126 女子高生も歌いたい
異世界の夜はきらきらしてる。魔道具の光、それとも魔法的神秘なのかな。街中には不思議な光がぽうっと輝いてる。街灯や家の中だけを照らす現代とは少し違う。
それでも街から離れたら光は少しずつ消えて行く。
「~♪」
本当は夜の異世界で街の外へ出る気なんてなかったけど素敵な歌声が聞こえたから行ってみたくなる。それで川沿いの道に白い狐さんが1人、楽しそうに儚げに歌ってる。
星の光がまるでスポットライトのよう。
けどその歌はいつも良い所で止まる。その理由は決まって音を外したから。
「フブちゃん。こんばんは」
丁度タイミングを狙って挨拶をしてみる。
「おわっ! って、ノラ君か。こんな所にまで現れるなんて君は神出鬼没だねぇ」
「素敵な歌に導かれただけだよ」
「素敵な歌、か」
本人は納得してなさそうな声でポツリと呟いてる。それでも私は素敵だって思ったけど。
「調子はどう?」
「聞いての通りだよ。声が続かないんだ、私」
ずっと歌ってたら喉が枯れるけど、多分それとはまた別なんだと思う。息継ぎだってしてるように見えるし、私には原因が分からない。
何か落ち込んでるようにも見えるし、ここは人肌脱ごう。
「そうだ。フブちゃんに私の世界の音楽を聞かせてあげるよ」
スマホに音楽が入ってるからそれを聞かせたらフブちゃんの意欲もあがるかもしれない。
「何それ? 蓄音魔道具?」
そういえば私が異世界人っていうのを言ってなかったんだっけ?
まぁいいや。とりあえず曲を流してみる。
有名なアーティストさんので動画再生も1億は超えてた気がする。歌詞は重いのに曲調や歌い方のおかげでそう思わせないのがまたすごい。久し振りに聞くとやっぱりいい曲だって思う。
「何、これ。何これ! す、すご……」
歌が終わって完全に語彙力を失った感想を言ってくれる。スマホじゃなくて歌の感想だよね?
「こんな歌聞いたことない。なんだろう、不思議と心に残る。もう1回聞かせてもらってもいい?」
「いいよ~」
それでもう一度再生したらフブちゃんが目を瞑って真剣に聞いてた。口ぱくしてるのは歌おうとしてる?
曲が終わってもまだ目を瞑ったままで余韻を楽しんでるようにも見えたから何も言わないでおこう。
「ありがとう。ノラ君の国はすごいな。こんな良い歌を聞いたのは子供の頃に歌姫さんの歌を聞いて以来だよ」
ゆっくりと目を開けて私の方を見た。
「やっぱり歌い手さんを目指すきっかけになったのってミツェさんの歌を聞いて?」
「うん。あの心地いい歌が忘れられなくて毎日のように思い出すんだ。それで思ったんだ。私もあんな風に誰かの心に残るような歌を歌いたいって」
夜空を見上げてそう話してくれる。
「でもまだまだなんだ。私に何が足りないんだろう?」
それは私にも分からない。分からないなら動くしかない?
「だったら試しに広場で歌ってみたら?」
いつも練習してるみたいだけど決まって人がいない所な気がする。
そしたら急にフブちゃんが振り子みたいに首をブンブンしてる。
「ムリムリムリ! まだそんな自信ないし!」
意外と本番だと緊張するタイプなのかな。シロちゃんのお店の宣伝で歌おうとしたりはするのにね。
「西都でも大勢の前で歌えてたよ?」
「あの時は無我夢中だったんだ。あそこで逃げたら一生後悔する。そう思ったから」
そっかー。でもそうなると益々歌った方がいい気がする。
「何事も慣れだよ、フブちゃん」
「ノラ君、簡単に言うけどねー」
「それにミツェさんの2つ名を知ってる?」
それを言ったらフブちゃんが「あー」って言ってくれた。盲目の歌姫って言われるくらい人前に出るのが苦手なのがミツェさん。それでも歌う為に人前に出てその歌声を披露してくれる。
「そうか、分かったよ。やってみる」
というわけで央都に戻って噴水のある広場までやってきた。夜は遅いけど仕事帰りみたいな人、夜遊びに出かけてる人とかでそこそこ往来はある。
そんな中でフブちゃんが1人立った。緊張してるみたいでオロオロして私の方を見てくる。
何も言わず親指だけ立ててみる。意味が伝わったか分からないけど、決心したみたいで深呼吸して顔を上げてた。
「ら~ららら~。ら~らら~、ららら~♪」
まるで小さな狐の鳴き声みたいで、それが夜の央都で響き渡る。ベンチに座って聞いてよう。
その歌は時には楽しく、時には愉快に、時には落ち込んでるようにも聞こえたりしてた。それが今の気持ちを表してるようにも思えて聞き入っちゃう。
なのに、その歌に足を止める人はいない。そもそも興味を持たれていないっていう印象がある。
素人の歌だから? それとも歌自体が異世界では珍しいから?
「ら~……らら~……」
段々とフブちゃんの声に元気がなくなっていく。それで歌が終わっちゃった。
「ね、言っただろうノラ君? 私の歌だと誰一人足すら止められないんだ」
「ここに足が止まった人がいるよ。最初から最後まで全部聞いてたよ」
「……君は優し過ぎる。そんな風に優しくされたら、また甘い夢を見てしまうんだ。自分で自分を見失ってしまうんだ」
きっと何が足りないかなんて自分でよく分かってるんだと思う。それでも憧れたからこそ追い求めてるのかもしれない。
「フブちゃん。今のは私じゃないよ。ちゃんと聞いてくれてる人がいたんだよ」
確かに私は最初からずっと聞いてたけど、でも遠くの方で足を止めて聞き入ってくれてる人が見えてたのは知ってた。そのピンク髪のお姉さん、ミツェさんが近くに来てくれた。
それでリガーの形をした財布を取り出して銀貨一枚を黙って差し出してる。
その財布かわいいねって言いたいけど我慢。
「う、歌姫さん!?」
「一緒に、歌いたくなるような……歌でした」
途切れ途切れだけど確かな思いを綴った言葉。放心してるフブちゃんの手に包むように銀貨を握らせてる。
我に返ってその硬貨をじーっと見つめてるけど、侘しい顔をしてた。
「……歌姫さん、正直に言ってよ。本当は私には向いてないって言ってよ。早く諦めた方がいいって言ってよ。そんな風に言われたら私また無駄な時間を過ごしてしまうんだ」
今にも泣きそうな顔でミツェさんを見てる。
諦めなかったら良い事がある。
努力してたら報われる。
そんな無責任な言葉は言えない。だからといってここで夢を潰すのはもっと無責任だと思うのはなんでだろう。
「夢から覚めても~乾いた日々が続いても~その心をなくしても~私はここで待ってるわ~あなたが歌うまで待ち続ける~」
ミツェさんが歌で返答してる。
「歌姫さん、どうしてだよ。どうして? 私はあなたみたいになれない。誰の心にも響かない歌しか歌えないんだ」
「その歌は届いてるわ~」
「ここにもね~」
初めてのソロライブで2人も感動させられたなら、それはとてもすごいことじゃないかな。
「フブちゃん~見栄も虚勢も全部歌に乗せればいいんだよ~綺麗だけじゃないのが人生だから~それを歌に届けて~」
「ああ、そっか。私は歌姫さんをずっと追いかけてたけど、私は歌姫さんにはなれない。そんなの当たり前だ。私は歌姫さんじゃないから。私が歌うべき歌はもっと他にあったんだ」
最後の涙が地面に落ちて顔を上げた。
「今の気持ちすらも歌に込めるよ。だから聞いてよ。最高の観客に届ける私の歌を」
それで歌が始まった。その歌にはいつもの陽気さはなくて悲しさや悔しさや憂いを詰め込んだ暗い歌。でも歌声に込められた思いはきっと誰よりも楽しく響いてる。




