所に行ってくる」
「正気か? 我が言うのもおかしいかもしれぬが、今のあやつに近づけばお主とはいえただではすまぬかもしれぬぞ?」
「だからだよ。辛いとき、苦しいとき、誰かが傍にいないとダメなんだよ。ごめん、キューちゃん行ってくる! 瑠璃をお願い!」
瑠璃をキューちゃんに預けて走った。間に合うか分からないけど間に合わないといけない。
後ろからキューちゃんの声が聞こえたけど振り返ってる余裕はない。
~央都西門出口前~
ケルちゃんを追いかけて城門の出口近くまで来ちゃった。ケルちゃんはどこだろう?
あ、城壁の上の方で佇んでる。階段をあがって行こう。
「ケルちゃん!」
街の外の方を眺めて静かに黄昏てる。声に気づいてるだろうけど振り返ってくれない。
「何の用だ」
いつにも増してきつい口調になってる。きっとさっきの出来事が余程心に残ってるんだと思う。
「用ってほどじゃないけど……ただ心配になって」
「心配? はっ、笑えるな。人間に心配されるほど弱くなったつもりはない」
確かにケルちゃんがどんなに強いかは短い間でよく知ってる。でも私が言いたいのは……。
「私が心配してるのは心の方だよ」
「心だと? そんな曖昧な物を心配するとは脆い人間らしい考えだな」
さっきから人間人間って言ってる辺り若干素が出てるんじゃないかな。
「それとも私の弱みを握って脅してるつもりか?」
「やっぱりさっきキューちゃんが言ってたのは本当なんですね」
「キューちゃん、ね。あの死神が俗世に生きてるのもお前の仕業ってわけ? あいつが人の言うことを聞くとも思ってなかったが」
それは今でもそうだと思うけど。
「ただの小娘にしては随分と恩寵があるらしい。おまけに私の秘密まで知った。こんな所に1人で来るのは余程の馬鹿だな?」
ケルちゃんがこっちを見て歩いて来た。さっきと同じ威圧感があるけど逃げる気はない。
「逃げないのか。魔族に襲われてるとでも叫べば優しい人間が助けてくれるかもしれないぞ?」
「……そんなことしてもケルちゃんが喜ばないと思う」
「まだ私の心配か。お前、私が怖くないのか?」
怖くないって言えば嘘になるけど、その為にここまで来たわけじゃない。
ケルちゃんをジっと見つめた。ケルちゃんはそんな私の目から視線を外して街の外に目を向けた。
「別に殺しはしない。そういう約束だからだ」
「約束って魔王さんの?」
返事はないけど多分肯定の意味だと思う。
「私の素性を暴きたければ好きにすればいい。別に今の地位が欲しくて組織に属してるわけではないからな」
「何度も言いますけどケルちゃんが喜ばないのにそんなのしません。誰にも言いません」
「おかしな奴だ。人の社会に元魔王軍の存在がいるのに恐ろしいと思わないのか?」
そもそも私はこの世界だと部外者だからその辺に関しては何とも言えない。
でも分かることもある。
「思いません。だってケルちゃんは人の為に行動してるじゃないですか。治安維持って社会で生きる上で重要な立ち位置にあるじゃないですか。そんな所で働いてる人が悪い人だとは思えません」
「ふっ。それが人を監視するための体裁だって言っても?」
まるで私を試してくるみたいに言ってくる。それが本音? だとしても私のケルちゃんの思いが変わったりはしない。
「やっと本音で話してくれましたね。人に壁を作ってるって思ってました」
「……私はお前が怖いよ。なんの力もない癖に人の心に土足で入り込んでくる。そうやってあの死神も懐柔したのか?」
「それは分かりませんけど、でも少なくともキューちゃんが変わろうと思ったのは確かだと思います」
あの洞窟から出て人の世界に来て生きると決めたのはキューちゃん自身。
「変わった、か。あの死神が変わるとはあの頃では思いもしなかった」
ケルちゃんが独り言のように呟いて帽子の位置を調整したら私の横を素通りしていった。
「キューちゃんの所に行くんですか?」
「ただの公務の続きだ。人の間違いを正すのが私の役目だからな」
階段をコツコツと降りていく。怒ってる風には思えないけど何を考えてるか全然分からない。本当にこのままでいいのかな……。
「あの! 夜になったら魔導砲の打ち上げがあるんですけど一緒に見ませんか?」
返事はなにも来ない。
「私、お城の方にいるのでケルちゃんが来るのを待ってます! よかったら来てください!」
それでもケルちゃんは何も言わずにその場からいなくなっちゃった。これ以上私にできることは何もないと思う。だからケルちゃんを信じよう。




