115 女子高生も変装する
「今日は何しようかなぁ」
部屋の中で今日の予定を考える。すら吉がぷかぷか回ってるのをぼうっと眺めたらそれだけで5分くらい過ぎてた。
「やっぱり異世界かな」
向こうに行ったらとりあえず退屈は埋めてくれる。でもせっかく行くんだったら普段と違うことがしたい。
「そうだ。皆って普段どんな風に過ごしてるんだろう?」
向こうの皆は気がいいから私が行くといつも良くしてくれるんだよね。だから普段の接客とかあんまり知らない。
うん、いいね。そうと決まったらイメチェンしよう。ドッキリ企画の変装じゃなくて、本気でばれないように変装する。
まずは髪型。普段は髪を括ったりもしてないから髪形を変えるだけでも雰囲気が変わりそう。鏡の前で髪を弄ってしっくり来るのを探してみる。
よし、おさげにしよう。それで編まずにふんわりとした感じのおさげにする。そうしたらちょっと大人っぽく見えるかもしれない。本当は髪色を変えるのが一番なんだろうけど、染めてるから時間かかるし。
※1時間後※
「こんな感じでいいかな?」
肩の前におさげを出してふわっとした感じにできた。細かく触って調整したからかなりイメージが変わったと思う。でもまだ元の雰囲気が残ってるなぁ。となると服装だね。
向こうに行く時は大体学生服だから私服にするだけでも問題なさそう。大人な雰囲気を出したいし、ニットとかどうだろう。インナーをニットにしてコートを羽織ってロングスカートにすれば大人っぽくなりそう。
うん、悪くない。冬用のコーデだからちょっと暑いけど向こうは涼しいから問題ないはず。
「でもやっぱり顔が見えてるのがなぁ」
これだと本当にイメチェンとしか思われなさそう。よし、ここに帽子を被って、更に伊達眼鏡もしてみよう。
「うーん。眼鏡は微妙かなぁ」
いっそグラサンにしたら面白いかもしれない。確か昔100均で買ったのがあったはず。
あったあった。
「おぉ、これなら流石に分からないだろうね」
若干怪しさが際立ったけどまぁいいや。これでロングブーツなんて履けば大人間違いなし。
後は異世界に行くだけ。家を出る途中にお母さんから怪しい目で見られたけど気にしちゃいけない。
「よし、来れた。どこから行こうかな?」
今の私は異世界一般人。或いは名探偵ノラだね。
まずはそうだなぁ。フランちゃんの店に行ってみよう。
カランカラン。
「いらっしゃいませ~」
中に入ったらフランちゃんがカウンターに座りながら声を出してた。お客さんはぽつぽつ入ってる。
「ふわぁ」
フランちゃんがこっち見てそわそわしてる。バレてない、よね? とりあえず店の商品をゆっくり見てよう。
それでフランちゃんの普段の接客振りを遠くから眺めてみる。
「合計で5000オンスです~」
「あら? 金貨1枚足りないわ。どれか諦めないとダメねー」
「でしたらこちらの服なんてどうですか? 見た目も似てますし、こっちと違って使ってる生地が違うので値段も少し安いんです」
「それじゃあそれをもらおうかしら」
「ありがとうございます~」
こういう時にも咄嗟に対応できるのはさすが接客業だね。やっぱりしっかりしてる。
「そわそわ」
フランちゃんがこっち見て尻尾をふりふりしてるのがチラッと見える。そういえばこのコーデは異世界だと珍しいからバレる?
とりあえず試しに手袋を買ってみよう。
「これくださいな」
何とかお腹から声を張って変えてみる。
「700オンスです~」
お金を出したらフランちゃんが手渡しで渡してくれる。その時にじーっとこっちを見てる。
「ありがとう」
手を振って店を出たけど終始何も言われなかったから気付いていない、よね?
「ほわあぁぁぁぁ! なにあれー!」
何か店の中から声が聞こえるけど次に行こう。
向かいにある街角の道具屋さん。レティちゃんのお店に入ってみた。
「いらっしゃいませ! 心よりお待ちしておりました!」
レティちゃんが相変わらず高いテンションでパタパタと出て来た。他にお客さんはいないから、会釈だけして店内の物を見てよう。
「何かお探しのものがございますか?」
「肌に塗るクリームが欲しい」
頑張って声を変える。でもレティちゃんは気付いてないみたいで棚から色々と持ってきてくれる。
「こちらは甘い香りが残るハンドクリームです。こちらは肌の保湿を守るもので何と1日持つんです。これには秘密がございまして、私が独自が調合したのですが……って、そんなの聞いてませんよね。お詫びに半額で売りますからどうでしょう?」
いつものハイテンションじゃなくてわりと普通な接客に見えなくもない。やっぱり顔見知りじゃない相手には色々と気を使ってるのかな? セールは相変わらずだけど。
「じゃあそれくださいな」
「ありがとうございます! 半額ですので300オンスになります!」
支払いをすませて商品を受け取る。目が合ったから愛想笑いをしてみた。向こうからしたらこっちはグラサンしてるから怪しく映るんだろうけど。
それで無言で店を出たら、また店の中から変な声が聞こえてたけど気のせいだよね?
「次はどこに行こうかな~。そうだ、喉渇いたし酒屋さんに行こう」
厚着してるからやっぱり結構暑い。というわけで酒屋さんに到着したから入っちゃおう。
それでセリーちゃんが出迎えてくれたけど、ちょっと固まってる。もしかしてバレた?
「い、いらっしゃいませ! 1名様ですか?」
「はい」
「で、ではカウンター席にどうぞ!」
すぐに我に返ったみたいで案内されたからコートを脱いで椅子に座る。帽子も脱ごうか迷ったけどバレそうだしやめておこう。
「ご注文はお決まりですか?」
セリーちゃんがお冷を出しながら聞いてくれた。
「じゃあリガーのジュースくださいな」
「畏まりました。しばしお待ち下さい」
ぺこりとお辞儀してぱたぱた行っちゃった。やっぱり給仕服かわいいなぁ。
「たっ、たいしょー。大人の女性客が来たよ! すっごく綺麗な人!」
「そうか。目の届く席に案内したか?」
「うん。1人だったからなるべく他のお客さんから離れた所にしたよ」
「何かあったら俺を呼べ。ここに来る常連は馬鹿が多い」
なんか厨房の奥からひそひそと声が聞こえてくるんだけど。多分私のことだよね?
やっぱり周りが男の人ばっかりだから気にかけてくれてるのかな。狼さんの意外な優しさが垣間見えたよ。
それでセリーちゃんが戻って来てドリンクを置いてくれた。
「リガーのジュースです!」
「ありがとう」
ニコッと笑いかけておこう。そしたらセリーちゃんが「はわわ」って言いながらそそくさに去って行っちゃった。
リガーのジュースも程よい甘さであっさりしてて飲みやすい。一瞬で飲み干しちゃった。
それで会計を済ませて次に行こう。
まだ行ってないお店と言えばシロちゃんのパン屋さんだね。それで通り道の噴水広場でミツェさんが歌を披露してた。
「~♪」
今日も素敵な歌声。思わず聞き入っちゃう。歌が終わると拍手が沸いて投げ銭してる人がいたから私も便乗して投げておこう。
「素敵な歌でした」
そう言ったらミツェさんが小声で「ありがとう」って返してくれた。やっぱり皆気付いてないなー。
それでシロちゃんのお店に到着。
「キタキタキツネー」
シロちゃんがいつもの挨拶をしてくれて出迎えてくれる。フブちゃんはやる気なさそうに床をモップで掃除してる。
「パン、ありますか?」
パン屋って知ってるけどここは初見の振りをしてみる。
「えっと、ここはオーダー制なので注文を受けてから焼きます」
「時間かかりますか?」
「生地は寝かせてあるのですぐに出来上がるのです」
「それじゃあお願いします。どんなパンがありますか?」
それでシロちゃんが口頭で丁寧に説明してくれる。奥ではフブちゃんがパンを焼く準備に取り掛かってて段取りがいい。
「それじゃあモイモイのパンを1つくださいな」
「ありがとうなのです! すぐに焼くのです!」
待ってる間、椅子を出してくれたからコートを脱いでそこで座って待ってよう。工房の方ではシロちゃんとフブちゃんがせっせとパン作りに励んでる。
「ねぇねぇ、シロ。あの人って貴族じゃないの?」
「そ、それは思ったのです。どうしてこんな庶民の店に来てるか分からないのです」
「だよね。でもシロこれはチャンスだよ。ここで美味しいって思わせたら最高の金づ……常連さんに出来るんじゃない?」
「ちょっとフブキ、聞こえるのです」
ひそひそと話してるけど普通に聞こえてる。貴族と勘違いしてるみたい。やっぱり私って気付かないんだね。
それで2人は真面目にパン作りに励んでた。
「できたのです。モイモイのパンです!」
「ありがとう。とてもおいしそうですね」
「お代は200オンスなのです」
お金を払ってパンを受け取った。うーん、いい匂い。お腹減ってくる。
「ん? 今の声」
ヤバ。ちょっと油断して素の声が出てたみたい。フブちゃんがこっち見てる。
「狐さんの素敵なお店、また来ますわ。おほほ」
我ながら無茶のある台詞を言ってお店を出た。
「んー、美味しい~」
モイモイのパンはいつ食べても満たされる~。
「もうお店は殆ど行ったかな?」
あとはリリのいる魔術学園やムツキの騎士学校だけど、流石に学校はこの格好だと目立つから難しいかな。
こうして考えると皆は普段からちゃんとしっかりしてるんだなぁ。変装してまで来た甲斐があったよ。定期的にこの格好でこっちに来るのも悪くないかもしれない。




