105 女子高生も西都へ行く(3)
あれから、シロちゃんと何とか合流できてミツェさんと一緒に西都のレストランに来てる。
木の中にある木製の店。雰囲気がとってもあって、しかも個室! 出てくる料理も山菜やフルーツが殆どでお魚や肉がほとんどない。
ミツェさん曰く、西都だと動物や自然を大事にしてるから殺傷はあまりよくないみたい。
それでも特製で造られたソースや歯ごたえのあるフルーツはそれだけで満足感がある。
普通ならこれだけでも西都に来た甲斐があったんだけど……。
「うぅ……。フブキはどこに行ったのでしょう」
シロちゃんが落ち込んだ様子で料理を食べてる。あの子の居場所を教えてもいいんだろうけど、あの様子だと会ってもお互いがつらいだけになりそうで言えない。
そんなシロちゃんを見てたら私までも辛くなってくる。
「2人共……大丈夫?」
ミツェさんが心配そうに聞いてくれる。多分、傍から見ても私達は大丈夫じゃなさそうなんだと思う。
そしたら急にミツェさんがスプーンを置いて口元を手拭でぬぐった。およ?
「あなたと一緒に逃げたいと願ったはずなのに~あなたにかけられる言葉が思いつかなくて~私は弱い~でも~私には歌しかないから~あなたの為に歌い続けよう~それであなたが戻ってきてくれるなら~」
急に歌いだしたから店の中がざわついたけど本人は全く気にしてなさそう。きっとそれだけ私とシロちゃんの顔が酷かったんだと思う。
そうだよね、悩んでても仕方ないかもしれない。
「ありがとう、ミツェさん。元気出たよ」
やっぱり歌ってすごい。落ち込んでる時に聞くとこんなにも心に響くんだから。
それにしても歌しかないから、かぁ。ん、歌しかない?
「そうだよ、歌だ」
「ノララ?」
「これだ! シロちゃん、これだよ!」
「えぇ!? 急にどうしたのです?」
「ミツェさん、お願いがあるんですけど聞いてくれますか?」
そしたらミツェさんは内容も聞かずに笑って引き受けてくれた。聖人かな?
※
時間は多分夕方前くらい。空が群青色に染まりつつあるから多分そう。
私とミツェさん、それにシロちゃんは西都にある木でできたステージの上に立ってる。これから歌を披露する。ミツェさんのおかげでステージを借りるのも難なくできて、本当にミツェさん様様。
それにミツェさんが出るって宣伝もしたおかげで人も結構集まってる。精霊さんも集まってるみたいで、色とりどりの光がステージを照らしてくれてる。
これならきっと口コミも完璧なはず。
「ノララ。あの、本当に無理です。私、歌なんて歌えないのです! それにこんなにも人が集まってきたら余計に緊張してしまって……お願いなのです。変わって欲しいのです」
シロちゃんが涙目になって訴えてくる。確かにこんなに多くの人が集まってきたのは私も予想外だけど、ボーカルはシロちゃんじゃないと絶対にダメ。今回ミツェさんは奏者になってもらって、ステージに置いてある鍵盤、それも魔法で音を奏でるって言うそれを弾いてもらう。
それで私はミツェさんに借りたハープで演奏する。弾き方はミツェさんに少しだけ教えてもらったけど多分完璧にはできないだろうし、シロちゃんも初めてでうまくできないかもしれない。
でも、大事なのはそこじゃない。これをするっていうのが大事。
「それに本当にこんな方法でフブキと会えるのでしょうか」
「きっと会えるよ」
確証もなにもない。けど何もしなかったらきっと会えないし、それにお互いが歩み寄らないとダメなんだと思う。
「シロちゃん、間違っても失敗してもいいから。だからその気持ちをその子に届けてあげて。きっと、届くから」
「……分かったのです。ノララが言うなら私は信じるのです」
ありがとう、シロちゃん。もしこれでダメだったら毎日パン屋に通って慰めに行くから。
ミツェさんにアイコンタクトを送ったら頷いてくれる。
「それでは聞いてください。曲目は……『吹雪』」
そして、演奏が始まった。シロちゃんのぎこちなくて、それでも熱い思いを届ける歌。
歌が得意じゃないシロちゃんだから時々音程も外しちゃう。だから私も精一杯フォローをしてあげないと。
「私は吹雪の中~手を伸ばしてもあなたを見つけられなくて~」
ただ1人の友人を探す為に作られた歌。2人の距離はまるで吹雪の世界を表現してる。
シロちゃんの悲痛な叫びはきっと聞こえてる。
けど異変はすぐに起きた。歌い慣れてないシロちゃんが段々と声が枯れていってる。
観客もそれに気付いてそう。これは大変! すぐにハープを置いた。代わりに歌おう、そう思った時。
「本当、馬鹿。できもしないのに歌なんか歌おうとして……恥ずかしがり屋で引っ込み思案なのにこんな大勢の前に立って……」
観客席の向こうにその子は立ってた。それで階段を降りて来てステージの前まで歩いてくる。すぐにミツェさんに合図を送ろうと思ったけど、私が言わなくても機転を利かせてくれてサビの前の間奏をしてくれてる。さすが!
「フブキ……」
「何も言わないで。今度は私が歌うから」
そしてステージに立ったその子が今度は歌い始めた。まるで胸の中に響いてくるような力強い歌声。
「今度は手を離さないから~その温もりでその心も溶かすから~」
吹雪は晴れて氷が溶けた。
曲が終わるとシンと静まった。きっと観客にとってはあまりいい印象には映らなかったと思う。素人のぎこちない歌。それでも私は拍手するよ。だって一番届いて欲しい人に届いたんだから。
ミツェさんも続いて拍手してて、そしたらそれが移ったみたいに観客の人もまばらにパチパチって送ってくれた。
それで曲が終わったけど、ステージに残ってるシロちゃんとその子はどこか気まずそうにしてる。お互い何を話していいか分からないって感じだね。
「お疲れ様。2人の歌、とってもよかったよ」
ミツェさんも同意するみたいに頷いてくれてる。
「お世辞はいいよ。あんなの歌って言えないし」
「でも、私は少し楽しかったのです。フブキと歌えましたし」
そしたらその子は急に頭を下げた。
「シロ、ごめんね。勝手にいなくなったりして本当にごめん」
「本当に心配したのです。どうして何も言ってくれなかったのです?」
「有名な歌い手になるって決めてたから……。だからそれまでは会いたくなかった」
「もしかして子供の時のあの約束、です?」
その子はコクリと頷いてた。
「シロが褒めてくれた声。だからこの声であなたをあの狭い世界から救おうって思った。でも現実はうまくいかなくて。私、どうも歌があんまり向いてないみたい。それでこんな情けない姿を見せられなくてズルズル日ばかり過ぎて、プライドだけ1人前になって」
「フブキ、もういいんです」
「結局、救われたのは私の方だった」
その子は今にも泣きそうな顔をしてたけど、でもどこか嬉しそうな顔にも見えた。
よかった、仲直りできて。
「ありがとうね、シロ」
「お礼ならノララに言って欲しいのです。今回の案は全部ノララの案なのです」
そしたらその子は意外そうな顔で私を見てきた。そこまで驚く?
「もしかしてあれからずっと動いてくれてたの?」
「喧嘩別れみたいになるのは一番辛いって思ったから」
「あれだけ言ったのに、なんというか。変な人」
会って間もないのに変な人認定されたんだけど。
「そうだ、名前教えて欲しいな」
シロちゃんが呼んでたからなんとなく分かるけどね。
「フブキ・クローニャ。村で一番の歌い手を目指してるから、よろしく」
「よろしくね、フブちゃん」
「ノラ君に最大限の感謝を。あなたにはとても大きな借りができた」
そんなつもりはないんだけど。
「この恩は私が有名人になったら返すから。今からサインあげようか。なんていらないよねー」
「えー欲しい! 頂戴頂戴」
「この目……本気か?」
冗談で言ったつもりみたいらしいけど、これは絶対に欲しい奴。仲良しの記念にもなるし、なにより今日という1日を忘れたくないからね。




