121 女子高生も博士に同情する
シャムちゃんの手伝いで東都に行ったその翌日。大事なことを忘れていたから今日も東都に行かなくちゃならなくなった。
だからミー美の背中に乗って東都までやってきた。馬車で来るよりもずっと早く到着したからミー美のすごさを改めて実感した気がする。
アンセスさんの家は東都の外の平原の地下。昨日の今日だから大体の場所は覚えてる。
あったあった。黒いポスト発見。それで地面を踏んだら地下の階段が出てきた。
ミー美はさすがに大き過ぎて中に入れなさそう。
「ミー美、ごめんね。ちょっとこの辺で遊んでてもらっていい?」
「ミー」
遊んでいいって言ったけどその場にちょこんと座って待ってくれるみたい。
それで階段を降りて扉をノックしてみた。
「アンセスさーん。います~?」
コンコンって叩いて少ししたら中から足音が聞こえてきた。それで扉がゆっくり開けてくれた。
「え……もう来たの?」
また来るって言ったから間違いじゃないよね? さすがに翌日は早過ぎたかもしれないけど。
「えっと、迷惑でした?」
「ううん。入って」
快く招いてくれたから中に入った。入り口付近にあった大量の魔道具は昨日シャムちゃんが全部回収して央都の方に出荷されたって聞いた。おかげでスペースも出来て広くなってる。
「アンセスさんは魔道具作りですか?」
見た感じ作業台が散らかってるから何かしてたってのは分かる。そしたらコクリって頷いてくれた。
「実は今日来たのはお願い……というか質問に来たんです」
「質問?」
それで鞄から前にノイエンさんが買ってくれた魔術師の棒の見せた。
「これアンセスさんのお店で買ったんですけど、その時ブリキさんの説明だと誰でも魔法が使えるって聞いたんです。でも私が持っても何も起きないんです」
「そんなはずは……先を前にして貸してもらっていい?」
それでアンセスさんが魔術棒の先を掴んだ。なるほど、そっちを持ったら何も起きないんだね。それで魔術棒の反対側を持つと先端部分が光ってそれが宙に浮いてる。うーん、やっぱりほかの人だと魔法は使えてそう。
「もう一度持って」
返されたから持ってみる。やっぱり何も起こらない。振ったり色々試すけど何も起きない。
「おかしい。こんなの有り得ない」
「えっと、一応私はこの星の人じゃないんですけど、それが関係してるかもしれません」
「え……そうなの?」
落ち着いた驚きの顔。カミングアウトが早過ぎたかもしれない。
「でも友人に渡したら魔法は使えたんです」
「つまり君だけが使えない?」
「はい」
異世界人というのはスルーして聞いてくれる。あんまり気にしてないのかな。
「魔力回路がおかしいかもしれない。ちょっと調べる」
「分かりました」
魔術棒を渡したらアンセスさんは作業台にそれを置いて椅子に座った。台の上に置いてあった四角い機械を起動させるとそこから青い光が漂って、それが魔術棒に流れてる。それで魔術棒も光ってた。
「魔力回路に異常はない。流れも良好」
傍から見ると本当に職人さんみたい。
それで小槌みたいなのを手に持って魔術棒をこんこんしたりして、色々調べてくれてる。
「もしかして目に見えないだけで何か起こってたりするんですか?」
「それはあり得る。けどそんな微細な魔法はほぼ起こりえない。何故なら目に見えないほどの魔法は魔法と言えないから」
なるほど。となると原因は別にあるのかな。
「とりあえず最初から調べ直す。少しだけ待って欲しい」
「それじゃあ近くで見ててもいいですか?」
「……いいけど」
許可をもらえたから近くで見させてもらおう。そう思って作業台の方に歩いたら何か壁の方に目がいっちゃう。そこには人型のマネキンみたいのが置かれてて、白くて造形だけが施された状態。
「それ、まだ未完成」
じーっと見てたらアンセスさんに言われた。
「それに命を吹き込むのが私の目標」
「命? 人形じゃなくて?」
そしたらコクリって頷いた。
「ずっと1人だったから。傍に誰かが居て欲しいって、思って。でも普通の人は怖い。だから自分を慰めてくれる人が欲しかった」
孤独に研究に明け暮れてたから、話せる相手が欲しかったのかな……。
「でも、与えられた言葉を話すだけの物は所詮人形としか思えない。自立して考えて、動いて、話す何かを作りたい」
AIで動く人工ロボット的な? もしそれが実現したら、それは私の世界でもきっとノーベル賞を受賞するレベルだと思う。
「アンセスさんならいつか作りそうな気がします」
「いつかじゃ遅い。私が孤独で死んでしまう」
やっぱり1人で生きてるのが辛いのかな。でも人との関わり方が分からなくて苦悩してるように思える。
「私、できるだけアンセスさんに会いに来るようにします。それで今日あったこととか、話しに来ます」
「君……変だね。こんな偏屈な博士と一緒にいたいなんて」
最近会う人の評価が大体それなんだけど。別に気にしてないからいいけど。
「ノラ、でいいですよ? 私も勝手にアンセスさんって呼んでますし」
「名前、覚えるの苦手。すぐ忘れる」
「ノイエンさんの名前は覚えてますよね?」
「あいつは……印象が強かった」
それは分かる気がするけど。
「なるべく名前で呼ぶ。忘れたら許して欲しい」
「忘れた時は適当な渾名でもいいですよ」
皆勝手に色々呼んでるし。
「君……ノラは優しいね。不思議と君とは話せる」
会ってまだ2日だけどそう言ってくれるのは素直に嬉しい。
「話す話題はないけど」
「じゃあ私が話します。聞いてくれるだけでいいですから」
「うん」
それでいい感じになってアンセスさんが作業しながら私が他愛のない話をして時間は過ぎていった。
※1時間後※
事態が変わったのはそう長くはなかったと思う。というのは魔術棒を弄ってるアンセスさんの手が止まったから。常に何かを見たり、触ったりしてたのに今はピクリともしてない。
挙句に机に倒れていかにもお手上げーって感じになってる。
「分からない。さっぱり分からない」
見てた感じだと不良品っていうわけじゃなさそうなんだよね。多分、私に原因があるんだろうけど。
「決めた。こうなったら魔力回路の出力をあげる」
「そんなことも出来るんです?」
「うん。これで確認してもらえば魔法が発生してるかどうかが分かる。まずはそれを知る必要がある」
なるほど。確かに魔法が出てるか出てないかで対応も変わるもんね。それでアンセスさんがすぐに魔術棒を改造して中に青い光を溜め込んでた。最早木の棒じゃなくて、光る棒になってるけど大丈夫なのかな。
「これでどう?」
渡されたから取ってみる。でも何も起きてる気がしない。棒が光ってるから何か起きてる感はあるけど多分気のせい。
「よし分かった。観察する」
アンセスさんが私の近くに立って色んな角度で見てくる。ちょっと恥ずかしいんだけど。
「うーん。んー。もう少し角度を」
「こう?」
「そうそう。それでここも」
アンセスさんが私の身体を触って何か位置調整してくる。私には何の違いがあるのか分からないけど。
それで少ししてアンセスさんがぼーっと私の方を見てくる。今度は顔の位置がおかしいのかな。そう思ってたらアンセスさんの顔が急に赤くなっていったんだけど。
「ご、ごごごめなさ! つ、ついいつもの集中が入って、てて」
うん。研究に没頭してたから私のことが見えなくなってたみたい。急に積極的になったから何かあったと思ったよ。
それでアンセスさんが咄嗟に手を引いた時に私が持ってた魔術棒に触れたんだよね。
そしたら魔術棒の先っぽが真っ赤に光り出した。
それで気付いた時には赤い衝撃波みたいのが飛び出して、それが壁に思いっきりぶつかって爆発音に似た何かがなった。
壁には見るも大きな穴が空いたんだけど。出力上げたから威力がおかしくなったんだと思う。
「あ」
アンセスさんが変な声出してる。そこに目を向けてみる。うん、地下にある家だから急に大穴が開いて地盤が緩んだんだと思う。土砂が一気に押し寄せて来たんだけど。
「に、逃げよう!」
「う、うん!」
咄嗟に家から飛び出してその後地下の方で物凄い音が響いてた。外で待ってたミー美も何事って感じで起き上がってわなわなしてる。
「アンセスさん、大丈夫ですか?」
「家がなくなった」
完全に埋まってるアンセスさんの家。これを掘り出すのは普通に無理そう。
さすがにこれは同情するんだけど。
「ごめんなさい。私が魔術棒を持ってきたばかりに……」
「ノラは悪くない。出力を上がった時、停止装置を準備しておかなかった私のミスだ」
「えーっと、これどうするんです?」
「……ある程度の材料は店にもある。ただ」
「ただ?」
「新しい家を探さないといけない」
そうなるよね。まさか魔術棒1つでこんなことになるなんて。
「でも東都は物価も高いし、何より人が多いからあまり住みたくない。物を売るにはいいけど」
「だったら央都はどうです? あそこなら空いた家も多いと思います」
旧市街なら安くて住める場所があるって聞いたし、人もそんなに多くないからアンセスさんには丁度いいかもしれない。
「央都、か。それも悪くないか」
「それとこの魔術棒はどうしたらいいです?」
元凶とも言える魔法の棒。今もずっと光ってて逆に物騒に思える。私が持ってる分には何も起こらないけど。
「お願いがあります。それを厳重に保管しておいてください」
物凄く丁寧に頭まで下げて言われた。ここまで来ると最早呪いの異物なんだけど。




