122 女子高生も引越しを手伝う
今日も異世界にやってきたから央都の街をふらふらしてたら、街中に白衣を着て黒い帽子を被った赤い髪の女性がおろおろしてるのが目に入った。
「アンセスさんだ~、こんにちは」
「ひっ! って、の、ノラ」
声をかけたらすごくびっくりされたんだけど。そういえば人付き合いが苦手みたいなのを言ってたなぁ。今度からはちゃんと視界に入ってから声をかけよう。
「もしかしてお引越しですか?」
「う、うん。でもその前に家を見つけないとって思って。けどここがどこかも分からないし、それに人も多くてもう無理」
今にも吐きそうなくらい目が死んでる。これは助けてあげないと。
「それじゃあ私も手伝います。元はといえばあの魔術棒を持っていってああなっちゃったんだし」
「あ、ありがとう。すごく助かる」
そうと決まったら早速家を探そう。と思ったんだけど、そもそもどこに行ったらいいんだろう? 異世界にも不動産屋があるのかな。そこまで知らないしなぁ。
よし、困った時はあそこに行こう。
※魔術学園学長室※
「……こいつは驚いたな。まさかあんたの顔を見る日が来るなんてな」
部屋に入って開口一番にノイエンさんがびっくりしてアンセスさんを見てた。
アンセスさんは猫背気味でぺこぺこしてる。
「えーっとー、それには色々理由があるんです」
というわけでこの前あった悲惨な事件をかいつまんでノイエンさんに説明した。
それを聞いたノイエンさんは笑いを堪えようともしないで爆笑してたんだけど。
「くっくっく! 今まで研究で失敗しなかったあんたが爆発騒ぎって余程じゃないか! それで家を吹き飛ばすなんてまるで昔のあたしだねぇ」
さり気にノイエンさんも同じことしてるっていうのに気になるんだけど。
「フェルラ。住む家なくなった。だから、また家を用意して欲しい」
「仕方ないねぇ。とはいっても前みたいに地下にある家なんてないよ。旧市街になら空き家がいくつかある。そこを使いな」
ノイエンさんが指を鳴らすとどこからか紙が飛んできて手元に落ちた。空き家に関する情報の地図と説明みたい。
「すまない。恩に着る」
「礼なんていい。あたしはあんたを心配してたんだ。ずっと地下に閉じこもってこのまま日の目にすら出てこないと思ってたからね」
「私もそう思ってた」
「……困ったことがあれば何でも言いな。手を貸してやるくらいならあたしでも出来る」
それを聞いてアンセスさんは黙って頷いてた。それで気まずそうに先に部屋から出て行ってる。一応顔見知りだけど久し振りってことだから緊張してたのかな。
「ノラ。ありがとうよ。どんな事情にせよ、あいつが外に出てくれたのはあたしとしても喜ばしいことだ」
「ここに来たのはアンセスさんの意思だと思いますけど……」
「あたしはそうは思わないがね。まぁいいか。それと勝手を言って悪いがあいつのことを少し気にかけてやってくれ。あいつは頭はいいがそれ故に繊細だ。急に人の多い所で住むのは精神的にも辛いだろう」
「はい。そのつもりです」
私の撒いた種みたいなものだし。
「それにしてもあんたは人を動かす才能でもあるのかねぇ。その内この国の王とも仲良くなるんじゃないのかい?」
それはさすがに無理難題だと思う。
「っと悪い。あいつを待たせてたね。また今度あんたには礼をするよ」
礼なんていいのにって思ったけど、きっと言ってもノイエンさんの性格だと聞いてくれなさそう。
「それじゃあ失礼しました」
部屋を出てアンセスさんと一緒に旧市街の方に行った。そっちは大通りと違って人も少なくてアンセスさんも少しだけ落ちついたように見えた気がする。
「そういえば東都の方で店を経営してましたけど、もしこっちに来るならどうするんですか?」
「あそこは人形に任せてるから特に問題はない」
「こっちでも魔道具経営をするんです?」
「それは分からない。私は経営に向いてない」
確かにお客さんとやり取りするのは大変そうだもんね。クレームなんて来たら私だったら心が持ちそうにないし。
それで地図を頼りにして目的地周辺まで来た。立派とはいえないけど、それなりの数の住宅がいくつも並んでる。その殆どは一軒家じゃなくてアパートみたいになってた。
多分この辺のアパートは殆ど空いてるって書いてある。使用されてる部屋番も書かれてるけど、どこも満室ってほどじゃない。
「とりあえず中を見ていきます?」
外から見ただけじゃ何も分からないし、部屋を確認しないと始まらない。アンセスさんも頷いてくれたから近くのレンガみたいなアパートに行って1階の扉を開けた。木製の扉はわりと風化してて凄い軋み音がする。年季入ってるなぁ。
中は普通のワンルームって感じだ。水道も繋がってるみたいだし、トイレとバスも個室であるみたい。ただバスの方はシャワーだけで湯船を入れる所はないけど。
ただルームの広さはそこそこある。それに外は錆びて風化気味だったけど、中はそうでもなさそう。奥に窓があるけど小さい四角い窓で、テラス用の窓じゃないから服は室内で干すしかなさそう。ここが1階だからそうなってるだけかもしれないけど。
「ここでいい」
アンセスさんが言った。即答だ。
「他の所は見なくていいんです?」
「私は研究さえ出来たらそれでいい」
となるとここで住むっていうのをまたノイエンさんに報告しないとダメだね。でもその前に。
「アンセスさん、お腹空いてません? どこか食べに行きません?」
「ありがとう。実は空いてた」
東都からこっちに来るだけでも大分時間がかかりそうだもんね。そうと決まったら出発。
部屋を出たら玄関前の横の階段を綺麗なピンク髪のお姉さんが上ってた。あれ見覚えある。
「ミツェさん?」
「ひゃっ!?」
急に声かけたから驚かれちゃった。そういえばミツェさんも旧市街で住んでるんだったっけ? ていうことは同じアパートに住むご近所さん?
「ノラ、だったのね。家バレした、って思いました」
確かにミツェさんは歌姫だから家バレしたら大変そう。私にはしたけど。
「ミツェさん、今日からここにアンセスさんが住むんです。アンセスさん、この方はミッツェルさんです」
そしたら2人は無言で頭をぺこぺこしてる。これだけ見たら日本人っぽい。
どっちも悪い人じゃないから時間をかけたらきっと仲良くできるよね。
それでミツェさんと別れて孤児院の近くを通ったら偶然シャムちゃんがそこに配達に来てる途中だった。こっちに気付いたみたいで変な顔されたんだけど。
「お前、ノノムラでやがるですか。そっちは博士ですか」
アンセスさんは頭をぺこぺこしてる。
「シャムちゃんは今日もがんばってるね~」
「ふふん。褒めても何もあげねーですよ」
「そうだ。シャムちゃんにお願いがあるんだけど、実はアンセスさんがここに引っ越すの。それでその引越しの仕事って運び屋にはないのかな?」
多分まだ東都に荷物を沢山置いてあるだろうし、それを1人で運んでくるのは大変そう。
「運び屋に運べねー物はないです。もっともお金は頂くですけど」
その辺の相場は分からないからアンセスさんの方を見てみる。そしたら頷いてくれたから多分いいみたい。
「じゃあお願いしてもいいかな」
「全く……本当ノノムラは面倒を押し付けてくれるです」
「ごめんね?」
「まぁいいです。今は仕事で忙しいです。だから後でこの笛を吹いてボクを呼ぶです」
シャムちゃんがアンセスさんに小さな呼子笛を渡してる。確かシャムちゃんには従魔の鴉がいるんだっけ?
渡し終えてるとシャムちゃんは颯爽と走って行っちゃった。仕事熱心だなぁ。
「ノラ、あの。ごめんね」
急にアンセスさんに謝られたんだけど。
「もしかして迷惑でした?」
「ううん、違う。本当はこういうの全部自分でしないといけないのに君に任せっきりで」
「あの事件は私のせいでもありますから少しでも助けになりたいって思ってるだけです。それにアンセスさんともお話できますし」
そしたらアンセスさんが涙を流してた。変なこと言った?
「ああ。この世界にはあなたみたいな人もいるんだね。ずっと勝手に人は悪い人ばっかりって思ってた。私を見たら気味悪がるって思ってた。こんな口下手な私の傍にいてくれる人がいるんだね」
「……私、本当に何も取り得がないんです。ここに住んでる人は物を売ったり作ったり夢があったり、特技があったり。アンセスさんも魔道具を作れるじゃないですか。だから私、そういう人を見たら尊敬するんです。自分じゃ何もできませんから」
異世界の人じゃなくても、リンリンは農作業の知識があるし、コルちゃんは頭がいいし、ヒカリさんは大学に行って夢を追いかけてる。私にはそういうのがない。
だから少しでも誰かの役に立って知らない世界を知れたらいいなって思ってる。
「ありがとう。あなたがいるなら、私もう少しだけ頑張ってみる」
アンセスさんならきっと大丈夫です、なんて口に出したら格好つけ過ぎかな。




