110 女子高生も騎士を招く
「で、急に呼び出して何があった?」
「緊急事態と聞いたのですが」
春休みの朝10時前くらいの家の外。リンリンとコルちゃんを呼んでみた。急な連絡でもちゃんと来てくれる所が本当に大好き。
「春休みなのに大事なことを忘れると思ったの」
「んー? 勉強会でもするんか?」
リンリンももうすぐ3年生だもんね。言わんとしたいことは分かるけど。
「リンさんにしては真面目ですね。でもそれなら事前に言ってると思います」
さすがコルちゃん、勘がいい。
「春と言えば桜! 桜と言えば花見! そう思わない?」
「あーそっちね」
「ノラさんらしいですね」
なんか微妙な反応。これはあんまり楽しみにしてないね? でも私だってそういう反応くらい予測してたもん。
「今回はただの花見じゃないんだよね~。なんとなんと、スペシャルゲストを呼んでみたよ」
「なんだと?」
「誰ですか?」
というわけで~。
「もういいよー。こっちに来て~」
声を出したけど来る気配がない。んー?
リンリンもコルちゃんもきょとんとしてるし、これだと私が1人で馬鹿したみたいになってるんだけど。
「ちょっ、ちょっと分かったから。お願いだから離れて、ね? だ、だめ、引っ張らないで」
庭の奥から声がして目を向けてみた。そしたら柴助やらたぬ坊、こん子に囲まれて、猫丸に阻まれてる上に頭上から瑠璃の奇襲にあってるムツキがいた。ミー美を奥で雑草食べてるけど何か心配そうにこっち見てる。
「だっ、だめ。きゃっ!」
我が家のもふ達の妨害でムツキが転んじゃった。
「ムツキ、ごめーん。大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
「こらー、君達。ムツキを困らせたらダメでしょ?」
注意してみたけど皆して首傾げてる。猫丸にいたっては自分は何もしてないと言わんばかりに縁側に移動してるし。
「まさかムツキ呼んだのか!」
「これはスペシャルですね!」
トラブルもあったけど喜んでくれたみたい。ムツキを起こして服についた汚れを払ってあげる。
「まさかノラの国に招待されるなんて思ってなかったけど、皆も一緒で嬉しい」
「今日は私の国を案内するから皆で楽しいことしようね」
「ありがとう。えっと、とりあえずこの魔物達を放してもらっていい?」
少し話してる間に懲りずに柴助達がムツキに寄ってる。うーん、モテモテだなぁ。
そういえば騎士学校で魔物を飼いならす訓練を受けてるみたいのを聞いた気がするし、そういう雰囲気がでてるのかな?
とりあえず餌で誤魔化してみんなをそっちに意識を向けさせてる間に外に出よう。
「……すごい。こんな文明があるんだね」
ムツキは道路に出ただけで感嘆して辺りを見てる。私も異世界に行った時はそんな感じだったね。
それで道路に車が走ってくると急にムツキがファイティングポーズになったんんだけど。
「っ、敵!? はやい!」
「あー、大丈夫だよ。そういう物だから」
車が通り去っていってもムツキは少ししてから警戒態勢を解いてた。やっぱり騎士だからそういうのに敏感なんだね。
「やっぱ車って異世界の人から見ると変わってるんだろうな」
「ムツキさん。あれはわたし達の世界における馬車みたいなものです。遠くへ移動するためのものなんですよ」
「そうだったんだ。知らずに構えてごめん」
ぺこりとお辞儀するけど全然悪いことじゃないよ。
「寧ろ私達を気にかけてくれてて嬉しかったよ」
「だな。実際車の事故も多いし、気をつけるに越したことはないからな」
そう言ったら納得してくれたみたいで頷いてくれた。
それで歩道を歩いてたら沢山の田んぼが見えてきた。田舎だから本当に畑が多い。
それで農家さんがコンテナに詰めてるのが見える。あれは玉葱かな?
収穫してるのがおじいちゃんていうのもあってコンテナ運ぶの大変そう。そう思ってたらムツキが一目散に駆けつけててコンテナ運ぶの手伝ってる。しかも迅速。おまけにおじいちゃんがお礼を言う暇もないくらいにお辞儀だけして戻ってきてる。
他にも車の往来がぽつぽつあって横断歩道を渡るタイミングが分からないおばあちゃんが困った様子で右左って見てる。そんな時にムツキが颯爽とかけつけて背中に乗せて渡ってる。渡ったら何も言わずお辞儀だけして戻って来る。なんか格好いいんだけど。
「あ、ごめん。いつもの癖で勝手に身体が動いてた。ノラの国だったら逆に迷惑だったかな……」
心配そうに言ってるけど全然そんなことない。
「ううん。寧ろ私も見習わないとって思ったくらいだよ」
「騎士って人助けする訓練もするのか?」
「訓練……とは違うけど、人を守って助けるのが騎士の役目だから少しでも困ってる人を見つけたら手を貸すっていう騎士の教えだから」
それを迷わず実行できるのは同じ年頃とは思えない位尊敬するよ。一切の迷いがなかったもん。
「ですがそうなると悪い人に利用されたり騙される危険がありませんか?」
コルちゃんが聞いてる。それは思った。
「詐欺や窃盗は私の国だとかなり重い罪なんだよ。場合によったら一生檻から出られなくなるよ」
「一生!?」
リンリンが驚いてるけど、私もびっくりしてる。
「人の信用を騙したり、努力して作った物を奪う行為は重罪なの。人としての尊厳が全くないとして、どんな言い分も聞いてもらえない」
「たとえば餓死しそうになって食べ物を盗んだ場合でもダメなんですか?」
「その言い分はよく分からない、かも。餓死するほどまでに追い詰められる状況ってそれこそ大きな戦争でも起きないと有り得ないと思う」
そういえばあの世界は勇者と魔王の戦争が史実にあった大きな争いでそれ以降はほぼ平和そのものになったからなのかな。孤児はいるけどそれは貧困であって餓死するほどじゃないからなぁ。
こう考えるとやっぱりこっちと異世界って根本的な価値観が結構違う気がする。
そんな雑談をしてたらあっという間に学校の校門近くまで来た。ここは桜の木が一杯あるからこの時期はいつも満開。始業式の時もまだ残ってるけどその時は結構散ってるんだよね。
「す、すごい! きれい……」
ムツキが一面ピンク色の世界を見てずーっと見てる。これは異世界の人じゃなくても綺麗だって思える。
「これは桜って言ってこの時期にしか咲かないの。それも10日くらいしたらこの花は全部散っちゃって、次に見れるのは来年になるんだよ」
「たったそれだけの期間しか見れないの?」
「うん。だから花見したりして楽しむ人が多いんだ」
今しか見れないから特別感があるんだよね。
「私は花より団子だけどな」
「リンさん……」
コルちゃんが呆れたように言ってる。その気持ちも分からなくはないけど。
「そうだ。せっかくだし私の学校を案内するよ」
春休みだけど部活をしてる所もあるから学校は開いてるんだよね。
「嬉しい。ちょっと気になってた」
って言っても正直期待されるほど面白い所はないんだけどね。でもムツキは靴を履き替える所で驚いてくれたり、教室がいくつもあるのにびっくりしてくれたり、運動部の部活動を不思議そうに見てたりしてた。
休みだから人も殆どいないし、多分先生とも遭遇しない……と思いたい。
「ノラの学校も楽しそうだね」
「いっそ転校する?」
「……考えとく」
ムツキがにっこり笑ってくれた。わりと本気で考えて欲しいんだけど。
「ムツキがいたら皆が面倒がりそうな委員会の仕事とかも率先してやってくれそうだよな」
あー、確かに。迷わず手をあげてくれるのが目に浮かぶ。
「運動神経のよさから部活動で助っ人として呼ばれそうですね」
それもありそう。活躍し過ぎて毎日スカウトされてそう。
「ムツキ、転校しよう。こっちに来たらご飯おかわり自由のお店が地元にあるんだよ」
「そっ、それは本気で迷うからやめて……!」
せっかくだし帰りに寄って教えてあげよう。それで本気で迷わせてあげちゃおう。




