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120 女子高生も博士と会う

 運び屋の仕事の手伝いで博士って人の家に行くことになった。その人の名前はアンセス・ローリエルっていうみたい。運び屋の人が行っても出ないっていうのは癖がある人なのかなぁ。博士って結構尖った人が多いイメージがあるし。


 とりあえず地図を頼りに歩いて行こう。って言っても赤丸されてる所が明らかに街から離れた場所なんだよね。というか出た所な気がする。


 東都を出て平原に来たけど家らしいのはどこにもない。一面緑の草原と馬車が通る街道くらいで目立った建物はなさそう。でも地図にはこの辺って書いてあるんだけどなぁ。


 それで歩いていたら一角にポツンと黒いポストが立ってた。その横には看板もあって、アラビア文字みたいのが書かれてる。文字的に『アンセス・ローリエル』だと思う。


「ここ? 何もないけど」


 見えない家でもあるのかなぁって思ったけど、何も見当たらない。それでウロウロしてたら急に地面に柔らかい感触があった。そしたら急に地面が割れて地下に続く階段が出てきたんだけど。東都の文明すごい。


 そういえばこの人が経営してるお店も地下にあった気がする。階段を降りた先には真っ黒な扉と壁にブリキの人形が1人だけかかってる。これもお店で見た奴だ。


「あの~、ここってアンセス・ローリエルさんの家で間違いないですか?」


 ブリキに話し掛けてみる。お店だと人みたいに喋ってたから、これも来客用の為かもしれない。


「そうだよ、そうだよ。ここ、博士の家」


 やっぱり喋った。


「アンセスさんが魔道具の出荷をするって聞いたんですけど、今って家にいます?」


「いる、いる。博士、いつも家にいる」


 家にいるならどうして人が来たのに気付かなかったんだろう?


「博士、寝るか研究するだけ。人、気付かない」


 心を読まれた? それとも顔に出てた?


「えっと、博士さんに確認したいんですけど」


「分かった。分かった。家、入る」


「いいんですか?」


 勝手に入るのはよくない気がするけど。


「お前、博士の店来た。悪い奴じゃない」


 私が行ったのを知ってる? このブリキさんはあの店のと同じ個体なのかな。

 ブリキさんは壁から飛び降りて、ドアノブをジャンプして手で掴んで回して開けてくれた。


「えっと、それじゃあ失礼します」


 そうっと中に入ったけど、地下にあるくらいだから当然中も暗かった。白い光ポツポツと壁にあるけど、それでも全体的に暗い。それに入った先には何かの機械の山がそこら中に散らばってる。機械人形みたいのから鉄の箱、多分これが出荷する予定の魔道具だったのかな。


 足場にちょっと困るけどブリキが先先進んで行くからがんばって付いて行く。

 それで奥の部屋はわりと明るくなってて、そこには作業台がいくつも置かれてて、何かの部品や鉄が転がってる。


「博士、博士! 起きろ、起きろ! 来客!」


 ブリキが端っこの方でぴょんぴょん跳ねてたから目を向けてみる。それで椅子に座りながら机で突っ伏して女の人が眠ってた。真っ白な白衣にショートパンツ。それに黒い帽子。首にはゴーグルをかけてる? 肩くらいまでの赤い髪は先の方だけ少し跳ねてる。


「んー、あと1日……」


 ブリキの声を払うみたいに足で蹴ってる。5分じゃなくて1日ってそれもうお休み状態なんだけど。

 でもこのまま寝てたら風邪引きそう。近くに毛布みたいのがあったからかけてあげる。


「むにゃ……ありがとー……。ん? んん?」


 なんか急に目が覚めたみたいで起きて私の方を見てきた。めちゃくちゃ眠たそうで瞼が半分閉じてる。それに目の下にはクマもあるし寝不足?

 とりあえず微笑み返しておこう。


「……君、誰?」


「野々村野良です。運び屋のお手伝いで来ました」


「運び、屋?」


 そしたら少し考えるように目を瞑ってる。それで何か少しずつ顔が青ざめていって最後には肩を震わせていって、魂抜けたみたいに椅子でぐったりしたんだけど大丈夫なのかな……。


「えーっと、本職の人はもうすぐ来てくれると思うから大丈夫ですよ?」


 そしたら息を吹き返して起きてくれた。


「そうだったのか。ならば君は何しに来たのだ?」


「生存確認?」


「そうか。それは手間をかけさせてしまった」


 なんか納得してくれた。


「出荷する魔道具は入り口にある物で全部だ」


「分かりました」


 後でシャムちゃんが来たら教えよう。


 ……。


 ……。


 うん、会話が止まった。急に押しかけちゃったし、もしかして迷惑だったのかな。アンセスさん、ずっと俯いて黙ってるし。


「今日は、いい天気だな」


「そうなんです?」


 ここは地下の中だから天気は分からないんだけど。もしかしてアンセスさんのボケだったり? それならつっこみを入れるのが礼儀だったのかな……。


 アンセスさんがまた俯いて黙っちゃった。これは悪いことしたかもしれない。


「すまない」


 謝ろうと思ったら何か向こうから謝られた。


「ずっと人と会話なんてしてこなかったから何を話していいか分からないんだ」


 そういう感じだったんだ。ボケじゃなかったみたいでちょっと安心。


「別に気を使わなくていいですよ? こっちも勝手に来ましたから」


「そう、か」


 それでまた沈黙。気まずいような何とも言えない時間が流れてる。


「そうだ。客人に対して飲み物も出さぬとは不躾だった。すまない、こんな礼儀のない大人で本当にすまない」


 なんかさっきから謝られてばっかりなんだけど。別に悪いこと何もしてないと思うんだけど。


 それでアンセスさんに緑色の飲み物を渡された。んー、何の飲み物だろう。


「ありがとうございます。頂きます」


 一口飲んだら仄かに甘くてちょっぴり苦い風味が漂う。ポーション?


「情けない話だよ。この年になって会話をする相手もいないのだから」


 見た目は普通に若く見えるけど何歳くらいなんだろう?


「色んな魔道具を作って売ってるんですよね?」


 前にノイエンさんと行って商品を見たけどどれも想像もできない不思議な商品だった。


「たまたま、運が良かっただけなんだ。物を弄るのが好きで、それをしていただけ。本当は私何かが博士になれるはずがなかった。フェルラが私の才をそのままにするのは勿体ないって言って、そうしたんだ」


「フェルラってもしかしてノイエンさん?」


「……彼女を知ってるのか」


「一応」


 そもそもノイエンさんはかなりの有名人みたいだし。


「彼女には感謝をしている。人と関わりたくない私に、こうして1人で作業できる場所も用意してくれた」


「そこのブリキの人形さんも普通に喋って動いてすごいと思います」


 そしたらアンセスさんがブリキの人形を手にとって少し物寂しい顔をした。


「1人を望んだはずなのに、日を重ねると不思議と人の声が恋しくなる。それで孤独を紛らわせる為に作った魔道具なんだよ。それでも所詮はおもちゃだ。与えられた言葉しか話せない」


 そう言うけど私の認識としてはかなり流暢に喋ってたと思うけど。


「もしアンセスさんがよかったらですけど、またここに来てもいいですか?」


 人の声が恋しいなら多分誰かを求めてるんだと思う。私がその人になれるとは思わないけど、せっかくだから知り合いくらいにはなりたい。


「こんな人間と関わっても、楽しくないよ。世間の流行も、世界の世情も、その辺にある店の1つ満足に知らないんだ。退屈な時間を過ごすだけだよ」


「全然退屈じゃないですよ。アンセスさんの話、聞いてて面白いです。それに魔道具の開発とかどうやって作ってるのとか興味あるんです」


「君が、分からないよ。それとも私を馬鹿にしているのかい?」


「本心……なんですけど信じてくれませんか?」


 アンセスさんは帽子を深く被って目元を隠してた。目を見られるのも抵抗があるのかな。


「それに私もこの世界の事情も流行も全然知らないんです。魔法の概念すらも知らないんです。今でも文字も満足に書けないんです」


「よくそれで生きてこれたな……って、人のこと言えないな。君も、普通じゃない道を進んできたのか」


 異世界から来ましたーって言うにはまだ早いかなぁ。

 そうこうしてると扉の方がノックされた。


「運び屋でーす。アンセス・ローリエルさんはいますかー」


 シャムちゃんの声だ。酔いが覚めて来てくれたんだね。

 そしたらアンセスさんは椅子に座って背中を向けた。


「魔道具は勝手に持っていってくれ。お金は後ほど請求書をくれたら払う」


「はい」


 これ以上長居は出来なさそうかな。


「……それと君が来たいなら別に好きにしていい」


 一番聞きたかった返事がおっけーだった。これはすごく嬉しい。


「ありがとうございます。また来ますね」

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