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99 女子高生も読み聞かせを聞く

「今日は何しようかな~」


 特に予定もなく異世界の街をフラフラしてる。


「うーん。ん~?」


 ぼうっとしてたら噴水広場から綺麗な声が聞こえる。なんだろう? 声に導かれて歩いて行ったらベンチに座ってピンク色の髪をしたお姉さんがハープを片手に何かを話してる。

 人はそんなに集まってないけどぽつぽつと足を止めて聞いてる人もいる。



「ミツェさんだ。何してるんだろう?」


「むかしむかし、ある小さな村に1人の少年がいました。少年は大した取り得もなく毎日薪を割っていました。平凡な日々でしたが彼にとっては退屈でもありません。何故なら彼は村でも色んな人から頼られる優しい少年だったからです」


 もしかして読み聞かせ? ミツェさんって歌い手ってイメージだったからちょっとイメージが違う。いつもより声のトーンも低くて耳にすーって入ってくる。近くの椅子に座って私も聞いてよう。


「ですがそんな幸せな毎日はそう長く続きません。何故なら村に大勢の魔物が押し寄せたからです。村人総出で抵抗しましたが無尽蔵の魔物の前では成すすべもなく散ってしまいます。少年は父親の言伝の元、村を離れるように言われました」


『嫌だよ! 僕だって男なんだ! 一緒に戦う!』


 台詞だ。ミツェさんの声とは思えないくらい凛々しい少年の声。すごい。


『いいか。お前はあの子を連れて村から逃げるんだ。これは親父の最後の命令だ。頼むから聞いてくれ』


 お父さんの優しい声。ミツェさんって役者だな~。


「少年は父親の言葉の元、彼にとっての幼馴染だった少女、それと彼の友人と共に村を出ます。ここから彼らにとって長い旅の始まりとも言えます」


 ミツェさんが時折ハープを撫でるようにしてポロロンって音を奏でてるのがまた心地いい。


「少年達は強くなる為に村から遠くにある大きな街に運びました。そこで少年にとって思いがけない運命が起きます」


『君は! その容姿……その瞳……間違いない。君こそが勇者ですね!』


「後に魔術師と呼ばれる彼女に少年は勇者と呼ばれ王宮に連れられてしまいます。そしてあろうことか、王様にも気に入られて彼は英雄の末裔の勇者の子孫であると告げられます」


 勇者……。ということはこのお話は勇者と魔王の物語なのかな?


「少年は酷く驚きました。何故なら今までそんな話を父親から何も聞いていないからです。母親は少年が小さい頃に亡くなっていましたが、父親からは事故としか聞かされていませんでした」


『僕が……勇者。そんなの信じられない』


「少年は動揺します。けれど彼の心が整理する前に周囲の者達は彼の意思とは関係なく勇者として祀りました。そして少年も否応なく従う他なくなりました。少年の友人と幼馴染の少女はそんな王様や周りの態度に不服そうにしましたが、それだけ街の人にとって勇者という存在は大きく希望だったのです」


『勇者よ、この聖剣を取り魔王を滅ぼすのだ』


「勇者は戸惑いましたがその剣を取り、勇者として生きて行くことを決めました。それに伴って彼の幼馴染は聖女として、友人は戦士として、更に魔術師も旅に加わり彼らの物語は動き出しました」


 おー、何か聞いてるだけでわくわくしてくるね。いかにも冒険小説みたいな出だしだ。ずっと目を瞑って語ってたミツェさんだったけど、丁度目を開けたら目が合っちゃう。手を振ったら顔を赤くして慌てて水を飲んで誤魔化してた。んー、なんでだろう。

 それで小さく咳払いしてから続けてくれた。


「勇者達の旅は険しく過酷なものでした。しかし度重なる魔物との戦いで皆が確実に強くなっていきました。それに王様が全員に与えた武器はどれも強く、魔物に対して強力な効果があったのです。これなら魔王が相手でも勝てると誰もが思っていました。そう、勇者1人を除いて」


『どうした、勇者。最近ずっと暗いぞ』


 この声は戦士の人かな?


『あ、ああ。悪い、なんでもない』


『なんでもないってことはないだろう。何か思うなら話せよ。別に俺達はお前がどう思おうと街の連中みたいに勝手はしないさ』


「それは聖女と魔術師も同じでした。3人の眼差しを見て勇者は意を決して話します」


『最近思うんだ。本当に魔物って悪い存在なのかって』


「その一言はその場にいた3人を驚かせるに十分でした。誰もが勇者の考えを理解できなさそうな顔をして動揺しました。魔物の悪行は今まで何度も見てきて、自分の村も魔物によって滅ぼされたのに、勇者からそんな言葉が出るとは思っていなかったのでしょう」


 おぉ、なんか王道っぽいと思ったら何かストーリーが変わってきたよ。これは気になる。


『ずっと考えてたんだ。魔物の存在がこの自然を作っていたんだ。それを滅ぼすのは果たして正しいのかって』


「それは彼らが魔物によって作られた自然を見てきたからです。たとえばスライムは体内の水分を草木に施して成長を促したりします。ユキガエルの雪には温暖な気候にしない為の作用があります。そうした魔物を滅ぼすのが正しいのか勇者には分かりません」


『何とぼけてんだよ! 俺達の村が滅んだのは魔物のせいじゃねーか!』


 ミツェさんが感情を出して声を荒げてる。ギャップがあってなんかいい!


『考えてみろよ! 何で魔物が俺達の村を襲ったんだよ! 僕達人間が魔物の住む場所を奪っていたからじゃないか!』


『2人共喧嘩はやめて!』


「勇者と戦士はその晩、ずっと口論をしていました。聖女はそんな2人を仲裁していましたが、魔術師は何もしませんでした。彼女だけはどちらの言い分も正しいと思っていたからです。長い夜を明けた朝。勇者と戦士は話し合いました。いえ、2人だけでなく全員で。勇者はこれから自分がどうすべきか分からなくなってしまったのです」


『君はどうしたいんだい。それが大事なんだと思うよ』


「魔術師は優しく言いました。どんな選択をしても彼を責めないという口調でした。たとえ、勇者が魔王を倒すのをやめると言ったとしても」


『色々考えた。どうして父さんは何も教えてくれなかったのだろうとか、僕が勇者だったのだろうとか。きっと、父さんも同じように苦しんだんだ。だから僕が勇者として生きさせない為に何も言わなかったんだと、そう思う。だったら、僕だけ逃げるわけにはいかない。魔王を滅ぼすよ。だって僕は勇者だから』


 登場人物全員にちゃんとあった声や口調、雰囲気を出しててミツェさん声優さんか何かって思っちゃいそう。ていうかちょっとだけ涙腺が緩んでる。


『勇者君。私は何があっても最後まで付いていくよ。だからあなたが進むべき道を進んで』


『ありがとう、聖女。行こう、皆。悲劇はもう起こさせない。これで終わりにしよう!』


「こうして絆をより深めて勇者達は魔王のいるお城に向かいました。お城には数多くの魔物がいましたが今の彼らに敵う者はいません」


『よくぞ来たな、勇者よ。ここが貴様の墓場となろう』


 なんか裏声を使ってそれっぽくしてるのが逆にかわいく感じて笑っちゃいそう。笑ったらダメなんだろうけど。ミツェさんも恥ずかしそうにしてるのがかわいい。


「魔王の言葉に勇者は何も語らず剣を抜きます。ここで言葉を交わすと情が入ると思ったからでしょう。そして勇者達と魔王は激闘の末、勇者のとどめの一撃で魔王を見事滅ぼしました。勇者達は戦いの余韻に浸ることなく、戦いが終わるとその場を後にします」


 やっぱり最後は勇者が戦って勝つんだね。


「魔王の死は瞬く間に世界中に広まりました。けれど街のどこを探しても勇者の姿はありません。王様の元に戻ったのは魔術師ただ1人だけでした」


『魔術師よ、勇者達はどこに行ったのだ?』


『遠い遠いどこかに行ったのだと思います』


「魔王の戦いを終えて戦士は各地を旅する冒険者となり、風来坊として語り継がれます。魔術師はその知識をもってあらゆる分野に貢献したと言います。そして、勇者と聖女は人知れず小さな村に身を寄せたと言います。以来勇者は戦いをせず聖女と共に幸せに暮らしたとさ」


 最後にミツェさんが「おしまい」って言うと拍手が巻き起こった。私もぱちぱち送っておこう。なんか言葉にならないけどよかった。大きな冒険をして帰ってきた気分。


「へぇ。勇者物語の読み聞かせね。央都は随分と洒落たことをしてるのね」


 真横で声がしたと思って振り向いたらそこに薄い金色の髪をしたケモミミのお姉さんが立ってる。


「ミコッちゃんだ! 央都に来てたんだ!」


 まさかこんなに早く出会えると思ってなくてびっくり。


「丁度着いたところ。来て早々いいの見れた」


「勇者物語って、もしかしてミコッちゃんの占いのカードのモチーフの?」


「そう。今のは読み聞かせだから大分端折(はしょ)ってたけどね。実際は5冊分くらいの長さ」


 それは中々ボリュームがありそう。


「この話の面白いのは結末の所」


「えっと、勇者が魔王を倒してって所?」


「うん。あれには色々説があって、実は勇者が魔王を倒してないとか」


「そんなのがあるんだ?」


「だって魔王を倒したはずなのに魔物はいなくなってないでしょ? 作中で勇者が魔物に同情するシーンは沢山ある。それで勇者と聖女は魔王を倒さずに姿を消して、戦士もどこかに行く。それで魔術師は勇者を匿う為に王様に嘘を言ったの。魔王を倒したって。魔術師が勇者に思いを寄せてたっていうのも結構有名なんだよ」


 ほえー、まさかこのお話にそんな深い裏話があったなんて。普通に素直にそのままに聞いちゃったよ。そういえば前にミコッちゃんがこの話は大昔の実話が題材になってるとか言ってたなぁ。


「確証はないけどね。あなたはどう思う?」


「そうだね~。勇者と魔王が話し合って和解したっていうのはどう? それなら争いがなくなったのも説明がつくよね」


「あなたらしい解釈ね。もしそうなら、それも悪くないけど。それに今の語りも新訳の方だろうし」


「そうなの?」


「うん。旧訳だと勇者と魔王が戦う部分がなくて、魔王が死んだかどうかも分からない。それで最近になって魔王と戦う新訳の方が出回って、そっちの方が面白いって言われてたりする」


 だからさっきミコッちゃんが言ってた説もその理由から言われてたんだね。ちょっと納得。

 ミツェさんは水を飲んで落ち着いてそうだったから近くに行ってみよう。


「ミツェさん、おつかれさま~。すごくよかったよ。いつもと雰囲気も違ってずっと聞いていたいくらいだったよ」


 子守唄変わりに話してくれたら毎夜語って欲しいくらい。


「ノラ。ありがとう」


 ミツェさんが少し恥ずかしそうにお礼を言ってくれる。


「それとこっちはミコッちゃんだよ~」


「ミコッテ・フィルチャー。あなたの語った勇者物語、悪くなかった」


「あ、ありが……。わた、わたし……ミッツェ」


 ミツェさんが噛み噛みになって言ってる。そうだった、大分慣れて来てたけど普通に話すのはまだ苦手だったんだ。


「何も迷わないで~あなたが進むべき道は~きっと正しい~」


 勇者物語の聖女さんっぽく言ってみる。


「私はきっと~この選択を後悔する~それでもあなたとの出会いに感謝するでしょう~だから~ミッツェル・シーシーと~それだけ知って欲しい~」


 やっぱり歌ったら乗ってくれるのがミツェさんだね。ミコッちゃんは何が起こってるか分かってなさそうで静かに拍手してくれた。


「それでミコッちゃんはやっぱり妹さんを探しに来たの?」


「そう。色々考えて自分から探し回るよりあの子が来るのを待つことにした。だから暫くはここで生活しようと思ってる」


 えー、それめちゃくちゃ嬉しいんだけど!


「うれしい~うれしい~今の私の気持ちを~一言で表せない~」


 思わずミコッちゃんの手を取って踊りたい気分。


「そういうのいいから。私はこれから住む場所探してくるから」


 そう言ってさっさとどこかに行っちゃう。相変わらず表情が分かりにくいけど、尻尾の動きだけは多分正直。あの振りようは……かわいいね。

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