112 女子高生もクロラビ探しに参加する
今日も異世界にやってきたけど何だかいつもと雰囲気が違う。街の人がそわそわして何かを探してるように見えた。んー?
「ノノ! 来てたのね!」
「リリー。こんー。今日は街が賑やかだね」
「そうなのよ。今日は毎年恒例、央都名物のクロラビ探しの日なのよ」
「クロラビ探し?」
名前からして魔物だと思うけど。
「ラビラビって知ってる?」
「あー確かウサギの魔物だっけ?」
人の物を盗むちょっと困ったウサギさんだったと思う。私も1度服を盗まれたし。
「そうそう。で、クロラビもラビラビの一種なんだけど、突然変異したみたいで全身が真っ黒なの」
「ほうほう」
「それに普通のラビラビは人を困らせるのが特徴だけど、クロラビは逆に人に幸運を与えるんだって」
白から黒くなったことで性格も反対になったってことかな。色的に普通は逆な気もするけど。
「聞いた話だとクロラビに出会ったら不治の病が治ったとか、諦めてた夢が叶ったとかそういうのを聞くのよね。でもクロラビは人前に滅多に姿を見せない魔物だからすっごく希少なのよ。実際、クロラビを目撃したって人は全然いないの。過去に今日この日にクロラビを見つけた人がいて、以来毎年この日になるとクロラビ探しっていう行事があるのよ」
日本で言う所のツチノコ的な存在なのかな。
「それでクロラビを見つけた人には金貨1万枚が贈与されるのよ」
「1万!?」
こっちの通貨の価値を把握してない私でもそれが巨額っていうのは分かったよ。
なるほど、だから皆必死になってクロラビを探してるんだね。
「驚くでしょ? 金貨1万もあったら一生遊んで暮らすは無理だけど、お金に困ることはほぼなくなると思うわ」
「それくらい幻の魔物ってわけなんだね」
「そうね。実際ここ数十年でクロラビを目撃した情報は全国でも殆どないらしいの。何でもクロラビは擬態できる能力があって、人間の影にすら溶け込めるらしいわ」
それは確かに見つけるのはほぼ不可能そう。でもせっかくの行事だし私も参加してみたい。
「リリはクロラビを探してるんだよね。私も一緒に探してもいい?」
「勿論! 寧ろこっちからお願いしようと思ってたところよ!」
というわけでリリと一緒にクロラビ探しにゴー。
街を歩いてるだけでもやっぱり色んな人が探し回ってる。普段誰も通りそうにない場所にも人がいて驚き。やっぱり金貨1万枚が相当魅力的なんだろうね。
「クロラビって普段どんな所にいるの?」
「それが分かれば苦労しないわよねぇ。少なくとも隠れる天才とだけは分かるわ」
これは闇雲に探しても見つけるのはほぼ不可能そう。
そんな風に歩いてたら鳥さんのお店の近くにまでやってきてた。
「おー嬢ちゃんじゃねーか。嬢ちゃん達もクロラビ探しか?」
「そんな所です。店長さんは探さないんですか?」
翼もあるし他の人より探す分には有利そうに思える。
「まー確かに見つけたら金貨1万枚は魅力的だけどよ。そもそも過去に見つけたのが央都ってなだけで、今日は央都にいるとは限らないだろ? 俺はもう諦めたよ」
これは過去に必死に探した経験者の言葉だ。確かにこんな広い世界で今日たまたま央都に来てる確率はどれくらいだろう?
「そんな本末転倒なこと言わないでよー。私は絶対見つけるわ」
「はっは。まぁ頑張れよ。餞別にリガーをやるよ」
そう言ってリガーを投げ渡されたちゃった。お金はって思って財布を出したけど、翼を振ってたからタダでくれるみたい。本当にこの鳥さんは色々と気前がいいと思う。
「ありがとうございます。クロラビ見つけたら教えますね」
「ああ。期待せず待ってるよ」
鳥さんと別れてリリと仲良くリガーを食べながらクロラビを探した。
普段通らない路地裏に行ったり、天球塔に登ってみたり、地下水路を歩いてみたり。
でもどこを探してもクロラビさんの気配のけの字もなかったよ。
やっぱり鳥さんの言う通り今日央都にいる可能性は低いかもしれない。
「んー、クロラビいないわねー。他に行ってない所と言えば魔術学園?」
「あー何かいそうな場所だね」
「よーし、行くわよー!」
今日のリリ張り切ってるなぁ。余程クロラビを見つけたいんだろうね。
それで魔術学園にやってきたけど、今日に限っては学生が結構いる。皆考えてることは同じみたいでクロラビを探してるんだね。教室、図書館、隠し通路。色々行ったけどやっぱりいなかった。
「むー、こうなったら教員室と学長室も調べるしかないわね」
「さすがにそれはダメだと思うんだけど」
「へーきへーき。見つかっても謝ったら大丈夫だって」
「何が大丈夫なんだい?」
「ひにゃあ!?」
音もなくリリの背後にノイエンさんが立ってた。鬼の形相からしてこれは会話を聞いてた奴だね。
「いくら行事とはいえ倫理を守れないようなら即刻処分するしかないね」
「そっ、それだけは勘弁してください~」
「だったらどんな誠意を見せてくれるんだい?」
「うぅ。反省文書いてきますー」
「よろしい」
未遂とはいえきっちり処分されてる。でもやっぱり勝手に侵入するのはよくないよね。
「ノノ、ごめんね。せっかく一緒に来てくれたのに」
「仕方ないよ。また今度一緒に探そう?」
「私はまだ諦めてないわ! すぐに書き終えて戻ってくるんだから!」
そう言って廊下を走って行っちゃった。そんな姿を見てノイエンさんは軽く溜息を吐いてる。
「やれやれ。そんなにしてまでクロラビを見つけた所で幸運なんて訪れないだろうに」
「ノイエンさんならクロラビも簡単に見つけられるんじゃないですか?」
「こんなババァに何期待してるんだい? それにあたしのような人間にはクロラビは寄って来ないさ」
「そうなんです?」
「あたしが思うにクロラビに会える奴は夢が叶うまで努力をやめなかった奴や病魔に勝つくらい信念のある奴にだけ姿を見せるんだろうよ」
ノイエンさんとしては幸運……というか夢や願いが約束された人にだけクロラビが姿を見せるっていう解釈みたい。
「ま、例外もあるだろうけどね」
そう言って私の方をチラッと見てきた。もしかして期待されてる?
「とにかくあんたもあんまり羽目を外すんじゃないよ。1日探したくらいで見つかりゃあれだけの報酬金は出さないだろうしね」
それだけ言ってその場を立ち去って行っちゃった。リリもいなくなっちゃったし、この辺が潮時なのかなぁ。とりあえず魔術学園を出よう。
それで街をふらふら歩いてたら噴水広場のベンチで金髪のケモミミさんを発見!
「ミコッちゃんだ~」
「ノラ。こんにちは」
「こんこん~。ミコッちゃんもクロラビ探し?」
「興味ないから探してない」
あれだけの大金を前にして微動だにしないこの態度は強い。
「そうなんだ。私はさっきまで友達と一緒に探してたんだ。でももう諦めようかなって思ってるところ」
「ふーん。じゃあ占ってあげるよ。あなたの道を」
「本当?」
「うん」
「ありがとう。銀貨1枚でいい?」
「別にいいのに。律儀ね」
ミコッちゃんがそれを言うって感じだけど、まいっか。
それでベンチの隣に座らせてもらってカードを渡されたから今度は簡単にシャッフルする。
それで一番上……と思いきやまさかの真ん中からカードを抜いてた。まるで手品師のように鮮やかなカード捌き。
「冒険者ね。自由や放浪、旅を意味するカード」
「んー、ということは央都を出ろって感じ?」
「ここでの自由は自分らしさを意味してる。変に前に出ずいつもの自分でいるのが大事ってことだと思う」
いつもの自分かぁ。改めて言われるといつもの自分ってどんなだっけって感じだけど。
「まだ引く?」
そういえばミコッちゃんの占いは何回でもやり直しオッケーなんだった。
「ううん、大丈夫だよ。ありがとー」
「そう」
そう言ってカードを仕舞ってる。
「ミコッちゃんならその占いでクロラビも見つけられそうだと思うけど、どう?」
「無理。クロラビは幸運の魔物。占いは運を引き寄せるものじゃなくて、道を示すもの」
その道を歩いた先にいたりしないのかな。
「それに幸運っていうのはいくらでも言えると思う。今日は売り上げが伸びたのは幸運。人に親切してお礼が返ってくればそれも幸運。なんなら今日を生きただけでもそれは幸運とも言える」
私がさっき鳥さんからリガーをもらえたのも幸運?
「じゃあここでミコッちゃんに会えたのも幸運だね~」
「なんでそうなるの」
「そういう意味じゃない?」
「はぁ。多分、私が思うにクロラビに会うのはきっとあなたみたいな人なんだと思う。些細なことで幸せを感じられる人。クロラビが幸運なんじゃない。幸運な人にクロラビが寄ってるだけ」
幸運な人にかぁ。私はどうだろう? 思い返したら幸運みたいな出来事は結構思い当たるけど、その殆どは相手が親切だったていう気がする。
「ありがとう。私、もう少しだけ探してみるよ」
「ん、頑張って」
それで手を振ってお別れした。これからどこに行くかも決まってないけど、占いの結果は普段通りでいいみたい。でも普段通りって何すればいいの? 街をぶらぶらするだけとか?
とりあえず適当に歩き続けてみた。時間も結構経ったみたいで央都の人達も諦めムードみたいになってる。多分見つけるのが目的じゃなくて、会話のネタにするためにやってる感じなんだろうね。
ふらふら歩いてて市街に行く石橋にまで来ちゃった。さすがに市街に行ってまで探す気は起きないや。この辺も人がいないし、多分誰かが探し尽くしたんだろうね。
「案外近くいたりしないかなぁ。なんて」
なんかリリが人の影にも隠れられるって言ってたし私の影に隠れてたりして。そんなわけないよね。
見たけど何もいなかった。まーそんなものだよね。
「クロラビつーかまえた!」
何もいない影に向かって手を伸ばしてみる。我ながら恥ずかしくなってきたかも。うん、もう疲れてるかも。帰ろうかな。
「んー?」
おかしいなぁ。伸ばした手に柔らかい触感があるんだけど。手を引っ張ってみると影から黒いウサギさんが出て来た。全身真っ黒で耳だけすごく長い兎の魔物。
え、もしかしてこれって。
「クロラビ?」
「きゅい?」
私が首を傾げたのを真似するみたいに首を傾げてる。いやいや、まさかそんなの有り得ないよね。多分疲れてて見間違い……じゃないなぁ。
「これ本物だー。かわいいー。もふもふー」
柔らかかったから思わずぎゅーってしちゃう。いい抱き心地。って、違う。もふってる場合じゃない。これクロラビなんだってば!
「この子を見つけたら金貨1万枚だっけ?」
「きゅい?」
相変わらず何も分かってなさそうに首を傾げてる。
金貨1万枚もあったら何ができるんだろう。美味しい店に行ったり、知らない国にいったり、なんなら異世界で家を建てられるよね。
……。
魅力的、すごく魅力的なんだけど。
「君を利用してるみたいで何だか心が痛いんだよね」
それに金貨1万枚も報酬にあるってことは、この子の存在を報告したら多分どこかに連れていかれるような気もするんだよね。それはやっぱり違うと思う。
「1つだけお願い言ってもいい? これで写真だけ撮らせて」
「きゅい」
スマホを出してクロラビとのツーショット。橋の背景もあって中々いい絵だね。うん、悪くない。
写真も取れて満足したし、クロラビを離してあげた。ぴょんぴょん跳ねながらどこかに行こうとしてたけど、途中振り返ってくれた。
「ばいばい」
「きゅい!」
そう言ってクロラビはどこかに擬態したみたいで見えなくなっちゃった。きっとこれでいいんだよね。クロラビもこの行事を知ってて遊びに来たのだったら、また来年も遊びに来てくれるよね。




