106 女子高生も死神を知る
何気ない今日。何かリリの家の近くに転移したから、せっかくだから家にお邪魔させてもらってる。キューちゃんは眠たそうにベッドの上に倒れてる。
「それでこの前は西都に行ってシロちゃんとミツェさんと一緒にステージの上に立ったんだよ~」
「えー、楽しそう。私も一緒に行きたかったなぁ」
「今度また一緒に行こー」
「あー、もうこんな時間だわ。もっとノノとお喋りしたいのに時間が経つのは早くて嫌になっちゃう。時間が止まる魔法ってないのかな?」
リリが壁にかけてある時計に何かを念じてるけど、仮に時計の針が戻っても現実の時間は変わらないと思う。
「ヘイムー。学校に行くから早く起きなさいー」
まるでお母さんみたいにリリがキューちゃんを揺さぶってる。そしたらキューちゃんは伸びをして起きた。
「リリアンナ・リリル。我は今日学校に行かぬのじゃ」
「何言ってるのよ。サボりはフェルラ先生に怒られるわよ」
「どうしても外せぬ用事があるのじゃ。じゃからうまく言っておいてくれ」
リリは何か言いたそうにしてたけど本当に時間が押してるみたいで鞄を持って溜息を吐いてた。
「はぁ、分かった。でも出された課題はきちんとするのよ」
それに対して返事をしてない。やっぱり勉強が嫌いそう。
「じゃあね、ノノ! ゆっくりしてくれていいから! じゃ!」
「いってらっしゃーい」
リリがパタパタって足音を立てて階段を降りて行くのが聞こえる。
窓からリリが庭を走ってるのが見えてこっちに手を振ってくれてるから、振り返しておこう。
それで姿が見えなくなったらキューちゃんも動き出してた。
「さて、我も行くか」
「学校に?」
「さっき行かぬと言ったであろう! なんの冗談じゃ!」
キューちゃんひねくれてるから普通にありえそうだったんだよね。
「どこに行くの?」
「どこでもいいじゃろう」
「私も付いて行っていい?」
「我の話を聞いておらんのか!」
聞いてるけどキューちゃんが急用で出かけるってのが気になる。ていうか大体の見当がついてるし。
「あの門の所に行くんでしょ?」
「……そうじゃ。長く空けておったからな。分霊がいるとはいえ何が起こっておるか分からん」
やっぱりそうだった。あそこでずっと生活してたみたいだし、行く所って言ったらそこしか思いつかない。
キューちゃんが屋敷を出て行ったから勝手に隣を歩かせてもらおう。不満そうな顔はしてるけど嫌って言わないからいいんだよね?
「お前さんも物好きじゃのう。来た所で何もありはせん」
別にそこに行くのはあんまり目的じゃない。偶にはキューちゃんと2人っていうのも悪くないって思っただけ。本人には言えないけど。
街を出て街道を歩いて行く。キューちゃんは相変わらず裸足だけど痛そうにはしてない。
「央都はよい所じゃ。これなら魔王があの協定に同意したのも頷ける」
キューちゃんが急にポツリと呟いた。今、魔王って言った?
「魔王ってあの魔王?」
「どの魔王を指してるか知らぬが、魔王はあやつしかおらぬ。もっとも、あやつは二度と地上には出て来れぬがな」
「どういう意味?」
「お前さんは知らぬじゃろうが、この星ではかつて人と魔物の争いがあったのじゃ」
それって勇者物語にあった話の内容かな。確かすごい大昔でいま生きてる人ですらその存在を知ってる人はいないって聞いた。
「勇者と魔王が和解したって奴?」
「ほう? お前さんはそう思っておるのか?」
本では勇者が魔王を倒したっていうのが正史だっけ? 別の有力説が勇者が魔王を倒しに行かずに仲間と共にどこかに身を落ち着かせたという説。
「そうだったらいいなって思ってるだけ」
「ふむ。じゃが実際そうだった」
「え?」
「これ以上争っても無益として勇者と魔王は協定を組んだ和平契約。互いの地を破壊活動を目的とした進攻を禁ずる契約。勇者と魔王の両者の血が染み込んだその契約書はどんな魔法よりも絶対なる効果を持つ。そしてその禁忌は破れぬ」
急に話が飛躍して頭の整理が追いつかないんだけど。
「それにより我ら魔王幹部も解散。そして勇者とその仲間の血統も途絶えたと聞く。もっともこれを知るのは我ら魔王の幹部と勇者の仲間だけじゃ。下の者は知らぬし、こんな契約は存在せぬと思っておるじゃろう」
「ごめん。キューちゃんが何言ってるか全然分かんない。それにキューちゃんはあの門の前で千年近くいたんじゃないの?」
「お前さんは少し物事を信じ過ぎる嫌いがあるのう。あんなの嘘に決まっておる」
えー、そうだったの? とても嘘って感じには思えなかったけど。
「我も元は人の敵。人を信ずるなどありはしなかった」
「じゃあ死神っていう肩書きも本当なの?」
「無論本当じゃ」
今日のキューちゃんはいつになく真面目だ。いつもふざけてるから正直死神云々もちょっと自称だと思ってたし。
「人……いや、この星におる生物は命を落としてもまだ死んでおらぬのじゃ」
「どういうこと?」
「お前さんも我と会ったことある場所があるじゃろう?」
「もしかして、夢?」
キューちゃんが頷いた。
「しかり。夢とは死との境目でもある。生物は死ぬとまず夢の世界へ逝く。本来ならば魂はその世界で自然消滅する。じゃが稀に消滅せぬ魂もある。己が死んだと気付かず普段通りの日常を過ごす者。逆に己の死に気付き、そこが夢と気付いた者は厄介な悪霊となり、現世に厄をばら撒く。我はそういった魂が消滅しなかった奴に死を与えるのが本来の目的なのじゃ。あの門にいたのも魔王との約束故に、人間に安息なる死を与えよと言われておる」
なんか急にキューちゃんから大物感漂うオーラが見えてきた。これは死神っていうのも本当そう。
「私の世界でもこの世界に未練を残したまま死んだら成仏できなくて地縛霊になるって言われてるよ」
「死とは共通の道であるからな。じゃが自然においてそういった霊は厄介者なのじゃ。じゃから我が殺す。故に死の神」
死神って言われたら人を殺すイメージがあったけど、キューちゃんは違ったみたい。
「ねぇ。キューちゃん。どうして私にそんな大事なこと話したの?」
キューちゃんは足を止めて振り返る。風がザーッて吹いて髪を揺らした。
「魔王はこれからは人と歩み寄れと言った。今更歩み寄るなど出来ぬと思った。お前さんに連れ出されて人間の真似事をしてふざけてもみた。しかし……表面上どんなに取り繕っても人の心など分かりはせぬ。今でも分からぬ」
「キューちゃん……」
「じゃがお前さんを見てると人の心を知ってみたいと、そう思うのじゃ」
どうしてだろう。何でか分からないけど涙が出そう。ううん、もう出てると思う。
涙が溢れて止まらない。
「なっ、何故泣くのじゃ!?」
「分からない。分からないけど、嬉しいんだと思う。キューちゃんが本音で話してくれたの、すごく嬉しかった」
「そうか」
やっぱり千年生きてたっていうのは本当なんだね。キューちゃんは人の心が分からないって言ったけど、でもそうやって歩み寄ろうとしてくれた心は間違いなく本物だよ。
「ありがとう。じゃあお礼に今度は私のことを教えるね。キューちゃんみたいに由緒ある歴史はないけど」
「聞いてやろう。我を満足させるだけの内容を期待しておるぞ?」
話す前にハードルあげるのやめて欲しいんだけど。これは17年の歴史をどれだけ面白おかしく話せるかにかかってる。
「あ。その前に言っておきたいんだけど、もし私が死んだらちゃんと成仏させて欲しいなぁ、なんて」
「成仏が何を意味してるか知らぬが、心配せずともお前さんなら問題なかろう。何せお前さんには何か憑いておるように見えるからな」
え、急に怖いこと言わないで欲しいんだけど。そういう怖い話はコルちゃんにだけしてあげて。
「ちょっとキューちゃんー。その憑き物の話、詳しく教えて」
「ふむ。お前さんの話の内容如何によって我も話すか決めてやろう」
キューちゃんにやにや笑って楽しんでる絶対。むー、こうなったら絶対面白いって言わせてあげるんだから。




