125 女子高生もポーションが飲みたい
悪夢はいつも唐突にやってくる。きっかけは些細な出来事だった。
私はただ何となくお風呂上りに体重計に乗った。ただそれだけなのに酷い仕打ちを受けるのは何で? 何かの間違いかと思って何度も乗り降りして小数点が変わるのすら願ったけど、いつも決まって高い数字で止まる。おかしくない? この体重計はきっと壊れてる。
「はぁ。この前スライムアイス食べたのが原因かなぁ」
記憶を辿ったらこの前にスイーツバイキングにも行ったし、その前にはシロちゃんの所でパンバイキングにも行った。バイキングという甘い誘惑で沢山食べたのが原因?
食べた分だけ数値に表れるなんて現実は残酷だよ。
仕方ない。こうなったら少しだけ頑張ろうかなぁ。
※翌日の早朝※
ちょっと調べた結果、運動はご飯を食べる前にするのがいいって見た。本当は眠いけど頑張って早起きまでしたから走りに行こう。本当は本当に眠い。
軽いランニングだから服装はジャージでいいかな。
庭に出たらミー美と柴助が起きてて寄って来る。今は眠いから勘弁してー。
もふから逃げて家を出た辺りで軽くストレッチ。外には仕事に出かけてる農家さんや散歩で歩いてるおじいちゃんが見える。皆朝が早くてすごいなぁ。
とりあえず走る。風が少し吹いてて結構気持ちいいかも。
桜の木は散って、玉葱の収穫が終わった畑は雑草が伸び始めてる。信号が点滅してるの初めてみた。はー、でももう疲れてきた。
そう思ってたら何か路地っぽい所を走ってた。周りには大きな建物がいくつもある。これは異世界。けどいつもみたいな賑やかさはない。朝早いからまだ皆活動してないのかな。
なんとなく出店の所を走ってみたけど鳥さんのお店もまだ開いてなかった。酒場も閉まってそう。閑散とした央都を見るのは結構新鮮かも。
そのまま走ってたら旧市街に繋がる石橋にまでやってきた。人の気配もなかったけど、橋の上に見覚えのあるリスの尻尾を見つける。
「シャムちゃん?」
「おまえ、ノノムラじゃねーですか。こんな朝早くから珍しいです」
シャムちゃんはいつも背負ってるリュックを背負ってなかった。でもかわりに手には出前の人が持つようなケースを持ってる。いい匂いがしてくるから多分中は食べ物?
「運び屋って出前もしてるの?」
配達に引越しに出前とはこれは規模が大きい。
「そんなわけねーです。そこまで手を伸ばしたらボクが過労死するです!」
異世界にも過労死って言葉があるんだ。
「じゃあその手に持ってるのは?」
「はぁ。これは語るも悲しい悲劇の物語です」
「何事?」
「全部あの博士がわりーんです!」
とうとうシャムちゃんの沸点が突破して怒ってる。リスの尻尾をブンブン振ってるけど寧ろ喜んでるようにしか見えない。
「博士ってアンセスさん?」
「そうです! 何でボクがこんなことしねーとダメなんですか!」
「そういえばアンセスさんの引越しを手伝ったんだよね?」
それを言ったら今度はシャムちゃんが盛大に溜息を吐いてる。
「そうです。手伝ったです。丁度その日は遅かったから翌日に家に荷物を配達するって言って帰したのです。それで翌朝に博士の家に行ったです」
「うん」
「じゃああの博士が家の中でぶっ倒れてるじゃねーですか! 何事かって聞いたら何も食ってないってどういうことです!」
怒りが限界突破したみたいで大声で叫んでる。これは寝てる人が皆起きそう。
「何も食べてないって本当?」
確かにアンセスさんは人見知りする所はあるけどそれでもご飯くらいは食べてるはずだよね。そうでないと東都で生活できてた理由に説明がつかないし。
「そうです。だから心配だから飯を配達しに行ってやってるです。ていうかそう頼まれたです」
まーでも央都に来て日も浅いし右も左も分からないから、無理もない……のかな?
「私も付いて行ってもいい?」
「ノノムラからも言ってやって欲しいです」
それでシャムちゃんと一緒に旧市街の住宅街に向かった。そこにある小さなアパートの1階の扉をシャムちゃんが叩いてる。
「博士ー、来てやったですー」
それで少し、いや大分経ってからアンセスさんが扉を恐る恐る開けてくる。でも扉は10cmくらいしか開いてなくて右手だけ出してる。掌に金貨2枚乗ってた。配達と料理代?
シャムちゃんがそれを受け取るとアンセスさんの右手の人差し指が下を差してる。多分そこに置いといてって意味かな?
「博士、ちょっと言いたいことがあるんです。聞きやが……」
パタン。
シャムちゃんが言う前に扉が閉められた。余程人と会うのが億劫なのかな。
扉が開くことはなさそう。
「おい、博士! パタンじゃねーですよ! ノノムラも来てるんですから顔くらい見せろです!」
そしたら扉が開いた。今度は半分くらい。おかげでアンセスさんの顔が見える。
「ノラ?」
「アンセスさん、おはようございます」
「お、おはよう」
扉が開いたからここぞとばかりにシャムちゃんが身体をねじ込んでる。
「おい、博士。今日という今日は話を聞いてもらうです!」
「ひぃっ!」
傍から見ると悪徳商売のセールスマンが押し入ろうとしてる図にしか見えない。
「えーと、ここで騒ぐと近所迷惑だし中に入ってもいいですか?」
アンセスさんが頷いてくれたから一先ず中に入って一息。シャムちゃんが持ってきたケースを机の上に置いてた。
「博士。今日は食べやすいパンにしたです」
ケースを開けたらそこには出来立てのパンがいくつも出てくる。あ、これってモイモイのパンじゃない? ということは?
「これってシロちゃんの所のパン?」
「よくわかったですね。シロには無理言ったですけど作ってくれたです」
シャムちゃんがケースのパンを1つ取って勝手に食べてる。アンセスさんも食べようと手を伸ばしてたけど私の方を見てた。
「私はいいですよ。アンセスさんが食べてください」
さすがにダイエットしてるから食べたくないとは言えない。
それで沈黙した時間が流れてる。シャムちゃんが何か言いたそうにうずうずしてるけど、騒ぐのが悪いと思ってか我慢してそう。
アンセスさんも気まずそうにパンを雀みたいな量ずつかじってるし。
「えっと。アンセスさんって今までもご飯を食べてたんですよね?」
この空気を変える為に何か喋らないと。
そしたらコクッて頷いてくれた。
「本当でやがるですか? 何食ってたです」
「ポーション」
ボソッとそう言った。ポーションって言ったら確か魔力を回復させる薬だっけ?
「あんなの食い物じゃねーですよ。ただの飲み物です」
「違う。ポーションは万能料理。あらゆる栄養を摂取できるし、簡単に食べ終えられる完全食」
一応は薬だから栄養価があってもおかしくはなさそうだけどそれだけで生きていけるかは私にも分からない。
「マジで言ってやがるですか」
アンセスさんが頷いてる。これは本当にポーションだけで生きてきたみたい。
「東都のポーションってそんなに優れてたのですか?」
「分からない。いつも深夜にポーション販売機で買い込んでた」
人見知りが極まり過ぎて最早ある種の修業みたいになってるんだけど。ていうかポーション販売機って自動販売機的な奴?
「でも央都には販売機がなくて困ってる。死ぬ」
「ポーションといえばレティちゃんのお店で取り扱ってたような」
一応は薬屋さんだからその手の品は豊富だったはず。
「分かった。そのお店でポーション1年分買ってくる」
「博士、もうやめるです。ポーションはあくまで魔力を回復させる薬です。ポーションを過剰摂取するのは寿命を縮めるだけです」
シャムちゃんはいつもより真面目に話してる。きっと本気でアンセスさんを心配してるんだと思う。
「……分かってる。でも料理なんてできない」
「はぁ、分かったです。しばらくはご飯の配達をしてやるです」
シャムちゃんも色々言いながらもアンセスさんを気にかけてるみたい。案外この2人相性がいいのかもしれない。
「じゃあ私がかわりにポーション生活をするよ」
「ノノムラ! 人の話聞いてなかったですか!」
「聞いてたけど私にも譲れない戦いがあるんだよ」
さっきのアンセスさんの会話から聞いてもポーション生活すればすぐに効果が表れそうな気がする。これは今の私にとって朗報。
2人は首を傾げてたけどこの理由はちょっと話せない。とりあえず帰りにレティちゃんのお店に寄っていこう。




