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144 女子高生も山へ行く

 放課後。先生の長い話が終わるとクラスから歓声に似た声があがった。今日からはなんと言っても夏休み! 今か今かと待ちわびてたよ。


「またね野々村さん。瑠璃ちゃんもバイバイ」


「ばいば~い」


「ぴ~」


 今日は瑠璃がついて来て鞄の中に隠れてた。一部の生徒から誤解されてたけど瑠璃と仲良くなってくれたおかげで最近は話しかけてくれて嬉しい。


「ノラさん、これから予定はありますか?」


「んー? ないよ。暇だから異世界に行こうって思ってたくらい」


「実は……」


 コルちゃんが言おうとしたら急に教室のドアがバーンて開けられた。そのせいで帰ろうとしてた生徒がびっくりしてる。そこに仁王立ちしたヒカリさんが立ってた。

 うん、大体状況を理解したよ。コルちゃんは溜息吐いてるけど。


「話は聞いてるわ。学生諸君は今日から夏休みだそうじゃない」


 優雅に歩いて男子の視線をくぎ付けにしてるけど本人は全く気にしてない。


「おーっす。来たぞー、ってうわ! なんでヒカリさんがいるの!?」


 リンリンも来ては驚いてる。


「サプライズ成功ね。でも驚くには早いわ。これからあなた達を拉致するから」


「お姉ちゃん、冗談でもそんな言葉使わない方がいいですよ」


「こんな美人に攫われるならいっそ本望でしょ?」


「お姉ちゃんは本気で法律の勉強をしてください」


 相変わらずの漫才。今日もキレキレだね。


「車は外に停めてあるわ。さっ、行くわよ!」


 有無を言わさずに先先行っちゃった。それを見てコルちゃんが申し訳なさそうな顔をしてる。


「すみません。お姉ちゃんがどうしてもと言って聞かず」


「いつものヒカリさんって感じだから気にしてないよー」


「だなー。どうせ暇なんだし付き合うよ」


 というわけで校門を出たらヒカリさんが車から顔を出して手招きしてきた。ドアを開けてくれたから後部座席に乗らせてもらったらすぐに発進しちゃう。


「さて。勘のいいあなた達ならこれから私がどこへ行くか当ててみなさい」


 唐突なクイズが始まったんだけど。


「んー。海?」


 去年はこの時期にヒカリさんに連れていってもらった記憶がある。


「あー海かー。そういえば行ったなー」


「お姉ちゃん、それならそうと言ってくださいよ」


 完全に皆が海へ行くと思ってる空気になってる。水着も何も持ってないけどね。

 そしたらヒカリさんが変な声をあげた。


「だー! 海は去年行ったでしょ! いい? 夏のイベントと言えば海ともう1つあるでしょ! 今日は山へ行くのよ。山ガールよ!」


 ヒカリさんがすっごいテンション上がってるのに対して車内は静まり返ってる。


「あ、あれ? 君達テンション低いぞ?」


「いやー、山かー。わたしゃ山へ行くなら海の方がいいんですがねー」


「わたしも山より海の方が好きです」


 リンリンとコルちゃんから苦言を呈されてる。山なんて普段から見慣れてるから2人とも乗り気じゃないんだと思う。何せここが既に山の中だからね。


「何よ! 山、いいじゃない! 私は山に行きたいの!」


「ていうか山へ行くなら制服のままなのもきついと思う」


「その点の心配は無用よ! 君達の着替えはすでに後ろに積んであるわ!」


 後ろを見たらなんか荷物の山が見えたけどそういうわけだったかー。

 これは完全に山へ行く段取りだったんだと思う。連絡なしで動くのはヒカリさんらしいけど。


「お願いよ~。私、山に行きたい気分だったのよ~」


「ぴ~ぴ~ぴー」


 鞄から顔を出してる瑠璃は乗り気な感じで鼻歌歌ってる。


「瑠璃ちゃーん! さすがね! 分かってるわ!」


 瑠璃に関しては何も分かってなくて適当だと思うけど。


「別にいいんじゃない? 私は皆と一緒ならどこでも楽しいと思うよ」


「ノラちゃん! あなたは女神様ね!」


 それに車に乗ってる以上どうしようもないし。


「仕方ないですね。お姉ちゃんのわがままに付き合ってあげます」


「地元じゃなかったらまた別の楽しみもあるかもだしな」


 2人も乗ってくれたみたいでヒカリさんが感激の声を出してる。

 そんな感じで山へ行くことになった。



 ~2時間後~



 高速に乗ったり、パーキングエリアで昼食を食べたりして大分遠い所まで来たみたい。

 着いたのはどこかの山の麓の駐車場らしい所。


「ここからは歩きよ。さぁ降りるわよ」


 降りたらまずヒカリさんが持ってきた服を借りる。って言ってもこんな所で服を脱ぐわけにもいかないから制服の上から羽織る形になるだけ。ちょっと暑いけど山を歩くなら半袖はダメだからね。


 それで準備が終わったらヒカリさんは大きなバックパックとバケツを持ってた。バケツ?

 よく分からないけどとりあえず皆で仲良く山道を歩きだす。


「ほえー。綺麗な所だねー」


「それ思ったわ。山なんていつも見慣れてると思ったけど全然違うじゃん」


 緑豊かな森林が生い茂る所だけどどれも色鮮やかで太陽の光が反射して綺麗に見える。

 何より全部が自然な感じなのが一番綺麗に見える要素かもしれない。


 地元だとどうしても農家の人が軽トラで行き来したり、通りやすくするために雑草を刈ったりとかするから人の手が入ってる。でもここはそんな感じが一切ない。


「お姉ちゃんにしてはいい所を見つけたのですね」


「ふふん。驚くには早いわよ」


 ヒカリさんが指さすと丁度道が2つに別れてて坂道と砂利道になってる。ヒカリさんは砂利道を選んだ。それで少し歩いて行ったら水の流れる音が聞こえてくる。


 そしたら目の前にエメラルド色に染まった川が見えてきた。渓流だ!


「川めっちゃ綺麗じゃん。中まで透き通ってるぞ」


 リンリンが近づいて覗いてる。私も近くで見たら底まで見えるくらい澄んでる。綺麗な水みたいで魚も沢山泳いでた。


「どう? これでも海がいいってまだ思う?」


 さすがにここまでされたら反論できる人はいないね。瑠璃は川の上や木の上まで飛び回って楽しそう。


 それでヒカリさんが大きな荷物を地面に下ろした。


「お姉ちゃん、その荷物はなんですか?」


「ふっふーん。じゃーん!」


 ヒカリさんが鞄から出したのは……釣り具?


「へぇ。ヒカリさんってそういう趣味もあるんだ」


 リンリンがちょっと嬉しそう。そういえばリンリンも釣りをしてたね。


「残念だけど釣りはしたことないわ」


「だったらどうして?」


「さっき道が別れてたでしょ? あっちに行ったら秘境の和食屋があるのよ。ここの自然で採った食材を使った料理はどれも絶品……らしいわ」


 なるほどー。ヒカリさん、もしかしてそれが目的だったんだねー。急に山に行きたいって言うからおかしいと思ったよ。


「中でも鮎の天ぷらが美味しいって聞いたんだけど、こんな所で構えてるくらいだから値段がお高いのよね。でもここで釣って持って行ったら格安で提供してくれるらしいの!」


 ようやく話が見えたね。こんな所にある店なんてテレビでしか見ないから実際に行って食べてみたいというのは分かる。


「……お姉ちゃん、さっき釣りは初めてって言いましたけど大丈夫なんですか?」


「この日の為に勉強してきたわ! ネットで!」


 最後の一言が不安しか残らないんだけど。


 それで釣具の準備をしてるけど既に悪戦苦闘してる。スマホ片手で見てるけど山の中だから電波も悪いという。それで見かねたリンリンが手を貸してた。

 そしたら手際よく進んで釣りができる状態にまでなってる。


「リンちゃん、ありがとー! 持つべきは釣り友ね!」


「いいんだけどさ。でも今から釣り始めて人数分の鮎とか釣れんの?」


 時間はもう4時前くらい。運よく釣れたら夕食にはなりそう。

 釣れなかったら悲惨。明日は休みだから遅くなっても大丈夫だけど山の中で暗い時間までいるのは危ない。


「そ、それは気合よ!」


「嫌な予感しかしません」


 完全にフラグが立ったけど気にしたら負け。

 それからヒカリさんは釣りに専念してた。でもせっかくだから協力してあげたい所。

 そしたらバックパックに手網を差してあったから、それを取ってみる。


「おいおい、ノラノラ。それで行く気か?」


「頑張ってみる」


 というわけで裸足になって川に入ってみたら冷たーい。これはこれで気持ちいかもしれない。でもやっぱり魚のいるところに近づいただけで逃げられちゃう。うーん、ダメかー。


「捕まえようとせずに待ってみてはどうでしょう?」


 コルちゃんのアドバイス。なるほど、それはいいかもしれない。網を沈めて待つ。


 ……。


 入った! でもこれどうすればいいの? このまま引き上げようとしたら逃げられそう。


「リンリンー。網に入ったけどどうやって上げたらいいー?」


「そうっと網を上向きにしてそのまま引き上げろー」


 よーし、やってみよー。そー。

 おーいけたー。後はこのまま引き上げれば……。


「取れたー!」


 リンリンとコルちゃんから拍手されちゃった。


「ああ! なんで餌だけ食べるのよ!」


 あっちはあっちで苦戦してそう。


「ノラさん、あそこ見てください」


 コルちゃんに指差されて目を向けてみる。そしたら川辺の所に白いウサギが2匹仲良く水を飲んでる。えー可愛い。親子かな?


「そういえばもうすぐ生誕祭があるんだけど2人って30日って予定空いてる?」


 なんとか川から出られて聞いてみる。


「30日……確かその日、家族で旅行に行く予定だったと思います」


「あー私も外せない用事があるんだわ。悪い」


 ショック! ということは今年の生誕祭は1人かぁ。瑠璃も連れていこう。

 本人は川で泳いでて呑気そうだけど。


「ていうかもうそんな時期なのか。ノラノラの異世界通いも1年過ぎてるんだな」


「そうだよー。異世界博士って呼んでねー」


「ですが学校に通いながら異世界も行ってるってよく考えればすごいですよね」


 そうなのかな? 移動が転移だからなんかもう1つの地元感にはなってるけど。


「ま、私らの分も楽しんできなよ」


「うん、そうするね」


 でも今はこの綺麗な景色を堪能しよう。ご飯も食べたいけどヒカリさんの悲鳴具合からきっと無理そう。

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