10 女子高生もドッグフードを作る
「うーん」
いつもより早起き出来たから軽い散歩のつもりで歩道を歩いてたけど、また異世界に飛ばされた。さすがに慣れた、とは言えないけど何となく気持ちに整理もついてくる。
異世界の街は相変わらず騒がしい。まるで都会みたいに人が沢山往来してる。だから私がここに立ってても誰も気にしてない。
「そういえばセリーちゃんはどうしてるかな」
あれから数日経つけどあの酒屋には行ってない。紹介したけどちゃんと働けてるか心配になってきた。見た目的に10歳くらいだし、無理して倒れてたら大変。
前に通った場所を思い出しながら店へと足を運んでみる。
カランカラン。
乾いた鈴の音と一緒にドアが開いた。店内はまだ開店したばかりみたいでお客さんはいない。
視界にせっせと机を拭いてる鴉頭の人とセリーちゃんを発見する。
「いらっしゃせー」
「いらしゃいませ!」
気の抜ける鴉さんの声とは違ってセリーちゃんの声ははきはきしてて元気だ。
笑顔も素敵だったし心配は杞憂だったね。
服も給仕服になってて髪もサイドテールになってる。私のあげた髪留めもしてくれてる。可愛い。
「あっ、あなたはノノムラ……ノリャさん!」
んー、数日会ってないし名前を忘れるのも無理ないかなー。でも可愛いからいいや。
「おはよー。ノリャだよー」
「ノリャお姉ちゃーん!」
セリーちゃんが駆けつけて抱きついてくる。こんな旧友の再会みたいに喜んでくれるとは嬉しいなぁ。何気にお姉ちゃん呼びだし、朝から癒しをありがとう。
「こらー! 接客しろカァ!」
「はっ、すみません! 1名様でよろしいですか?」
鴉さんに怒られてセリーちゃんが離れて頭を下げる。教育も行き届いてるね。
「ごめんね。ちょっと立ち寄っただけで客じゃないの。元気にしてそうで良かった」
「うんっ! クーロも大将さんも優しくて良い人! クーロは小言多いけど全然平気!」
「カァ!? お前の為に言ってやってるんだろう!」
「ね? すぐ怒るの」
鴉さんがセリーちゃんを追いかけて逃げ回ってる。想像以上に楽しくやってるみたい。
でも、厨房の方に目を向けると狼頭の大将さんが仕込みをしてる。でも目の下に隈があってやつれてる?
私の視線に気付いたみたいで鴉さんが駆け寄って来た。
「そーそー、大事な話があるカァ! 姉ちゃん、この前持ってきた非常食はもうないカァ!?」
鴉さんが翼をバサバサさせて必死に訴えてくる。非常食ってこの前交換したドッグフードのことかな。
「大将アレ食ってから病み付きになっちまって、毎晩仕事終わりにアレを摘みにエール飲んで大変カァ! ほら見るカァ!」
鴉さんが翼を差すと、その先で狼の大将さんが空のドッグフードの袋を舐めてる。
確かに病み付きになってる。まさかここまで美味しいとは。うちの柴助もたぬ坊も食いつきいいからなぁ。
「もっと欲しい。はっ、いかんいかん」
狼の大将さんが袋を置いて調理に戻るけど10秒もしたら袋を手に取ってる。うん、これは大変だね。
「頼むよ姉ちゃん! このままじゃうちの店が潰れちまう!」
「えー潰れたらまたお仕事探さないと駄目ー?」
「そんな簡単な話じゃないカァ! 店と土地の借金もあるしこのままだと夜逃げする羽目になるカァ!」
まさかドッグフード1つでここまで深刻になってしまうなんて。
でも私が取引したから責任あるよね。
「じゃあ今度来た時持ってくるね」
「至急頼むカァ!」
早速店を出ようと思ったけどセリーちゃんが袖を掴んでる。
「ノリャお姉ちゃんもう行くの?」
「うん。また来るから待っててね」
「喜んでお待ちしてますっ!」
セリーちゃんが深々と頭を下げる。んー、メイドさんを雇うのもいいかもしれない。
※
「ていうのがあったんだけど、どうしたらいいと思う?」
学校の昼休憩、良い天気だったから中庭のベンチでリンリンとコルちゃんに挟まれて弁当を食べながら話す。
「どうもこうも、ドッグフード届けたらいいだけなんじゃ?」
「だってドッグフード高いもん。あんなの毎回買ってたら破産しちゃうよ」
「あー確かに。向こうの通貨もこっちじゃ使えないし困るわな」
聞いた感じだと狼さんは3日くらいで食べ尽くしたみたいだし、それを毎回届けてたら半月もせずに小遣いがなくなっちゃうよ。
「買えないとなると作るしかありませんね」
「ドッグフードって作れるの?」
疑問を投げたらコルちゃんがスマホの画面を見せてくる。そこにはドッグフードのレシピが載ってた。さすがはネット社会、何でも出てくるんだね。
「見た所ひき肉や野菜をミキサーにして、水や小麦粉を混ぜてオーブンで焼くという感じでしょうか」
「クッキーの要領に近いのかな」
「お、こっちの動画にはドッグフードの製造工程もあるぞ。これも参考になるんじゃない?」
リンリンが流して見せてくれる。殆ど機械作業だけど材料や流れは分かりやすくて参考になる。
「じゃあこれをメモして作り方を教えるのがいいかな?」
「メモ? そのまま見せたらいいじゃん」
「リンさん。向こうでは電波入りませんよ」
「あ、そうか。普通に忘れてたわ」
そんな感じで昼一の授業の半分はドッグフードの作り方のメモ書きで終わった。
※
「戻って来たよー」
放課後の帰り道、丁度異世界へと来れたから酒屋に立ち寄ってみた。さすがに朝と違って人が込んでてセリーちゃんも鴉さんも忙しそうに走り回ってる。
うーん、タイミング間違えたかなぁ。
私の存在に気付いてセリーちゃんが駆け寄ってくる。
「ノリャおねえ……お客様!」
セリーちゃんが慌てて言い直して笑顔を見せる。うん、可愛い。
鴉さんもこっちに気付いたけど、手が空いてなさそうで困ってる。
「んー。手伝った方がいい?」
「え、えっと……」
厨房の奥を覗いたら狼の大将さんに声が聞こえてたみたいで親指を立ててくれる。
決まりだね。鞄はカウンターの中に置いて厨房を借りて手も洗った。
接客は定食屋のおばあちゃんの手伝いで覚えてるから多分大丈夫。
~2時間経過~
客もいなくなって狼の大将さんが早めに閉店にした。店内は私達だけになったから鞄からメモ書きを取り出してみる。
「あれ、実は簡単に作れるんです。多分こっちの材料でも代用できると思うので試しに作ってみます」
厨房を借りて食材の前に立つ。棚の中には見知らぬ色んな肉や野菜が並んでいて、正直どれがいいのか分からない。とりあえず肉は緑色のゴブリン肉と野菜はリガーを使ってみる。
本当はメモを渡せたら一番なんだけど文字を読めないよね。
食材を並べたら早速料理開始なんだけど、いきなり困った。食材を全部ミキサーにして粉状にするんだけど、その肝心のミキサーがない。千切りだとダメだし困った。
「どうした?」
狼の大将さんが心配して言う。
「えっと、この具材を全部粉々にしたいんですけど」
すると狼の大将さんが鴉さんに向かって顎で何かを示唆してる。するとカウンター席の前で立っていた鴉さんが翼を振ると板の上に小さな竜巻が起こる。
竜巻に飲み込まれた食材は一瞬で切り刻まれた。おぉ、すごい。
「クーロすごい! 風魔法?」
隣に立ってたセリーちゃんが褒めてる。
「そんな所。因みにこれは鳥族の俺の専売特許だぜ?」
自信ありげに笑ってる。そんな便利な魔法もあるんだ。羨ましい。
粉々になった具材を纏める為にボウルに入れたかったけど、なかった。仕方ないから空いた鍋に入れて水と、それと棚に置いてある白い粉を混ぜる。小麦粉、だよね? 多分。
混ぜて形が整うと段々とそれっぽくなってくる。えーと、この後どうするんだっけ?
んー、数時間寝かせてからオーブンで焼くみたい。でもそんな悠長にしてる時間はないしなぁ。
「えっと、本来はここで冷やしてから焼くんですけど」
「冷やすのか?」
すると狼の大将さんが練った生地に手をかざすと鍋の周囲に氷の柱が立った。これまた凄い。魔法?
「冷凍純度を練れば問題ないはず」
よく分からないけどもう大丈夫ってこと? 魔法すごい。
生地を掴むと確かにほんのり冷たい湿った生地になってる。それを細かく千切って板に並べていく。でも肝心のオーブンがない。
「これを高圧の熱で焼いたら大丈夫だと思います」
また狼の大将さんが手をかざすと赤い火柱が立った。火事になるって驚いたけど全然燃え移らなくて板の周囲を囲んでる。これも魔法?
「いやー、さすがは大将。魔法を極めてますカァ」
「お前も一人前になるなら極めておけ。料理人には必須だ」
こっちの世界には冷蔵庫やオーブンといった器具がなくて魔法で代用してるのかな?
電気で動く機械は便利だけど、いつでも使える魔法も便利そう。
それから半時間もせずに生地が焼けた。1つ取ろうとするも熱くて落としそうになる。なんとか口に入れるけどやっぱり熱々。味の方は正直普通。
隣で狼の大将さんがひょいと取り上げて口に運んでる。
「これだ」
何かがはじけたみたいに言ってドッグフードもどきを全部食べた。
「たいしょー! 俺も食べたかったのに!」
「たいしょーのいじわるー!」
カウンター席から野次が飛んでるけど、狼頭の大将さんは全然気にしてない。
それから私に向かって頭を下げてくれた。
「この度は感謝する。料理の見聞がまた一つ増えた」
ドッグフードが狼さんにとっての世界を変えたみたい。役に立てたなら良かった。
「いえいえ、こちらこそ。この前も美味しい料理をご馳走になりましたから」
私も頭を下げる。すると狼頭の大将さんはレジというか、会計する机っぽい所に歩いて棚にある箱を開けた。中には無数の金貨が入ってる。まるで貯金箱だよ。
それを片手で鷲掴みして私の前に突き出してくる。両手を出すとジャラジャラって落とされた。手に山盛りの金貨が乗ったんだけど。
「今日の給金だ。本当に感謝する」
「えっと、こんなにもらっていいんですか? 私、本当に大したことしてないと思いますけど」
「謙遜するな。君の行いはこの街の犬族の味覚に変革をもたらす。俺はそう確信してる。その礼も含めれば安いものだ」
たかがドッグフード。そう思ってたけど、狼の大将さんなりの解釈もあるみたい。
それにもう渡したからって箱も閉じてるし、受け取るしかないのかなぁ。
多分大金だよね? 鴉さんもセリーちゃんも目を丸くしてるし、破格の額なのは分かるけど。
困ってたら鴉さんが横から声をかけてくれた。
「貰える物はもらっとくカァ。大将は一度出した物は返品を受け付けないカァ。料理を残す奴は大嫌いカァ」
そっか、だからあの時私の方を見て拍手してくれたんだ。
「分かりました。このお金、大事に使わせてもらいます」
その金貨の山を鞄の中に入れて帰り支度をしてたらセリーちゃんがパタパタと走ってきてくれた。
「ノリャお姉ちゃん、今度いつ来てくれる!?」
「んー、近い内に必ず来るよ。今度は友達も誘って料理を食べに来るね」
「うんっ、ずっと待ってる!」
そこまで期待の眼差しを向けられると先延ばしにはできないなぁ。
でもここの料理は本当に美味しいし、また来たいって思ってる。だからその時までバイバイ。




