129 女子高生も異世界で朝食を食べる
最近始めた朝のジョギング。続けてみれば案外簡単……でもない。まず朝起きるのが大変すぎる。いつも眠い眠いーって思いながら起きるからまだ体が慣れてないんだっていうのが分かる。
でもいい事もある。早起きして外を走ってたら大概異世界にいける。朝の新鮮な異世界にいけるのはかなりレア。人が少ないから本当に異世界って感じもしたりしなかったり。
「でも誰もいないのは寂しいなぁ」
やっぱり1人で走ってるのは色々と疲れる。スピードは亀さん並でも頑張ってるつもり。
と思ったら私以外に朝から走ってる人を発見。青い長いあの髪は?
「ムツキー!」
「ノラ? こんな早くから珍しいね」
声をかけたら気付いて振り返ってくれた。いつもは騎士の服を着てるけど今は私と同じでジャージみたいな格好。
「うん。またふにふにになっちゃったの」
「そうなの? 全然分からないけど」
見た目では分からなくても悪魔の装置には数値を正確に出されるから妥協はできない。
「ムツキも朝から走ってるんだね」
「体を慣らす為に毎朝走るようにしてる。体力作りにもなるし丁度いい」
これはベテランだなぁ。実際ムツキは全然息切れてないし。
「私も一緒に走っていい? 遅くてペース合わせてもらうことになっちゃうけど」
「全然いいよ。私もまさかこんな時間にノラと会えると思ってなかったから嬉しい」
優しく微笑んでくれるのが正に王子様って感じ。女の子だけど。
というわけでジョギング再開。相変わらず朝が早いから店はどこも閉まってる。案外異世界の人は時間にのんびりなのかも? 日本だったら準備や支度で既に店内に明かりが点いてたりするけど、こっちはまだ暗いまま。
「これってどこに向かってるの?」
見た所は住宅街っぽい所の路地を走ってる。流石にこの辺になってくると起きてきた人が家の前に出てきたりしてる。
「一応自分の家かな。折り返し過ぎた所だから」
「そうなんだ。私も寄ってもいい?」
何気にムツキの家に行くのは初めてな気がする。確か1人暮らしだったっけ?
「いいけど面白いのは何もないよ?」
「ムツキと一緒なら楽しいよ」
本音を言うならもう走り疲れたから休みたいんだよね。ムツキは顔を赤くしてたけど頷いてくれた。やっぱり私より大分走ってたんだろうなぁ。
住宅街を走ってたら丁度レンガのマンションみたいな所に着いてそこでムツキが足を止めた。ようやく歩けるー。
「ここがそうだよ」
「全部?」
一応確認して聞いてみる。そしたらムツキが手と首をブンブン振って違うアピールしてた。普通そうだよね。でもリリみたいに実はお嬢様の家系っていうのもありえなくないから確認は大事。
マンションの玄関ホールに入ったらびっくりした。視界に何本も柱があって迷路みたいになってる。迷路は言い過ぎだけどジグザグに動かないといけない。
それでムツキは上に続く階段を上ってる。当たり前だけどエレベーターはない。
修業はまだ続くみたい。
それで3階の廊下に出て来た。玄関ホールにあった柱が廊下にも伸びてるのが何とも奇妙な光景。ムツキは気にしてなさそうに歩いて奥の方にある部屋の前まで行った。
「ここがそうだよ」
「お邪魔しまーす」
中に上がらせてもらったけど、室内は旧市街で見たアパートと殆ど違いはなさそう。広さはこっちの方があって、別室もいくつかあるのかな。窓も大きくてバルコニーがありそう。
全体的に簡素な雰囲気があるのは物が殆どないからだと思う。壁には武器の剣とか弓をかけてあって、服をしまうクローゼット。丸い机に椅子にキッチンの台みたいなのと食べ物を入れてある樽みたいのが見える。食器棚があって、その横には鉄の箱もあるけど冷蔵庫?
「ごめんね。家にはあまりいないから何も置いてないの」
ムツキは騎士だから職業上、家に長居するのは少ないもんね。でも逆にこれだけストイックな生活をしてるのは尊敬する。
「今から朝食作るんだけどノラも食べていく?」
「いいの?」
「うん。いつも作り過ぎるから大体保存するはめになってる」
「ありがとー。ムツキの料理は美味しいから食べてみたいなー」
いつかの弁当のおかず交換でいくつか食べたけどどれも美味しかった記憶がある。
「分かった。じゃあちょっとの間待っててね」
「お皿を並べるくらいならするよ~」
「ありがとう。じゃあお願いしようかな」
料理開始……の前に手を洗わないとね。ムツキがシンクの所で洗ってたから借りる。ムツキがシンクの横に置いてある青い薬草みたいのを軽く手で摘んでそれでごしごししてると、何か泡立ってた。何これ。
真似して摘んだら手がつるつるしてくる。それで擦ったら青い泡が出てきた。何か楽しいこれ。
手を洗ったら早速ムツキの料理開始。なんだけど、ムツキの料理の速度が並じゃないんだけど。樽から野菜みたいなのをいくつか取ってきて洗うと、ナイフを取り出してそこからは見えない。早過ぎて見えない。
食材を切る音もトントントンじゃなくて、トトトトトトってなってるし。それに流れるようにボウルに移して別の食材も切って、それでフライパンもいつのまにか火で温めてるし。
私の目では何が起こってるか分からないよ。とりあえず早く皿を出しておかないと私が置いていかれそう。
「できたよ」
それでムツキはものの15分くらいで3品もおかず用意してる。もう騎士をやめてシェフにでもなった方がいいんじゃって内心思ったけど黙っておこう。
出たおかずその1。
見た感じは野菜炒め。青と緑と黄色の菜が使われてて、見た目的にも悪くない。炒める時に少量のマンダースを加えてたから香ばしさも出てるね。
おかずその2。
多分、卵焼き。黄色じゃなくて緑だから自信がない。でも巻いた感じとかはかなり卵焼き。
絶対卵焼き。
おかずその3。
お肉のスープ。サイコロ状に切った何かのお肉がオレンジ色のスープの上で浮かんでる。野菜炒めで余った野菜をこっちに使ってたからムツキの主婦力が伺える。
正直料理で費やして一番時間かかってたのがこれ。肉を炒めてからスープで煮込むという朝からそんな手間かけるっていう料理を作ってくれた。早業のせいでほぼ煮込む時間を見てただけだけど。
私がしたのはお冷を出すのと皿だし。後スプーンとフォークを出した。終わり。
「私の分までありがとう、ムツキ」
「口に合うか分からないけど」
作ってくれた料理は必ず食べきるからそれは問題ないよ。
「じゃあ頂きまーす」
まず気になってた卵焼きもどきを食べてみる。フォークで一口サイズに切って食べる。
ふわふわしてて優しい触感。うん、やっぱり卵焼きだった。しかもムツキシェフがお肉を炒めて出た肉汁をこれに使ってたのは知ってる。それがいいスパイスになってて美味しい!
「んー♪ ねぇねぇ、これって何の食材使ってるの?」
「骨なし鳥っていう魔物の卵だよ。こっちだと調理用で代表的だと思う」
やっぱり卵だったね。地味に骨なし鳥って名前に気になるけど今は次のおかずを食べたい。
じゃあ今度はこの野菜炒め。スプーンで一口運んで食べてみる。
野菜独特の苦味は殆どなくて、マンダースの辛さが……あれ、ない? というか辛さと甘さが調和してるような?
「この野菜炒め辛くない」
「もしかして辛い方が好きだった?」
「ううん。マンダースを入れてたから辛いかなって思って」
あれってちょっとでもすんごく辛いからよく覚えてる。
「私はそのまま使うよりスラースを混ぜて使うよ。辛味が減って食べやすい」
これまたムツキシェフのワンポイントが来ました。よくよく考えたら調味料って1つで使う方が少ない気もする。醤油に砂糖とみりんを混ぜる感覚かな。
そして最後のスープ。謎のオレンジ色の出汁をスプーンで飲んでみる。
これはあったまる味だ。トマトのスープっぽい。お肉の肉汁のおかげで絶妙に味に濃さがあって元気でる。お肉の方も食べてみよう。
んん! 柔らかい!
あんな少ししか煮込んでないのにここまで柔らかくなるなんて。噛む度に肉汁が広がってこれがまたスープと合う。
「ムツキこれすごく美味しい! ていうか全部美味しい!」
「それならよかった」
ムツキが優しく笑ってくれる。ていうか朝からここまで作れるってとんでもない気がする。多分歳もそんなに離れてないだろうし。仮に私がこのおかず全部作るには料理の本片手にして3倍以上かかりそう。
「これを自分で作れるってすごいなぁ」
「自分で作ってたら自然とできるようになっただけだよ」
やっぱり1人暮らししてると生活力があがるのかなぁ。ヒカリさんもそうだし。
そんな美味しい料理だったから食べるのもすぐ。ムツキは私の倍くらい食べてたけど私より食べ終わるのが早くてびっくりする。
「ごちそうさまー。お皿洗うよー」
「ありがとう」
こんな美味しい料理を朝から食べれて幸せー。あ、そうだ。帰ったらお母さんに朝ごはんいらないって言わないと。何か心配されそうだけど。
「本当ムツキって何でもできるよね。苦手な物ってあるの?」
運動神経よくて料理もできるし困ってる人も助けてる騎士様だし。ここまで来ると逆に何ができないか知りたくなる。
「私は騎士だからなるべく弱点を作ったらいけないの。だから大抵の苦手は克服したよ」
異世界の騎士に求められるスペックが高くない? なんとなく魔法使いの方が頭良さそうなイメージがあったけど逆転しそう。
それでお皿を洗ってたらムツキの手が急に止まった。
「ムツキ?」
気になって声をかけたら放心して一点を見つめてる。それでそうっと皿を置いて後ろに下がってた。何事?
目で追ったら壁に白い芋虫みたいのが止まってる。
「ノラ、下がって。そいつを仕留める」
ナイフ構えて言ってるけどそんな壁際まで下がったら逆に命中精度下がらなくない?
「毒でも持ってるの?」
「うん」
「それは大変!」
「目の毒」
んん? ムツキさん?
「もしかして虫が苦手?」
「問題ない。すぐに仕留める」
壁の弓まで取ってるけど猛獣とでも戦う気かな? 毒がないなら素手で触っても問題ないよね。バルコニーまで連れて離してあげよう。芋虫さんは何事もなかったように壁を登っていってた。
「これで大丈夫だよ」
「ノラ……あんなの触れるなんて」
んー、変なのかな。地元が田舎だから虫はよく出てくるから触る機会もそこそこあったし。
「ムツキにも苦手な物があったんだね」
「だってあのフォルム……無理!」
今でも壁の方に立って警戒してるのからして本当そう。完璧じゃないって知れて安心したよ。でも虫が苦手って地味に騎士として致命的な気もするけど、気にしたら負けかな?




