107 女子高生も居候に憧れる
いつもの異世界。今日も変わりない街模様。天気もいつも晴れ。曇りも雨もなくて過ごしやすい所、それが異世界。こんな日はいい事ありそう、そう思ってたら急に後ろから肩を叩かれた。振り返ったらほっぺをつーんってされたんだけど。
「こんな古典的なのに引っかかるのは君くらいだろうねー。いい顔だったよ、ふっ」
そこには雪色の髪の女の子のケモミミ少女。西都で出会った歌い手さんのフブちゃんだ!
まさかこんな早くに再会するなんて思ってなくて思わず抱きしめちゃう。
「おわっ! 急に抱き付かれたら困りますよー!」
「だって会えて嬉しいんだもん」
「お、おう……」
なんか恥ずかしそうにしてて照れてるみたい。かわいいね。
「それで今日は何か用事?」
西都の方に住んでたんだろうし、見た目も荷物も何も持ってないからお引越しって感じでもなさそう。
「いやー、別に用事ってわけじゃないけどね。シロがこっちで頑張ってるって聞いて少し見に来てみたの。もう逃げないって決めたからね」
そう話してるフブちゃんは完全に吹っ切れてる様子だった。多分、この爽やかな感じがいつもの感じなんだろうね。
「もしこっちが気に入ったらこっちに移住も悪くないし」
「でも荷物何も持ってなくない?」
「ん? 荷物なんていらなくない?」
これはフッ軽過ぎる。強い。
「それにノラ君があの歌姫と知り合いって聞いたら色々と利用できそうだし?」
まるで野心家の目のようにしてこっち見てくる。これは夢に対する情熱がすごいんだろうなぁ。でも私を頼ってくれるならそれは嬉しいと思う。
「そっかー。私もフブちゃんと一緒にいられるのは嬉しいなぁ」
「そうでしょう? 私みたいな可愛い狐っ子といられるなんて幸せものですねー」
「うん、幸せー」
「ちょっとー、また抱き付かないでよー」
これは新しいもふもふを手に入れたね。
「げ! お前まさかフブキでやがるですか!?」
この声はシャムちゃん。今日も配達屋の仕事みたいで鞄を背負ってる。でも私達の顔を見てはすごーく怪訝な顔をしてる。なんか私も巻き込まれてる感。
「へーい、シャムじゃーん。元気してたー?」
「元気してたー、じゃねーでやがるです! 帰郷祭にも顔出さずに今までどこほっつき歩いてやがったですか!」
「人生魔物あり魔王ありだよ」
シャムちゃんの怒鳴り声に全く意に介してなさそう。なんというかマイペースというか。
「ていうかノノムラ! てめーフブキと知り合いだったですか!」
「ちょっと前にねー」
「人生の峠を越えたんだよねー」
「ねー」
フブちゃんノリいいなぁ。私の言葉にうまく乗ってくれる。
「意味分かんねーです! ていうか今更央都に来て何しにきやがったですか!」
「別に何でもいいじゃん。ていうかシャム。配達の仕事してるんだねー」
「ふふん。ボクもあの村を出て立派に大人になったです」
「そっか。じゃあ私はまだ子供だ」
フブちゃんの言葉の意味を理解できてないみたいで首を傾げてる。
「人にはそれぞれ人生があるんだと思うよ」
「ノラ君、いい事言うね。気に入ったよ」
そんな感じでハイタッチ。シャムちゃんは私達のノリに付いていけないって感じで溜息吐いてた。
「フブキがここで何するかしらねーですけど、でもモコを泣かせるんじゃねーですよ」
「……うん。分かってる」
「ならいいですけど。ボクはもう行くです。じゃあなです!」
そう言ってシャムちゃんはパタパタと走っていっちゃった。まるで嵐が過ぎ去ったみたいで静かになった。
「皆偉いなー。ちゃんと働いてて。わたしゃ働く気なんてこれっぽっちもないんだけど」
「えー? 西都ではお金稼いでたんでしょ?」
「ふっふっふ、私を舐めちゃいかんよ。あそこだと自生してる木の実が食べ放題だからね。それで飢えを凌いでたのだよ」
あの酸っぱい実を毎日食べてたなんて猛者過ぎるんだけど。
「お風呂は?」
「仲のいいおばあちゃんが毎日貸してくれてたんだー」
「服の替えは?」
「西都の魔法使いさんに汚れを落としてくれる魔法を教えてもらったんだー。ほらこの通り綺麗になります!」
私の制服で実践してくれて、確かに皺や汚れがすーっと消えていく。
こんな便利な魔法があったら生活が楽だろうなぁ。
「フブちゃん、これすごいね」
「ぜぇ、はぁ。でしょう?」
なんか全速力で走ったみたいに息あがってるんだけど。
「大丈夫?」
「少し休んだら大丈夫。元々魔力が少なくてしかもこの魔法燃費も悪くて毎日これ使うだけで、もう他の魔法使えない」
魔法も良し悪しだなぁ。
それで急にフブちゃんが顔を横に向けて小走りになった。どこ行くんだろうって思って付いていく。
「そこのお兄さーん、これ落としましたよー」
「ああ本当だ。ありがとう、助かったよ。お礼にさっき買ったパンを1つあげるよ」
「わーい、ありがとー」
落し物を見つけたみたいで走ったみたい。でも私と話してたのによく気付いたなぁ。
「急にごめんね。これ、癖みたいになって」
「落し物を見つけるのが?」
「んー、正確には違うかな。私、働いてもないから周囲から浮かないように愛想だけはきっちりしようって思ってるの」
そういえばさっきの会話だけでも店のおばあちゃんや魔法使いと仲がいいっていうのが分かったし、そういう交流が多かったんだろうね。
「フブちゃんは世渡り上手なんだね」
「そうでもないよ。ただ嫌われるのが怖いだけ」
それでもすごいと思うんだけどね。
「そうだ。せっかくだからシロちゃんのお店の場所教えるよ」
「ほほう。それは嬉しい提案ですな!」
というわけで早速出発。
「キタキタキツネー。って、フブキ!? それにノララも!」
「きたきたきつねだよー」
「こんこんきつねー」
シロちゃんがびっくりして手に持ってたパンを落としそうになってたけど、なんとか持ちこたえてる。
「ほう。ここがシロのパン屋か。悪くないね」
フブちゃんが焼きあがったパンを見て言ってる。相変わらずいい匂いがしてここに来るだけでお腹が減っちゃう。
「フブキ。もしかして央都に来てくれたのです?」
「まーねー。でもお金も何も持ってないからなー。どこか居候でもさせてくれる所はないかなー。三食パン付きの家がいいなー」
フブちゃんがわざとらしく言ってる。
「もう、仕方ないのです。でも居候するからにはお仕事の手伝いしてくださいね? 毎朝ここを掃除して、お昼には学校にパンを届けに行って……」
「えー。朝はゆっくり寝たいんだけどー」
「嫌ならパン抜きにしますよ?」
「むむむ、仕方ない。シロのパンの為にがんばりますか」
なんか軽いノリで決まってる。それくらいこの2人の関係は深いんだろうね。
「ねー、シロちゃん。このパン売ってもらっていい?」
「もちろんです!」
お金を払って出来立てのパンをもらう。うーん、やっぱりシロちゃんのパンは美味しい。
「ねー、シロー。私もパンほちー」
フブちゃんがあざとい目をしておねだりしてる。
「働かざるもの食うべからずです。食べたかったらこの洗い物をするです」
「えー、面倒くさーい。ケチー」
「フブちゃん、さっき落し物見つけてパン貰ってなかった?」
「もう食べた」
いつの間に? 食べてる素振り全然なかったんだけど。
「ノラくーん、一口でいいからパンちょーだーい。尻尾一杯触っていいからー」
シロちゃんに無理と見て私の方に来た。正直これは私に効くんだけど。
尻尾もふもふ……欲しい。かなり欲しい。
「ノララ、ダメなのです! フブキを甘やかしたらダメなのです!」
「私はシロじゃなくてノラ君に言ってるんでーす」
正に究極の2択。この選択はどちらかを選んだらどちらかの好感度が下がるのが見えるんだけど! どうしよう。どうしよう!
よし、決めた。
「フブちゃん、一緒に洗い物しよっか」
「そうきますかー。いや、でもノラ君と一緒なら頑張れるかも。うん、悪くない」
ほっ。これで何とかどっちのアピールになったよね。
「ずっ、ずるいのです! だったら私も洗うのです!」
結局3人で同じ作業をすることになったけど、これはこれでもふもふに囲まれて幸せだったよ。




